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プレ・ドライブ 異星船捕獲作戦  作者: 凍龍
第一部 〜我を捕らえよ!〜 異星船捕獲作戦
3/63

第三話 衝突

 かすかな物音で眠りを破られた。

 コクピットの照明は最低照度に絞られ、観測窓から差し込むかすかな星明かりとディスプレイの淡いバックライトだけが室内をほの青く照らし出している。

 時計表示は地球標準時の午前2時。

 なぜこんな時間に目覚めたのかとぼんやり思い、正面のマルチディスプレイに開いたままの3Dモデリングデータが目に止まる。

 どうやら、作業の途中で眠りこんでしまったらしい。

 はっきりしない頭のまま観測窓に映る星空をしばらくぼんやり眺めていたが、ほったらかしの図面データを保存しようとしてふと、人の気配に振り向いた。

「あ、ごめん、起こしちゃった?」

 香帆が申し訳なさそうな顔で背後からのぞき込んでいた。先ほどのかすかな物音は与圧ドアの作動音だったようだ。

「なんだ、眠れないのか?」

「ちょっとね。変な時間に目が覚めちゃって、それから寝付けないの」

 香帆は言葉を切ると、表示されたままの図面データにさりげなく視線を落とした。 

「あ、それ、クルーザーの図面でしょ?」

「ああ、70トンクラスの小型艇さ」

「ふうん」

 香帆は小さく頷いた。

「ね、コーヒー飲む?」

「ああ、頼む」

 香帆はそのままキッチンに消えた。その間に俺は耐Gシートを起こし、描きかけの図面を改めてチェックすると、保存して3次元CADのアプリケーションを終了させた。

「はい、これ」

 マルチディスプレイが通常の航法システム画面に復帰したタイミングで、香帆が2本の無重力マグにコーヒーを満たして現れた。

「あれ、なんだ。もう消しちゃったの?」

 言いながら隣のシートに腰を下ろす。

「もう少しゆっくり見たかったな」

「……悪いけど、人に見せられるような代物じゃないんでね」

「お願い! もう1回だけ見せてもらえないかな?」

「だめだ」

 俺は大きく首を横に振った。香帆はしばし物言いたげな表情で俺の顔を見上げていたが、やがて小さなため息をついて正面に向き直った。

「……でも、よかった」

 しばらくの無言の後、彼女は小さなつぶやきを漏らした。

「え?」

 思わず聞き返す。だが、香帆はすぐには答えず、シートを大きく倒して天井の観測窓にチラチラと視線を泳がせている。

「シップビルダー、あきらめた訳じゃなかったんだ」

「え?」

 思いがけない香帆のセリフにどきりとした。自分からなにかそれらしいことを話した記憶はない。

 だが、当時はニュースにもなった事件だ。

 これだけ自分の周りをかぎ回っている娘なら、なにか知っていてもおかしくはない。しかし……。

「あ、いや」

 結局あいまいにはぐらかした俺は、なにか物言いたげな彼女の興味を他に逸らそうと、天井の対放射線シールドを全開にした。観測窓は大きく左右に割れ、透明なハイパーメタクリルの天井一面に満天の星空が広がった。

「わあ! きれい!」

 香帆はそれきり息を飲んだ。彼女も外惑星軌道での星空は初めてだろう。

 俺も香帆にならってシートを目一杯倒すと、しばらくは無言で星空にのめり込んだ。

 こうして、外惑星軌道でぼんやりと眺める満天の星が彼は好きだった。

 ここまで遠ざかってしまうと、さすがの太陽もその圧倒的な明るさを誇示することはできない。

 だが、その分漆黒に近い宇宙には、肉眼でも地球軌道で見るよりはるかに多くの星々を数えることができるからだ。天の川の迫力も地球近傍で見るのとは段違いだ。

「……ここから見ると、宇宙はちっとも寂しそうじゃないね」

 香帆が星空に手のひらをかざしながらしみじみとつぶやいた。

「寂しい? どういう意味で?」

「だって、コロニーで見る星空はここまで賑やかじゃないもの」

「ああ、地球が圧倒的に明るすぎるから。暗い星はほとんど見えないだろうな」

「星の見えない暗い夜空ばかり眺めていたら、人類は広い大宇宙でやっぱり孤独なんだなって思うじゃない。でも、ここで見る豪華な星空ならそんなメランコリックな気分にはならないよね」

「……まあ、な。でも、確か何年か前、実際に宇宙人のものらしき遺跡が見つかったって聞いたけどな。火星の近くで。けっこうな大騒ぎになったじゃないか」

 俺は遠い記憶を掘り起こしながら答える。

 当時所属していた小型船舶設計チームに、遺跡発掘の発端となった遭難事故の調査と後始末が命じられ、けっこう大変な思いをした印象だけが残っている。

「でも、あれっきりね。未だにほとんど解読が済んでないなんて、サンライズの考古学者は昼寝でもしてるのかしらね」

「考古学? あーいうのはどっちかと言うとコンピュータ屋か言語学者の仕事だろ。考古学者がなんでここに出てくるんだ?」

「知らないの? 昔から遺跡探しと暗号解読、絶世の美女と共に命がけの大冒険っていうのが考古学者の宿命なのよ。発見者がイケメンで名前がジョーンズ博士だったらぴったりなんだけど」

 香帆は大きな瞳をきらきらさせながら自信満々に断言した。

「……ああ、そう」

 彼女の萌えポイントがさっぱりわからないまま。俺は棒読み口調でそう答えた。

「残念だけどインド人じゃない。確か発見者は日本人、しかも若い女性だったはずだぞ」

 ところが香帆はそれが気に入らなかったらしい。豪快なため息交じりにシートから体を起こすと、ふくれっ面でこちらをにらみつけた。

「ちょっと! インディアナ・ジョーンズはインド人じゃない……」

 女子高生が前世紀のレトロムービーネタを振って来たのは正直驚きだったが、いずれにせよ漫才めいたやり取りをそれ以上先を続けることはできなかった。

 まるで香帆の抗議を遮るかのように、突如大音量のアラームがコクピットに響き渡ったのだ。

「なに?!」

「衝突警報だ!」

 俺はあわててはね起きるとメインディスプレイに近距離レーダーを三面表示する。本船三時の方向、斜め下方から微小惑星が二つ、相当な高速で接近している。このまま直進すれば約八秒後には軌道が交差するだろう。だが、自動回避装置がワーニングランプを点滅させ、機械任せの穏やかな自動回避ではとうてい避けきれないことを警告していた。

「おい、シートベルト締めろ!」

 わたわたとシートを起こす香帆に向かってそう怒鳴った俺は、自動操縦を解除すると同時に船首スラスターの噴射ペダルを両足で思い切り踏み込んだ。

「きゃあ」

「喋るな!舌かむぞ!」

「……もうかんだぁ!」

 だが、減速バーニアの出力程度ではとうてい間に合わない。サイドスラスターのペダルを踏み抜く勢いで蹴り飛ばし、船体姿勢を百八十度反転させると、今度はコントロールスティックを目一杯引き絞る。強引な機動に竜骨キールが悲鳴をあげ、発泡ハイセラミックの船殻がミシミシと不気味にきしむ。

 ギリギリまでチューンされた多段ターボポンプがうなりをあげ、ノズルが張り裂けんばかりの超高圧で燃料をメインエンジンに送り込む。内圧計の表示がギュンと跳ね上がり、とんでもない数字を表示したかと思うと不安定に明滅してふっと消えた。

 どうやらセンサーの測定限界を越えたらしい。

 次の瞬間、エンジンはほとんど爆発に近い強烈な噴射を開始した。

「ぐぅはっ!」

 あらかじめ覚悟を決めていた俺自身、猛烈な加速Gに目がくらむ。

 隣の香帆の様子が気になるが、視線をわずかに向けることすら難しい。視界がゆっくりと闇に変わる。

 ブラックアウト。脳みそがなにかに絞り取られるようだ。

「うーっ!」

 狭まりつつある暗い視界のすみでディスプレイを確認する。小惑星のコースは自機位置とほとんど重なっている。

 これでは間に合わない!

 俺は本能的に体ごと倒れ込むようにスティックをなぎ払う。

 船体がぐいっとロールし、今度は視界が真っ赤に染まる。やばい!

「ううっ!」

 香帆が苦しそうにあえぐ。

 ガンッ!

 すさまじい衝撃音。

 まるで横っ面をバットで殴られたような強烈なショックが船全体を襲い、同時に船体が猛烈にスピンしはじめた。

 エンジンの爆発を疑った俺はあわてて燃料をカットする。すぐに機動Gは消え、同時に狭まっていた視界がひどくゆっくりと回復する。

 目をこらして見ると、ディスプレイには粉々に分裂し、てんでばらばらに回転しながらすでに遠ざかりつつある小惑星の姿。

 だが、船体の複合スピンがなかなかおさまらない。どうやら自動姿勢制御ユニットのオーバーロードらしい。

 俺はくらくらする頭を振りながらピッチ、ヨー、ロールと順にスラスターを踏み込み、回転を抑えようとした。最初の修正は無残に失敗。スピンはおさまるどころかなおさら激しくなった。

「うえ、気持ち悪い」

 だが、こみあげてくる吐き気を抑えながら何度か小刻みな修正を繰り返すうち、回転は次第に単純な1軸スピンに落ち着いてくる。

 不意にリミッターが自動解除され、船体の揺れは嘘のようにふっとおさまった。

「ふうっ」

 俺は大きく息を吐き出した。

 ほんの十数秒の出来事だったにもかかわらず、船内服は汗でぐっしょり濡れていた。頭の芯がががんがんとうずき、額の汗が目に流れ込んでちくちくとしみる。

「おい、大丈夫か?」

 各種アラートが軒並み点滅のほとんどクリスマスツリー状態のコンソールを一べつし、まずは隣の香帆に声をかける。が、気を失っているのか、ぐったりと顔を伏せたまま身動きすらしない。

「おい、生きてるか?」

 右手を伸ばして肩を揺する。

「う、ううん……死んだ。ずいぶん前に亡くなったおばあちゃんの姿が見えた」

「大丈夫か? 怪我とかしてないか?」

 香帆はゆっくりと顔をあげ、充血した恨みがましい目つきで俺の顔をにらみつける。

「……酔った……気持ち悪い。吐きそう。頭が痛い、首も痛い、舌かんだ」

「悪かったよ。でも、それだけ言えればまず大丈夫」

 俺はとりあえず香帆のへらず口の健在にほっとすると、コンソールの一斉復帰ボタンを叩く。

 だが、いくつかの警告灯は点滅したままで残った。

「一体なんなの、あれ?」

「ああ、未登録のはぐれ小惑星だと思う。この座標だと一応アポロ群系列になるのかな。小さいものはディープスカイサーベイでも見落とされがちだし、今でも時々はあるんだよ」

 香帆の弱々しい問いに答えながら、俺はリセットの効かないアラートを一つ一つ確認してみた。

 右舷第1エンジン油圧警告。

 右舷船殻ひずみゲージ。

 第2酸素タンク圧力ゲージ。

 サージタンクエンプティマーカー

 レーザージャイロ動作不良警告。

「む!」

 やたらに右舷側の異常が多い。俺はかぎりなくいやな予感を感じながら、右舷の船外カメラで外側から直接異常を確認しようとした。だが、ディスプレイには一面のホワイトノイズ。こんなものまで不調だ。

「なあ、もう立てるか?」

「いたた……っと、なんとか」

 顔をしかめ、首を右手で押さえたままで香帆が答えた。どうやらむち打ちもくらったらしい。

「悪いけどキッチンの舷窓から右舷の船殻を確認してくれないか。なんだか様子が変だ」

「う、うん。ちょっと待ってて……」

 香帆はそう言い残すと首を変な角度に曲げたままでふらふらと立ち上がりキッチンに消えた。

 その間に俺は改めてエンジン系統のチェックプログラムを走らせると、そのレポート内容の深刻さに思わず背筋が寒くなる。

「きゃあっ〜!」

 香帆の悲鳴じみた叫びが冷酷な現実をはっきりと裏付けた。

「右っかわのエンジンが、ないよっ!!」


---To be continued---

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