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プレ・ドライブ 異星船捕獲作戦  作者: 凍龍
第二部 高重力下の死闘
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第五十二話 MAYDAY

「おお、結構似合っているじゃないか!」

 アルディオーネのデッキに張り付いた吸着タラップの出口には辻本司令が立っていた。

 私は芝居じみたセリフで笑みを浮かべる司令の顔をぎっと睨みつけると、湊とは色違いのパイロットスーツの胸の前で両腕をクロスさせ、気を利かせて湊が肩にかけてくれた彼のブルゾンに急いで袖を通す、けど、袖の先から指が出ない。

「あっちの方、大丈夫そうか?」

「まだちょっと、いやだいぶ違和感が。これ、そのうち慣れるのかしら?」

 私は袖の先をぶらぶらさせ、両ひざをもぞもぞすり合わせながらため息をつく。端から見ると滑稽な仕草だったに違いない。

「まあ、無理にでも慣れるしかないんだろうなあ」

 一方、湊はそんな私の様子にも無表情のまま、天を仰いでそう言った。

「ともかく、二人とも医務室に来てくれ。せっかくいいもの着てるんだからバイオモニターの調整もやっておきたい」

「いいも…まさかこのままですか?」

「もちろん!」

 一方の辻本司令は、なにあたりまえの事を、とでも言いたげな無遠慮な視線で私の顔をのぞき込んでくる。

「君達のスーツにはハイバネーションの為の機器類も装備されている。テストの前にあらかじめ平常時のリファレンスを取っておきたいんだよ」

 なんとなく辻本司令の後について行きかけた私は、彼の口から飛び出した耳慣れない単語にふと歩みを止める。

「ハイバ…今、何ておっしゃいました?」

「ああ、疑似冬眠ハイバネーションだ。脳活動以外の代謝をおおむね十分の一以下に抑制する最新技術だよ」

「え? それって?」

「君が巻き込まれた金星での昏睡事故から着想を得たんだ。MMインターフェイスが単なる通信やVRのインターフェイスに留まらず、装着者の代謝機能を直接制御し得る可能性が見えて来たからな」

 それは…怖い。

 湊が指摘していた、外部から強制的に身体を乗っ取る技術にも繋がりかねない。でも、辻本司令はそんな事には全く頓着せず、妙に自慢げな口調で続ける。

「…老化を極限まで遅らせられるし、肉体が加速度や宇宙放射線の影響を受けにくくなるから色々好都合だぞ」

「好都合って…一体何に?」

「そりゃあ、ほら、あれだ」

 あいまいに言葉を濁すと、先に立ってスタスタと歩き出してしまう。

「それにこれ、多分…いいえ、絶対に”試作機”ですよね?」

 とがめるような強い調子で呼びかけても司令は振り向く気配を見せない。

(あーあ)

 私は内心でそう嘆息すると、後ろから来た湊と顔を見合わせて肩をすくめる。

「司令、今度は一体何を企んでるんです?」

 今回、アルディオーネと潜航艇に積み込まれたとんでもない量のサプライをあらためて思い起こせば、辻本司令が今回のミッションを相当な長丁場と考えているのはおおよそ想像がつく。その上で新型の与圧服と改良型耐Gシートの組み合わせがあれば、理論上、私達は年単位でミッションを継続することができるはずだ。

 その上で”冬眠”まで準備しているとなると、彼の想定している最長のタイムスパンは恐らく、数年から長くて数十年。これはもう、任務ミッションではなく、ほとんど人生(ライフ)と言うべきレベルの話ではないだろうか?

 今回の木星サルベージプロジェクトがそこまで時間のかかる任務になるとはとても思えない。だとすれば、司令は、その向こう側に一体何を見据えているのだろう?

 私が考え込んでしまったので、湊も同じように、むっつり黙ってついてくる。

 彼も気付いているだろうか?

 もし、辻本司令の予想が現実になると、私たちは年単位で世の中から切り離された生活を送ることになる。

 下手をすると、いえ、間違いなく私たちは浦島太郎になるだろう。出発した時とほとんど見た目に変化のない私達二人を置き去りに、出迎える知人や友人はみな同じように老い、任務が長引けばそのうちの何人か、例えば私たちを送り出した辻本司令自身がこの世にいない事だってあり得る。と言うか、順当に行けばその確率が一番高いはず。

「司令!」

 と、湊が不意に辻本司令を呼び止めた。

「わざわざこっちまで出向いて来たってことは、何か本部スタッフには聞かせられない話があるんじゃないですか?」

 瞬間、辻本司令の歩調が鈍る。そのまま二、三歩歩きかけ、ついには立ち止まってわざとらしく頭をかいてみせる。

「いやあまいったな。そんなに分かりやすかったかな?」

「それなりに長い付き合いですからね。で、一体何なんです?」

「ああ…」

 辻本司令はいつもの調子であいまいに言葉を濁しかけたけど、思い直したように振り返って湊の視線を正面から受け止めた。

「君たちに相談がある。ラウンジに行こうか」

 いつも自信満々、人の話なんて聞く気もない司令らしからぬ、迷いに満ちた表情だった。


「さて、と」

 無人のラウンジの丸テーブルに全員が腰を落ち着けた所で、辻本司令は両手をすり合わせ、困り果てた表情で切り出した。

「ヤトゥーガが仕切っていた異星船サルベージ計画で、遭難者が出たことはすでに承知のことと思う」

 私たちは無言で頷いた。二隻のサルベージ船が木星大赤斑に飲み込まれる瞬間の映像は、目の奥に焼き付くほど何度も見返した。私たちをあしざまに罵倒していた無線のやり取りも含め、細かい部分までしっかり覚えている。

「つい先日、あのうち一名の与圧宇宙服から微弱な救難信号メーデーが発信されていることがわかった」

「どういう事です! あれからもう何ヶ月も経ってます。たとえ生存者がいたとしてもとっくに…」

「…常識的に考えればそうなんだが、メーデーを発信しているのは与圧服に内蔵された生体感応型自動発信装置トランスポンダなんだ。着用者なかのひとに何らかの生命反応がないとそもそも動作しない」

「そんな馬鹿な! 誤動作の可能性はないんですか?」

「動作しているのは複数の生命反応を検知して総合判断するAIだ。誤動作の可能性は限りなく低い。体温、呼吸、心拍、脳波、その他諸々。情報として発信されているすべてのパラメーターが生存者の存在を明確に示している」

「無線での呼びかけは?」

「もちろんやっている。だが、これまでの所、こちらからの呼びかけには一切応答がないな。与圧服のトランシーバーはもともと近距離用で貧弱だから。木星デカメートル電波に紛れてこっちの呼びかけが届いていない可能性も高い」

 湊と私は顔を見合わせた。

「で、私としては個人的な感情と倫理観の板挟みになっているわけだ」

 辻本司令は背もたれに倒れ込んで大きくため息をついた。

「私は反対です!」

 即座に飛び上がって反論しようとした私の肩を押さえて小さく首を振る湊。

「…とりあえず最後まで聞こう」

「でも、陶子さんは!」

「言うまでもなく、彼らのやった犯罪行為はいかなる理由があろうと決して許されることではない!」

 いきなり断言するその声の強さに気勢を削がれ、私はストンと腰を下ろした。となりで湊も神妙な表情をしている。

「君たちだけじゃない。私だって大切な人をヤトゥーガに奪われた過去があるんだよ」

 辻本司令はどこか遠くを見るような目つきのまま、今度はささやくように言葉を継いだ。

「薫や久美子も積極的に賛成はしてくれなかった。当然だとも思う。私だって君たちの気持ちを理解できない訳じゃないんだ。だが、一方で、脱出不能の巨大ガス惑星で必死に助けを求める人がいて、この太陽系で唯一我々だけが助けの手を差し伸べられるんだ」

 辻本司令はそれきり黙り込み、長い沈黙がその場を支配した。


「それ、俺達にどのくらい負担がかかる話でしょうか?」

 気詰まりな沈黙がどのくらい続いただろう。湊がぽつりと言葉を発した。

「湊!」

 慌てる私を押しとどめ、湊は感情を見せないぼんやりとした表情のまま淡々と指を折る。

「第一に、今回のお話が、香帆や私を今以上の危険にさらすのが前提ならお断りします。第二に、準備のためにミッションスケジュールが大幅に延びるのもナシです。さらに…」

「まだあるのか?」

「ええ、これが大前提です。これ以上アルディオーネと潜航艇に大きく手を入れる話もなし。せめて現状プラス何らかの補機の追加が限界です。条件は全部でこの三つ。これでどうですか?」

「微妙なところを突いてくるなあ」

「当たり前ですよ。それ以上不確定要素が増えると一からやり直しと大して変わらなくなる。俺はヤトゥーガに何の義理もありません。奴らと同じ轍を踏みたくはありませんから救助そのものには反対しませんが、火の中の栗をわざわざ拾いに行くつもりもありません」

「うーん」

 辻本司令は腕組みをして大きくうなり声を上げる。

「人道的な見地から、もう少しおおらかな気持ちでだな…」

「お断りです。すべての条件を飲んでくれなければ俺はこの話、おります」

「おいおい、そこまで極端な判断をしなくてもいいだろう?」

 だが、湊は強情だった。手を変え品を変え、なだめすかす辻本司令に対して頑として条件を譲らず、結局辻本司令は一旦本部に持ち帰って再検討することになった。

「昔はもう少し素直だったのに…」

「知りませんよ。誰かさんの薫陶のおかげで我々も日々成長してるんです。それに、優秀な乗組員を理不尽に奪われて、司令みたいに脳天気でいられる方が奇跡です」

 ああ、これは相当怒っている。ことさら無表情なのは内心の怒りを押し殺していたんだ。

 辻本司令もこれ以上の交渉はさすがに無理とみたのか、それ以上軽口を叩くことはせず、肩を落として早々にラウンジを出て行った。


「どうしてOKなんてしたの!」

 見送りもせず、渋い顔で冷め切った残りのコーヒーを不味そうに喉に流し込む湊に向かって、私は非難の矛先を向けた。でも、湊はあらかじめ予想していたようにさらっと受け流す。

「香帆だって司令の性格はいいかげん理解しているだろ。ばっさり断ったりしたら司令おっさんは問答無用で俺達をめてくるぞ。にっちもさっちも行かなくなって最悪の条件に同意させられるくらいなら、こっちの出した条件を少しでものんでくれた方がましだろ」

「それはまあ、確かにそうなんだけど…」

 私は言葉尻を濁した。

「香帆の気持ちだってわかる。でもね、俺は奴らヤトゥーガの様な悪魔にまでは堕ちたくない。俺だって一応、宇宙船乗りふなのりの端くれ、せめてもの矜持として、宇宙で困っている人には分け隔てなく手を差し伸べる。これは地球おかの人が考える以上に俺たちにとっては当たり前の事なんだ」

「相手が許しがたい敵だとしても?」

「…もちろん、誰に対しても同じだ」

 私は深いため息をついた。

「…だったら、私は一体誰を憎めばいいんだろう?」

「別に奴らを憎むなとは言ってないだろ。助けた後で断罪したって別に構わない。司令も言ってたけど、俺たちには奴らを救う手段がある。ただそれだけの話」

「お人好しすぎるよ」

「…まあ、そうだね」

 湊はどこか寂しげな微笑を浮かべたまま、私の指摘にあっさり頷いた。

 私はもう一度、長い長い溜息をつく。

「湊、あなたは私にも宇宙船乗りふなのりになれって言いたいのね?」

「そう、タングステンの鎧に隠れて海の底に潜るのはもうそろそろいいだろう? 長いこと君の行動を縛っていたヤトゥーガの監視網はもうない。このミッションが終わったら、もう一度アルディオーネのナビに座ってくれないか」

「いつまで?」

 湊は少しだけ首を傾げた。質問の意図を測りかねたように。

「いつまで? 期限なんかつけないぞ。好きなだけ居てくれていいんだけど」

 私の心臓がドキンと跳ねた。

 それってつまり…。

 私は内心の動揺を顔に出さないよう、思わず緩みそうになる表情を必死に引き締め、まるで興味なんてないようにすまして答える。

「海の底も意外と気に入ってたんだけどな。あーあ、私も馬鹿の仲間入りか」

 でも、顔が熱く火照るのを抑えることはできなかった。バレてなければいいけど。

 

---To be continued---

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