第七話 ライトスタッフ?
三十分後、先輩は時間ぎりぎりに約束の第三会議室に現れた。
一方、私は思いっきり不機嫌だった。
先輩は私が何でふくれているのかまるで見当がつかないらしく、ひどく困惑していた。
(いい気味だ。少しくらいオロオロしてればいい)
こっちから折れるのもシャクで、お互い一言も話さないのに、次第に部屋中がぴりぴりした険悪なムードに染まっていく。
「お~、そろってるな」
と、二人をこんな状態に追い込んだ張本人が、緊張した部屋の空気をまるで読まない能天気なセリフと共に現れた。
私は精いっぱいの恨みをこめた視線をセリフの主にぶつけたけど、辻本司令はそれには知らんふりで背後に伴ってきた長身の女性にうなずきかけ、両手を広げて大きく笑った。
「さあ、そろそろ種明かしと行こうか!」
その言葉に、俯いていた女性が顔を上げた。
宇宙生活者には今どき珍しい背中までのロングヘア。
さらりと前髪をかき上げる優雅な仕草から目が離せなくなる。
知的で清楚。そんな言葉がぴったりくる美しい黒髪、スラリとスマートな長身。
(きれいー)
いかにも大人の女性という落ち着いた仕草に私は思わず見とれてしまう。
だが、その瞬間、彼女の瞳は何かに驚いたように大きく見開かれ、同じ瞬間、隣に座る先輩の顔がわずかに引きつった。
私だって二人の変化に気づいたけど、先刻からずっとトンガリっぱなしの態度を今さら改めて先輩に尋ねるのはなんだか負けのような気がして、余計にむしゃくしゃしてしまう。
「石岡・エルフガンド重工業から参りました。小型船舶設計部、チーフの日岡優子と申します」
そこで言葉を切ると、ためらいがちな笑顔を浮かべて、
「お久しぶりですね。湊・エアハート主任」
外見から想像するより低いアルトな声ではっきりと挨拶した。
「一体どういうつもりですか!司令!」
その瞬間、突然先輩がキレた。
私が目を丸くしてぼう然と見つめる中、先輩は座っていたイスを跳ね飛ばす勢いで猛然と立ち上がった。
「まあまあまあ、落ち着いて落ち着いて……」
だが、辻本司令はちっとも慌てない。
「どういうつもりなんです!? これほど念入りな悪ふざけをしかけて、司令、あなたは一体何が楽しいんですか?」
「そう言わずにまず説明を聞いてくれよ~」
「俺はこれで失礼します。これ以上くだらない茶番には付きあっていられません!」
「いいから聞けって!!!」
先輩を上回る大音声で辻本司令が雷を落とし、昼行灯の急変ぶりに先輩も一瞬毒気を抜かれて立ちすくむ。
「や~、悪かったな」
再びのほーんと言い、急に真顔になると人さし指を顔の前で立て、真剣な口調で続けた。
「いいかい、すべてに明確な理由がある。確かにだまして呼び寄せたようでまったく申し訳ないが、とりあえず私の説明をすべて聞いてから判断しても遅くはないと思わないか?」
しんと静まりかえる会議室。
ひょうひょうとした辻本司令にこれほどの威圧感があったのかと思えるほどのプレッシャーと真剣な表情。
先輩もさすがに話だけは聞く気になったらしい。
蹴り飛ばしたイスを自分で拾うと、ガタガタとばつが悪そうに座り込んだ。
そんな先輩を見やりながら、辻本司令は両手をパンと大きく打ちあわせる。
「さーて、ここに集まってもらった君たちは、日本の造船業界のそれぞれの分野で若手の注目株とうわさされている人間ばかりだ。湊は船体設計、徳留君は航法システム、そして日岡君は高出力エンジンの開発だね」
「……なんだか、そのまま船が一隻できそうね」
日岡さんがポツリとこぼす。
「ま、当たらずとも遠からずといった所だな」
辻本司令はまた元のぼんやりした表情に戻ると、右手を振って隣室の係員に合図した。ゆっくりと照明が落とされ、続いて、静止画像が正面の大型スクリーンに映し出された。
「これは数年前に見つかった宇宙人の通信施設ではないかと言われている構造物だ。女性ジャーナリストが遭難・漂着した小惑星で偶然発見したものだが、かなり話題になったからみんなも知ってるだろ?」
三人とも無言でうなずいた。
当時は日本中、いや太陽圏全体が半年近くも連日その話題でもちきりだったのだ。
「ところで、この遺跡の扉に実はちょっとしたからくりがあったらしいんだな。我々が扉をこじ開けると同時に遺跡から特殊なパルスが太陽系外に向けて発振されていた事が、その後の調査で判明した。極超短波、超指向性波だったから検知は不可能だったがね」
「何だかびっくり箱みたいですね」
私は何気なく思ったままを口に出す。
ところが、辻本司令はその言葉に我が意を得たりとばかりに大きくうなずいた。
「みたい……じゃなくてまさにそのものだったんだよ。その信号に応えてだかどうだか、太陽系の最外縁、通称彗星の巣とも呼ばれているオールト雲の向こう側から、ひょっこりとんでもないものが顔を出した。だいたい一年ほど前のことらしい。それが、これだ」
画像が切り替わり、星空を背景に、ぼんやりと白く細長い物体の写真が映し出された。限界までデジタルズームされているらしく、画像は相当に荒く、しかもぼんやりとしている。
「ところで、君たちは前世紀の初頭、太陽系に突如飛び込んで来た謎の飛来物〈オウムアムア〉ってのを知ってるかな?」
「はあ?」
辻本司令は突然話の矛先を変えてきた。私たちは困惑し、3人そろって首をひねる。
何かの講義で聴いたような気もするけど、誰もはっきりとは覚えていないらしい。
「あれは結局正体不明のまま、太陽に最接近してそれきっきり。放物線を描いてどこへともなく飛び去ったんだが、今回もはじめは同じような恒星間天体だと考えられていた」
「はじめはって言うことは?」
「ああ、すぐにうちの深宇宙サーベイの無人監視システムがアラートを上げた。太陽重力に引かれて太陽系に落ちてきた自然天体では普通あり得ない現象が確認されたんだ」
「というと?」
「突然減速したんだよ」
「え!」
「そんなわけで、ここの観測所にある一万二千ミリ光学系で昨日捉えたばかりの最新画像だ。ちょっと判りにくいんでコンピューター補正を加えてみたのが次の写真……ああ、これではっきり判るだろう?」
「あっ!」
画像が切り替わった瞬間、私達三人はそろって思わず声を上げた。
明らかに人工物と思われる整った流線型。地球のデザインとはひどくかけ離れた形だが、細くくびれた船腹に、グラマラスにぐっとふくらんだ船尾とおぼしき部分が見て取れる。
「うっ!」
「まさか!」
「宇宙船?!」
「ほら、やっぱりそう見えるだろ?」
辻本司令はニヤリと笑みを浮かべるとそこで言葉を切り、私達のぽかんと口をあけた表情を楽しそうに観賞しながらさらに続ける。
「おまけにこいつは近ごろになって弱い極超短波信号を発振し始めた。それまで一部の天文学者の口にしかのぼらなかったマイナーなニュースが、おかげで急に脚光を浴びることになったんだが……」
「どこかの国の探査船かなにかじゃないですか?」
「違う!」
辻本司令は日岡さんの発した質問を即座に否定した。
「発振している電波がまたふざけてるんだよー。英語、中国語、ロシア語、フランス語、ドイツ語、そして日本語の音声通信なんだ」
「……で、内容は?」
「内容はどの言語も同じ、〈我を捕えよ〉の一文だけ」
「は?」
三人の声がハモッた。
「それぞれの言語で順番に、同じ内容をきっちり三十秒間隔で延々と繰り返している。該当する国の宇宙開発機関にも非公式に問い合わせをしてみたんだが、どこも口をそろえて、そんなものは知らないの一点張りなんだよ。ところが、だ」
言葉を切ると同時に新たな画像が次々に写しだされる。今度は極めて鮮明だ。
「あら、これ」
日岡さんがつぶやくように言った。
「そう、NASAの探査母船〈シルバーストリング〉だ。四週間前から任務未発表のままで太陽系外縁部に針路をとっている。さらに二日遅れてEU連合軍の調査船〈アトランティス〉、次いで北中国人民解放軍の軽巡洋艦〈瀑布〉、さらに遅れて先週末にはロシア軍のチャーターした特殊サルベージ船までもが出てきたよ」
「どうして?」
「さあ、どうしてかな?」
にやりと笑う辻本司令。
「どれもみな、謎の宇宙船めがけて争うように猛スピードで航行中だ。しかもお互いに極秘で。さて、これがどういうことかわかるかな?」
辻本司令はそこまで言うと言葉を切り、私達三人の顔を均等に見渡した。
「争奪戦だ……な」
先輩がぽつりとつぶやく。
「さすが、鋭いな」
辻本司令は大きくうなずいた。
「でも、それならそうとどうして初めからちゃんと話してくれなかったんですか?」
「誤解のないように一応言っとくが、君らを信用していない訳じゃないぞー。万が一にも情報が他に漏れないように、だ。君達がそのためにここへ向かってることが明らかになってしまうと、妨害される恐れが多分にあった。いや、実際、間一髪だっただろ?」
「先輩! あの小惑星はやっぱり…」
息を飲む私に先輩は無言でうなずいた。
「下手すりゃ殺されてたな」
「他はどこも軍産複合体が絡んでいるから、ライバルを蹴落とすためにはそのぐらいの裏技は平気で使うだろうね。ま、そういうのも当然の事情ってわけだ」
辻本司令らしからぬ深刻な表情で先輩の言葉を裏付ける。
「だが、うちは対抗して国防軍をおおっぴらに動かすことなんぞ端から無理だ。そこで、最初に見つけたくせにうかつにも出遅れた我々NaRDOは、この際思いきった戦法をとることにしたんだ」
「それが私達ですか?」
日岡さんがあきれたように問いかける。
「そう。少人数、しかも民間主体による徹底的な極秘計画。今からよそを出し抜くにはこれが一番成功率が高いと上は判断したんだな。政府の動きを極力隠し、競争相手を油断させる戦法だよ。こんな辺境の開発基地に本部を置き、あくまで個人の船にこだわったのもそのためなんだ」
辻本司令はそうぶち上げた。
「どうだ、協力してくれるか?」
「……ひどいですね」
先輩はぽつりと言った。
「ここまでお膳立てがそろっているのを断ったりしたら、俺は太陽系一の憶病者になってしまうじゃないですか」
辻本司令はわが意を得たりといった表情でにやりと笑った。
「悪いな」
「でも、今からアローラムの改修、修理なんてしていたらとても間に合わないと思うんですが……」
私は素朴な疑問を口にした。
「それが、案外そうでもない」
辻本司令は大げさな身振りでテーブルの隅をタップする。途端にテーブル全体に細かい図表が表示された。
「これが改修計画のアウトラインだ」
トントンとチャートの端を示しながら付け加える。
「二ヶ月前、アローラムがターゲットに決まってからすぐ、密かに日本中から腕利きの造船技術者と設備をピックアップしてかき集めた。すでに受け入れ側の準備はほとんど完了してる」
計画図に重ねるように、ほとんど遅滞のないラダー図が表示される。
「君達が運んで来た貨物も実はその一部なんだよ。船が半壊したのはさすがに予想外だったが、幸いアローラムの船殻構成はモジュールタイプだ。どっちにしてもエンジンは積み替えるつもりだったし、船殻の一部改修も当初予定のうちだったしな。彼らならそれほどスケジュールを圧迫せずに修復してくれるだろう」
言いながらもう一度テーブルをタップする。
「それよりこれを見てくれ。謎の宇宙船のここ一週間の位置座標をプロットしてみたんだ。これによると…」
「なんだこれ!」
先輩の大声につられて私達もデータチャートをのぞき込み、その信じられない数値と航跡に思わず自分の目を疑った。太陽系の外縁を超高速で縦横に飛び回る不可思議な航跡。
「このデータを信用するかぎり、お客さんはたった一日で一億キロ近い距離を航行できる事になる。例えれば地球、太陽間をほんの一日半でまたぎ越す猛スピードだな。燃料も推進方式もまったくの謎だ。さすがにその速度で長時間連続して航行することは難しいようだが、それにしたってとんでもなく脚が速い」
「アローラムの巡航限界速度が秒速一六〇キロだから、そのざっと六倍、いや、それ以上か……」
ひいふうみと指を折りながら呆れたように先輩がつぶやく。
もちろん、アローラムに限らず民間の船舶が通常の運用でそこまでの加速を行なう事は絶対にありえない。燃費が収支を割り込むほど極端に悪化する上、確率的にスペースデブリとの深刻な衝突が避けられないものになるからだ。
理論上、空気や接地抵抗のない宇宙空間では、延々と加速を続けていけば、最終的には光の速度に迫る速度までスピードアップすることが可能だと言われている。だが、乗員の安全やメインフレームの演算能力、エンジンの加速性能、燃費、そしてなにより船殻強度とのかねあいで最高速度はおのずと制限されてしまう。
確かにアローラムの航法機器はアンバランスさはあるもの民間船舶としてはそこそこの水準と言えたし、先輩の話を聞く限り、船殻は他の国の小型戦闘艦に比べてさえも頑丈さでは群を抜いているという。
だが、もちろんそれにしたって万能ではない。
「そう、ほぼ秒速千百キロに相当する。その上に、ベクトルが刻々と変化してる。ほとんど瞬間的に静止する事すら、ある」
「秒速千百キロから、ですか!」
日岡先輩が息を飲んだ。
「まるでバケモノだ。それでよく崩壊しないな」
「そう。おかげでたった数時間先の位置さえ推定できないんだな。つまりこいつは……」
「つまり?」
再び私達三人の声がハモった。
「俺達を鬼ごっこに誘ってるのさ」
「はあ!?」
「何のために?」
「さあ、それは確保してみないことには判らない。いずれにしても、テキさんも簡単に捕まるつもりはないらしいからな。そこいらの中古軍艦程度にあっさり捕えられる相手じゃないさ」
「それを俺達が捕まえるっていうんですか?」
「ああ。君達の協力があればそれほど難しくもない。私はそう考えているがね」
辻本司令は自信満々にそう言い切ると、あきれる私達一同の顔を満面の笑顔で見渡した。
---To be continued---