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ゲームブック【猿飛斬】  作者: 涼海 風羽
2/4

⓪『猿飛斬ルート』

 誰の手によるものだ――。


 咄嗟にその疑問へ思考を巡らせるところは、猿飛斬の聡い部分である。彼は瞬時に物事を理解する力においては、常軌を逸する能を持っていた。


 天才である。


 同時に、変態でもある。


 その逸脱した感性についてはどこかで語られることになるだろうが、しかし、たった今、目の前で起こった事件は少なくとも猿飛の興味を引き、鋭敏な洞察力を働かす気にさせるには、基準を充分に満たしていた。


 突然の落下物による発光……認知した時すでに遅く、気がつけばルームメイトの西崎理央を抱きかかえたまま見知らぬ土地へ飛ばされてしまった。しかも、時間まで超えていることに、猿飛は口笛を吹きたくなった。


 校舎を出たときは月明りのみが頼りの真夜中だったが、ここではちょうど昼の正午を過ぎた頃らしい。


 背後ではさきほど見知った(と言えるほどの関係ですらないが)二人の少女が身を寄せ合っておびえている。彼女らも巻き込まれてしまったか。


 フルール友和学園もまた山を背にした立地であるが、自分らが今いる場所は、それよりもさらに文明化が遅れている山奥。ただ、海か湖か、大きな水たまりが景色の中腹に広がっており、それを取り囲むように古びた家々がまばらに点在している。


 溌剌としている方の少女が立ち上がった。


「どこなん、ここ? 田舎? 海? なんで? それに何や、この魚うわ、くっさ……くない?」


 語尾が上がり気味な訛りを持った言葉に、自分を含めた三人は怪訝な表情を浮かべた。


「珍しいなぁ。こんな魚ぎょーさんあるんに、魚臭くあらへん」


 いや、臭い。


 確かに臭い。臭すぎる。


 目の前には大量の生の魚が積み上げられ、まさしく小山脈。それから発せられる臭いもまた山の大きさ相応の強さであり、現に彼女以外の三人は魚の匂いを防ぐため口元を覆っている。もっぱら、猿飛は周りに合わせただけなのだが。


 しかし、少女の関西訛りの発言で、猿飛の推測は確たるものとなった。


 現状で理解していることは、まずこの場所が、学園の敷地から途方もなく遠い港町であること。


 次に、目の前で山積みになっている鮮魚は、淡水魚だということ。見渡す限り方々は山に囲まれている。


 つまり自分たちの視界に映っている大きな揺ぶめきは、海ではなく巨大な湖だ。淡水である湖からとれる魚には特有の泥臭さがある。一般人には海水魚の磯臭さと淡水魚の泥臭さのどちらも強烈な刺激なのだが、関西弁の彼女――蘇芳麻姫――にだけは気にならない様子だった。おそらく川魚などを食べる習慣のなかで過ごした事があるのだろう。周囲と彼女の反応の差異から、猿飛は先の考えを導き出していた。


 猿飛の推測したことを端的に挙げるとこうだ。


 ・ここは未開の地。湖を中心に展開する古集落地帯である。

 ・施設や立て札に書かれた文字を見るに、日本国内であるのは間違いない。人の営みはまだ生きている。

 ・何かを強く信仰している気配がする。

 ・同じ国内にもかかわらず昼夜が変わっているとすれば、自分らがいるのは元いた現代ではない可能性がある。

 ・時代を超える術を使うのは、凡人にはまず不可能だということ。

 ・森の中で自分たちを襲った黒い球体は、何者かによる攻撃なのはもはや考えるに及ばない。 

 ・その意図は不明。


 時空を超える術、か――。猿飛は忘れかけていた自分の過去を、ふと脳裏に蘇らせていた。


 しかしほかの三人にとっては超常事態のド渦中である。二人の少女は顔を青くしながら西崎をまくしたてていた。もちろん顔こそ良かれ能力は一般的な西崎が瞬時に解決策を講じられるはずもなく、本人だって泣きたいのを懸命に堪えながら初対面の女子二人を必死でなだめていた。こういう苦労を背負うのは、何故かいつも彼である。


 猿飛は先ほどから黙って景色を眺めている。西崎は悲鳴を上げるように言った。


「ちょ、猿飛先輩、何がどうなってるんすか、これ!」


「ん、なに? 鉛筆の便利さについて?」


 気のない返事がかえってきた。


「違いますって! 先輩なら何かわかりませんか、ここがどこで、なんで状況になっちゃってるのか!」


「あー、はいはい」


「はいはい、じゃなくって!」


 普通ならパニックに陥ってもおかしくないのだが、一応の理性を保って状況整理をしようとする程度には、西崎にもそれなりの胆力があるようだ。猿飛はこの少年の評価を少し改めた。けれど次の言葉を聞いて会話を継ぐのは、さすがに無理だった。


「アタシら、時空超えちゃったみたいね」







 ――獲れた魚は神への供物。

 ――信仰する偶像に対して恵みを捧げる。

 ――この湖には龍が眠り人々の暮らしを護っている。


「ふぅん」


 小日向ロロナは興味なさげに地主神の石碑に刻まれた文章を要約して、蘇芳麻姫の方にやわらかい微笑みを向けた。


「どうなん、ロロナちゃん。これなんて書いてあるん?」


「この村は龍神信仰があって、湖に伝説が残っている、とあります。司祭者はこの湖の水から作った聖水で退魔の儀式をおこなったりしているそうです」


 ほんまかいな、スピリチュアルやねぇ。


 蘇芳は感心して頷きながら言った後、後輩の教養の深さを褒めた。小日向は素直に喜んでみせ、自分たちが現代に帰るための手がかり探しを再開した。先輩にはよく懐いているようだ。


 猿飛たちは互いの名を名乗り合っておいた。猿飛斬、西崎理央、蘇芳麻姫は滞りなくそれぞれの顔と名前を覚えたが、四人目の少女・小日向ロロナだけは、猿飛が特に注意を向けて観察した人物になった。しとやかで清楚な雰囲気の影に、薄暗い物を隠している。そう感じ取ったからだ。瞳の奥に眠る、並の人間にはない、暗澹とした物を。


 それに興味が湧いたので、猿飛は観察していくことにした。しかし深く交わるつもりなど彼にはない。面白そうだから見ていくだけだ。必死に働く蟻粒を暇潰しで眺めているのと感覚は同じである。


 所詮は暇潰しだ。どんな状況下にあっても彼の考え方は変わらない。


 そんなドライな感覚でものごとを見る猿飛にも、友好的に接している男が、一人だけいる。


 西崎理央が唯一その人だ。


「西崎くんも不安があったら、アタシに何でも聞いていいのよ。分かることなら、んじっくり、んねっとり、ん丁寧に、教えて……ア・ゲ・ル。はぁと」


「お気遣いありがとうございます、気持ちだけで十分です。ねっとりって何ですか、ねっとりって」


「だって大変なことになってるんだもん、助け合いまそ?」


「先輩の予測不能な言動こそが一番の不安なんですが」


 西崎は苦虫を口元に寄せられたような顔を浮かべた。


 弱冠十七歳でありながら、並より冷静な身の振り方や、世間をなかば斜に捉えている目つきが、猿飛の気に召していた。それに素直なところもある。


「西崎くんけっこう落ち着いてるわね、怖くないの?」


「そりゃ怖いですし、不安だらけですよ、当たり前だけどこんなこと初めてですし。けどまぁ、簡単に現実を変えたりできませんし……なるようになるって思ってたら、気持ちは幾分かラクです」


「そっか」


 西崎には『人生』に対して諦観を抱いている節がある。抗おうとする気が無いというより、もはや起こそうとも思っていない境地らしい。猿飛が認める素直さは、裏を返せば抵抗しない西崎の自尊心の一部欠落を指していた。


「まぁ、普通に生きて、普通に死にたいです」


「だったら、普通じゃない今を何とかしないとね」


「そうですね」


 西崎はそう言って苦笑した。猿飛もまた彼の半端な表情をみて口元を緩める。


 この少年だけは無事に帰してやりたい。


 一種の兄心のような気持ちで猿飛は、十歳も年下の後輩に情けをかけた。実はこの男、度重なる脱走によって毎年単位を削除されている。留年しまくっているのだ。学年は三年生だが、年齢は二十六。


 この学園に入って、もう十年目である。


 訊かれてないので、誰にも教えていない。(本人の見た目の若さもあるのだが。)それほどまでに猿飛には今の生活に執着があるのだ。


 いや……ついさっきまで、あった、のだ。


 すでに猿飛には、事件の首謀者が分かっていた。


 それは自分たちに、いや……猿飛斬に危害を加えることに手段を選ばない存在である。猿飛にとってこの事件が【大きなターニングポイント】であるというのは、神仏に告げられずとも自分自身が最もよく理解していた。


 今後の決断ひとつで、エピローグがまったく変わる。


 最後に待つのはハッピーエンドか、それとも――。


 できるなら、巻き込んでしまった西崎と二人の少女を、傷つけず終わらせたい。それが元凶・猿飛斬にできる最善策の一つであった。


 猿飛は少年と適当なやり取りを交わしつつ、ときおり湖に目をやって、神のいる場所に心を映した。


「さて、どうしようか?」




【1】地主神の社を後にする。


 →①へ進む。


【2】地主神の社を探索する。


 →まだ進めません。

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