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プレ・ドライブ 異星船捕獲作戦  作者: 凍龍
第二部 高重力下の死闘
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第五十三話 Dive

 遭難者救助ミッションが私達の任務に正式に加えられたのはそれから数日後の事だった。

 色々揉めた割に、一度決まってしまえばスタッフの動きは速かった。人命がかかっている以上、のんびりしているわけにもいかない。

 遭難者については結局それ以上詳細な情報は得られず、間欠的に受信される遭難信号だけが彼の生存を主張しているだけだ。だが、詳しいデータが集まるのをこれ以上待つ余裕もなさそうだった。信号の発信間隔は確実に間遠くなりつつあり、生命維持装置を稼働させているバッテリーの残量がほとんどない事は誰の目にも明らかだったからだ。

 そんな状況を受けて、もともと潜航艇に装備されていたマニュピレーターはこれまでよりひと回り大型の物に慌ただしく換装され、その左腕にはまるでシオマネキのハサミにも似た巨大なカッターが新たに装備された。大型採掘船や何かが浮遊小惑星の捕獲や解体に使うハイパワータイプだ。

 宇宙機として、湊の徹底的な再設計で生まれ変わったTM102(改)からは、もはや地球で深海潜航艇だった当時の姿をまったく想像できない。その上こんなゴツい腕を装備されてしまい、もはや宇宙船と言うより足がないだけの巨大ロボットだ。

「私、こういうゴッツいのにはあまり萌えないんだけどなあ」

 せっかく湊が整えたTM102(改)の優美なプロポーションが無骨なオプションのおかげで台無しだ。愚痴る私に、湊は苦笑を浮かべながら言う。

「大丈夫。レスキューが終わったらこいつは切り離して構わない。どうせ浮上時には邪魔な質量だからね。バラスト代わりだよ」

「だけどなあ…」

 流れるような曲線の真っ白な船体のアルディオーネに抱えられた、虹色に輝く銀白色の潜航艇。そこから生えたゴツいトラジマ柄のハイパワーマニュピレーター。どう見てもちぐはぐだ。

「まあ、こっちもバランス調整で大変だったよ。船首にみっともない重量物が増えちゃって、かといって単純に後ろに錘を足すわけにもいかない。結局例によってスラスターの出力をいじって強引にバランスを取ることにしたんだけど…」

 睡眠不足が服を着て歩いているような湊の言葉にはいまいちキレがない。

「なにか問題?」

「ああ、香帆に負担がかかる。潜航艇の操作が一層ピーキーになった」

「なんだ。そんなこと?」

 私は微笑みながらつとめて軽い調子で返す。

「大丈夫だよ。いざとなったらシータに頼るから」

 そう。異星のAIの提案で、シータの一部機能を潜航艇にも移植したのだ。

 シータからしてみれば、異星船とのランデブーを最前線で果たすには潜航艇に取り憑いている方が何かと都合がいい。だけど、潜航艇のストレージと計算リソースにはシータを収容する余裕は全くない。という訳で、シータの本体はアルディオーネに置いたまま、各種センサーやアクチュエータのような外部インターフェースとのリンクを潜航艇に延長することにした。

 元々アルディオーネと潜航艇の間にはMMインターフェース用の超広帯域リンクがある。私が潜航艇に乗り組むことでデータストリームを大幅に節約できる目処が立ったので、余った帯域をシータに貸すことにしたのだ。

「突貫工事の割にはうまくおさまったかな。まあ、今日は早めに寝るよ」

 湊があふあふと大あくびををしながら言う。

 辻本司令の一大決心で一度はドックを離れたスタッフの多くが急遽呼び戻されたのは先週の頭。学園祭の準備にも似た狂乱のお祭り騒ぎが再び繰り広げられ、ようやく一連の作業が片付いたのはほんの昨日のことだった。

 私たちは明日、木星に旅立つ。


「では、香帆ちゃん、湊君、頑張って来てね~。Cheers !!」

 鷹野さんの合図で掲げられた全員のグラスが重ねられ、テーブルを囲む面々に笑顔があふれた。

 明日のミッション開始に備え早めに帰り支度を始めた私たちは突然ラウンジに呼び出され、いつの間にか用意されていた壮行会に強制参加を余儀なくされた。普段、バーチャルでしか集まらないプロジェクトの主要メンバーが全員実体込みで集まっているとなれば、無視して帰るわけにもいかない。

 かくして、用意された豪華なパーティーメニューは瞬く間に消費され尽くし、特にアルコールについては大部分が鷹野さんの胃袋におさまった所でようやく雑談タイムに突入した。

「いやあ、正直言って私は今も反対。今回の追加ミッションはあこぎな点数稼ぎ以外の何でもないわ」

 今やNaRDOのナンバー3をつかまえて本人の目の前での暴言。傍で見ているこっちの方がヒヤヒヤするけど、鷹野さんらしいとも言えるストレートな物言いに辻本司令自身はそれほど気分を害している素振りも見せない。逆に遠慮のない口ぶりを楽しんでいる風にも見える。

「そう言いながら薫もきっちり仕事したじゃないか。今回のレポートの反響もすごいぞ。問い合わせが殺到している」

 辻本司令の突っ込みに鷹野さんは露骨に嫌そうな顔をする。

「私は、もともと宇宙開発の最前線がフィールド。あんなお涙頂戴番組、司令の依頼じゃなかったら最初から蹴っ飛ばしてる」

 グラスに残ったワインをぐいと飲み干しながら、吐き出すように言う鷹野さん。

「結局おじさんは周りの人間の事を便利な道具としてしか見てない。多分、自分がどう思われているかなんて考えた事もないでしょう?」

「そんな事はない。俺がどう思われようと一向構わないのは確かだが、ちゃんとみんなの幸せだって考えてるぞ。太陽系の平和が俺の願いだよ」

「白々しく言うわね〜。なら、ヤトゥーガの壊滅でほとんど果たせたようなものじゃない。これからはもう少し身近な人の事も思いやっていただきたいわね」

 言い放ちながら、かたわらでグラスをちびちび舐めている久美子さんをちらりと見やる。

「薫、構って欲しかったのか?」

「何言ってんだど朴念仁! 今さらそんな事を言うやつはパンチだ。この!」

 うわあ、これは相当酔っている。最初からピッチが速いのが気になっていたけど、こうなるとまるで子供みたいだ。

 そのままヘロヘロパンチで辻本司令に突っかかる鷹野さん。

「薫、その辺にしておきなさいよ」

 さすがに久美子さんがいさめにかかる。でも、ほとんどアルコールを口にしていないはずの久美子さんの顔までもがなぜか桜色に染まっている。不思議だなぁとぼんやり見つめていると、そんな久美子さんの口から思いがけないセリフが飛び出した。

「それより何かいい事あったの? 薫」

「へ?」

 思わず口を押さえた私に全員の注目が集まる。

「あ、すいません。どう見ても何か嫌なことがあってやさぐれているようにしか見えなかったので…」

「ふん! やさぐれていて悪かったわね」

 ふくれっ面の鷹野さんに叱られる。一方久美子さんは楽しそうに笑いながら、

「この子は昔から、何か嬉しいことがあると照れ隠しに他人に八つ当たりするの。迷惑な性格よね」

 すっぱ抜かれてすっかり戦意を失った鷹野さんは、いじけた子供のように口を尖らせる。

「どーせ私は迷惑なヤツですよ。ええ、確かにいいことあったわ…。プロポーズされたもの」

「おお!」

 一座がどよめいた。

「例の年下君?」

 目を輝かせる久美子さんに小さく頷いた鷹野さんは、開き直るようにため息をつく。

「今回の仕事はストレスがたまる分実入りは良かったから、一通り終わったらしばらく休むわ。二人でゆっくり観光でもする」

「式は?」

「しないわよ。そんなお金があったら船をアップグレードするから。湊君! あんたも協力しなさいよね」

 鷹野さんの船といえば『がるでぃおん』だ。そういえばあの船も会社員時代の湊が設計したんだよな~。そう感慨にふけっていると、鷹野さんの矛先が突然こちらを向いた。

「それよりも香帆ちゃん! 人のことよりあなたたちはどうなのよ?」

 突然の突っ込みで思わずむせかえる。本当に容赦ないなあ、この人。

 どう答えようかと悩む間もなく、珍しく湊が口を挟んだ。

「このタイミングで妙な宣言をすると死亡フラグが立つから。ノーコメント!」

「いやあ、そこを何とか。エアハートさん、お二人の関係、本当のところはどうなんですか?」

 突然芸能レポーター口調になる鷹野さん。フルーツポンチのおたまをマイクのように構え、湊の目の前にずいと突き出す。嫌そうにおたまのマイクから逃げ回る湊の様子がおかしくて、全員でひとしきり笑った。


「じゃあ、そろそろ行こうか」

 デジタル表示がゼロを示すと同時に、辻本司令はまるで近所に散歩でも行くようにさらっと宣言した。

 サポートクルーを乗せた支援船はチラチラと船尾スラスターをひらめかせ、ゆっくりと周回高度を上げて行く。

 彼らはこのまま木星から八万五千キロほど遠ざかり、静止軌道上から、私たちのサポートについてくれる事になっている。

 一方、TM102(改)を抱いたままその場に留まったアルディオーネわたしたちは、支援船が肉眼で視認できないほど遠ざかるのを待ち、船首スラスターを長く噴かした。そのまま減速しながら木星の大気圏に向かってじわりじわりと沈み込んでいく。眼下に迫る木星はあまりにも巨大で、果てしなく広がる一面の大砂漠のごとく私たちを圧倒した。薄茶色の有機化合物の雲がごうごうと音が聞こえそうなほど激しく沸き立ち、まるで砂漠の砂嵐のように視界を霞ませる。

「香帆、潜航艇に」

 あまりにも現実離れした光景にすっかり心を奪われていた私は、湊に何度か呼びかけられてようやく我に帰った。

「了解」

 気を取り直して湊の指示に短く答え、MMインターフェイスの接続を切ってコクピットを飛び出した私は、狭い通路の突き当りを回り込み、TMに繋がる狭いドッキングトンネルに滑り込んだ。

「移乗完了。外殻ハッチ閉じます」

 頭上でゆっくりとハッチが閉じ、ロッキングアームが三方から伸びてハッチをガッチリとくわえ込む。遠くでアクチュエーターが低く唸り、ハッチの隙間がじわじわと狭まってやがて髪の毛一本にも満たない、ほとんど目に見えないほどの筋になった。ピーッと鋭いアラームが響き、赤く光っていたインジケーターが緑色に変わる。

「外殻ハッチ閉鎖完了。続いて耐放射線ハッチ閉じます」

 チタニウムと鉛が何層にもサンドイッチされたシャッターがするりと音もなく頭上を横切り、内部照明の色が薄暗いオレンジ色から明るい白に変化する。

「内部電源アクティブ。続いて耐圧殻閉じます」

 鈍い金属光沢を放つ円盤が横合いから滑り込んでくると、分厚い耐圧殻にあいた穴に向かってゆっくりと沈み込んで来る。イエローの回転灯がひらめき、本当にゆっくりゆっくり、分厚いハッチは耐圧殻と一体化した。耳の奥がツンとなり、圧力調整弁からシュッと一瞬だけ空気の漏れる音がした後は、まるで耳の奥に真綿を詰められたような静寂が私を包み込んだ。

「過圧テスト実施。漏気ゼロ、気圧調整、気密…完了」

 サブモニタに表示されたテキストを読み上げるのと同時に、ハッチにデッドボルトがガチャリと通る音がして、耐圧殻は完全に閉鎖された。

 これから先、ミッションが完全に終了するまで、私は身動きすらままならないこの狭い隙間に挟まれたままだ。ミッションがあらかじめ予定された四十八時間以内に終わるのか、あるいは延長されるのか、情報が不足したままの現状ではまったく想像がつかない。

 一応、酸素に加え水も食料も余裕たっぷりの三十日分が用意されている。さらに最悪の事態、例えば潜航艇が何らかのトラブルに巻き込まれ、自力浮上ができないような状況に陥ったとしても、分厚いタングステンの鎧は私をどこまでも守る。木星の海、超高圧の液体水素に激突でもしない限り。

 おまけに私自身、疑似冬眠ハイバネーションモードに移行することで年単位で救助を待つことが可能だ。辻本司令が持ち込んだこの革新技術キワモノは、一方で私の安全を最大限に保証するための最後の砦でもあった。

『大気層最上層に突入、大赤斑まで水平距離間もなく一万キロ。かなり暑くなってきた。現在の船殻温度八百度。切り離しに備えろ』

 湊の声を聞きながら私はMMインターフェースをうなじに接続し、視界を外殻カメラからの三百六十度映像に切り替えた。

 濃密なガスに包まれ、真上以外のほとんどが距離感のつかめないぼんやりとした薄茶色。期待していたわけじゃないけど、思った以上に面白みのない風景に小さくため息をついた私は、遠距離レーダー画像に切り替えて前方を睨む。

「異星船、サルベージ船とも検知出来ません。もっと下に潜っているのかな」

 数時間前、支援船からの観測結果では、異星船は相変わらず大赤斑のほぼ中心に居座っていた。ただ、高度は不安定に変化しているようで、今のところまだ潜航艇のセンサーでは見つけられない。

『見えるとしたら斜め下のはずだ。支援船と三角測量してみた。どうやら我々の三百キロくらい下、熱圏の最上部あたりにいるらしい』

「了解」

 船殻冷却システムが動き始め、船殻表面の温度は摂氏五百度程度で安定した。一方、最初から耐熱、耐圧設計のTM102(改)とは異なり、ハイパーセラミック製のアルディオーネの船殻は熱を帯びてそろそろオレンジ色に輝き始めている。私は切り離しまでのタイムカウントに目を落とし、先ほどからほとんど時計が進んでいないのに気付いて内心驚く。なんだか時間がいつもよりゆっくり流れているように感じる。

「香帆です。経過きわめて良好」

『…支援船了解』

 さすがに支援船とのリンクはタイムラグが出始めた。もう数千キロは離れただろうか?

『香帆、間もなく切り離し高度。ショックに備えろ』

 湊の声にわずかに不安げな色が混じる。一旦切り離されてしまえば、もうドッキングトンネルを駆け戻る事はできない。

『言わずもがなだが念押ししておくぞ。木星大気層の厚みは外気圏上層ここからだとおよそ二千キロ、その下は超高圧液体水素の海だ。大気層との明確な境目はないから高度表示を見落とすなよ。表示がマイナスに突入したらすべての作業は中断、すべてのバラストを落としてとにかく上昇しろ。”海”に潜ったからってTMはすぐにどうなるわけでもないが、上昇のために使える推進剤は限られている。海面下千キロ以深には潜るな。戻って来られなくなるぞ』

 私はそれを聞いて不意に湧き上がってきた恐怖をこらえ、つとめて平静を装う。それでも緊張のせいで指先が冷たくかじかみ、支援船の医師がチェックするバイオモニターには私の不安がはっきり映し出されているだろう。

『切り離し十秒前、五秒前、三、二、一、リリース!』

 一瞬の浮遊感が身体を包んだ。戒めを解かれた潜航艇わたしは、自重を生かしてみるみるスピードを上げ、さらに鋭く大赤斑に突っ込んでいく。

『無事で戻れ』

 耐圧殻の中に、イヤピース越しの湊の声が、少しだけかすれて響いた。


---To be continued---

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