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プレ・ドライブ 異星船捕獲作戦  作者: 凍龍
第二部 高重力下の死闘
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第四十九話 とむらい

 葬儀は予想以上に盛大なものになった。

 トロイス・レポートで陶子さんの特集が組まれ、彼女がプロジェクトに果たした貢献と、彼女の辿った悲しい運命が情感をたたえた演出で紹介された影響も大きいと思う。

 各界の要人が寄せた弔辞が次々と会場正面の巨大スクリーンに映し出され、現実リアルではなく仮想バーチャルで見慣れた彼女の遺影には、供花が溢れた。

 ひっきりなしに訪れる参列者はセレモニーホールからはみ出して、宇宙港近くまで伸びる長い行列を形作った。

 国際刑事警察機構インターポールの捜査で早々に主犯と断定されたミクラス・デベロップメントカンパニーはもちろん、子会社の暴走を抑えきれなかった(あるいは故意に見逃した?)実質親会社のヤトゥーガ・コンツェルンにも世間は絶対零度の冷たい視線を浴びせかけた。

 ヤトゥーガの株価は連日のストップ安で未だ回復の兆しもなく、早くも財閥解体の噂さえ囁かれている。

 一方で、「この悲しみを乗り越え、プロジェクトを必ず完遂する。それが彼女に対する最大の弔いだ」と、犯人を批判することは一切せず、ひたすら前向きにそう訴える辻本司令のインタビューは大きな共感を呼び、一時期落ち着いていたクラウドファンディングへの寄付額は再び跳ね上がった。

 だけど、あの日以来湊は仕事を放棄し、宇宙港にほど近いロングステイホテルの部屋に閉じこもったまま、私にすら姿を見せてくれなくなった。


 葬儀が終わり、陶子さんの遺体が偉大な航宙士の特権と言われる太陽葬に付された翌日、私は鷹野さんに呼び出され、一区第三シリンダーにある賑やかなカクテルバーを訪れていた。

 ここは各国コロニー技術系大学の中でも最難関を誇るサンライズ技術工科大学のお膝元という事もあり、様々な肌の色を持つ若い研究者や学生達のたまり場的な存在らしい。テーブル席ではまだ少年少女の面影を残す若い学生のグループが楽しそうに笑い合い、店の中央に大きなUの字型にしつらえられた存在感のあるカウンターでは、主に男女の二人組が寄り添ってより親密な会話に熱中している。

 鷹野さんはそんなカウンターの隅っこにぽつりと座り、テーブルに突っ伏すようにしてグラスをなめていた。と、突然ぐいっと頭を持ち上げ、妙に据わった目つきで入り口を睨み付る。

 ちょうど扉をくぐって店を見回す私を目ざとく見つけると、高々とグラスを持ち上げて見せた。

「はーい、こっちこっち」

 いきなりばっちり合ってしまった目線を微妙にずらしながら、鷹野さんって絡み酒っぽいな、今夜は遅くなるだろうなと覚悟を決める。

「よく来てくれたわね、ね、飲んで。私のおごり。もう二十歳はたちにはなったのよね?」

 勝手にオーダーしたスクリュードライバーをずいと私の前に差し出しながら聞いてくる。

「そういう事は酒場に呼び出す前に聞いて下さいよ」

 いきなりレディーキラーを薦めるあたりが鷹野さんらしい。私を落として一体どうしようと言うのだろう。

 とりあえず頂き物なので失礼のない範囲で口を付ける。肝臓にはそこそこ自信があるけれど、MMインターフェースのおかげで変成した私の脳構造にとって、アルコールはあまり相性がよろしくない。

 一端張り巡らされたナノAuファイバーは、アルコールで一部の脳細胞がダメージを受けても簡単に張り直す訳にはいかないからだ。そのたびに無駄になった配線を整理し、脳がその優れた自己修復能力で組み替えたシナプス接合に合わせ、I/O(アイ・オー)を細かく調整し直さなくてはならなくなる。

 そのあたり、鷹野さんだって保有者になった以上知らないわけはないと思うのだけど、それほど気にしていないのか、私と違ってそんなに影響がないのか。こればかりは個人差が大きいのでよくわからない。

 とりあえず、変に絡まれないようにおとなしくおつきあいすることにして、ちびちびと唇を湿らせる。

「全く、ヘドが出そうよ」

 喉から火が出そうなウォッカベースの濃いカクテルをぐいと飲み干し、鷹野さんは、突然いまいましげにそう吐き出した。

 言われなくても判る。自分自身が演出したお涙頂戴番組トロイス・レポートの事だろう。

「まぁ、私も子供じゃないから、こうなる事もちゃんとわかっててああいう風にあざとく作った。後で自己嫌悪で死にたくなる事も織り込み済みでね。でも、少しくらい愚痴ってもバチは当たらないと思うのよ」

 私は無言で頷く。

「今回の事では関係者みんなが多かれ少なかれ傷を負った。あの鉄面皮つじもとしれいを含めて、よ」

 さすがにそれは素直に信じられない。だけど、私の釈然としない表情を読んだのか、鷹野さんはニヤリと笑う。

「あのおっさん、あれでも結構純情なのよ。火星で亡くした同僚に操を立てて、あの年で未だ独身ひとりみだし」

「ああ、聞いた事あります。もしかしてその人、司令の恋人か何かだったんですか?」

「それがねぇ」

 空のグラスを突き出して鷹野さんは口を尖らせる。

「二人が出会って死別まで何日もなかった。しかも、当時は絶賛遭難中でほとんど宇宙服を着っぱなしだからロマンスも何もなかったはずよ。なのにねぇ」

 ふと、遠い目でどこかを見つめてため息をつく。

「鷹野さんもその方をご存知なんですか?」

 その質問に鷹野さんはなぜか慌てたような表情を浮かべる。

「まあ、ちょっとだけ、ね。実は、私と久美子も司令と一緒に遭難したの。公式には無かった事にされてるけど」

「え、それってどういう?」

「ああ、ごめんね。これ以上は話せないな」

 私はようやく腑に落ちた。三人の間に醸し出される独特の連帯感はそれが原因なんだ。

「全く、久美子も可哀想よねぇ」

「へ?」

 ここでなぜ久美子さんの名前が出てくるの?

 私の怪訝な表情に気づいて鷹野さんはあからさまにヤバイという顔をした。

「あー、まずった。ちょっと酔ったかな。忘れて。久美子に殺されるわ」

 そのままマスターにグラスを振っておかわりを要求する。

「話が変な方向に逸れちゃった。えーっと、つまり私が言いたかったのは、みんな同じように傷を負ったから、気持ちは言わなくてもちゃんと分かるよって事」

 どうやら鷹野さんは本当に酔っているらしい。話がだんだん支離滅裂になってきた。

「いい? 判る? こういう時に一人じゃ駄目なのよ。傷はみんなで舐め合わなきゃ。孤独だと、どこまでも落ち込んでしまうから…」

 ああ、そういう事か。

「香帆ちゃん、君の船長さんは見た目よりはるかに繊細だわ。今回一番ひどいダメージを受けたのは間違いなく彼でしょうね。だからお願い、早く彼を迷路から救い出してあげて」

 鷹野さんは真剣な表情で私をじっと見つめた。

「多分、香帆ちゃんじゃなきゃ無理」

 断言されてしまう。

「男だって、たまには泣いていいんだって事。教えてあげて!」

 確かにあの日、涙が枯れるまで泣いたおかげで、私は何とか崖っぷちに留まる事ができたと思う。陶子さんの事を思うとまだ胸が痛いけど、今は何とか前を向いていられる。

 でも、私が彼の目の前で泣いたせいで、湊は逆に泣く事が出来なくなった。心の奥底に無理に閉じ込められた悲しみはいずれ爆発する。もう十分に傷だらけな彼の心は、その時一体どうなってしまうのだろう。

「わかりました。何とか頑張ってみます」

 自信はないけど、頼りないかもしれないけど、それでも私はかれの相棒だから。

 見え見えの虚勢を張る私に、鷹野さんはちょっとだけ寂しそうに微笑むと、グラスをかかげて小さく首をかしげてみせる。

「すごく不謹慎な言い方になるけど、今回犠牲になったのが香帆ちゃんじゃなくて…」

 そこまで言いかけて黙り込む。

「ごめん、やっぱり酔ってるわね」

 そう自嘲気味に呟くと、再びグラスをあおり、顔を伏せて小さく肩を震わせた。


 翌朝、すぐに湊の部屋に向かうつもりだったけど、早朝いきなりの映話で辻本司令にたたき起こされた。慌ててホテルを出てみると、そこには朝の光を浴びて輝く黒塗りのエレカが待っていて、問答無用で引っ張り込まれ、NaRDO本部に文字通り”連行”される。

「よう、おはよう」

 そのくせ、私をここに呼び出した張本人はえらく待たせたあげく、のんびりコーヒーカップなんぞを抱えて応接室に現れた。

「なんですかいきなり!」

「やあ、悪い悪い、取り急ぎ君達の安全を確保する必要があったもんでね」

 ちっとも悪いなんて思っていない様子でニヘッと笑みを浮かべる辻本司令。でも、よく見れば目の周りのくまはまるでパンダのようで、心なしか数日前より痩せたようにも思える。

「先ほど、君達二人の殺害予告がネットに出回ってね。まあ、悪質ないたずらの線が濃厚だが、念のため来てもらった。もちろん湊も呼んだんだが、部屋から出ようともしないんで、あっちはとりあえず警護をつけといた」

「…またですか」

 思わずため息が出る。

「そう言うな。たとえどんな泥舟だろうとそれだけを頼りに生きている人はいるんだ。溺れそうになればどんなささいな手がかりにだってすがってくる。許してやってくれよ」

「泥舟に穴を開けたのは司令ですけどね」

「…まあな」

 それは否定せず、辻本司令は言葉を続ける。

「彼らには悪いが、今度こそ沈んでもらう事にしたよ。あんまり時間をかけるとまた変な輩が出て来るんで、一気に解体してグループ各社をばらばらに競合他社に買い取らせる。先行きの見通しが立てば今回みたいな事もなくなるだろう」

「でも…」

 私の反論を押しとどめるように手を広げ、

「香帆の言いたい事は判る。でもね、ヤトゥーガの関係者がすべて悪人という訳じゃない。ほとんどはフツーに働いているだけの善良な人達なんだよ」

 と、したり顔で頷く。なんだか善人ぶっているけど、一番黒いのはやっぱりこの人だ。

「それは判るんですけど、納得ができません。結局ヤトゥーガは裁かれないんですか?」

「まあ、煮ても焼いても食えない奴らは確かにいる。各企業から支配的な立場の人物を持ち株会社に戻して調査を始めている。いずれも叩けばホコリの出る奴らばかりで処分理由には事欠かないね。同時並行でコングロマリットを解体し、各社の株価が少しでも持ち直せばラッキー。さくっと売却して会社を清算する。これでヤトゥーガは綺麗さっぱりこの世から消滅だ」

「むぅ」

 大人の理屈が垣間見える玉虫色の幕引きに正直納得なんて出来ない。でも、鷹野さんからあんな話を聞いた後で、これ以上子供みたいにへそを曲げ続けているのも難しかった。

「じゃあ、これが終わったら火星に報告しに行くんですね?」

「あ?」

 辻本司令のあごが落ちた。

「おい、君、それをどこで! 香帆、どこまで知ってる?」

「さぁ? 内緒です」

 私は追求をかわしながらさっさと応接室を出る。

 せめて、このくらいの意地悪はさせてもらおう。

 珍しいほど慌てる辻本司令の様子を見て、ようやくちょっとだけ気が晴れた。

 

「さて、どうしよう…」

 しばらく後。

 私は守衛室前に立ち塞がる警備ロボットに行く手を阻まれ、途方に暮れていた。

 警戒レベルはまだ下がっておらず、NaRDO本部から外に出る許可が出ないのだ。

 ここから先は辻本司令の同意が必要で、つい今し方いじめてしまった関係上、すぐには頭を下げにくい。

 とは言え、この瞬間にも湊がどうなっているかとても気になる。

 直接会いにも行けず、映話にも出てもらえないなら他に一体どんな連絡手段があるだろう?

「…あ、あれを試してみるか」

 途方に暮れかけて、ふと久美子さんにもらったMMIトランシーバを思い出す。アルディオーネに中継してもらえばさすがに湊だって通信を受けるかもしれない。

 思い立ったら即行動。腰のポーチを慌ただしくまさぐってアタッチメントを取り出すと、首筋に装着し、アルディオーネをコール。

『香帆、どうしていましたか?』

 即座に繋がったけど、応えたのは予想に反して湊ではなかった。

(あ、シータ?)

 以前なら、こんな風に通話を取り次いでくれるのはいつも陶子さんだった。その事を思い出すだけでズキリと胸が痛む。

『船長と連絡が取れないので困っています。何かご存知じゃないですか?』

「ああ、船から直接呼んでも駄目なのか。困ったな」

 思惑が外れて思わず愚痴る私に、

『船長に至急お伝えしたい事がいくつかあります』

 そう畳み掛けてくる。

『第五遊星の大型移動体に変化が見られます。第三遊星の一自転周期ほど前から、極めて微弱な重力波信号を発し始めました』

(なに!)

『この恒星系に広くそれは普及している信号方式ではありません。しかし、私には解析可能です。大変古い…懐かしいプロトコルです』

(それってどう…、いや、それで、異星船は何て言ってるの?!)

『何も。ただ、呼んでいます』

(呼ぶって誰を?)

『それは判りません。ただ、我を捕らえよ、と』

「来た! キターッ!」

 私は場所も考えず大声を出した。すれ違ったばかりの男性職員がビクッと体をこわばらせ、危ないモノを見る目つきで睨んでくるけど、もはやそんな事を気にしている場合じゃない。

 私はくるりと振り返り、金縛り状態に陥っている男性職員を蹴散らす様に、来た道を猛然と引き返す。

 あ、そうだ。

「久美子さん! 取れますか? 至急お願いしたい事がっ!」

 長い廊下を全力ダッシュしながら呼びかける。

『久美子です。なんでしょう?』

 打てば響くように返事が来る。さすが。

「ロングステイホテルの702号室を急襲して、立てこもり犯を確保して下さい。アルディオーネに連行を」

『薫から話は聞いていたけど…、とんでもない荒療治を考えるわね。そこまでの緊急事態かしら?』

「異星船が動きました!」

『…わかりました! 司令には?』

「私から伝えます!」

『すぐ手配する。四十分でお届けするわ』

 回線の向こう側で、笑みを浮かべる久美子さんの様子が浮かぶような声だった。


---To be continued---

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