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プレ・ドライブ 異星船捕獲作戦  作者: 凍龍
第二部 高重力下の死闘
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第五十四話 Dissonance

「おーし、やっと見つけたよ!」

 待ち焦がれた瞬間の到来に思わず叫び声が出る。

 捜索開始からおよそ半日。

 じりじりしながら見つめ続けたノイズ混じりのレーダー画像の中に、ようやく針の先ほどの反応が返ってきた。

 事前に想像していたより相当時間がかかった。

『こちらも目標確認。間違いなくそいつだ!』

 上空を行くアルディオーネでも目標を補足したらしい。静止軌道上の支援船にも同じ情報が伝えられ、三カ所で測定したレーダーデータからさっそく立体測量が行われる。これで異星船までの距離や進行方向がより詳しくわかるはずだ。

(シータ、判明した目標の高度と到達時間を教えて)

『目標高度は約七百キロ、相対ベクトルは水平ほぼゼロ。垂直ベクトル秒速七キロメートル。現在位置から減速しつつ接近と仮定し、到達には最大でおよそ百十七分です』

 その間にも、連続解析で目標の推定形状が細かいところまで補間されていく。

「うーん。やっぱり絡まっちゃってるっぽいな~」

 私はごちゃごちゃとしたスキャン画像を見ながらぶつぶつと呟く。かつて、大赤斑の上空に浮上して私たちを誘ったスマートな異星船の形と、AIが解析した画像は大きく異なる。恐らく、遭難したサルベージ船の残骸がいまだに異星船と絡まり合ったままでいるのだろう。救難信号が出ている場所が異星船の推定位置とぴったり一致する事からも予想されていたけれど、やっかいな事には変わりない。

「水平位置微調整、異星船に対して相対停止」

 私はそうシータに指示を出し、大きく息をついた。同時に右舷と左舷に一基づつあるマルチスラスターはシータの手で不規則なスラストを開始する。乱気流の中での姿勢制御に自前の脳みそを煩わさなくて済むのは嬉しいけど、前後左右にめまぐるしく変わる細かい加速度はあまり気持ちのいい物じゃない。

「ふう」

 私は、かすかなめまいを感じながら大きくため息をついた。


 木星大赤斑は、言ってしまえば激しく渦を巻く巨大な高気圧だ。中心部では風は下から上に向かって吹き上がり、地表近く(と言っても木星にはっきりとした地面はないけど)にあるガスを表層まで持ち上げている。大赤斑が赤いのは、そうやって吹き上げられた有機化学物質を含むガスの色だとも言われている。潜航艇を包み込む濃密なガスが視界を奪い、可視光カメラに映るのは一面ベッタリとした薄茶色だけ。

 地球の台風は低気圧なので厳密な比較はできないけど、大赤斑が何百年も荒れ狂う太陽系最大規模の大嵐であることにも間違いはない。特に渦の周辺は秒速百メートルを超える猛烈な風が吹く。大気の密度が低いので風速の割に風圧は弱いのだけど、それでも潜航艇わたしは渦に進入する過程で散々に翻弄され、比較的気流の安定している中心域にたどり着くだけでも数時間を費やしてヘロヘロになった。

 おまけに、木星は地球の二倍以上の重力を持っている。

 木星はるか上空の静止周回軌道を飛んでいる支援船スタッフは、受ける重力と遠心力のバランスでこの重力を一切感じなくて済む。腹の立つことこの上ない。

 でも、惑星表面を機動航行している私と湊は慣性航行のメリットを受けることが出来ず、高重力が時間と共にじわじわと効いてくる。高機能ハイスペックな耐Gシートにくるまれた姿勢とはいえ、二倍の体重を長い間支えられるほど筋肉隆々というわけでもない。事前にシミュレーター訓練は受けたけど、正直なところ息をするのも一苦労だ。ただの空気がネバネバとした液体のように感じられ、意識して深呼吸しないとすぐに酸欠気味になるのはどうしようもない。

 魔女だのミュータントだの色々言われるけど、これでも一応、か弱き乙女なのだ。

『香帆、湊、辻本だ。遭難機発見の報告に早速返事が来た。読み上げるぞ。”遭難者のレスキューを最優先に行動されたし、なお、任務遂行にあたっては現場の判断を尊重する”とさ』

「へえ」

 私は思わず目を丸くした。

 これまではとにかく人命第一、石橋を叩いて壊す過剰な慎重主義でいちいち口を挟んでいたくせに、突然まるごとお任せの通達が出てきたことに少し戸惑う。

『まあ、本部としては、おまえ達で判断しろ。何かあっても知らんよ、と言いたいわけだ…』

 どんな裏技を使ったのやら、お堅いNaRDO本部からほぼ白紙委任状に近い公式発言を引き出した辻本司令の黒い笑みが目に見えるようだ。

『まあ、これでお墨付きが出た。二人とも臨機応変にやってくれ。細かいところは任せた』

 辻本司令の口から、これまた予想通りの相変わらずアバウトな指示が出る。

『アルディオーネ了解。香帆、このまま行くか? それとも一旦休憩を挟むか…』

「行こう! 湊。遭難者が本当に生きているのなら、一刻を争う状態だと思う。タッチの差で間に合わなかったなんて事になったら夢見が悪いもの」

『了解。仰せの通りに』

(シータ、遭難機に接近するわ。周辺の警戒をお願い)

『わかりました。制御をお渡しします』

その言葉と共に、潜航艇のステータス情報がどっとMMインターフェースに流れ込んできた。燃料残量よし、各機能問題なし…あれ?

(シータ、この通信記録は何?)

私は、潜航艇から木星したに向かって定期的に放たれている超指向性パルスに目を止めた。出力は強力だけど、含まれている情報量は多そうにも見えない。指向性が強すぎて支援船やアルディオーネも全然気付いていないっぽいけど。なんだこれ?

『・・・失礼しました。これは私の機能です』

(どういうこと?)

『異星船が、私にも理解可能な古い通信プロトコルを用いている事は以前にお伝えしましたかと思いますが・・・』

(うん。それは聞いた)

『一方的な信号波の受信に留まらず、接続を確立するためには、リンク信号のやり取りが必要になります』

(・・・まあ、そうだろうね)

 シータの噛んで含めるような説明にわずかな違和感を感じながら、それでも同意の頷きを返す。

『今のところ、相手は個別の接続要求に応じる意図はなさそうですが、こうして定期的にリンク要求を発信することで、こちらが対話を望んでいる事を示せるのではないかと考えました』

 うーん。私は考え込んだ。

 この異星のAIが、私たちとは違う目的を持って私たちに協力している事はわかっている。でも、こんな形で独断専行されるのは薄気味悪い。

(・・・シータ)

『はい』

(勝手にこういう事やられるといい気持ちはしないな。事前に報告して欲しいんだけど)

『失礼しました、第一接触者。以後注意します』

 シータが最初の頃の堅苦しい言い方で私を呼んだことが気になる。どうやらご機嫌を損ねたらしい。でも、このタイミングでの諍いはさけたい。シータは異星のAIであると同時に、潜航艇と私の命綱でもあるのだ。

 私は肩をすくめ、小さくため息をついた。何とか仲直りしないと。

(シータ)

『・・・はい?』

 一瞬遅れて、予想外におずおずとした返事が戻ってきたことに驚いた。

(どうしたの?)

『私の行動があなたの機嫌を損ねたのではないかと心配です。私は礼を逸した事をしましたか?』

(いやいや、そこまで怒ってない。わかってくれればそれでいいんだけど)

 あれ? シータって、前からこんなに人間ぽい反応をするAIだったっけ? むしろ非人間的で傍若無人な感じだったような気がするのだけど。

 改めて思い返してみる。最近は潜航艇ふねの改修に関わる技術的ドライな話ばっかりで、それ以外の話題がほとんどなかったから気付かなかった。変化があったとしたら、何がきっかけだろう? 

 救難信号の受信がはっきりしたあたり? いやもっと前、安曇邸への突入のあたりからだろうか?

(だめだ。記憶がはっきりしないな)

『第一接触者、記憶の再構成をお望みですか?』

(あー、いやいや、そうじゃない。私って意外とぼけているなあって話)

 どうにもやりにくい。

『MMインターフェースを通じたやり取りはすべて記録しています。必要であればそこから欠落した情報を補完可能です』

(わかった。ありがとう。必要な時には言うから。とりあえずはいいかな)

 異星のAIが慣れない気遣いをしているように感じる。何だろう。小さな違和感がトゲのように心に引っかかる。

『湊だ。香帆、疲れているようなら、やっぱり休憩入れようか?』

 私がぼんやりしているように思われたのか、湊までが気を回してきた。

「ごめん、大丈夫。ちょっと考え事してただけ」

 私は大きく首を振って、目の前の異星船に再び意識を集中させた。


『うーん、これはかなり面倒だな』

 ぶっきらぼうなうなり声。無線の向こうで湊が頭を抱えているのが目に見えるようだ。

 今、私の真下には遭難したサルベージ船をぶら下げたままの異星船がある。だけど、張りを失って四方八方にのたうつように異星船を包み込むスリングワイヤーが不安定に揺れており、危なくてとても近寄れない。うかつに引っかかりでもしたら、こちらまで身動きが取れなくなる。

『ワイヤーを切りながら近づくのが一番安全なんだけど・・・』

 異星船に絡みついたワイヤーは、一方でサルベージ船が木星の海に沈むのをかろうじて食い止めている。うかつに切り刻んでバランスを崩してしまうと、要救助者もろとも船を奈落の底に落っことしてしまう危険性があるのだ。

『今、シータに解析させている。パズルみたいなもんだから、絶対にうまい解決法があるはずなんだが。サルベージ船のワイヤースプールの仕様が詳しくわからない』

 サルベージ船はカタカナのコの字のようなフレームで異星船を前後から挟み込み、両側のアームの間に張り渡した何本ものワイヤーで異星船をすくい取るように持ち上げる予定だったと聞く。ところが、重量バランスを間違えて引きずられ、途中で何本かのワイヤーが異星船を上下から挟むような形にずれて絡まってしまったものらしい。しかも、もともと二隻あったはずのサルベージ船が、解析データを見る限り片方しか見当たらない。

「片方は木星に飲み込まれちゃったか・・・」

 私はつぶやきながら絡み合った両船の3D画像をくるくると回し、どこから近づくべきか、しばらく思案する。

『とりあえず、要救助者の状況から報告しておく。バイタルは極めて微弱。呼びかけには一切の返答無し。まあ、相変わらずだ。一方で、異星船からのメッセージは我々が木星大気圏に突入して以来ぱったりと途絶えている。こちらの接近は間違いなく悟られていると考えた方がいい』

「了解。っと、おお!」

 通信を聞き流しながら3Dモデルをこねくり回していた私はふっと手を休め、目を細めて細かいディティールを確認した。この角度から接近すれば、障害になるワイヤーにほとんど触れずに済みそうだ。

「行けるかな?」

 偶然見つけた猫の額ほどの進入路ウインドウ。少しずつモデルの角度を変えながら仮想ワイヤーフレームのTM102改をねじ込んでじっくり吟味シミュレーションする。うん。ギリギリ行けそうだ。

(シータ!)

『はい、このルートは既に検討済みです。確かに理論上進入は可能ですが、上下方向の安全マージンがほとんどありません。この不安定な状況下でいきなり接近するのはお勧めしません』

 予想通りの返事が返ってきた。

(でも、このルート以外に最速で最接近できる方法があると思う?)

『・・・』

 返事はない。

「湊!」

『聞いてた。シータの指摘したとおりだ。ワイヤーを先に除去しないと危険』

「でも、それだけの時間がない・・・」

『ここで焦ってトラップに引っかかったら余計に時間を食う。時間がかかっても一歩ずつ進めるのがセオリーだ』

「でも・・・」

 私は、孤独に救助を待ち続ける、見たこともない要救助者の姿を脳裏に思い浮かべた。いつの間にかその姿は安曇邸の自室にぐったりと横たわる陶子さんの姿と重なる。あの時、あとほんの数分突入が速ければ、陶子さんの命は助かったかも知れないのに。

「下手にワイヤーを処理したら、サルベージ船の体勢が変化して進入路が塞がれちゃうかも」

『香帆がトラップに引っかかったら、要救助者が増えるだけだ。しかも、救助ができる船は太陽系中にたったの一隻しかない。君が乗っているTM102だけなんだぞ』

 湊のにべもない返答に私は口を尖らせる。

「そんな事、言われなくてもわかってる。でも・・・」

『わかっているなら手順通りやろう。・・・くそっ、こんな所で見てるだけなんて』

 湊がイライラとした調子でつぶやくのが聞こえる。

 彼の性格なら、こういうミッションでは絶対に自分が一番危険クリティカルなところを取る。それが出来ない事をまどろっこしく感じているのだ。

 脳裏に思い浮かべた異星船とサルベージ船の三次元パズルを猛スピードで解きながら、私は心の中で湊にごめんなさいと頭を下げた。

 私は、これから無茶をする。失敗したら多分、二度と生きては帰れない。

 でも、あれ以来、陶子さんの最後の姿がどうしてもまぶたに焼き付いて離れないのだ。

 今度は後悔したくない。

 ただ、その思いだけで、私は静かにスロットルを開く。


---To be continued---

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