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プレ・ドライブ 異星船捕獲作戦  作者: 凍龍
第二部 高重力下の死闘
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第五十話 遺志

「…一度現状を整理してみよう」

 プロジェクトの全員が勢揃いしたアルディオーネの拡張バーチャルコクピット。ひとつだけぽつりと空いたシートは嫌でも事件を思い起こさせ、目にしただけで鼻の奥がツンとする。

 そんな微妙な空気の漂う中、辻本司令は疲れのにじむ声でそう切り出した。

「香帆の報告を受けて、木星周辺に配備したセンサーシップのログデータを改めて総ざらいしてみた。確かに、一昨日以降、異星船の周囲に極めてわずかな重力変動が認められている」

 うんうんと頷く私。これでシータの報告が正しかった事が裏付けられた。

「だが、香帆、君は一体どうやってこの変調を察知した? 二十四時間体制で張り付いている専任の観測員が全く気づいていなかった。それほど微妙な変化なんだぞ?」

 当然そう来るよなあ。私は返す言葉に詰まって苦し紛れに薄笑いを浮かべる。

「あのー、それはですね…」

「それだけじゃない。君は今回の一件でもたびたび水際立った活躍を見せた。当初はなから君の能力を疑ってはいないが、それにしても最近、切れ味が鋭すぎやしないか?」

「…それは、えーっと?」

 助けを求めてちらりと湊の方を見やる。

 さっきまでは寝起きを特殊部隊に急襲されて超絶不機嫌にふて腐れていた湊だが、状況を飲み込むうちにそうも言っていられない事に気付いたらしい。どんより曇っていた目の色が次第に熱を帯びてきた。

「それについては俺からお詫びします。潜航艇の搭載機器を勝手に実験に使いました」

『どういうことだ?』

「はい、香帆が新しいAIアーキテクチャを提案し、俺が許可しました。操船支援AIとして不要になった潜航艇の機器、半自律ニューロコンピュータをアルディオーネに移してメインフレームを増強したんです。今、アルディオーネでは、高度な人工人格を備えたAIシステムが稼働しています」

 どうやらそういう事になったらしい。

「新しい操船支援AIか? それなら大歓迎だが…」

「いえ、次元が違います。シータ!」

『はい、お呼びでしょうか? 船長』

「異星船の状況報告を頼む」

『…はい、本船、アルディオーネに搭載された異星由来の推進機構は重力・慣性制御の応用と推定されています。出力校正のため周辺重力場を検出する機能があるのですが、先日、ここに第五惑星方向からの微細な重力波変動を検出しました』

 既に湊と口裏合わせが済んでいたらしく、シータの答えは立て板に水を流すようになめらかだ。辻本司令を始め、鷹野さんも久美子さんもあっけに取られて言葉が出ない様子。

『微細かつ規則的な変化が継続することから何らかの有意信号と推測、解析の結果、あるメッセージが明らかになりました』

「そのメッセージとは?」

『”我を捕らえよ!”です』

 その瞬間、場がさっと張り詰めるのがわかる。

 ここに顔を出しているメンバーで、その単語の持つ特別な意味を知らない人物はいない。

「…また、追いかけっこになるんじゃないだろうな」

 深刻な顔つきで唸る辻本司令。

 それは私も困る。これだけ苦労したのに、潜航艇の準備が台無しになってしまうのは悲しい。

「恐らく、違うと思います」

「その根拠は?」

 湊のつぶやきに真正面から辻本司令が突っ込んで来る。

「…もしかしたら、前回の異星船も、もともと太陽系の外縁から今回みたいに微小重力波で呼びかけたのかも知れない。でも、あの頃の俺達にはそもそもそれを検知する能力がありませんでしたから」

 湊は一旦言葉を切り、私たち全員の顔を当分に見回すと、唇を舐めながら続ける。

「四年前の騒動の後、司令は異星船の目的についておもしろい話をされましたよね」

「あ、ああ」

「俺達をぎりぎりまで引っ張り回し、技術レベルを見極めたあげくに消えた、と。だとすれば、俺達の探査技術の程度を知るために、今回も最初は控えめに、徐々にわかりやすい方法でアピールしてくるのかも知れません。では、異星船は一体俺達の何を知りたがっているのか?」

「あの一件と繋がっていると仮定すれば、同じアプローチはまずありえない、か」

 大きく頷く湊。

「多分に推測混じりですが、今回彼らが知りたいのは、高温、高圧、高重力、つまり巨大ガス惑星の探査に対する俺達の技術力だと考えています。理由はわかりませんが、木星の雲に沈んだまま、わざわざ催促までしてきた所を見ると…」

「さっさと来い、というわけか」

「前回ヤトゥーガのサルベージ船がちょっかいをかけてからだいぶ時間が経ちましたから」

「そろそろしびれを切らしている?」

「恐らく」

 辻本司令はそのまま無言で考え込んだ。

「…挑戦を受けよう。準備はもう十分だろう」

 ゆっくりと顔を起こし、見守る私達の顔を見渡しながらそう宣言する。

 もちろん私達に異存はなかった。


 ミーティングはそこでお開きになった。

 辻本司令は上層部の緊急会合招集のため、鷹野さんはその取材、久美子さんは警備体制見直しのためバタバタとログオフしていった。

 次に全員がここに集まるのは恐らく本番、私が木星に降りるタイミングになるだろう。

「シータの件、ほとんど突っ込まれなかったな」

 狙い通りと苦笑いする湊。

「そりゃそうよ。"我を捕らえよ"はインパクトありすぎだもん」

「そうか」

「でも、成り行きで私がシステム構築した事になっちゃったよ。もう一度同じ物作れって言われたらどうしよう」

「まあ、大丈夫だと思うけどね」

「ええっ? でも…」

「とりあえず俺達も基地に戻ろう。まずは潜航艇を引っ張り出さないと」

 私の困惑を歯牙にもかけず、淡々と予定を語る湊。その表情から彼の本心は読取れない。でも、無理矢理に引っ張り出した私に怒っているのは間違いない。

 私は何度もためらったあげく、おずおずと切り出した。

「湊、ごめんなさい」

 だが、彼は片方の眉をピクリと動かしただけだった。

「…別に謝る必要なんかない」

「でも」

「出て行くちょうどいいきっかけになった。かえってありがたかったよ」

 本音か強がりか、そんな事まで言う。

「散々みっともない所を見られてるんだ。今さら香帆に見栄を張っても仕方ないだろう」

「そうなの?」

 驚いた。なかなか本音を見せない秘密主義の彼がそんな事を言うとは思わなかった。

「ああ、ま、実を言うと最初は少し泣いた」

 そう言って小さく笑ってみせる。

 やっぱり。無理しているのが丸わかりだ。

「…実は、なぜ陶子が犠牲にならなければならなかったのか、その事をずっと考えていた。どうしても違和感があるんだ」

「どういう事?」

「ああっと、先に離床しよう。そろそろ離脱可能時間ウインドウだ」

 ステータスウインドウをちらりと一瞥して話を中断し、管制塔コントロールを呼び出し始める湊。

 オペレーターとの間で延々とやり取りされる航法用語を聞き流しながら、私は湊の話の続きが気になって仕方がなかった。


「ごめん、話が途中だったな」

 サンライズ7から離脱し、基地のあるコロニーへ針路をセットし終わった湊はごりごりと右腕を振り回し、首をかしげて肩を押さえながらようやく振り返った。

「…うん、違和感があるって」

「その事なんだが、前に香帆も話してたよな。ヤトゥーガのやり方がなんだか芝居じみているって話」

「うん。確実性より私達を怖がらせる方が目的みたいな」

「俺も同じように感じたんだ。あのテロリストの取り調べ記録、久美子さんに見せてもらった?」

「ううん、まだ」

「じゃあ、かいつまんで説明する。彼らは陶子の生命維持装置、特に酸素吸入器の出力をぎりぎりのレベルまで絞るように厳重な指示を受けていたそうだ」

「え?」

「かなり時代遅れの代物とは言え、テロリストは全員が軍隊レベルの武器を携えていた。付け焼き刃とはいえ射撃訓練も受けていたらしい。単なる見せかけじゃなかったんだ」

「…そう」

「殺されたメイドは心臓を一撃で射貫かれている。俺たちが突入した時も時間稼ぎに人質を殺そうと話していたし、特に発砲をためらっていた気配はない。それなのに、陶子の殺害に限っては銃を一切使わず妙に回りくどい方法をとった。変だと思わないか?」

「…よく意味がわからないんだけど」

「最初から彼女を殺すつもりなら、さっさと撃ち殺せばいい。それが一番簡単で確実だろ? わざわざ細心の注意を払って酸素吸入器を微調整する必要がどこにある?」

「うーん」

 物騒な疑問を口走る湊。だけど、確かにその通りだ。

「それが気になった。だからずっと考えていた」

「もしかして…」

「陶子の身体はずっと意識不明だった。いくら銃で脅したって怯えたりする事はない。だから、じわじわと長く苦しませながら死に至らしめる方法をとった。どうもそんな気がする」

「それって…」

「そう。奴らが俺たちを狙う手口に共通する、標的に出来るだけ長期間恐怖を与えるやり方」

「ひどい」

 私は思わず口を覆った。

「なぜ彼らはそこまで俺たちに固執するんだ?」

 私もそれはずっと謎だった。よく、いじめの加害者はすぐにその事を忘れるが、被害者はいつまでも覚えていると言われる。でも、私達みたいな一般人がどうやったら超巨大コングロマリットに恨まれるほどのダメージを与えられるのか、見当も付かない。

「そもそも、NaRDOとヤトゥーガとの因縁は司令がまだ二十代の頃、火星で起きた事故が発端らしい。でも、いくら調べても詳しい情報が出てこない。まるで何者かが意図的に情報を隠蔽しているようにすら感じる」

 お手上げ、とでも言いたげに身体の左右にぱっと手を広げた湊。

「でも、俺はその頃まだ小学生だし、香帆なんか生まれてもいなかっただろう? そんな因縁にどう絡む?」

「そうよね」

 ドックへの接近アラームが鳴り響くまでの間、二人とも無言でむっつりと考え込んだ。だが、情報が絶対的に不足している現状でいくら頭をひねったところで答は出ない。

「この件に関しては司令はもちろん久美子さんも妙に口が重いんだ。どうも、俺達二人だけが蚊帳の外に置かれているような気がする」

 グチっぽく文句を言う湊の声を聞きながら、私は昨夜の鷹野さんの奥歯に物が挟まったような口ぶりを思い出していた。

「まあ、いい」

 振り切るように大きく頭を振ると、湊はコンソールに向き直って星図スターマップが表示されたメインスクリーンをぐいと睨みつけた。

「木星に行こう。…陶子もそれを望んでいた…」

 私は無言で頷いた。今できることはそれしかない。


---To be continued---

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