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影法師の渡し橋〜20✖︎✖︎年心霊爆弾落つ⑥外伝〜

作者: 風連

夏が苦手かと言われれば、そんなことはないはずだ。

本や資料に囲まれている方が多いが、外が嫌いでもないし、暑さや寒さにも強いのだけど。

子供時代と違って、早々季節で一喜一憂しないだけだろう。

最近の気候は、梅雨が来る前に暑く、梅雨が去っても暑い。

そのまま熱帯夜がやって来て、まるでフライパンで炙られたような日々が続くのだ。

窓の外の暑さで揺らめく景色と、部屋の中のクーラーでの落差に、ふと疑問を感じるが、古い文献には、温度と湿度の管理が不可欠だ。

持ち出し禁止の本と閉じ込められていると、喉の奥がいがらっぽくなる。

遅くて早い梅雨が終わると、益々暑くなり、天候の挨拶といえども、暑さへの愚痴のようになっていた。

幼馴染で、同じ大学にたまたまいる橋田基菜はしだもとなに誘われるまま、連れてこられたのは奥多摩の山奥だった。

彼女の母方がお寺さんで、100年ぶりに建て替えをしたので、古い方での宿泊を無料で開放してくれていたのだ。

基菜の家は普通の会社員の家だから、そんな親戚がいるのを、今まで知らなかった。

彼女のサークルは、苔の研究会で、採取する人手の確保だったのだ。

サークル以外で連れてこられていたのは、後2人。

総勢8人の大所帯だが、元々寺なので、広さには、問題はない。

奥多摩は自然が多く、風が爽やかな匂いを運んできていた。

都会とは違う、涼やかな蝉の声が遠くで聞こえていた。

何匹か蜻蛉とんぼの姿も見える。

学校の関係で、奥さんとお子さんは下の村に住んでいると言う。

村と聞いて、皆、騒めいた。

本当に山の中に来たのだ。

着いた日から、食事当番を押し付けられた。

料理は元々好きだったし、大学生になってからは、自炊している。

それに、寺にある古い人命帳や文献も見させてもらえる約束だった。

電気もガスもある、広い台所だった。

水は井戸から電動ポンプで引き上げられていて、雑味がなく爽やかで美味しい。

寺に着いて、買い出し部隊が軽トラを借りて、下の村まで行っている間、留守番部隊は、板の間と畳の間の掃除だ。

使うところだけ、掃除する。

風呂とトイレは、新しい寺のを使うから、女子には、良かっただろう。

仮橋の様な渡り廊下もあるので、往き来しやすそうだ。

住職の永明えいめいさんが、色々と面倒を見てくれて、掃除も荷物運びも終わった頃、買い出し部隊が帰ってきた。

手早く、鍋の準備をした。

皆お腹をすかしていたからだ。

野菜は地の物だから、味が濃い。

あまり包丁を持ったことのない加賀裕子かがゆうこ仲本武史なかもとたけしの2人でもどうにか、手伝ってもらえるメニューだ。

セリからナメクジが出てきて、悲鳴が上ったりしたが、鍋はそれなりにできた。

ガス釜の炊飯器は初めてだったが、どうにか炊き上がった。

流石に寺なので、テーブルも、座布団も、食器も不住なく数が揃う。

二つの土鍋を運び、ご飯をよそって運ぶ。

後は箸と取り皿だ。

漬物は、間に合わないので、胡瓜を軽く塩揉みしてから、乱切りにしてポン酢で和えた。

土鍋の蓋を取ると、えーっと、落胆の声が響いた。

野菜だけの鍋なのだ。

「おい、これだけかよ。

野菜しか、買ってこなかったのかよ。」

そこらから、不満の声が出る。

そこに、ジュージューと、音を上げてフラパンを、持った裕子と武史が現れる。

中身は、ラードで炒めた豚肉とベーコンだ。

それを半分ずつ、鍋に入れる。

肉の脂の匂いが、鍋を一気に変える。

歓声を受けて、裕子が嬉しそうだ。

「やるじゃないか。」

頂きますもそこそこに、松永大輔まつながだいすけが、取り皿いっぱいの肉と野菜を掻っ込む。

皆それぞれ、笑いながら鍋を食べ始めた。

出汁にコンソメを入れたので、さっぱりとしながらも酷のある、鍋になっていた。

締めは、ここの甘い玉ねぎをみじん切りにし、チーズで全体を調えて、うどんを入れた。

皆、満足した様で、鍋もご飯も綺麗になくなった。

ここは禅寺なのだが、肉も魚も許してもらえる代わりに、酒と煙草は安全面からも禁止された。

水が美味かったから、そんな事は気にならなかった。

洗い物を手伝いながら、裕子が、お料理好きかも、と楽しげだった。

手数があるので、片付けは直ぐに終わったのでそのまま、明日の下準備。

同じく、裕子と武史に手伝ってもらった。

キャベツや人参の皮大根の皮、紫蘇しそ、胡瓜で、浅漬けを漬ける。

ここにコーンの缶詰を、入れる。

湯がいたグリーンアスパラを出汁に漬ける。

同じく皮をむいて湯がいた、人参と大根も。

台所をすっかり片付けて、これでお終い。

「お米、研いでお水につけないんですか。」

うん、と、頷く。

「漬けて置かなくても、美味かったでしょ。」

そう、研いで水に漬けたりはしない。

お米は研いだら直ぐに炊く主義だ。

「冷蔵庫が、あるからね、今は。」

きょとんとしている裕子を残して、新築の寺に向かった。

内蔵うちぐらの人命帳を見せてもらうのだ。

永明さんは、話が面白い人だったので、2人ですっかり話し込んでしまっていた。

そこに、ひょこり基菜が顔を出した。

「相変わらず、変に本が好きよね。

幼稚園の頃から、変だったわ。

聞いてよ。

園長先生に、卵を料理するネズミの本を持って行って、どうやって火をつけたのとか、鍋は誰が作ったのとかって、延々と質問してさ、親が呼ばれたんだから。

変わってないわ〜、本当に。」

笑って誤魔化すしかなかった。

「不思議に思えたんだよ。

だいたい、ネズミが服着て帽子かぶってるし。

まあ、そんなのも居るかな、って今は思えるけどね。」

そう、今なら、そう思える。

基菜の乱入は良い息抜きになった。

永明さんの寺の人命帳は江戸初期からあるので、なかなか興味深い。

特に二百年程前の住職は、かなり詳しく村人の事を書いている。

「これ、お借りして良いですか。

ここにいる内に、目を通したいんですが。」

永明さんは、快く貸して出してくれた。

「大事に読んで、くれそうだからね。」

有難うございます、と、頭を下げ、3冊の人命帳を手に、宿泊する古寺に帰ることにした。

基菜がふさげて、シェフ、シェフと言う。

まあ、家から、マイ包丁持ってくれば、仕方ないだろう。

男と女に分かれては居ても、団体で寝てるので、本を読んで徹夜って、わけにはいかなかったが、一番早く、目覚めた。

台所にそっと向かい、ご飯を仕込む。

鍋にウィンナーと玉ねぎを入れて湯がく。

昨夜仕込んだ人参と大根も出汁ごと入れる。

塩胡椒と少しのカレー粉で、味を調え、深皿に盛って、セリの葉を添える。

ラップをして、昨夜食事した広間に運んだ。

生活音がしてきて、やがて全員起きてきた。

裕子がご飯をよそって、運んできてくれるし、武史はお箸や小皿を持ってきてくれた。

浅漬けも出した。

ゆで卵とアスパラのサラダも並べた。

マスタードのチューブや塩胡椒、マヨネーズなんかも出したので、それなりに賑やかだ。

大振りのガラスのピッチャーがあったので、牛乳も出した。

朝ごはんもワイワイと楽しかった。

朝ごはんを片付けると、次のご飯が炊けていた。

これをおにぎりにする。

1人二個。

中身は、食べてからのお楽しみ。

まあ普通に牛肉の時雨煮しぐれにと梅干しと紫蘇を合わせたのに鶏そぼろを混ぜる。

大輔のリクエストは、単純明快。

「肉入れてくれ。」だったからだ。

男の料理だし、場所が場所だけに、手を抜くとこは抜くが、それなりに作るつもりだ。

苔の採取に皆で向かう。

ふた班に分かれて、林道の北と東に向かった。

怪我や虫に用心する為に、長袖長ズボンだったが、それくらいでちょうど良い気候だ。

苔は面白いように、見つかった。

大きな杉苔の群生に、思わず感嘆の声が上がる。

基菜を先頭に、言われるまま苔の写真を撮る。

採取するのは、ほんの少し。

木の根の又や岩なんかに、ビッシリと生えていた。

適度な時間におにぎりを食べ、3時には、下山する。

基菜と裕子、武史とのこちらの4人グループは、呑気な感じで終わったが、大輔達の方は山の洗礼を受けていた。

ブヨに追われたり、道を蛇が横切ったり、木の根元にある、蜂の巣に足を突っ込みそうになったり、帰り道を間違えて遠回りしたりしていたので、帰って来るとグッタリしていた。

何も考えずに、こんな時は焼肉。

タレにリンゴと玉ねぎの縛り汁を追加した。

白ダシに胡椒を効かせたのは、レモンを絞って入れて、サッパリ味に仕上げた。

それぞれ漬けて置いて、庭に炭をおこして、バーベキューだ。

広田真司ひろたしんじ橋田順也はしだじゅんや和久田徹太郎わくたてつたろうらの大輔達のグループの機嫌も一気に良くなった。

永明さんも野菜を食べながら、一緒にワイワイ楽しんだ。

翌日は朝から霧雨で肌寒く、山に入るのは中止して、苔の分類や写真の整理などをする事になった。

それぞれ洗濯もし、広い縁側の内側にある物干しに干した。

食事以外の時間が、自由になったので、ようやく、人命帳に目を通した。

お昼はサンドイッチを用意したので、各自それぞれの都合に合わせて食べてもらった。

パンはバケットにしたから、かなり食べ応えがあるはずだ。

抄礼しょうれいというこの住職は、筆まめで、村の様子がかなりわかる。

その年、冷夏に襲われ、翌年も不作が続いた年があった。

村人の為、役人なんかにも、掛け合っている。

どうにか山の物やらで食いつなぐと、三年目は豊作だった。

だが取り入れの後、嵐がやって来て山津波で田んぼが土に埋まったと書かれている。

そして、村人は神社に走った。

神社からの神託は、寺の建替えだった。

降って湧いたこの話に驚きながらも、抄礼和尚は、これを受け入れたのだった。

何かしなければ、村が落ち着かなかったからだ。

それから半年、新しい寺が建ち、2つの寺の間に渡り廊下の橋が架かった。

思わず、アッと声がでた。

サッと描かれてる図面は、今の寺のすがた、そのままだったのだ。

その時、グラッと建物が揺れた。

障子が勝手に開いて、仮橋の渡り廊下がここから、見える。

その橋の下に、黒い物がいた。

光る目が、こちらを見ていたが、スッと寺の陰に隠れてしまった。

お寺というのはのきが高い。

その上、仮橋は少し湾曲した作りで、どう見ても地面から3メートルはある。

人ではないと、感じた。

揺れたのは、ほんの一回きりだったが、しばらく、仮橋の渡り廊下を見つめていた。

抄礼和尚の2つの寺の絵図には、渡り廊下の下に、薄墨で真っ直ぐに線が引かれていたのだ。

てっきり、橋を支える柱だと思っていたのだが。

夕闇が迫り出し、ユックリ立ち上がると、勝手に開いた障子を閉めた。

電気を付け、残りを読みすすめた。

翌年から、村に平和が戻った。

抄礼和尚は、ご本尊の裏に法師様をお迎えしたと、書いていた。

これは何を意味しているのだろう。

そこまで読んで、夕飯の為に、人命帳をとじた。

裕子に厚焼き卵の作り方を教え、ご飯の炊き方も教えた。

とにかく冷たい水を使うのだ。

なければ、氷を水の分量になるように浮かせる。

冷蔵庫があればこその米の炊き方だった。

武史には餃子の皮を、作ってもらった。

中身のアンは、フードプロセッサーがある。

中身より、皮のモチモチ感が大事だ。

それを水餃子にすれば、焼くより大量に出来る。

鍋2つにタップリの水餃子も瞬く間に空になった。

裕子の卵焼きも人気だった。

夕飯の後、基菜に明日は山に行かないと告げた。

基菜のリクエストのオムライスを作る事で、了承してもらった。

本堂に1人たたずんでいると、永明さんがやってきた。

揺れて開いた障子と不思議な影の話をし、抄礼和尚の絵も見せた。

永明さんも法師様に心あたりは無いという。

「もう少し、読んでみます。」

「そうですね。」

ガランとしたご本尊のいない空洞を見ているしかなかった。

次の日、皆を送り出してから、本堂を調べる事にした。

懐中電灯も借りた。

昼間でも柱の間や天井付近は薄暗いのだ。

一緒に法師様を、探したいと言っていた永明さんは、急な檀家さんのお隠れで、寺を留守にしていた。

裏は薄暗く、幾つかの柱が入り組んでいて、見通しが悪い。

本尊が置いてあった裏の辺りにやってきたが、何も無い。

柱の1つ1つに光を当て、上までよく見る。

1本の柱のかなり上の方に、何かが釘で打たれている。

小さくても、寺の天井は高い。

一旦外に出て、梯子を探す。

来る時に、小屋の壁にかかっていたのを覚えていたからだ。

梯子をどうにか、寺の中に入れ、柱を縫いながら、問題の場所に着いた。

丸い柱に梯子を添えると、スンナリと収まった。

梯子を登ると、小さな皮の袋が釘で打たれていた。

釘は手で触ると、直ぐに抜けた。

形からいってもかなり古い釘だ。

丸くなく、いびつに角張ってたのだ。

皮袋ごと、下に降ろす。

粗く縫われた袋は風化していて、触る側から、ポロポロと崩れ、口が直ぐに開いた。

その中には、小さな蛇の皮が入っていた。

明るい場所で、それをテーブルの上で繁々とみたが、これが法師様なのかは、わからなかった。

台所から、ビニールの袋を持って来て、自分のリュックに入れた。

後で永明さんにも見てもらおう。

柱を見たり、床や天井を調べたが、それ以上の物は見つからなかった。

梯子を片付けていると、視線を感じた。

振り向くと、あの橋の下に影が立っている。

ほんの一瞬で、直ぐに見えなくなった。

不思議と怖いとは思わず、古い方の寺に帰った。

オムライスは意外と手間がかかった。

チキンライスを作ってから、卵を焼く。

これで一品なのだ。

8人前のオムライスはなかなか、大変だった。

それにしても、ふた班とも帰りが遅い。

豆腐のサラダを作りながら、時計を見ると5時を過ぎていた。

心配になった頃、どうにか基菜と大輔の班が帰ってきた。

基菜と裕子は直ぐにシャワーを浴びに行った。

2人が出てくると、疲労困憊ひろうこんぱいの大輔達が風呂に行った。

流石にぎゅうぎゅうだったようだが、全員で入ってきたらしい。

その間に、台所で卵を焼きながら、裕子が今日の、山をグルグル歩いた話を聞かされた。

行けども行けども苔が無く、遂に道に迷ったのだ。

「でも、林道から外れてないんですよ。

あんなにあった杉苔が影も形もなくて、もう、狐に化かされたみたいでした。」

「山では良くあるんだよ。

同じ場所に着けないって事が。

さて、ソースも出来たし、盛ろう。」

オムライスのソースは、ホワイトソースとデミグラスソースとトマトソースを用意したから、それぞれお好みでかけてもらう。

サラダも並べて、風呂上がりの大輔達も、席に着いた。

鶏肉とベーコンがゴロゴロ入っているので、何の文句も出ないし、お腹が空いていたのだろう。

大盛りオムライスが、直ぐに空になった。

大輔達も今回もまた、道に迷い、蜂に追われ、変な沼に行く手を阻まれ、かなりの冒険だったようだ。

見ると真司の手が赤い。

どうやらうるしかぶれのようだった。

永明さんから預かった救急箱から痒み止め軟膏を出して塗っておいた。

他の誰も気付かなかったぐらいだから、軽く終わるだろう。

何となく、重々しく、明日は休養日にする事にした。

朝御飯は昼と合わせてノンビリ食べる予定で、朝寝坊をする事になった。

その夜は、疲れもあってか、全員早寝だった。

疲れからのいびきもおさまり、ウトウトしかけた時、怒鳴り声で起こされた。

「起きろ、直ぐに逃げるんだ。」

耳の奥がガンガンして、起きてもフラフラした。

少しボーっと、していたらしい。

「急げ、来るぞ。」

同じ声が、怒鳴った途端、グラッとして、床が震えていた。

その後ドンと、下から突き上げられた。

慌てて皆を起こす。

月明かりの中、あちこちの電気を点けたり消しながら、基菜と裕子も起こした。

誰も彼もキョトンとしていたが、とにかく大事な物を持たせ、新しい方の寺に避難する事にした。

仮橋のところに着くと、又グラグラと揺れた。

悲鳴が上がる。

サッサと渡った大輔達の後ろで、基菜と裕子が尻込みをしていたが、武史に手伝ってもらって、橋を渡り出すと、又、グラグラと揺れた。

立ちすくむ2人を武史と2人で、後ろから押して、どうにか、橋を越えた。

振り向くと、橋の下に、影がいた。

ジッと見てる暇はない。

直ぐに、寺の中に作られていた内蔵に向かった。

冬場になると寒さが厳しいので、ここらでは蔵を建物の中に隣接するのだ。

全員で、蔵の中に入った時、ドーンと大きな音がした。

悲鳴が上がる。

様子を見ようと、立つ者が出たが、その度、グラグラと揺れ、蔵から出る事ができなかった。

何回か地鳴りもしていて、生きた心地がしなかった。

日が昇るのを待つしかないのだ。

明け方、ウトウトしていると、野鳥の声で目が覚めた。

渡り廊下の橋があった場所に行くと、橋が真ん中から折れていた。

橋の下の影は見えなかった。

古い寺は、岩に潰され、半分も残っていない。

何処かが崩れて、岩が幾つか落ちてきていたのだ。

壊れた橋のあたりにも、ゴロゴロと岩が転がっていたが、こちらの建物には、何の被害もない。

地崩れの時は往々にしてこんな事があると、後から言われたが、その時は本当にゾッとした。

大輔と徹太郎の2人が軽トラで、村に知らせに行き、ついでに菓子パンや牛乳なんかを仕入れてきた。

昼過ぎには、村人と共に、永明さんも帰ってきた。

後二、三日泊まる予定だったが、これで今回の合宿は、お開きになった。

全員無事だったのをよろこんでもらえた。

パンやらジュースなんかを食べて、ひと息ついてから、村に送ってもらった。

そこから、バスと電車を乗り継ぎ、かえるのだ。

ほんの2時間ほどで、景色がガラリと変わり、暑い都会に帰って来た。

山寺がいかに涼しかったか、よくわかる。

それから、空調の風が吹いている中で、大学の図書館に通う日が続いた。

古文や歴史書の復元なんかをしながら、卒業後も就職もせず、何となく胡散臭うさんくさい職業に、いつの間にかついていてた。

基菜はガーデニングに魅せられ、イギリスで勉強している。

大輔と真司は、山歩きが好きになったらしく、あちこちの山を登り、時々マスコミに出ていたりして、登山の本も書いてる。

裕子はカフェに勤めながら、自分の店を出す準備をしてるし、武史は大学中退して、調理師学校に行って、割烹料理店で修行しているという。

後の2人は、普通に商社や貿易会社のサラリーマンに納まっていた。

基菜に普通の仕事はしないわよね、と、言われた通り、叔父にも一族に1人ぐらい、お前みたいなのが居ても良いさ、と、言われながら、本当に趣味で、心霊探偵をしている。

あの日、山崩れでの岩の直撃から助けてくれた、渡り廊下の橋の下に居たのは、白蛇の多々良だった。

多々良の地の神の力で、寺を揺らして、逃がしてくれたのだ。

多々良自身、自分の存在のわからなくなっている現代人に、不満もあったのだ。

自分と話せる人間を探していたのだった。

探偵の影に沿うようにして、共に山を降りていたのだ。

この家は、クーラーなんか無くても、屋敷妖怪の静香さんが、過ごしやすくしてくれている。

居間の長椅子で、ノンビリ昼寝をしている多々良だった。

あの怒鳴って起こされた瞬間に、多々良と探偵の心の何処かが繋がったのだ。

探偵が、料理をすると、白蛇の多々良が美味しい匂いで、幸せになる。

「久々に、焼肉入りの鍋、作りましょう。

梅雨の時期だし、梅干しも入れますね。

覚えてますか、この野菜、永明さんから届いたのですよ。

懐かしいでしょう。」

とぐろをといて、傍に来ていた多々良が、フンという顔をし、紅い口から、長い舌をチロチロと出した。

白ダシと梅肉の野菜鍋に、ジュージューいわせた焼肉をドッサリと入れ、蓋をしてテーブルに運んだ時、チャイムが鳴った。

幽体離脱ゆうたいりだつ何時でもって、高校生が、玄関に来ている。

静香さんが扉を開けると、陽気な声が辺りに響いた。

「相変わらず、元気だよな、あいつ。」

「多々良は、相変わらず口が悪いですよね。」

支度の整ったテーブルを横目で見ながら、スッと立ち上がると、多々良は天井に届きそうだ。

「大きくなりましたね。」

「いや、小さくもなれるさ。」

スーッと縮まり、スルスルとどこかの陰に消えて行った。

探偵と元気な高校生との、不思議な夕飯が始まる。

それをニコニコと静香さんが見ているのだ。

誰かが、何かが、探偵に調査の依頼を持って来る日まで、こんなゆったりとした夕食の時間が過ぎていくのだった。


今は、ここまで。

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