少女と出会い、村を救う
「ようやく飛べるようになりましたね。このピカ様が褒めてあげます」
あの後何度か墜落したロスはピカの指導で飛べるようになった。あとはこのまま、誰もいない地を目指し移動するだけでいい。ロスはそう考えていたのだが――
「ロス! 下を見てください!」
村が燃え、人々が逃げ回っている。どうやら盗賊に襲われているようだ。このままでは村が滅ぶのも時間の問題だろう。
あの村には行ったこともないし、ロスには関係のないことではあるが。
「下に降りるよ。あの村を助ける」
「仕方ありません。好きにしなさい」
ロスは急降下し、村へと向かった。
◇
村の少女ユウは盗賊に捉えられ、その命を散らそうとしていた。美しい白長髪は無造作に掴まれ、首元には斧が添えられている。
恐怖から呼吸を荒くし、声を上げることもできなかった。
盗賊はユウの様子を眺めながら下賤な笑みを浮かべている。恐怖するユウの姿が面白くて仕方がない様だ。
ユウは涙を流しながら祈る。
――誰か助けて。
その瞬間掴まれていたユウの髪が離され、身体がどさりと落ちる。何事かと顔を上げると目の前にいた山賊は立ったまま絶命していた。
山賊の体が突然横に吹き飛ぶと、後ろから悪魔が姿を現した。
「大丈夫かい?」
ユウは泣きながらこの悪魔に抱き着いた。
◇
村に降り立ち、襲われていた少女を助けたロスはどうすればいいかわからず、狼狽えていた。
泣きじゃくる少女を宥める術など持ち合わせていないロスは、助けを求める様にピカの方を向く。ピカは面白くないと言った様子で頬を膨らませていた。
「少女に抱き着かれて幸せでしょうね」
「言っている場合か! このままじゃ動けないよ!」
そうなると盗賊を退治することができない。ピカはため息をつくと、少女を引っ張りロスから引きはがした。
「これでよしと。貴方、名前は?」
「……ユウです」
「ユウ。この村を助けるため他の盗賊たちの場所を教えてくれないか?」
ユウは頷くと、炎をよけながら駆け出す。ロス達はその後に続いた。
広間に村人たちは集められており、山賊たちがそれを囲う様に見張っている。その奥にひと際豪華な衣装に身を包んだ大男がいた。あれが山賊のボスだとユウは言う
「金目のもんはこれっぽっちしかねえのか。まったく、しけた村だな。てめえら全員皆殺しにしてやる」
ボスは札や金貨を懐に入れると、部下たちは一斉に斧を構え、村人たちに襲い掛かろうとする。
「お待ちなさい!」
村中に声が響き、皆が動きを止める。
どこを見渡しても声の主は見当たらなかった。
「な、何者だ!? 姿を見せやがれ!」
その瞬間、村人を囲んでいた盗賊たちが吹き飛ばされる。そしてロスが村人を庇う様に現れた。その背中にはピカが必死でしがみついている。
「モンスターだと⁉」
「見た目だけはね。だが僕は人間だ」
ボスはロスのことを睨み付けると、部下たちに檄を飛ばす。
「怯えるな! 相手は所詮一人。野郎ども‼ あいつをぶっ殺せええぇぇ‼」
その一言で盗賊たちは立ち上がり、ロスめがけて襲ってくる。
「ロス、やってしまいなさい」
ピカがあいつらを倒せと背中をばしばし叩く。
ロスはここで女神の力を試すことにした。
まずは雷魔法を放つ。すると空から今までとは比較にならない轟雷が降り注いだ。直撃した盗賊たちは次々と物言わぬ屍となっていく。
風魔法は嵐となった。盗賊の身体はバラバラに引き裂かれ、彼方へ吹き飛ばされる。
あっという間にボス一人が残された。
「馬鹿な! 俺の盗賊団が全滅だと⁉ お前は一体何者だ⁉」
「ただの魔法使いさ」
「クソがああああああああああッ!」
ボスは自身より巨大な斧を手に取り、辺り構わず振り回しながら突っ込んでくる。
冷静さを欠き、もはやロスの敵ではなかった。
「終わりにしよう」
ロスの手から炎の魔法が放たれる。灼熱の業火は渦を巻きながらボスに直撃し、その体を灰に変えた。
「さて、みなさん大丈夫ですか?」
ロスが村人たちへと振り向く。すると誰もがこの世の終わりのような顔をしていた。
恐らく、この後自分たちがどうなるか考えていたのだろう。今のロスの姿はモンスターなので、新たな支配者にしか見えない。ここにいても怯えさせるだけだ。
ロスは水魔法で雨を降らし、火を消すと早々に村を去ろうとする。
ピカもやるせない表情を浮かべていた。
「待って!」
ユウがロスの手を握り止める。
振り返ったロスに再び抱き着いた。
「ありがとう。貴方は恩人。神様です」
誰もが突然の行動にきょとんとするが、やがて何かに気づいたのか、村人たちは頭を下げ、次々と感謝の言葉を述べていく。
ユウの行動で、ようやく助けられたと気づいたのだ。
ロスは微笑むと、ユウの頭を軽くなでる。ユウは嬉しそうに顔を赤らめていた。
ピカはロスの肩に顎を乗せ、大声をあげる。
「貴方達はこのピカ様とロスに救われました。その気持ちを忘れずにこれからも生きていきなさい!」
お前何もしてないだろとロスは思うだけに留めた。
女神の力がなければ盗賊を討伐することは難しかっただろう。ひっそりとロスは背中の女神に感謝の祈りをささげた。
◇
「にいに、お元気で」
「ユウも元気でね」
あの後、村で一日過ごしたロス達は神として崇められていた。莫大な贈り物もすべて断ったが、村人たちは全てを賭けて感謝を届けようとする。その状況に困ったので、こうして早朝旅立とうとしたところをユウに見つかったのだ。
ユウはロスをにいにと呼ぶほど懐いていた。食事の時も寝るときもロスの傍を離れなかった。そのためロス達の出発に気づくことができたのも当然だろう。
だが見送るユウの表情は晴れやかではなかった。
「また会いに来るよ」
「うん……」
どう言葉を書ければいいものかとロスが悩んでいると、ユウの後ろから村長が歩いてくる。気づかれていないと思っていたが、ロスの出発はすでにバレていた様だ。
「ロス様は、遠い地で暮らす予定なのですよね?」
「ええ、まだ場所も何も決まっていませんが」
「よければユウを連れて行ってもらえませんか?」
突然の提案にロスとピカは目を点にし、反対にユウは大きく目を見開いた。
「この子は幼いころ家族を失い、孤独な生活をしてきました。そんなユウがここまで人に心を開いたのは初めてなのです。考えていただけませんか?」
「お願いします」
ユウは期待の眼差しでロスを見つめる。ロスは彼女を巻き込んでしまっていいものかと悩んでいた。
「いいですとも! ロスの為に誠心誠意働きなさい!」
ロスが決断するより先にピカが返事をしてしまった。
悪い顔をしている。ユウのことを扱き下ろしてやろうとする考えが丸わかりだ。
「貴方には聞いてない。にいに、返事を聞かせて」
「なんですとー⁉」
ピカは猫のような奇声を上げ、ユウを威嚇する。
仲がいいものだとロスは微笑ましい気持ちになり、決めた。
「わかった。ユウが良ければ一緒に行こう」
ユウは満面の笑みを浮かべ、正面からロスに抱き着き頬ずりする。まさにおんぶに抱っこと言う状態だ。
ロスは村長に一礼し、二人を落とさないように空を飛ぶ。
果てしなく広がる空に、ユウは目を輝かせた。