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プレ・ドライブ 異星船捕獲作戦  作者: 凍龍
第一部 〜我を捕らえよ!〜 異星船捕獲作戦
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第九話 追跡行

 追跡はすでに始まってから十数分におよんでいた。

 整備区画を抜け、どんどん人気のない場所へ入り込んでいく不審人物を足早に追いながら、俺は自分の直感が正しかった事を確信していた。

 食堂でこちらの様子を睨むように見つめていた年配の男。

 着ているツナギの色は一般作業員を示すありふれた白。胸にはちゃんと認識票もつけていた。だが、その仕草になにか不自然なものを感じたのだ。

 アローラムのドック入り以来、司令は改修作業に直接従事する作業員に特に派手な色付きのツナギを支給し、他の部署と明確に色分けして一目で担当部署がわかるように配慮していた。俺は最初、それを意味のないこだわりのように感じていたけど、色付きの作業員以外は決してアローラムに近づくことはできない。

 警備上のメリットもちゃんとあったわけだ。

 ぼんやりそう考えながら、足音を殺して歩く。

 その間にも、男は倉庫区はずれの隔壁をいくつも通り抜け、旧区画に入り込んでいた。

 ほとんどの設備が取り外され、がらんとした主廊下は追跡行には向いていない。

 俺はさらに距離を取り、枝道に身を隠しながら慎重に男を追う。

「こんなところに入り込んで、一体何のつもりだ?」

 注意深くあたりを見回しながら俺は内心でつぶやいた。

 このあたりは無人作業ロボットが岩山にぶち抜いた直線状のトンネル構造そのままの区画だ。

 初期の辺境拠点によくある構造だが、壁も天井も、シールドマシンの切削跡の残る岩盤に白っぽい気密プラスターを吹きつけただけの簡単な仕上げで、見るからに寒々しい。

 だが、トロイスの場合は基地が拡張されたのに合わせ、住みやすい新区画にほとんどの設備が移された。

 今ではこの区画はほとんど物置代わりにしか使われていないと聞いている。

 この先にあったエアロックも放棄されてすでに久しく、とっくに完全封鎖されているはずなのだ。

 自ら袋のネズミになるようなものなのに。

「あ!」

 男が二つ先の枝道を折れて不意に姿を消した。湊は慌てて通路を横断し、通路の手前で壁に貼り付いた。

 呼吸を整え、そっと通路に顔をのぞかせる。だが、通路に人の姿はなかった。

 行き止まりの分厚い耐圧ドアが半開きの状態でかすかにきしみ、その向こうには細く暗闇がのぞいている。

〈第三エアロック〉

 ドアに大書され、閉鎖時に削り取られたらしき文字の残がいはかろうじてそう読めた。

「まさか!」

 俺の背筋に冷や汗が走った。

 閉鎖されているはずのエアロックが実際はまだ密かに使われているとすれば…。

 基地の警備体制は文字通り、思い掛けない大穴を見過ごしている事になる。

「スパイ!」

 忘れることのできない苦い過去がふたたび脳裏によみがえった。

 かつてエルフガンドに所属していた頃、設計を盗まれた経験があったのだ。

 あの船はひどい難産だった。ふさいでもふさいでも次々に問題点が発生し、それでもようやく試作機の生産移行が完了し、量産開始を間近に控えた新型のロボタグ。それにそっくりなタグボートが外国のライバルメーカーから華々しく売り出された時の屈辱感は今だに忘れることなどできない。

 まさか、またなのか?

 額にじっとりと脂汗がにじむ。次の瞬間、俺は思わず我を忘れてエアロックに突進した。




「班長、これ、どう思われます?」

 施設管理課の若いスタッフが、管理室に入ってきた年配の男性に声をかける。

 第三直しんやきんからの記録を確認中、ふと、気になる記述に出くわしたらしい。

「棚本よう、俺、当直明けなんだ。頼むから面倒ごとはよしてくれ」

 既に私服に着替え、鞄をぶら下げた班長は面倒くさそうな顔でスタッフの背後に歩み寄る。

「いえ、交代直前なんですけど、センサーが何度か誤作動しているみたいなんです。ここ、見て下さい」

 そう言ってモニタに表示されたログを指さす。

 彼は一瞬鋭く目を細め、次の瞬間には再び気乗りのしない表情を装ってスタッフの手元をのぞき込み、ふんふんとぞんざいにうなずく。

「北区第三エアロック……ああ、なんだ。〈お化けエアロック〉じゃねえか」

「なんですかそれ?」

「昔からあそこは変なんだ。誰もいねえのにセンサーは誤作動する、インカムは鳴る、外扉が勝手に開いたり閉じたりする、なんてことがよくあった」

「へえ!」

「そういえば誰かに無線で呼ばれたような気がする、なんてのもあったな。だから〈お化けエアロック〉」

「でもここ、もうだいぶ前に閉鎖されてますよね。外扉も溶接されてますし」

「そうだな、ここ何年もそんな気配はなかったんだ。新人のおまえが知らないのも当たり前か」

「じゃあ、特に対応は……」

「ああ、いらん。放っておけ。こんなことでお忙しい基地司令を煩わすわけにもいかん」

「はあ」

「いいか、当直中に同じことが起きても気にするな。第二直やきんに引き継ぐ必要もない。どうせそのうちにおさまる」

「ま、班長がそう言われるのなら……」

「頼んだぞ」

 班長は気安い調子で彼の肩をポンと叩くと管理室を出て行った。

 棚本と呼ばれたスタッフはしばらく思い悩み、モニタに第三エアロック周辺のマップを出してみる。

「ああ、ここって三角山の正面なんだ」

 なんとなく納得する。三角山というのは単なるあだ名だが、トロイスのすぐ北側にある自然の地形とは思えないほど整った三角錐型の丘を、基地の職員はいつの間にかそう呼ぶようになっていた。

「確かにちょっとオカルトな感じするもんな」

 そう独りごちたスタッフは、マップ画面を閉じ、気持ちを切り替えようと軽く頭を振る。

 だが、胸の奥の小さな違和感はなかなか消えてくれなかった。




「へえ、これが新しい耐Gシート?」

 航法コンピューターの設置検査に立ち会うため、数日ぶりにアローラムのコクピットに入った私はコクピットの変貌ぶりに思わず歓声を上げた。

「そう、おかげで予想できる二ケタの高G環境にも耐えられるってわけです」

 据え付けの最終チェックをしていたブルーのツナギ姿の技術者が振り返り、縦に引き伸ばされた巨大な卵のような筐体を撫でながら自慢気に微笑んだ。

「ちょっと待って! 2ケタのGって?」

「ええ、なんせ相手は秒速1000キロからだって一気に停止できる化け物ですからね。それに追いすがろうとすれば最低でも2、30G程度は覚悟しなくてはなりません」

「げっ! それじゃ私達……」

 その言葉を聞いただけで体がずぶずぶと床にめり込みそうに思えた。だが、技術者は平然と説明を続ける。

「大丈夫ですよ。二十世紀末の技術的トライアルで、高度に訓練された人間は極めて短時間であれば70Gという超高Gにさえ耐えうる事が実証されてます」

「でも、私達はそもそも高度な訓練なんて受けてません。まして短時間ってわけにはいかないんですけど」

「そこで、我々はあなた方操縦者を守るためにこれを開発しました。実際に装備されるのはこの船が世界初ですが」

「はじめて?」

「ええ、他にも新技術が山のように投入されてますよ」

 作業員はうれしそうにうなずく。

「あなたが担当されることになる航法コンピューターも半自律ニューロAI搭載のベータテスト機ですし、エンジンもプラズマ燃料も、どれも開発段階の試作品や量産試作ですね」

「えー!」

「司令はおそらく今回の計画で、ここ4~5年ほとんど進展のなかった宇宙船技術のブレイクスルーを狙っておいでのようです」

 私の抱えた内心の不安にはお構いなく、データパッドのチェックリストを上機嫌に消化しながら人ごとのように気楽に続ける。

「おまけにあの宇宙船を首尾よく捕まえれば、さらに飛躍的な革新も夢じゃないですから」

 背筋にすっと汗のしずくが滴ったような気がして、私は急に震えるほどの怖さを感じた。

 だが、ようやく私の表情に気づいたらしき技術者は、彼女の肩をポンと叩いて白い歯を見せた。

「大丈夫です。あの辻本司令がうまく行くっておっしゃってるんですから」

「どういうことです?」

「あれ、ご存知ないんですか。あの方は初期から火星開発に関わられたかなりの猛者です。どんな凄惨な大事故からも常に生還されたので有名ですよ」

「全然知りませんでした」

「そうですか。まあ奇跡的な強運の持ち主で、幸運の女神に魅入られているって噂されていたそうです。それほどの色男ってわけでもないんですけどねぇ」

「宙航士訓練校の校長先生じゃなかったんですか?」

「ああ、確かにここ四年ばかりはそうでしたね。でも、その前は火星のアズプールで基地司令を務めていらっしゃいました。不思議なことに、彼の任期中、基地全体の事故率のオーダーが平均で一桁下がったんだそうですよ。どうも司令には我々の知らない魔術の心得があるみたいですね」

 技術者はにっこり笑いながらそうコメントする。

「ふうん」

 どうやら辻本にはあのすっとぼけた容貌からは予想もできないハードな過去がまだまだありそうだ。

「それより、肝心の航法コンピュータはどこですか? それにディスプレイがどこにも見当たらないけど」

 あまりにもすっきりしたコクピットを見回しながら尋ねる。あるのは圧倒的な存在感を示す二基の耐Gシートのみ。観測窓や計器類もすっかり姿を消している。

「ああ、コンピューター本体はコクピットの床下に移しました。厚さ百九十ミリの積層鉛板と重ステンレスメッシュとチタンと生体セラミックの四重シェルに保護されて純粋エタノールのタンクに浮かしてあります。ニューロチップは宇宙線にかなり弱い素子ですから」

 技術者が笑いながら耐Gシートを操作した。ピッという電子音と共に巨大なシェルが油圧でばっくりと開き、中から狭苦しいカウチが現れる。

「操作者がここに寝そべった状態で上から蓋が閉まります。稼働中、体との隙間はすべて透気性のフォームで満たされ、操作者はジェルにすっぽり包まれた状態になります。データはすべてこいつで網膜に直接投影しますから、ディスプレイや計器は特に必要ありません」

 言いながら彼は実際にシートにすっぽりと沈み込み、大型のデータゴーグルにも似たマスクを顔にあてがってみせる。通常のゴーグルと決定的に違うのは、このマスクは額からはじまって顔から肩まですっぽり覆う上に、かぶってしまうと全く外が見えなくなってしまう点だ。

「コンピュータの操作はすべてこのHMDアイポインターで行います。あと、パイロットのスロットルとコントロールスティックはここ、手を下げた状態でこう、握ります」

 そのまま両手を体にそって下げ、腰の両わきにあるスティックを握ってみせた。

「あ、でも、超高速航行時はAIアシスト操船に自動変更されて、パイロットはAIに対して主に思考で指示を出す方式になりますね。船の速度があんまり早すぎて、人体の反応速度では細かい操作が間に追いつきませんから。パイロット用のHMDは後頭部まですっぽり覆いますし、延髄部分にそのための脳波探針も組み込んでありますよ」

「アイポインターは苦手なんだけどな。それにこれ、ほとんど身動きがとれないみたいだけど」

「ええ、でも、超高G環境で人がなんとか動かせるのはせいぜい指先か目玉ぐらいのものですからね。それでも相当辛いはずですが」

 技術者はゆっくりと起き上がりながら付け足した。

「このシートは超高速で飛び回る乗員の生命の保護を最優先に設計してあります。非常時には、これ単体でも船外脱出救命カプセルとして動作するようになってます。ただ、残念ながら今回は快適な居住性まで気を使う時間的余裕はありませんでしたが……」

 そう言うとすまなそうに頭を下げた。

「実を言うと以前、サンライズの開発部にいた時分に私も試してみたのですが、訓練機で十秒間ほど二十四Gに耐えた後、失神してしまいましたよ」

「うっ!」

「一般人にはどうやらその辺が限界のようです。もちろんこれがなければその三分の一も耐えられないのは確実ですが、実際にこれをお使いになるあなた方には心から同情します」

「そんなに辛いの?」

「実を言いますと、かなり……」

 技術者はすれ違いざま小声でささやくと、物騒な答えにあわてる私に小さく手を振り、苦笑いしながらコクピットを出て行った。

「香帆ちゃん」

 不意に呼びかけられて振り返ると、以前の貨物区画からオレンジ色のツナギに身を包んだ優子さんが眠そうな表情で姿を現した。彼女が身にまとうと、こんな無骨なワークウェアでさえ魅力的に見えるのが不思議でならない。

「優子さん。今朝も早いですね」

「おはよう。でも早いんじゃなくて遅いのよ。昨日から徹夜で作業だったもの。それより主任はどうしたのかしら?」

「しゅ……ああ、湊先輩ですか? そう言えば昨日の晩から姿を見てないんです。窯元の方にも顔を出してないっていうし。まったくどこで何して遊んでんだか」

「そう……」

 優子は途端に肩を落としてしゅんとした表情になると、小さくため息をついた。

「やっぱり避けられてるのね」

「あの、何か用事でも?」

「ええ、エンジンの組みつけが今日でほぼ完了したの。それで一応確認してもらおうと思ってたんだけど」

「伝えておきましょうか?」

「ええ、お願い。じゃあ、施設管理課のスタッフに呼ばれているから」

「へ? 施設管理課?」

「そう。なんでも、以前小惑星の遺跡を調査した時の経験を買って相談したいって」

「え!」

 思いがけない単語が出てきたことにきょとんとする。

 優子さんの言う『遺跡』とは、多分あれ。日本人ジャーナリストが偶然発見した異星人の通信施設と目されているヤツだ。

「ゆ、優子さん、そんなことにも関わっていたんですか?」

「まあね。エアロック遺構の構造解析がらみで関わったの。学者さんには開け方が全く判んなくて、|石岡・エルフガンド重工ウチにお呼びがかかったのよ」

「へえぇ」

「ほら、ウチはコロニーや小規模基地の設計施工もけっこう手広くやってるから」

「……でも、遺跡と施設管理課に何の関係が?」

「ええ、どうやら、エアロックでセンサーの誤作動がどうとかで」

「ああ! もしかして、北区第三エアロック?」

「どうして知ってるの?」

 優子さんは目を丸くして私の顔をのぞき込んできた。

「あ、ええと。基地のオペレーターさんと仲良くなって。最近サウナで良く会うんです」

「へえ」

「で、彼女の話によると、なんでもそのエアロックには怪談話があって、誰も居ないのに入室センサーが誤作動したり、インカムで呼び出されたり、外扉が勝手に開いたり閉じたりしてたらしいですよ。一説にはエアロック正面にある通称『三角山』って名前の不思議な地形が、超自然的影響を……」

「止めて、怖くなっちゃうじゃない」

「あ、大丈夫です。そんなこんなでもうだいぶ前に閉鎖されて、完全に溶接されて遺棄されたそうです」

「それは変ね。私、はっきり北第三エアロックで発生中のセンサ異常について話を聞きたいって言われたわよ」

「現在進行形ですか。確かに変ですね?」

「まあ、いいわ。とりあえず行ってみる。主任への伝言、よろしくね」

 そう言い残すと、優子さんはあくびをかみ殺しながらふらふらとコクピットを出ていった。

 私は、こんな大事な局面で行方知れずの先輩にちょっと腹を立て、不慣れなアイポインターにイライラをさらに増幅させながらシステムのインストールチェックに取りかかった。


---To be continued---

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