第十八話 黒幕の正体
「お!」
医務室で手当を受けたため遅れて合流した俺は、司令の執務室ドアを開けた途端、全員が無言のままコーヒーをすすっているという重苦しい雰囲気に驚いて声をあげた。
だが、誰もにこりともしないどころか俺の方を見ようともしない。
氷のようなその場の雰囲気に圧倒され、仕方なく香帆の隣におずおずと腰を下ろす。
一方、辻本司令はそんな状況には知らんぷりで、デスクチェアを回して背後の窓からのほほんと星空を眺めていた。
俺の入室に気づいてようやくデスクに向き直り、小さくうなずくとインターホンで秘書を呼び出した。
「あ、和子君、すまないが、この後私含め四人で資料分析室に向かうから、あらかじめ主任に話を通しておいてほしい」
『はい、すぐに手配します』
「ああ、これは”大変重要な用件”だから君が直接出向いて伝えてくれないか?」
『わかりました。それではしばらく席を外します。その間の来客と外線は“一切シャットアウト”しますのでご了承下さい』
「頼む」
そのままインターホンを切った辻本司令はいくらかほっとした表情で一行に向き直った。
同時に、辻本司令の背後に分厚い耐爆シャッターが音もなく降りてくると窓を塞ぐ。さらに俺が今入ってきたばかりのドアの内側にもう一枚、チタン製らしきシールドがせり出してきてドアそのものを覆い隠す。加えて低く聞こえ続けていた空調のうなりがふっと途絶え、天井の送風ダクトがパタンと小さな音を立てて閉じた。
「あれ?」
俺が声を上げた瞬間、照明がわずかに瞬き、ひんやりした風が壁のスリットから音もなく吹き出してくる。どうやら、電源や空調までも独立系に切り替えられたらしい。
「さて、これでこの部屋は外部からのあらゆる物理的、化学的、電磁的攻撃から防御される。……さて、久美子」
久美子は緊張した面持ちでわずかにうなずくと、一片のコアメモリをティーテーブルにコトリと置いた。
「ここしばらく、私は小惑星で発見された遺跡発掘調査メンバーの連続失踪事件を追っていました。これがその報告書です」
突然始まった予想外の告白に、俺と香帆は思わず顔を見合わせる。
「座ったままで失礼します。私は日本国国防軍航空宇宙総隊、情報調査部所属、愛宕久美子二等宙尉です」
コンパクトな動作で素早く敬礼をする久美子の様子に香帆が目を丸くする。一方、俺は感じた違和感をそのまま口にする。
「あれ、マクシミリアン保険の久保さんでは?」
「ああ、悪い、あれは、ウソだ」
デスクからあっけらかんと口を挟む辻本司令に俺はあきれかえった。
一方、久美子はその様子をどこかあきらめたような視線で見やりながら、小さく咳払いをして続ける。
「身分を偽っていたことをまずはお詫びします。あの時点では敵方の工作員がお二人に接触する可能性が極めて高いと考えられましたので」
「はあ」
確かに、もしあの状況で突然どちらかに銃を突きつけて尋問されれば、素人同然の二人にウソを突き通すことは無理だっただろう。だが。
「まさか司令まで俺たちを謀っていたとは思いませんでした」
俺は素直な感想を口にする。外見のすっとぼけた印象とは裏腹に、この辻本雅樹という男、どこか底知れないところがあるのを俺はあらためて実感した。
「騙したなんて人聞き悪いなあ。できれば策士と呼んでくれよ」
「お二人もよくご存じかと思いますが、数年前、とあるジャーナリストが火星近傍小惑星の一つで異星文明の遺跡を発見しました」
辻本司令の発言を完璧に無視して平然と話し始めた久美子に、半分困惑顔のままうなずく二人。
「その後調査隊が組織されて発掘作業が開始されたのですが、不思議なことに調査メンバーに選ばれた人物が次々と謎の失踪を遂げるという事件が起きました。ほとんどが今も行方不明のままです」
「全然知らなかった」
思わずつぶやいた香帆に久美子はうなずく。
「厳重な箝口令が引かれていましたから。ご存じないのもある意味当然です」
「あの、それが我々と何の関わりが?」
「実は、遺跡調査メンバーの連続失踪事件と、今度の湊さんの一件が繋がっている事がわかりました。このミステリーの黒幕は……」
「ヤトゥーガ・コンツェルン、だ」
ようやく話に参加させてもらえた辻本司令が応接セットにどかりと腰を下ろしながら断定する。久美子も今度は否定せず、深刻な表情で大きくうなずいた。
「ヤトゥーガ? あの有名な大企業?」
香帆が訳が分からないと言った表情でつぶやく。一方俺はまたも出てきたお馴染みの会社名にわずかに顔を強張らせる。
「そうです。また彼らの狙いもある程度推測ができました。我々の調査によると、彼らは数年前、ある辺境小惑星でレアメタルの採掘作業中、異星人の大規模な遺跡なりテクノロジーなりに遭遇したようです」
「は?」
「え?」
俺と香帆は話にまったくついて行けず思わず声を上げる。
「しばらく前なら間違いなく笑い飛ばされる類いのネタだがね」
辻本も真顔のまま口を挟み、ゆっくり腕を組む。
「ええ、でもこれは“事実”です」
久美子は“事実”の二文字をことさら強調すると、さらに続ける。
「もちろん公表はされていません。ただ、自分たち以外の組織が同質の情報や技術を入手、ないしは解析しそうな要素が見受けられると徹底的に妨害あるいは破壊している所からみて、彼ら自身はすでにある程度まとまった量の異星技術を解析、消化しつつあり、その技術の独占を狙っているのではないかと思われます」
「ああ」
俺は思わず声を上げた。
「司令が指摘されたゲリラ的な採掘活動も?」
「そのようです。彼らは自らの優位性を保ち続けるため、他にもあの遺跡のような発見が公になるのをひどく恐れています。目当てのの小惑星に突如武装した大規模な採掘隊を送り込んでは、長期間居座り、場合によっては小惑星ごと粉砕するといった荒っぽいことをあちこちで繰り返しています」
「なるほど」
「今回のテロも恐らくその一環でしょう。彼らは異星船を捕獲するのではなく、単に我々共々闇から闇に葬り去る腹づもりだったようです」
「あー道理で。船と搭載武器のチョイスが極端だと思ったんだ」
ようやく納得した俺は大きく相づちを打つ。
「ところで、アローラムと湊さんに関してはまたちょっと別の事情もからんでいるみたいなんですが」
「と、言うと?」
俺は大きく身を乗り出した。
「はい。どうも個人的な理由で狙われているみたいなんです。あの……」
久美子は言葉を濁した。だが、真意を悟った香帆の顔が一瞬こわばる。
「まさか! 先輩が? どうして?」
「ええ、湊さんの常識離れした設計思想と、ここ数年の一見不可思議にも見える隠遁生活が彼らに妙な誤解を与えているらしいんです。つまり…」
「つまり?」
「失礼に聞こえたら申し訳ありません」
久美子はあらかじめ言い訳をすると、小さく咳払いをして先を続ける。
「湊さんが自分たちと同じように異星のテクノロジーを手にしているのではないかと疑心暗鬼になっている、いえ、ほとんどそう確信し、本気であなたの存在を消したがっています」
「そんなアホな!」
俺は天を仰いで絶句した。重苦しい沈黙があたりを支配する。
「おじさん、やはりこちらで扱わせてもらいたいのですが」
しばしの沈黙を破り、そう切り出した久美子に、辻本司令は無言で首を横にふる。
「しかし、このままでは湊さんの身が危険です。我々の方で保護した方が」
「その見解には同意するが、今は困る」
辻本司令は渋い顔のまま腕組みを崩さない。
「例の異星船捕獲プロジェクトが仕切り直しになった今、湊の存在は我々の切り札だ。せっかく有利な条件でプロジェクトに絡んでいられるのに、このタイミングで身を隠されたら元も子もない」
「では、せめて軍属という形にしてもらえませんか。我々の庇護下にあれば十分な警護もつけられますし」
「ちょっと! すいませんちょっと待って!」
香帆が叫び声を上げながらその場に立ち上がった。
「お二人とも、肝心の先輩の気持ちはどうでもいいんですか!」
「……香帆、お前だって船作れってうるさかったくせに」
「それとこれとは話が別!」
俺の反論を一言ですぱっと切って捨て、辻本司令と久美子をぐいとにらみつける香帆。
「私は、先輩にもう一度自分の夢を取り戻して欲しいだけ。でも、お二人は先輩とアローラムを国際政治の道具にしてるじゃないですか!」
「それは違う」
「いえ、香帆さんそれは」
辻本と久美子の反論をはしばみ色の大きな瞳のひと睨みで封じ込め、香帆はさらにヒートアップする。
「先輩がどれほどアローラムを大切にしてたのか司令も久美子さんも全然分かっていない。どうしてあんな綺麗な船が罪もないのに八つ裂きにされて、なんでこんなへんぴな場所で泥棒みたいにコソコソ仕事しなくちゃいけないんですかぁ! ひどいです! 先輩は本当ならもっと堂々といい船をばんばん作って、全世界からもっと賞賛されるべき人なんですぅ! 」
ほとんど支離滅裂の言いがかりだが、言っているうちに感極まったらしく、ついには涙声になる。
「おい、香帆」
「先輩もひどいですぅ。お願いだから私ともう一度船をつくってくださいよぅ゛~」
その後は言葉にならなかった。
うーうーうなりながら涙をポロポロこぼす香帆の背中をなでながら、俺は天井を見上げて途方に暮れた。
「落ち着いたか?」
「ええ、なんとか。あいつどうやら閉所恐怖の気があるみたいですね。密閉空間がとことん苦手なんですよ。今は優子と愛宕二尉に付き添ってもらってます」
「湊は?」
「俺は追い出されました」
俺は苦笑いで辻本司令に答える。
「これから女同士の極めて大事な話があるそうです」
「そうか」
辻本司令もまた、苦笑しながら俺の肩をポンと叩く。
「あれだけ慕われるとさすがに男冥利につきるな、あそこまで熱烈なラブコールもなかなかないぞ」
「何言ってるんですか! 彼女はまだ16歳ですよ。いくら博士号を持ってたって心はそこいらの女子高生と変わりません。アローラムに入れ込みすぎて気持ちが変に昂ぶっているだけです」
「ホントにそうかなあ」
ニヤニヤ笑いながら冷やかす辻本司令。
「そうですよ。それより司令、愛宕二尉とはどんなご関係で? おじさん呼ばわりでしたよ。やけに親しげじゃないですか?」
下世話な追求をかわそうと逆に突っ込む。
「あ? ああ、かれこれ20年になるかな? ちょっとした腐れ縁でね」
「20年! それじゃあ愛宕二尉はまだ10代?」
「いやいや、確か当時は8才か9才か」
「そっちの方がよっぽど問題じゃないですか! まさかロリ……」
だが、辻本司令は俺の勘ぐりにまったく動じる素振りを見せず、遠い目をしてみせた。
「あの子たちは、戦友なんだ」
「戦友?」
「まあ、この際だ、湊には話しておくか」
つぶやくと、内ポケットからおもむろに無重量ペンを取り出しペン先を自らの太ももに叩きつける。
「あっ!」
だが、意外にも高い金属音と共にペンは跳ね返った。
「司令?」
「ああ、この脚はまがい物だ。両方ともね」
言いながらズボンの裾を無造作にめくってみせる。セラミック製の高性能義足がちらりと顔を覗かせたのに気づいて俺は息を飲んだ。
「!」
「20年前、俺は火星で大切な同僚を失った。その時のゴタゴタで俺自身も両足を失った。あの子たちも巻き添えを食って死にかけた」
「え?」
「公式にはまったく記録されていないが、黒幕はヤトゥーガだ。それ以来、俺達はずっと戦い続けている」
「……」
「あのな」
辻本司令はふっと寂しげな表情を浮かべると、
「さっき拘禁された施設班長、来年で定年だったそうだ。昨年の秋には初孫が生まれたと言ってえらく喜んでいたんだが……」
そう言って首を振った。
「彼はなぜあんな事を?」
「弱みを握られたんだろう。彼は単身赴任者だ。地球にいる家族、たとえばお孫さんへの危害を匂わされれば従わざるを得なかったんだろうな」
辻本司令は寂しそうに笑って見せた。
「あいつらのやり方はいつもそうなんだ。辺境で必死に働く実直なスペースノイドを陥れ、人生をめちゃくちゃに踏みにじる。愛宕二尉、久美子だってそうだ。あの子は元々図書館の司書になりたいと言ってた。頭の回転もいい。プログラマーとしての素養もあったし、本来軍人みたいな荒事に向いた子じゃなかったはずなんだ」
「はあ……」
「あの日以来、それが大きく狂わされた。彼女が今の職を選んだのは、亡くなったある勇敢な宇宙飛行士の影を追ってるからだ」
そこまで一気に吐き出すと、目の前の観望窓にドンと両拳を打ち付け、そのまましばらく動かなかった。
「君たちの事だって最善を模索した結果なんだよ。まさかアローラムを失う羽目になるとは」
「いえ、それは」
「すまない……」
「俺自身が決めたことです。司令を恨んではいません」
「……ありがとう」
辻本司令はそのままの姿勢で絞り出すように礼を言うと、ゆっくりと振り返った。
「どうだろう……。アローラムの代わりという言い方は我ながらはなはだ失礼だと思うが、私は自分の職権と現状を最大限に利用して君に最高の船を用意したいと思ってる。いや、君たち”二人”の船だな。受け取ってもらえないだろうか?」
俺は窓の外、暗い星空を眺めながら考え込んだ。
美和が命を落とした後、残されていたのは彼を受取人に指定した高額の保険金だけだった。
彼は美和が命を落とすきっかけとなった試験艇のスクラップを所持金すべてをはたいて買い取り、改修してアローラムと名付けると、ただ一人、辺境航路に隠れ住んだ。
今回の事がなければ、美和の面影を抱いたまま、きっと死ぬまで隠遁生活を続けていただろう。
だが、突然舞い込んできたあのおてんば娘のせいで、彼の人生は再び大きく揺れ動いた。彼は否応なく最前線に立たされ、彼の安らかな逃げ場所は文字通り粉々に粉砕された。
逃げこむ場所はもうどこにもない。何かを望むなら、もう一度自ら手を伸ばすしかない。
だが、今の自分はもはや孤独ではない。望めば夢は叶うはず。
「わかりました。はなはだ不本意ですが、司令の手の上で踊って見せますよ」
俺は無理矢理笑顔をつくると、辻本の両手を包み込んでそう宣言した。
---To be continued---




