表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

森の奥にある赤い屋根の小さな家

作者: コメタニ

 森の奥にある赤い屋根の小さな家に、見習い魔女の女の子とカボチャのお化けが住んでいました。ふたりはとっても仲良しでしたが、ハロウィンのその日は珍しく言い争いをしていました。その声は表にまで響いていたので、通りかかった動物たちは立ち止まっては「おや」という不思議そうな顔をして聞き耳を立てていました。

「お願いだよ、街に行ってもいいでしょエミイ」

「だめったら、だめ。危ないわジャック。あきらめなさい」

「大丈夫だよ、僕だってもうこんなに立派になったんだよ。どこから見たって一人前さ。それに僕もお菓子が欲しいよ。街に行けばあちこちの家で貰えるんでしょう」

「そんな話を誰から聞いたの。あ、ロンドね。あの子ったらまったくおしゃべりなんだから。とにかく街へ行くなんてとんでもないわ、絶対にだめですからね」

「エミイのいじわる」カボチャのジャックはバタンとドアを閉めて表に出て行ってしまいました。

 ドアに向かって魔女のエミイは怒鳴ります。「ジャックの分からずや」そうしてふうと短くため息をつきました。


 ジャックは森の小道をぶつぶつと呟きながら歩いていました。すると上の方から誰かが声をかけてきました。

「やあ、ジャック。どうしたんだい、ずいぶんとしょんぼりしているじゃないか」

 ジャックが見上げると、木の枝に黒猫のロンドが寝そべっていました。

「ははあ、あのことか。許してもらえなかったんだな」

「うん、危ないからだめだって。エミイったら心配性だし、いつまでも僕を子ども扱いしているんだ」

「ふーん、そりゃ残念だったな。余計な事を教えてなんだか悪かったね」

 ロンドは体を起こすと大きくあくびをして、ぐうっと背中を反らせて伸びをしました。

「でも諦めきれないよ。だめと言われたって僕は街に行くよ、決めたんだ」

「おいおい大丈夫かい。それと今思い出したんだが、街に行ったとしてもお菓子を貰うには合言葉が必要なんだぜ。君は人間の言葉は話せないだろ」

「え、そんな……」

 ジャックがあんまり悲しそうな顔をしたので、ロンドは気の毒になってしまいました。尻尾をぱたぱたとさせながら考え事をしていたかと思うとぴょんと木の枝から飛び降りて手招きをしました。

「いい考えを思いついたぞ。ちょっと耳を貸してごらん」


 ジャックはロンドに教えられた通りに九官鳥の巣がある木にやってきました。

「おおい、九官鳥さんいるかい」

 木の幹の穴から九官鳥が顔を出しました。

「誰かと思ったら魔女のところのカボチャくんじゃないか。いったい私になんの用事だい」

「ちょっとお願いがあるんだ。あなたは昔人間に飼われていて人の言葉を話せるって聞いたけど」

「その通り。人の言葉を話すことにかけちゃこの森で私に敵うものはいないだろうね。君と仲良しの魔女だっておしゃべりだったら私には勝てないと思うよ」

「それは良かった。それでお願いというのはね……」

 ジャックはロンドに教えられたそのままに九官鳥に説明しました。九官鳥はふむふむと聞いていましたが話が終わると威勢よく言いました。

「なんだそんなことか。お安い御用だ、私にまかせなさい」

「ありがとう。それじゃ、ちょうどこれから出かければ日暮れ時に街に着くだろうから出発しようか」

「え、ちょっと待って」急に九官鳥は渋い顔になりました。「私は夜が苦手でね、日が暮れてしまったらなんにも見えなくなっちまうんだ。それに早寝早起きの習慣があるからとっても起きてはいられやしないよ。申し訳ないけど他をあたってくれないか」それだけ言うと巣穴に引っ込んでしまいました。

「そんなあ……」

 ジャックはガッカリとして帰ろうとしました。そのときです、ばさばさと大きな羽音を立てて一羽の鳥がジャックの前に舞い降りました。それはカラスでした。

「悪いけど話は聞かせてもらったよ。どうだい俺と組まないかい。あんな気取りやよりはよっぽど役にたつと思うぜ」

「君も人の言葉を話せるの」

「任せとけって。それよりもお菓子が貰えるとか言ってたが、それは本当かい」

「うん、本当さ。合言葉さえ言えたらたくさん貰えるって」

「よし、それじゃあ貰ったお菓子の半分をくれないか。それならついて行ってやるよ」

「もちろんだとも。じゃあよろしくお願いするね」

 そうしてジャックとカラスは街へと出かけて行きました。


 ジャックは初めて目にした街の景色に胸のときめきが止まりません。大きな通りの両側に整然と並んでいる家をきょろきょろと眺めていました。ジャックの帽子の中ではカラスが窮屈そうにうずくまり、ときおり体をごそごそと動かしては文句をぶつぶつと呟いていました。

「狭いったらありゃしない。こう身を縮こまらせていたら節々が痛んでくるよ。羽だって折れちまいそうだ」

「申しわけないけれど我慢して。もし見つかったら大変なことになっちゃう」

「了解、りょうかい。分かってるって。それにしても今日はずいぶんと華やかだね」

「そうなの。僕は初めて来たから分からないんだ」

「ほら見てみなよ、あそこの家。いつもはあんな風に飾りつけられてはいないよ。それにしてもあのロウソクが入っているカボチャをごらんよ、まるであんたの顔みたいじゃないか。こりゃおかしいや」

「ほんとうだ、僕そっくりだ。おもしろいねえ」

 街灯の灯りが灯る頃になるとあちこちの家の前に飾られたロウソクが輝いて、ジャックはうっとりとした気分になりました。すると前方からふたりの女の子がやって来ました。女の子たちは魔女の扮装をして手を繋ぎながら楽しそうに歩いていました。ジャックはそれを見てエミイのことを思い浮かべちょっぴり胸がチクリとしました。女の子たちは家の玄関の前に立ちドアをノックしました。すぐにドアが開き、出てきたのはおじいさんでした。

「これはこれは可愛い魔女さんたちだ。いらっしゃい」

 おじいさんはにこにこと笑顔です。女の子たちはちらりとお互いに顔を見合わせると声を揃えて大きな声で言いました。

「せーの、とりっくおあとりーと」

「うん、元気によく言えたね。それじゃちょっと待ってなさい」

 おじいさんはそう言うと家の中に姿を消し、すぐに戻ってきました。両手にはお菓子の入った袋を持っています。袋には星や月の模様が描かれていてピンク色のリボンで結ばれていました。

「はいどうぞ」

「ありがとう」

 小さな魔女たちは貰ったお菓子をそれぞれの鞄にしまうと、ぺこりとお辞儀をしてジャックのそばを通って去って行きました。おじいさんが家の中に入ろうとしたそのとき、ジャックはカラスに言いました。

「よし今だ。行くよ。カラスさんよろしく頼むよ」

 そうしてジャックはおじいさんの所に急いで行きました。おじいさんはドアを閉めようとしたそのときにジャックの姿に気がつきました。

「ほう、こんどはカボチャのお化けだね。それにしてもよく出来てるもんだ」感心したように言いました。

 ジャックはカラスに囁きます。「ほらカラスさん。さっきの子たちのように大きな声でね」

 しかしカラスは帽子の中でうずくまり黙ったまんまです。

「ねえカラスさんったら、どうしたの。ねえ」

 突っ立ったままで何も言わずにいるジャックたちを、おじいさんは怪訝な顔で見つめています。ジャックは慌てました。

「カラスさん、お願いだよ。なんとか言ってよ」

 するとカラスはくちばしをゆっくりと開けたかと思うと、やっと声を出しました。

「カァ……」

「ん、どうしたんだい。おかしな子だな」おじいさんは益々不思議そうな顔。

「ア……アホウ。アホウ」カラスは大声で鳴きました。

 おじいさんは一瞬驚いた顔になりましたが、すぐにしかめっ面になって怒ってしまいました。

「あほうだと。なんとも失礼な子だな。そんな行儀の悪い子にあげるものなど何もないよ。さっさとどこかに行ってくれ」

 それだけ言うとばたんとドアを閉めてしまいました。カラスはたまらず帽子の中から飛び出すと、ばたばたと羽音もけたたましく空の彼方に飛び去ってしまいました。


 ひとり残されたジャックはとぼとぼと街を歩いていました。交差点のところにくると、そこで足を止め街を眺めていました。すると通りの向こう側を仮装した子どもたちの集団が列を作って歩いているのが目に入りました。ガイコツや吸血鬼や狼男に魔女といった格好で、きゃっきゃと声をあげてどの子も楽しそうでした。ジャックが羨まし気な眼差しで眺めていると、列のいちばん後ろにいた、まっ白な布を頭から全身にすっぽりと被ったお化けの扮装をした子が列を離れて通りを渡りこちらへとやって来ました。逃げた方がいいかしらと迷っているうちに、白い小さなゴーストはジャックのすぐ目の前まで来てしまいました。顔の部分にまん丸なちいさい穴がふたつ開けてあり、そこからきらきらとした瞳が覗いていて、じっとジャックを見つめていました。ふいにゴーストは右手を差し出しました。つられてジャックがその手をつかむと、ぎゅっと握り返されて、そのままぐいぐいと子どもたちの集団まで引っ張っていかれました。そしてふたりは行列のいちばん後ろをついて行きました。

 子どもたちの集団は大きな家の前に着くと、吸血鬼の姿をした子どもが前に出てドアをノックしました。少し間をおいてドアが開き、おばあさんが現れました。子どもたちは声を揃えて言いました。

「とりっく おあ とりーと」

 おばあさんは胸の前で小さく手を叩きながら言いました。

「ハロウィンおめでとう。よく来てくれたわね。さあさあ、お菓子を配りますからかごを出してちょうだい。かごが無い子は手を出してね。たくさん用意してあるから並んで待ってて」

 子どもたちは言われた通りに横にきれいに並んで、かごや両手を差し出して待ちました。おばあさんはそこに端から順番に、たっぷりとお菓子を入れてくれました。もちろんジャックのかごにもたくさん入れてくれました。


「ただいま」

 ジャックが家に帰ると、エミイは裁縫をしていました。手を休めず、顔も上げずにエミイは答えます。

「おかえり」

 ジャックは後ろ手でそっとドアを閉めるとエミイのうしろ姿を見つめました。エミイは黙々と裁縫を続けています。

「さっきはごめんなさい。いじわるなんて言っちゃって。そんなつもりはなかったんだ」

「ううん、いいの。気にしてない。それに私の方も悪かったのかもしれないし」

「ねえ、エミイ」

「なあに」

「お菓子をたくさん貰ったんだ。いっしょに食べようよ」

「うん。でもちょっと待っててね、もう少しでこれ終わるから。そうしたらお茶を淹れるね」

「わかった」

 ジャックはお菓子の入ったかごをテーブルの上に置きました。そして、エミイが繕っているシーツの小さな丸い穴のことは気がつかないふりをしていようかなと思いました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 可愛いお話ですね~。 すっごく、読みやすかったです。 優しさに溢れたお話で癒されましたぁ~♪♪ カラス、やっちゃいましたね。大口を叩いて逃げてしまいましたか。(^_^;) ジャック…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ