こっくりさん
学校の教室。
時刻は20時を回っている。
教室内は薄暗い懐中電灯の光だけが灯っている。
教室の真ん中の机に三人の女子生徒が集まり
机の上にある紙に10円を乗せると
彼女たちは息を揃え呪文を唱える
こっくりさんこっくりさん
「ん。。。」
朝日が顔を眩しく照らす。
「やば!」ガバッと布団から飛び起きる。
居間では高崎家の家族、父の信吾、母の幸、が朝食を食べている。
ガラッと障子をあける澪。
「もう!はやく起こしてよ!」
「起こしたわよ。何回も」
母の幸が無気力に答える。
「澪。今日はいと..いってしまった。慌ただしい子だ」
父の言葉を聞く前に澪は出ていってしまった。
私は高崎 澪。霧ヶ谷高校二年の女子高生。
玄関をあけるともわっとした熱気が肌を包む。
梅雨を越え、季節は夏へうつろうとしている。
「ねぇねぇ、澪!昨日どうしてこなかったの?」
「だって神社の娘の私が行ってほんとの幽霊でたら怖いじゃん」
「それがいいのに~」
話しかけてきた彼女は友達の木村 凉子。クラスで一番の仲良しだ。
彼女はとても明るい性格で容姿も綺麗。クラスの男女にとても人気がある。彼女と友達なのは私ができる唯一の自慢だ。
「ねぇ、澪。おねがい!」
凉子が私の前で両手を合わせて頭をさげる。凉子の頼みは断れない。
「わかった。凉子がそこまで言うなら、一回だけだよ」
私の返事を聞くと凉子が笑顔になる。
「ありがとう!やっぱり澪が一緒じゃないと楽しくないもん。じゃあ今日の放課後!さっそくやろうね」
凉子の言葉はとても嬉しい。それと同時に参加への不安が募る。
ガラッと勢いよく教室のドアが開き担任の高橋 郁実が入室してくる。
「おーい。もうチャイムはなってるぞー。はやく席につけー」
郁実は教壇の前に着くと生徒が席に着くのを待ってから口を開く。
「この時期に異例だが、転校生がいる。はやく入ってこい」
廊下からひとりの男子生徒が入ってくる。なかなかの美少年だ。竹刀の袋のようなものを持っている。
転校生を見てクラスの女子がざわめきだす。
「静かに!はい、自己紹介」
転校生は生徒の方をみて
「榊 怜衣次。よろしく」
「はい。じゃあ榊。窓側の一番奥があいてるからそこの机をつかっていいぞ」
怜衣次は黙って指定された机へ移動する。
休憩時間。怜衣次の回りに女子生徒があつまっている。
「怜衣次くん。どこにすんでるの?」「部活は決めた?」
澪は横目で怜衣次をみてモテる男は大変だなぁと考えていた。
怜次は勢いよく立ち上がると、竹刀袋を持ち女子をかきわけて澪の方へ歩いてくる。
それを見た澪はいそいで目をそらす。
怜衣次は澪の前で立ち止まると
「おまえが、高崎か?」
「え、ええ。そうよ」
澪は名前を呼ばれたことに動揺しつつ答える
「ふぅん」
怜衣次はそういうと教室から出ていく。
どっと疲れが出た。なんなのあいつ。
「ねぇねぇ、澪。怜衣次くんに何て言われたの?」
凉子が話しかけてきた。凉子もあいつに夢中だったなんてちょっとショックだ。
「別に。でもなんか感じ悪いよあいつ」
「えー、でも無口なところもかっこいいな」きっとこのとき私は呆れた顔をしていただろう。
「決めた。今日のこっくりさんに怜衣次くんの好きなタイプを聞いてみよう」
こっくりさんもそんなことを聞かれても困るだろうと思う。
「楽しみだね。澪」
そういうと凉子はかわいい笑顔を見せた。
私はつくづく凉子の笑顔に弱い。
学校で流行ってる。こっくりさん、みんなやってる。
誰が始めて。誰が流行らせたのかはわからない。
学校で呼び出した霊たちが溢れだし町全体を不穏な空気が包んでる。
私が、こっくりさんを呼び出したらどんな霊がでてくるだろう。
日が傾き、世界を赤く染める。
教室には凉子、凉子の友達の柏木 蘭子、澪の3人が机を囲み立っている。
全ての生徒は下校し、学校内は人気がなく昼間とは違う少し不穏な空気となった。窓の外よりひぐらしの鳴く声がとおくで聞こえる。
「さぁ!始めようか!」
沈黙を破ったのは凉子だ。
鞄の中から"紙"を取り出す。こっくりさんで使われるあの紙。それを机の上に広げると同じく鞄より10円を取り出す。澪は慣れてるなぁと心で思う。それほどまでに凉子の準備はスムーズだった。
凉子が10円を門のマークの上へ置き人差し指を乗せる。それに続き蘭子。澪も指を乗せる。
「いい?こっくりさんは最後に帰るお願いをするまで絶対に指を離しちゃいけないよ」
凉子から最後の忠告を聞き、声を合わせて呪文を発する。
こっくりさんこっくりさん
呪文と同時に辺りの空気は冷気を帯びる。澪は背筋に鳥肌が立つのがわかった。
これはやばい。本当に来てる。
「じゃあ質問!怜衣次くんの好きなタイプは?」
凉子の無邪気な質問に蘭子は笑っている。
そして10円が動き出す。
ゆっくり、けれど力強く。
「最初の文字は あ 」
文字を指すと二つ目の文字へ移動する。
「け」
「あけ?そんな子いたっけ?」凉子が疑問を口に出す間も10円は次の文字を目指し移動を続ける。
「て」
あけて…澪は文字をみた途端にめまいがしてきた。
「もう、やめよう!なんか変だよ」
10円は動き続ける。
「こっくりさん!もういいです!お帰りください!」
凉子が叫ぶようにお願いをするが、10円は動き続ける。
「こ」
「こ」
「か」
「ら」
「だ」
「し」
「て」
文字を読んだ途端に意識が吸い込まれていくようだ。。
澪は目を覚ます。
薄暗く、じめじめしている。
ここは、洞窟?その前にお堂がある。
洞窟のなか、開けた空間にそのお堂は建っている。
澪はゆっくりとお堂へ近づく。
かすかに中から鳴き声が聞こえる。
「あけて」
それは泣き声のようで、耳をすませないと聞こえないほどに弱い声だった。
お堂にはお札がいっぱい貼ってある。
柱も、屋根も、階段も、そして扉にも。
「ここから」
「だして」
澪は導かれるまま扉に手をふれる。
扉の札が突如朽ちる。砂が落ちるように。
そして扉が開く。
お堂の中からおびただしい数の"黒い手"が澪を飲み込む。
「澪!澪!」
凉子の声で目を覚ます。
「あれ…ここは」
「よかった!ごめんね、私がこんなことに誘ったから」
凉子の瞳から大粒の涙が溢れる。澪はそんな凉子の泣き顔すらも綺麗だと感じてしまう。
あのお堂はなんだったのか、そしてあの黒い手は。
すごく冷たい手。怒りや憎しみ、妬みといった負の感情が形になったような。でも、それよりも強い「悲しみ」を感じた。
それから私たちはすぐに解散して、それぞれ帰路に着いた。
辺りは日が沈み、すでに暗くなっていた。
急いで帰らなきゃ。そう思う反面、帰り道がとても不安だった。
住宅地の中を通るのだが、家のなかからもれる光が一切ない。帰り道を照らすのは電柱より注がれる蛍光灯の光のみ。
いつもと雰囲気が違う。空気が暗く、冷たい。もしかしたら…
憑いてきてる?
その瞬間。回りから音が消えた。
そして、遠くの方から人の歩くおとが聞こえる。
ゆっくり、近づいてくる。足音に違和感を感じる。その足音は靴の音じゃなく、素足で歩いているような音だ。
やばい。そう感じた澪はすぐに逃げようと振り替えると
狐のお面をかぶった子供がたっていた。
「きゃ!」
思わず声が出る。
「お姉ちゃん。だしてくれて、ありがとう」
子供の仮面が落ちる。
その子の顔色は恐ろしいほどに白く、その瞳はとても深い闇が見えた。
全身の力が抜けていく、倒れるように。崩れるように。そして意識までも遠くなる。
このまま、死んじゃうのかな。。
ゆっくりと倒れる澪の体を暖かい手が支えてくれる。
「まだ、諦めるのは早いんじゃないか」
澪の意識は急激に現実に引き戻される。
「怜次…くん??」
「高崎のおじさんが知ったら怒るだろうな」
怜衣次は左手で持っていた刀で子供を切り払う。
狐の子供は霧のように消えてしまう。
「どうして、ここへ」
「そんなの強い霊気を感じたからに決まっている。まさか、狐の霊を呼び寄せるなんて」
怜衣次は澪をたたせる。
「歩けるか?それじゃあ行くぞ」
怜次は歩き出す。
「まって!私の家はそっちじゃない」
怜次はすこしムッとした顔で澪の方を振り向くと
「おまえ!こっくりさん最後まで終わらせてないだろう」
澪は凉子の言葉を思い出してはっとする。
「それを、終わらせる。じゃないとお前はずっとあの狐に憑きまとわれることにことになるんだぞ」
そういうと怜次は歩き始める。そのあとを澪も追い始める。
夜の学校はすっかり闇をまとい、昼間とは違う一面を見せている。
校門の前で学校を見上げる澪と怜衣次。
「なんか、日中と雰囲気がぜんぜん違うね」
「おまえ、この霊気を感じないのか?」
「やっぱり幽霊いるの?」澪の言葉を聞いて小さいため息をつく怜衣次。
「"こっくりさん"で呼び出した多くの霊が集まっている。早くしないと怨霊になるぞ」
怜衣次は勢いよく校門を乗り越えて学校の中へ入っていく。
澪も続いて学校の中へ入る。
怜衣次が走って校舎へ向かっていく。それに続く澪だったが校舎に近づくにつれ、息が苦しくなってくる。それは、空気が薄い感覚とよく似ている。
やっと校舎にたどり着いた頃には汗ばんでいた。
パンと教室のガラスを割り窓を開ける怜衣次。
澪の呼吸は変わらず荒い。
「これから校舎に入る。俺から絶対に離れるな」
辛そうな澪を見て、怜衣次は澪の手を握る。
「心配するな。絶対に守ってやる」
怜衣次は顔をそらして言う。照れ隠しなのだろう。でも、彼の言葉には強い意思を感じた。
澪の呼吸が落ち着いたのを見て
「じゃあ入るぞ」
怜衣次に続き澪が入る。怜衣次と手を繋いでいるからか、自然と息が苦しくない。
校舎のなかは闇に包まれている。窓からの光は一切なく、1メートル先の景色すらわからない。
「場所は私たちの教室!2-3に向かって」
壁づたいに廊下を進み、2階への階段を上る。
2階へたどり着くと2-3の教室のみ光が見える。
光が見えたとたんに、安心と不安を覚えた。
ゆっくりと近づき、怜衣次がドアを開ける。
がらがらと音を立てながら教室のなかを除くと凉子と蘭子が机を囲みぼーっとして立っている。
あの時のままだ。澪は直感的に感じた。
こっくりさんは私と同じく"あの儀式"の続きをやらせようとしている。
怜衣次教室にはいると刀を抜き、襲撃に備える。
「澪!儀式を再開して帰るようにお願いするんだ」
澪は机に走る。
凉子と蘭子は儀式に使用する十円に指を置き、意識が無いみたいに無表情でこちらをみつめている。
澪は覚悟を決めて十円に指をのせる。
その瞬間、電灯の明かりが消える。
窓からは赤い月の光が差し込みはじめ、教室の中を照らす。
「くるぞ!」
怜衣次の合図と同時に教室の床の至るところから白い手が出てくる。
白い手は手探りに周辺になにかを探しはじめた。
きっと"あれ"は私を探してるんだ。
怜衣次は腰につけているホルダーから破魔札をとりだすと刀をなぞる。
破魔札に刻まれた模様が消えていき、刀に青白い光が灯る。
「うぉぉ!」
怜衣次はバッサバッサと白い手を斬り、次々に払っていく。
しかし、白い手はどんどん床から、壁から出てくる。
「早く願いを!」
澪は恐怖を振り払い、声を出す
「こっくりさん、こっくりさん お帰りください」
澪が言葉を発したとたん。
白い手は手探りをやめて澪の方へ一斉に向かいはじめた。
足が、手が、髪が白い手に引っ張られる。
怜衣次が助けに白い手を斬っているが、次々と新しい手が澪に向かって伸びていく。
「お帰りください!お帰りください!お帰りくだ…!!」
白い手が澪の口を塞ぐ、突然の事で息が出来ない。
澪の前を刀が飛んできて、白い手が消滅する。
「はぁ…はぁ…ありがとう。怜衣…」
怜衣次は白い手に飲まれ、わずかに顔と手だけが見えていた。
「怜衣次くん!」
「はやく!これ以上はもう…!」
澪は机に向き直り、お願いする。
「お願い。もう、帰って。帰ってよ!」
澪の頬に涙が伝う。
それをすっと拭うちいさな白い手。
澪の隣に狐の仮面を被った子供が立っていた。
「涙。もう帰ってあげる。でも…」
「扉を開けたのは貴方だよ」
刹那
すべてが消し飛び、学校はいつもの雰囲気へ一気に戻る。
澪は安堵から倒れ込んでしまう。
気がつくと朝になっていた。
澪が目を覚ますと、凉子と蘭子はまだ倒れたままだった。
「凉子!」
二人に近づき、ゆすって起こす。
「ん。澪?」
凉子が目を覚ます。
「よかった!」澪が喜びのあまり凉子に抱きつく。
「どうしたの?澪ちゃん」
蘭子もつられて目を覚ます。
「蘭子ちゃんも!ほんとによかった!」
「私たち、こっくりさんをして。どうなったんだっけ」
「大丈夫!もう…終わったから」
澪は教室を見渡すが怜衣次の姿は見えない。
「怜衣次くんはどこに行ったんだろう。」
「え!怜衣次くんもいたの!?」凉子が過敏に反応する。
「やっぱりこっくりさんが怜衣次くんをつれてきてくれたのね」
「もう!凉子ったら、二度とやめてよね!」
澪は凉子に怒った口調で注意する。
ほんとうに無事だといいんだけど…と澪は心のなかで考えていた。
学校前で3人は解散した。
私たちは今日のことはひみつにしようと約束をした。言ったところで大人たちは子供の遊びだろうと信じてくれないだろうが。
「ただいまー」
がらがらを玄関を開ける澪。すると台所の方から幸が走ってくる。
「この不良娘!朝帰りなんて!心配するじゃない」
澪はちいさく「ごめんなさい」という。
「なにしていたか、後でちゃんと聞きますからね!とりあえず朝ごはん食べなさい。」
澪はしぶしぶ居間へ向かう。
ドアを開けると信吾と一緒にご飯を食べている怜衣次がいた。
「怜衣次くん!?なんでここに!」
「そういえば、澪には伝え忘れていたな。甥の怜衣次くんだ。理由あってしばらく家で預かることになった」
信吾の紹介の時ももくもくとご飯を食べる怜衣次。
「そんなわけで、ふたりとも仲良くしてくれな」
「そんなの聞いてない!」