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異性愛と権力構造

 昨今、性的マイノリティーがよく話題になる。例えば高校の教科書ではLGBTについての記述が出てくるようになった。

 しかし同性愛について、古代ギリシャでは肯定的に捉えられていたことがプラトンの『饗宴』から窺える。フーコーは『性の歴史』においてヨーロッパ社会でどのように性意識が変化していったのかを描く中で、異性愛とは近代に作られた概念である、と結論づけている。実際、ベンケルトが1869年に<医学的>に定義し同性愛を治療の対象としたのである。

 フーコーは知識を権力との結びつきの中で論じた。それならば、同性愛という医学的<発見>は単に宗教的な嫌悪感ではなく、国の生産力を上げるために作られた概念だと思えてくる。

 事実、日本においても江戸時代までは男色に何の抵抗もなかった。この性意識は江戸時代の戯曲家、井原西鶴が「好色一代男」や「男色大鑑」で同性愛を取り上げていることからも解るだろう。

 確かに男娼が幕府に禁止されたこともあったが、これは同性愛者の嫌悪感からではない。主君よりも愛人に現を抜かし、また刃傷沙汰が相次いだからである。

 歴史的な視野で見れば、同性愛がもてはやされてきた時期のほうが遥かに長いことが解るだろう。性的マイノリティーは、つまり異常とみなされるのは同性愛者を嫌悪する我々かもしれない。

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