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プレ・ドライブ 異星船捕獲作戦  作者: 凍龍
第一部 〜我を捕らえよ!〜 異星船捕獲作戦
19/63

第十九話 捕獲作戦

『捕獲母船、退避完了しました』

『調査船〈アトランティス〉センサー配置完了』

『各種センサーおよび探査プローブとのレーザーリンク、すべて異常なし』

『〈シルバーストリング〉、本船のバックアップ位置につきました』

『北中国軍、巡洋艦〈瀑布〉及び艦載機、異星船予想進路上に展開、包囲を完了しました』

『異星船、今だコースに変化ありません』

『作戦開始まであと百十秒。作戦指揮権が母船から本船にうつります』

 多用途船オペレーターの小気味いい報告が次々と耳に響く。

『こちら多用途船、アローラムII、準備はいいか?』

 俺は小さく息を吸い、なるべく落ち着いた口調に聞こえるように答える。

「こちらアローラムII、すべて順調です」

『湊か? 香帆はどうした?』

「NASAのプローブとの連携包囲プログラムを最終確認中です。代わります?」

 わずかな沈黙。かすかなハム音だけが回線に響く。

「香帆です。準備完了。いつでもいけます!」

『作戦開始まであと九十秒』

 タイムキーパーの緊張した声が響く。

「いよいよだな」

 その言葉に無言で小さくうなずいた香帆は、不意に俺の顔をのぞきこむ。

「ねえ、先輩はこの作戦が終わったらどうするの?」

「え、どうしたんだ? 急にそんな事」

「気になったの。ね、どうする? また船を再建して運送屋に戻るの?」

「いや、この船と一緒に設計そのものもNaRDOに買い取られたから、残念ながらアローラムタイプはもう俺の私物じゃないんだ。それに……」

「それに?」

 わずかな沈黙の後、俺はぽつりと、まるで他人事のようにつぶやく。

アローラム(・・・・・)はそろそろ卒業しなくちゃな」

 コクピットに熱い沈黙が満ちた。

『作戦開始まで15秒』

 香帆が無言のままごくりとのどを鳴らした。

『作戦開始まで10秒、9、8、7』

 カウントダウンが開始される。

『異星船、想定コースを外れつつあり!』

「やばい!」

 思わず叫び声が出る。

『アローラムII、緊急機動! 急げ!』

「了解!」

『4、3、2……オペレーション・GO!!』

 その瞬間、ただ一つの目的のために太陽圏中から集められたおびただしい宇宙船の、すべてのエンジンが、同時に青白くまばゆいプラズマの炎を吐きだした。




 おなじみのタイトルコールがフェイドアウトすると、一瞬おいて正面のプロンプタ・カメラにオンラインシグナルが点灯した。

 ティナはコンソールに広げたタイムテーブルにちらりと目を落すと、背筋を伸ばし、いつもどおりカメラに向かってにっこりと微笑んだ。

「こんばんは。『STNニュースの展望』、キャスターのティナ・鏑木です」

 すぐにプロンプタ・カメラに新しい原稿が投影される。

 彼女はコンソールに並ぶ小型モニターでゲストがまだ準備中なのを確認しながら、臨場感を盛り上げるためにいつもより少しだけアクセントを強めに、しかもわずかに早口で原稿を読み上げ始めた。

「さて、今晩は、みなさんもすでにご存知の通り、太陽圏百二十億人が今やかたずを飲んで見守る〈国連・異星船捕獲プロジェクト〉の経過と最新の情報について、特別に時間を延長してお送りいたします。すでに現地時間で十分ほど前、捕獲作戦が開始されたという情報が入っています。もちろん、経過については番組の中でも出来るだけリアルタイムでお伝えしてまいります」

 ゲストの準備が整ったらしい。ティナはこれまでの状況を説明する前にゲストの紹介を挟もうと思い直し、カメラに向かってこころもち身を乗り出すように話しかける。

「さて、そこで、本日は宇宙船舶工学がご専門でいらっしゃいます、サンライズ技術工科大学の山菱巌生教授に解説をお願いしております。教授、よろしくお願いします」

 モニターの向こうでゲストがわずかに頭を下げた。その表情が妙にぎこちない。彼もかなり緊張しているらしい。

「それではまず、今回の事件の発端から本日未明までの経過につきまして、アウトラインを簡単にまとめてありますのでご覧下さい。ではこちらの動画をどうぞ」

 カメラのシグナルが消灯し、それまで真っ黒だったコンソールの別のモニターにビデオ映像が流れ始めた。

 ティナは映像をちらりと確認し、インカムに向かってささやくように呼びかけた。

「ディレクター。最新情報はまだ入りませんか?」

 正面の防音窓の向こうで小太りのディレクターが大きく首を横に振り、同時に指で大きく1と0の形を作って見せる。

 あと十分は話をつなげ、という意味だと判断したティナはプロンプタのモニターに表示される原稿を長尺ものと切り替え、モニターに映る自分の姿を念入りにチェックする。

 現場とここでは十数分のタイムラグがあるとはいえ、かつてない大ニュースを生放送で報道するという緊張と興奮でだろうか、いつのまにか紅潮した頬に気付いて眉をしかめ、スーツの肩に出ているしわを消すために上着のすそを引っぱった。

 程なくカメラのシグナルが点滅し始めた。姿勢を正し、数秒後のビデオ明けを待つ。




『異星船、想定軌道に戻りました。速度変化はなし!』

 多用途船のオペレーターから、いくらかほっとした口調でレポートが入る。

『ああ、どうにか網に入ってくれそうだな。アローラムII、調子は?』

 モニタ越しに問いかけてくる辻本司令に、私は短く、

「今のところ問題ありません」

 と答えを返す。

 彼はそのまま、正面の大画面マルチモニタを見上げ、小さく咳払いするとマイクを取り上げた

『ただ今から〈フェーズ2〉を開始する。各船舶、タイムシンクはすべてアローラムIIのクロックに同調、次のゼロ秒をもって〈フェーズ2〉に移行する! 各船舶スタンバイ!』

 わずかな間をおいて、スクリーンの時計表示が〈Tプラス05M:00S:000〉ちょうどを示した。

 それまで慣性航行を続けていた北中国人民軍の艦載機群が一斉にバーニアをひらめかせ、包囲網をほんのわずかずつ、慎重に絞りはじめた。




「と言うことは、教授も異星船は無人であるとお考えなのですね?」

 ティナの問いかけにモニターの中で山菱教授は大きくうなずいた。

「そうです。速度も進路も一定ではありませんが、あれほど極端な機動を繰り返している以上、生命体が乗り込んでいるとは考えにくいですな。それに、我々の船舶や小惑星、ないしは微小隕石などの障害物が進路上に現れると、大きさに関りなくいつも同じような手順(プロトコル)で回避することが観察の結果わかりました。おそらく、事前にプログラムされた条件にもとづいて自動運航されていると考えるのが妥当でしょう」

「しかし、そうなりますと今回の作戦でも、我々の接近をうまく回避されてしまう可能性があるのではありませんか?」

 ティナがそう水を向けると、山菱はさもありなんといった表情で再びうなずいた。

「そこで、今回は全部で3段階の作戦が考えられています。まず、異星船はほぼ3日に一回、決まって2~3時間ほど低速で慣性航行を行なうことが判明しています。この間、異星船は一切の針路変更を行なわず、おおむね直線的に航行します。おそらく異星船内部で、操船にほとんどパワーを振り向けられないほどの重要な処理が行なわれていると我々は推測していますが」

「一体何を処理しているのでしょう?」

「さあ、もしかしたら彼らの母艦と情報のやりとりを行っているのかも知れませんな」

「え! 異星船には母艦がいるのですか?」

「いえいえ、これは単なる憶測です」

 あわてて首を横に振る山菱の背後の大型モニターに、先に行くに従って細くなる、引き延ばした漏斗のようなCGがふわりと浮かび上がる。

「ですから、目標が慣性航行を開始したタイミングを見計らって異星船の進路前方を多数の小型機と、それぞれが放出した大量のデコイで包囲します。この包囲網はこの図のように、時間と距離を経るにしたがって次第に細く密に異星船の周りを取り囲みます」

「ほう」

「ですから、相手はおのずと包囲網に添った直線航行しか出来なくなるわけです」

「なるほど」

「次に、もう少し大型の高速艇数隻で異星船の進路前方を囲み、押さえ込みます。異星船のもっとも大きな特長は高い機動性とその猛烈な加速性能ですから、二段階の計画でその両方を封じるわけですね」

「すると、後は追い付くだけ…と」

「そうです。有人の小型超高速艇がその任にあたります」

「これが有人でなくてはならない理由はあるのですか?」

「はい、遠距離からのリモートコントロールではタイムラグが生じますので、目標の変化に迅速に対応するのが難しくなりますから…」

「あ!」

 ティナはディレクターの合図にうっかりつぶやきを洩らし、思わず顔を赤らめながら山菱の話をさえぎった。

「教授、お話の途中で申し訳ございません。ただいま最新の映像が入りましたので、それをご覧いただきながら引き続き解説をお願いいたします」




『異星船、わずかに速度を速めました! どうやら包囲網が気付かれたようです』

 多用途船のブリッジでオペレーターが叫ぶ。辻本司令はシートから素早く立ち上がると、マイクをわしづかみにして声をあげた。

『よし、ただちに〈フェーズ3〉に移行! プローブの制御をシルバーストリングからアローラムIIに移管しろ! 湊、香帆! いよいよ正念場だぞ!』

「了解!」

 回線に響きわたる辻本司令の大声に短く答え、私はそれまで待機状態だったプローブの制御システムを立ち上げた。

 ディスプレイの表示がさっと切り替わり、船外カメラからの実写映像にコンピューターの推定した異星船とプローブの位置座標が重ねて表示される。

 中央に表示される十文字が異星船のシンボルだが、距離が遠すぎるためか、カメラ画像ではまだ異星船の姿をはっきり確認できない。

「プローブの制御を受け取ったよ。どうする?」

「しばらくはプログラムモードで流してくれ。目標の速度は?」

「秒速500キロから560キロに増速! 完全に気付かれたね」

「よし、もう離れてても意味ないな。追い詰めよう」

「秘密兵器、使う?」

「まだだ! 10分も使えないんだぞ。土壇場まで温存しないと…」

「そうも言っていられないわ。目標、秒速600キロに増速! このままじゃ追い付けなくなっちゃうよ!」

「くそっ!」

 吐き捨てながら先輩は補助エンジンの出力を3基まとめてMAXに叩き込んだ。名称こそ〈補助〉とは言え、実際には旧アローラム改に積み込んでいた優子さんの改良型エンジンにさらに手を加えたタイプの代物おばけだ。加えてアローラムIIの船尾中央に新たに積み込まれたのは、全開稼働可能時間わずか9分のモンスターエンジン。たった1回きりしか使えない貴重な切り札だけに、その使用にはさすがに慎重にならざるを得ない。

「目標、光学系で確認! 加速が止まった……秒速613キロ、追い付けるよ!」

「あいつ、誘ってる」

「な?」

 先輩の思いがけないつぶやきに、私は手を止めてバーチャルな体ごと相棒に振り向いた。

「なあ、香帆。あの船の本当の目的って、どこにあると思う?」

「目的って? そう言えば何だろ…考えもしなかったよ」

「俺、一番最初は、太陽系内を調査してるんだろうと思ってた。でも、それにしてはあんまり無秩序に飛び回りすぎだ。それにやり口があまりにもふざけてて、まるで辻本司令みたい……じゃなくて、何だか妙に人間臭すぎるとは思わないか?」

「司令っぽい……それはまあ、そうね」

 複雑な表情のまま相づちをうつ。

「あいつが本当に確かめたがっているのは太陽圏の地理なんかじゃなくて、俺たち人類の考え方、知識、技術、つまり、人間の本質そのもののような気がするんだけど」

「まさか! 何のために?」

「さあ」

「さあって。あのねぇ先輩」

「多分、それはご本人に直接聞いてみるしかないと思うよ」

 先輩はそう言いきると、大きく首を振る。途端に目つきが鋭くなる。そのままゆっくりと慎重に呼吸を整え、眼前の視界ににぼんやりと浮かぶ異星船にすべてを集中する。目標が次第に近づいて来るにつれ、先輩の神経がピンと張り詰め、鋭く研ぎ澄まされていくのがそばにいるだけでもはっきりとわかる。

 人類が現時点で持ち得た最高レベルの超高速船。それが今や私たちの手の内にある。

 いや、私はもはやアローラムIIと自分が同化しているような錯覚さえ感じ始めていた。自分自身がパラメーターを読み上げる声すら、まるで潮が引くように遠のいていく。

 バーチャルな宇宙空間が全身を包みこみ、気が付くと私はたったひとり、生身の体で暗い宇宙空間を突き進んでいた。シミュレートされていないはずの星の暖かみや、虚空の冷たさまでもなぜか知覚することが出来た。

 だが、自分を優しく包み込んでいる存在をも同時に感じていた。ひどくやすらかで温かな感覚…先輩、優子さん、司令に、トロイスの仲間達、さまざまな国の多くの船舶、同じ目標を追い続け、自分を支え、見守ってくれるすべての人達…そして。

 そう、もはや私たちは独りじゃない。

 そして、私のそばには。

(湊……先輩)

『目標が再加速!』

 夢想は鋭い声で破られた。

「ゆっくりだけどスピードが上がってるわ。また引き離されちゃう!」

 私はさっきまでの心地よい幻を振り払うように首を振りながら声を上げる。

「相対速度差は?」

「秒速20、いえ、35!」

 先輩は大きくうなずき、ロックのかかったスイッチに指をかけると、透明なロックカバーを爪で弾き飛ばす。

「よし、メインエンジンプレヒート開始!」

「アローラムII、主エンジン回路、通電開始します」

「アクティブGキャンセラー!」

「設定レベル最大に変更」

「追加増槽、すべて切り離し!」

「オーケー、全数切り離し、完了しました」

 先輩の指示を次々とこなしながら視野を大きく広げ、作戦エリア全体を俯瞰する。

「プローブ増速! 異星船前方に展開。包囲を徐々に縮めています」

『異星船さらに増速! アローラムとの距離が開きます!』

 多用途船オペレーターの声も極度の緊張のあまりしゃがれている。

『まだか? まだなのか?』

 さすがの辻本司令もそうつぶやかずにはいられなかったらしい。

「メインエンジンプレヒート完了!」

 私はそれに応えるように、まるでどなるように報告する。

『湊! 香帆! …今度こそ頼む!!』

 辻本司令の声が響く。


 その瞬間、史上最速の純白の鷹が、ついに解き放たれた。


「エンジン、フルブースト!」

 先輩の叫び声と共に、メインエンジンは爆発とも見まがう勢いでプラズマガスを噴き出した。

 私たちをからかうように先行する異星船に向かって、アローラムは矢のような急加速を開始した。目の前には巨大な木星の姿。

「プローブ同士をもう少し寄せてくれ。足止めしないと」

 加速Gに耐え、スクリーンに映る異星船を凝視しながら先輩はいらいらとコントロールスティックを操作し、相手のわずかに上方に出る。

 すでに目標の異星船はプローブの加速限界を越えてさらに増速しており、予想進路はるか前方に展開していたはずのプローブも、もはや目の前まで迫っていた。

「もう少し、あとちょっと寄せて!」

「これ以上は危険よ。下手すれば目標にぶつかるわ」

「くそっ! あいつはなんで減速しないんだ?」

「向こうも必死なのね。いつもならとっくに回避か減速を始めてるはずなのに」

「もう、ぶつかったっていい。もうちょい寄せてくれ!」

「相対距離8キロ! これ以上無理よっ!」

「ちくしょーっ! 頼むから減速しろっ!」

 二人の願いむなしく、異星船はプローブのすぐ脇を猛スピードで擦り抜けた。

『プローブのけん制包囲、突破されました!』

 観測員の報告に多用途船のブリッジ中が一瞬どよめく。

 その声を聞き流しながら、先輩は鋭く問う。

「中国軍の方はどうだ? この先どのぐらいの距離まで包囲してる?」

「艦載機とデコイの両方でおよそ四万キロ。現在の速度差では七十秒前後で先端に到達するよ」

「全機に最大加速を指示してくれ」

「これ以上の加速率ではデコイが追走できないよ。包囲隊形がかなり崩れるけど」

 先輩は一瞬だけ沈黙し、ついできっぱりと断言した。

「構わない! 少しでも長く異星船に今の針路を保たせるんだ!」

「でも、それじゃ、かえって」

「大丈夫だ。後は…」

「後は?」

「アローラムと自分自身を信じろ!」




「包囲網の先端まであと五十五秒」

「エンジンは? タイムリミットまではどのくらいだ?」

「残り三百四十秒ぐらい」

 即答する香帆の声を受けて俺はしばらく考え込み、インカムに向かって一言一言噛みしめるように呼びかけた。

「多用途船、日岡、聞いてるか?」

『あ、はい!』

「メインエンジンのレブリミッターをはずしたい。その場合こいつの稼働限界時間はどこまで短くなる?」

『えっ?』

 想定すらしていなかったらしい質問に、日岡は慌ててキーボードに指を走らせている。

『そんな無茶な使い方はちょっとおすすめ出来ないんだけど』

「いいから結論だけ答えてくれ! このままじゃ間に合わない!」

『あの、あくまで推測値』

「いいから早く!」

 いらいらとせっつく俺を横目に、香帆はすでにリミッターの解除操作を始めていた。

『あとおよそ50秒、でも保証できる数字じゃないわよ』

「十分だ。ありがとう」

 日岡の答えを受け、香帆が俺の視界上に素早くタイムカウントを表示する。

「いくぞ」

 その言葉に、香帆は無言でうなずいた。

 背後からは三連タービンの音がさらにかん高く響き、シートに伝わる不気味な振動が一段と激しくなる。

 すでにどこかでバランスが崩れ始めているのだ。

「目標までの距離は?」

「約12キロ。毎秒240メートルずつ詰めてるわ」

「ほんっとにぎりぎりだな」

「でも、私達ここんとこずっとそんな調子よ。タイムリミットあと40秒」

「俺、こんなにきわどい勝負、本当は嫌いなんだけどなぁ…」

「私もよ。でも、気付いてみると司令にうまく乗せられてるのよね。あと30秒」

「あの人が諸悪の根源って気がしないか? アンカー準備!」

「了解。でも、私、司令に少しだけ感謝してる。あと20秒!」

「どうして? よく考えてみたらいいことなんか何もないぞ。距離は?」

「3コンマ5キロ。残り12秒、射出口開きます。だって……」

「アンカーセット! だって、何?」

「5秒前! 今よ!」

 俺は反射的に異星船に向けて捕獲用のケミカルアンカーを打ち込んだ。だが、それを見越していたかのように相手はわずかに速度を上げる。弾頭は異星船の船尾をきわどくかすめ、そのままむなしく宙を舞う。

「しまった! ワイヤー切断!」

「エンジン限界。切り離し操作!」

「あと10秒待ってくれ! 次弾装填」

「エンジン過熱警報! ターボブレード破損! 持たないわ!」

「頼む! もう1回、アンカー射出!」

「ノズル破損! もう駄目っ!」




「メインエンジン、パージ確認! ああっ、爆発します!」

 観測員の言葉と同時に、切り離されたアローラムIIのメインエンジンは膨れ上がるまばゆい光球に包まれ、露出飽和したスクリーン輝度が自動的にぐっと絞られた。

「間に合ったのか? アローラムは?」

 居並ぶスタッフ全員を代弁するかのように辻本司令が大声でどなった。爆発による激しいノイズを避けるため、センサーやモニター機器のデータ受信も遮断されている。真っ暗なマルチスクリーンを前に、誰もが映像の回復をかたずを飲んで待った。

『……ラムIIより…船』

 ノイズの向こうから香帆のものらしい声がかすかに届く。司令は飛び付くようにマイクを取り上げると、普段の語り口からは予想もつかない早口でまくし立てた。

「香帆か! 無事なんだな? 湊は! 首尾は? 奴は捕まえたのか!?」

 返事より一瞬早くスクリーンが回復した。最大望遠された粗い画像が映し出され、誰かが素早くコンピューター補正をかける。走査線がスクリーンをゆっくりと上から下になめ、そこにくっきりと浮かび上がったのは、次第に離れつつある二隻の宇宙船の姿だった。

「ああっ!」

 誰かが悲鳴を上げた。




「ワイヤーカット! 予備は?」

「予備は五本。だけど湊……」

 香帆は泣きそうな声で俺の名前を呼ぶ。

「メインエンジンはパージしちゃった。包囲網もない! どうしよう? もう追いつけないよ!」

 スクリーンには、次第に近づく木星を避け、太陽方向に変針しながら異星船の姿が少しずつ遠ざかっているのが見える。

「湊! 私たちもう…」

「香帆! 奴は木星を避けてどこに向かう? これまでのデータから推測できないか?」

「え?」

「これだけ接近してから大質量の巨大障害物を回避するんだ。さすがの異星船(ヤツ)もこれだけの高重力環境で好き勝手なコース取りは出来ないだろ?」

 香帆はAIが再現した俺の横顔を、真意を探るかのようにじっと見つめている。

「まだあきらめるには早い。そう思わないか?」

「あ、そうか! 待って」

 我に返った香帆は慌ててAIに最優先で軌道計算を命じる。しばらくして予想進路が三本表示された。

「予想進路は三本。どれも木星の太陽寄りを迂回してるけど、その先の予想が発散してる。現時点ではそれ以上絞れない!」

「どこまで待てばコースが絞れる?」

「異星船があと数千キロメートルは木星に近づかないと…」

 俺は無言で大きくうなずき、新たに装備された磁気シールドの出力を限界まで引き上げた。




『アローラムIIより支援船。本船は今から木星に最接近、木星の外側をかすめて異星船との交差軌道を取る』

「おおっ!」

 スピーカーから響く湊の声に、その意図を悟った航法員たちがどよめく。

「どういうことだ?」

 辻本の問いに、航法員の一人が興奮してうわずった声で答える。

「スイングバイ! 木星スイングバイですよ! いやあ、やるなあ湊さん!」

 メインディスプレイに表示された木星軌道図に、航法員は電子マーカーでフリーハンドの線を描き入れながら説明を続ける。

「現在、異星船とアローラムIIは木星を追いかけるように進行しています。異星船は木星軌道の内側、太陽寄りを比較的オーソドックスな方法で減速回避してます。これまでの履歴から予想して、恐らく木星を追い越さず、大きく火星軌道方向に内転するでしょう」

 木星に近づき、直前でくの字を描いてゆっくりと木星から離れ、火星寄りに近づく緑色の線が描かれる。

「なるほど」

 ブリッジのほとんどの要員がモニターを注視するなか、航法員はチャートの上にさらに木星の外側ぎりぎりをかすめ、木星に巻き着くように急カーブを描いて木星を追い越し、火星軌道に向かう真っ赤な線をぐいっと描き入れる。

 赤い線は先に描いた異星船のコースを叩き切るように交錯している

「湊さんは木星の高重力を利用して加速しながら鋭角ターン、さらに公転速度をもらってアローラムIIをさらに加速しようとしています。これならいける! いずれどこか一点で異星船と交差します。追いつけます!」

「でも、危険じゃないのか?」

「きわめて危険です。下手したら木星の重力に捕まってそのまま落下します。それに、木星の放つ荷電微粒子は途方もない強度です。これだけ近ければ熱も…」

「軌道計算は間に合うのか?」

「分かりません。異星船のコース取りを逐次センシングしながらリアルタイムで複数のシミュレーションを走らせる必要があります」

「我々にもっと手伝えることは?」

「ありません。異星船の軌道データを送り続ける事だけです」

 辻本はそれを聞き、目をつぶってわずかに黙考するとゆっくりとインカムを取り上げた。

「湊、香帆、オペレーションを中止しろ! これ以上の危険は犯すな!」




 私は異星船の一挙手一投足を睨みながらいらいらと数千パターンのシミュレーションに没頭していた。

 観測結果に会わないデータはすぐに破棄し、新しい設定でさらに多くのシミュレーションを開始する。

 さすがの多重処理に、AIの応答が次第に遅れ気味になる。

 だが、これ以上の計算の遅れは最悪二人の死につながりかねない。

 (彼を死なせたくはない!)

 少しだけ悩み、みずからの脳波短針とニューロAIのインターフェースをいじることにした。

《これ以上の接続深度ではオーナーの健康を害する可能性があります》

「そんなこと分かってるよ、いいからアローラムの計算制御を渡しなさい。私のデータバスだって十分な容量はあるはずよ」

《人間の脳細胞で直接大量のデータを並列処理することは推奨しません。すぐに接続深度を下げてください》

「うるさいAIだなあ。大丈夫、私の脳はソースコードで動いてるの。いいから制御を渡しなさい!」

 その途端、AIは唐突に抵抗をやめた。

 私は自分と船の頭脳がなめらかに融合するのを感じた。

 気がつくと、私は生まれたままの姿で、先輩に包まれるように抱きしめられていた。

 広大な宇宙空間を生身で飛翔しているのに、不思議に恐怖は感じず、ただ海のような安堵だけが優しく私を包み込む。

 先輩は私が渡すナビデータを一切疑わず、私たちはもはや有人機ではとてもありえない距離まで木星に接近しつつあった。

 


 

 木星の直径は赤道部分で中心からおよそ7万1500キロ。

 だが、今回はさらにそこから200キロ近く木星大気に潜り込む事になる。

 木星の大気上層はそのほとんどが水素で、地球の空気抵抗のような極端なエアロブレーキングは生じない。

 だが、進入角度と速度を誤れば、木星の大気の奥底に沈んで二度と浮き上がれない。

 その上、いくら薄い大気であっても断熱圧縮で多少の熱は生じる。

 すでにアローラムの先端は熱のため薄いオレンジ色に輝き始めていた。

「外部温度600度。木星本体からの輻射熱も馬鹿にならないか…」

 軌道計算で手一杯な香帆から環境モニターを引き取った俺は、数字を確認しながら小さくつぶやく。

 さらに、猛烈な放射線がアローラムを灼いている。

 磁気シールドでどうにか逸らせてはいるもの、長時間はとても持たないだろう。

 下手すれば致命的な被曝すらも考えられる。

 ほんのわずかな操作ミスや操作の遅れが死を招く。

 俺は香帆を守るため、自身と船の操船インターフェースをさらに深く融合することをAIに求めた。

 AIはしばらく頑迷に抵抗したが、最後にはこっちの頑固さが勝った。

 今や、操船制御のすべてが俺の脳と直結している。

「ごめんな香帆。毎回こんな危ない目につきあわせて…」

 その瞬間、俺は自分が船と一体化している事を不意に自覚した。

 自分の腕の中に香帆がいるのが分かる。言葉を一切交わしていないのに、不思議なくらい香帆の思いが伝わってきた。

 俺はできるだけ優しく香帆を抱きしめ、巨大な木星の大気とその存在をその身に感じながら猛然と加速した。




「アローラムII、応答せよ! 湊! 香帆! 聞こえているのか!」

 すでにアローラムIIが木星に沈んで数分が経過していた。支援船のAIが出した計算では、アローラムIIは木星の表面をかすめながら約四分の三周して再び姿を見せるはずだった。

 だが、時間になってもアローラムIIはまだ現れない。

 木星の放つ強力な電磁波のため、アローラムIIとの通信は途絶したままだった。スピーカーから聞こえるのは激しい空電音のみ。

 ブリッジでは、誰もが凍り付いたように押し黙り、ただひたすらにメインスクリーンに映る船外カメラの拡大画像を凝視していた。

 辻本は改めて汗ばむマイクを握り直し、再び呼びかけようと口をひらきかける。

「おおっ!」

 誰かの小さなつぶやきはすぐに全員のどよめきになった。木星の雲を巻き上げながら、何かが猛スピードで飛び出してきたのだ。

「アローラムII確認! 秒速1100キロ! とんでもないスピードです!」

 トキ色に輝くその船体は、伝説の火の鳥を彷彿とさせる猛々しさと神々しさに包まれていた。

 アローラムIIはまるで獲物を襲う猛禽類のように猛然と異星船に迫る。

 思いがけない場所から飛び出してきた天敵の存在に驚いたのか、異星船の反応にほんのわずか迷いが見えた。


 それが勝敗を分けた。


『こちらアローラムII、任務完了! いたずら小僧を捕まえました!』

 一瞬の静寂。

 そして次の瞬間、プロジェクトチーム全体が割れんばかりの歓声に包まれた。




「やっと、終わったな」

 補助エンジンを停止し、異星船に活着させたアンカーワイヤーを慎重に巻き取りながら俺はほっと安堵のため息をついた。

「何だかどっと疲れたわ。トロイスに戻ったらきっと二、三日は爆睡できそう」

 気の抜けた表情でうなずきながら、香帆も追跡プログラムを終了させると、センサーを待機状態に移行させた。

 数日間に渡って常に二人の神経を責め立てていた各種電子音や機器のうなりが次第におさまり、コクピット内は不意に思いがけない静けさに包まれた。

 支援船から通話を求めるコールサインが点滅しているが、俺たちは顔を見あわせるとそれをしばらく無視し、同時にリンクを解除した。油圧シリンダーがかすかにうなり、二人を分厚くはさみこんでいたシートの筐体がゆっくりと持ち上がる。

「よう!」

 HMDをむしり取り、十数時間ぶりに相棒の顔を生で見つめた俺は、そう呼びかけた次の瞬間、思わず声を上げて笑いだしてしまった。

 香帆の顔は汗まみれで、目の下にはくっきりとくまが浮いていたからだ。

「あ、ひどーい」

 抗議の叫びをあげながら、香帆も笑いだしていた。さっきまで全身で感じていた相棒の柔らかな感触と、疲れ果てた素顔のギャップはあまりにも大きかったのだ。

 お互いの素顔を目にした瞬間、二人とも張り詰めた緊張がふっとゆるんでしまった。

 なんだか何もかもがおかしく思えて、とにかく笑わずにはいられなかったのだ。

「……これは、かなり改良の余地があるな」

 しばらくひたすら笑いまくり、わき腹をおさえた俺はようやくそれだけ言うと、隣の相棒に向かって右手を差し出した。

「それより握手だ、香帆! 君は最高のパートナーだよ」

 香帆の疲れ果てた表情がぱっと輝く。俺の差し出した右手をがしっと握り返し、何か答えようと口を開きかける。

 が、突然のアラームが彼女の言葉を遮った。

「何だ?」

 慌ててHMDを覗き込んだ俺は表示されるデータに思わず我が目を疑った。

「異星船内部で高熱源反応? どういうことだ?」

「変よ! 質量センサーの数値がどんどん下がってる。異星船がすごい勢いで軽くなってるわ!」

「熱で? 溶けてるのか?」

 言う間もなく、ディスプレイに映る異星船の船殻ががくりと潰れ、次いで急激に縮み始めた。

「どうなってるんだ? おい!」

 船はすでに原形を完全に失い、中心に向けて猛烈な勢いで縮小している。

「溶けてるんじゃない。消えてるんだ!」

「うそでしょ! あんなに苦労したのに!」

 香帆が悲鳴をあげる。その間にも異星船は見る見る一点に収縮し、次の瞬間、何の痕跡も残さず、完全に消失した。


---To be continued---

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