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プレ・ドライブ 異星船捕獲作戦  作者: 凍龍
第一部 〜我を捕らえよ!〜 異星船捕獲作戦
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第十七話 宿命

 司令と久保さんが病室を去った後、俺も香帆も、お互いに言葉を探しあぐね、微妙な空気のまま黙り込んでいた。

「えー、今日付けでESAからNaRDO開発局に正式派遣されましたとくとめ……」

 沈黙に耐えかねたのか、あからさまな棒読み口調で香帆が自己紹介を始める。

「……おい!」

 鋭く睨みつける俺の視線に、引きつった笑みで返す香帆。

「一体どういうことなんだ!」

「ええと、あの~」

 あさっての方向を見上げて曖昧に言葉を濁す香帆の仕草にため息をつき、わき上がる怒りをどうにか押さえ込みながら再び尋ねる。

「お前は俺には相棒扱いを強要するくせに、自分自身のことになるとちっとも話そうとしないじゃないか。頼むからちゃんとわかるように説明してくれ。何がどうなっているんだ? 俺に隠していることはもうないんだろうな?」

「……それは、うん、そうね」

 半ば切れかかった俺に香帆は小さくうなずくと、次の瞬間何かにひらめいたように瞳を輝かせた。

「ねえ、展望室に行かない? ほら、私が支えてあげるから」

 不自然なほど明るく提案しながら、俺の右腕をとる。

「いらないよ! それほど大げさなケガじゃない。自分の足で歩く!」

 面白くない俺は、その手を振り払うと、慣れない松葉杖を使い、転げ出すように病室を出た。

「大体、こっちは両手両足あばらまでしっかり折れたのに、なんでそっちは全然平気なんだ?」

「うーん、やっぱり年の差かな」

「……じゃあな。短いつきあいだったな」

「ああー、ウソウソ! 先輩、無重量生活が長すぎたんですよ。それにトレーニングなんか全然やってなかったでしょう?」

「うるさいな、人を怠け者扱いするな」

「もう!」

 口をとがらせながらも香帆は俺を追い、体を支えるようにぴったりと寄り添って廊下を歩き出す。

 だが、お互いになんとなく口を開くタイミングをつかめず、終始無言のまま二人は展望室に辿り着いてしまった。

 星明かりの射し込む暗い展望室に他に人影もなく、俺たちはシートに腰を下ろすと、そのままずいぶん長い時間、無言のままで壁一面に広がる星々を眺めていた。

「ねえ」

 長い沈黙の後、香帆がようやく口を開く。

「前にもこうして二人で星を見た事があったよね」

「ああ」

 ぼそりと答える俺。

「でも、もうずいぶん前のような気がするな」

「けっこう色々あったものね」

 香帆はしみじみとつぶやいた。

「ねえ、あの時、私が言った事、憶えてる?」

「ああ。確か、こうして一面の星の海を見ている限り、人類は決して孤独じゃない……そう思えるって言ってたな」

「うん。あの船がそのことを実証してくれた。そう、孤独じゃないんだって」

 自分に言い聞かせるように何度もうなずく香帆。

「あの後、何かあったのか?」

 普段とあまりにも違う香帆のしおらしい態度に、俺は逆に心配になってきた。

「ううん。何でもない」

 香帆は首を振り、俺に笑顔を向ける。だが、その表情はどことなく寂しげだ。

「香帆……」

「ごめんなさい。いろんなこと、先輩に秘密にしておくつもりじゃなかったんだけど、いざとなると話しづらくって」

 言いながら顔を伏せ、決心したように再び顔を上げると俺の瞳をじっと見つめる。

「でも」

「別に言いたくなければ無理に聞きたいとも思わない」

「いいえ、話します。先輩に聞いて欲しいんです」

 そう言い切る香帆の目にもう迷いはなかった。

「実は私、向こうであまりうまく行ってなかったんです」

「向こう?」

「そう、ESA。私、スキップなの。だから」

「スキップ? ああ、飛び級ね。でも、なんでそれが駄目なんだ?」

「ESAはあれで結構お堅いの。特に航法局は伝統がある分、ここ程自由じゃないし。そこを子供みたいな東洋人の女の子がやたらにかき回すのよ。おまけに直属の上司はプライドのすごく高い女性だったし。うまく行くはずがないじゃないですか!」

「そうなのか?」

「そうなのかって……こっちは何年も真剣に悩んでたのに。軽いなあ、先輩」

「そんなことない。親身になって聞いてる」

「あの!」

 大きく目を見開いて何か言いかけるが、思い直したように姿勢を直し、小さくため息をつく香帆。

「まあいいか。そう、思いこんでてたんです。この前までは、ね」

 香帆は自分を納得させるようにうなずくと、ほうっと大きく息を吐き出して体の力を抜いた。

「だから、交換研修生に選ばれた時、正直救われた気になったの。で、逃げるように地球を飛び出して、サンライズ技工大付属にESAの特別研修生として編入したんだけど、どこで聞き付けて来たのやら、その週のうちに辻本司令がスカウトに来ちゃって」

「この計画の事で?」

「一年以上も前の話ですよ。そうじゃなくて、さっさとESA辞めてNaRDOに入らないかって」

「へえ」

「で、最初は断ったんだけど、手を替え品を替え毎日毎日あんまりしつこいから、私いいかげん腹が立って、言ってやったんです。それほど言うなら私が一目で自分の航法プログラムを載せたくなりそうなものすごい船を用意してみろって……」

 不意に黙り込み、不安そうな表情を浮かべながら続ける。

「あの、気を悪くしないで下さいね。向こうじゃ日本の宇宙船技術は邪道だって言ってほとんど評価されてなかったから。まともな船なんてどうせあるわけないと……」

 口をへの字に歪めたまま俺は無言でうなずいた。日本の造船技術が世界の異端であることは当事者である自分が一番よく知っている。さらに自分がその最右翼であることも。

「そうしたら、司令はいかにも得意そうな顔して私にホロ画像を見せたわ。それが、アローラムだったの」

「無茶するなぁ、いきなり飛び道具かよ」

 俺は呆れた。同時に、それほど前から前から辻本司令が自分とアローラムに興味を抱いていたことを知って驚いた。

 彼とは、宙航士養成校の校長と一生徒以上の接点はなかったはずで、どんな理由で目をつけられたのかといぶかしむ。

「でも私、本当に驚いた。前置きなしで純粋に美しいって思える宇宙船なんて見たの初めてだったから」

「ふむ」

「宇宙船なんて、どこも機能最優先でデザインなんか後回しじゃない。私、スペックはカタログデータでしか判断できないけど、形なら一目ですぐにわかるもの」

 俺は苦笑した。

「そうでもないぞ。優れた性能の船は普通、形もきれいなもんだよ。必ずしもその逆は成り立たないけどな」

 言葉を切り、眉を寄せて彼女の表情を確かめるように言葉を継ぐ。

「でも……それで気に入ってくれたのか?」

「うん。すっごく」

 俺の不安はどこへやら、どこか遠くを見つめたまま、目をきらきらさせて断言する香帆。

「一目ぼれってやつ。で、それ以来アローラムと先輩の事をあれこれ調べているうち、授業では先輩の卒業製作がサンプルで出てくるし、おまけに今回の騒ぎでしょ。これはもう、神様のくれたチャンスかな、なんて思って」

「なるほど。おまえらしいよ」

 俺はようやく納得した。

「で、どうするの?」

「どうするって、何を?」

 香帆は呆れたように口をあんぐりと開けた。

「船、造ってくれるんでしょ。そうじゃなきゃ私、困る!」

「いや、困るって言われても」

「先輩の船に航法を仕込むのは私しかないってタンカ切って無理やりESA飛び出してきちゃったんだよ。今さら他の船にくら替えしましたなんて言えない……」

 その言葉に俺は矛盾を感じた。顔を上げ、香帆の顔をまじまじと見つめる。

「おい、待てよ。向こうはおまえを持て余してたんじゃなかったのか?」

 香帆は小さく舌を出すと、きまり悪そうにはにかんだ。

「そう、思い込んでいたの!」

 そう言って香帆は勢いよく立ち上がり、二、三歩歩くと、俺に背を向けたまま立ち止まった。

「私の耐Gシートをアローラムの残骸から拾い上げてくれたのはESAの派遣した調査船だった。半ば溶けて焼け焦げたシートがこじ開けられ、最初に目に飛び込んできたのがあのプライドの高い上司のぐしゃぐしゃに泣きはらした顔だったわ。それを見た瞬間、私は自分の思い込みがひどく間違っていた事にようやく気付いたの」

 そのままくるりと振り返る。

「相手に気を使おうとするあまり、かえって不自然で冷たい対応になってしまうって事、あるらしいの。彼女はそう言って泣きながら謝ってくれたわ。スキップのせいで満足な航海実習も操船講習も、それどころか高校も大学もまともに通ったことのないままいきなり実戦に飛び込まされた不憫な私(ルーキー)を、彼女は精一杯思いやっていたつもりだったんだって。でも、そんな事ぜんぜん気付かなかったよ。私、もしかしたら鈍いのかな?」

 俺は再び苦笑した。

「ああ、そうかもな。おまけにかなりずうずうしい」

「ちょっと先輩!」

 香帆はその言葉に形のいい眉をキッと吊り上げて俺をにらみつけた。が、すぐに表情を緩ませる。

 俺の手を引っ張るようにゆっくりと立ち上がらせ、隣にぴったりと寄り添ってその顔を見上げながら祈るように呼びかけた。

「ね、行こうよ、一緒に。自分自身の腕で、先輩の技術でもう一度あの船をつかまえてみたいとは思わない?」

「それには私も大いに興味があるね!」

 暗闇から突然聞き覚えのない男の声が響いた。

「また会ったね、エアハートさん」

 見知らぬ男は引きつった作り笑いを浮かべながらゆっくりと窓明かりの中に進み出てきた。だが、右手に古ぼけた軍用パルスガンを構えた貧相な顔立ちに、俺は不覚にも全く見覚えがない。

「誰だおまえ?」

「ああ、やはり君にとってはその程度の認識なんだな。だが、私の方は君をよく知ってるよ。この基地の事は全部知ってる」

「え、施設班長!」

 香帆は面識があったらしい。

「ええ? でも、なぜ?」

「私にも色々事情ががあるんだよ。悪く思わないでくれ、お二人さん」

 だが、パルスガンを顔の高さに掲げて二人に照準を合わせようとするその右手は明らかに震えている。

「おい、おじさん、銃を持ち慣れているようには見えない。やめといた方がいい」

 俺の指摘は図星だったらしく、途端に施設班長の顔色は赤黒く変化した。

「君は組織にとって非常に迷惑な存在なんだそうだ」

 彼は額に汗を滲ませ、焦りとも怒りとも取れる引きつった表情を浮かべながらそう告げた。

「なるべく穏便に始末してあげようとしたのに、どうした事かいつまでたっても君はピンピンしてる。で、上は改めて私に君の始末を命じてきた訳なんだが…」

「おまえたちの手際が悪すぎるんだよ!」

 俺はどなりながらも香帆の体をじわじわと自分の背後に押しやり、後ろ手で船外活動用のハンドサインを使って香帆に呼びかける。

〈ニ・ゲ・ロ〉

 香帆が俺の背中にこつんと頭をぶつけてきた。2回。よりにもよって拒否のサインだ。俺は心の中で舌打ちをすると、新たなサインをイライラと繰りだした。

〈シ・レ・イ・ニ・レ・ン・ラ・ク/ハ・ヤ・ク・イ・ケ・バ・カ〉

「おっと、それ以上下手に動かないほうがいい。君の言うとおり、私は銃を持ち慣れていない。どのくらいの力加減で引き金が引かれるのか、自分でも分からない」

 冗談めかした口調で班長は言う。だが、表情に余裕は全くない。ただ必死さだけが目立つ。

「逃げようったって無駄だ。この閉鎖された環境でどこに逃げるって言うんだ? 君は今や自分の船すら無くしてしまった」

「お前は一体誰の指示を受けている? それになぜ俺を狙う? 理由ぐらい聞かせろよ!」

「さて」

 班長は銃を低く構えたまま、わずかに肩をすくめた。

「私はただの使い走りさ。理由は私だって知りたいくらいだ。君は我々のボスにひどく恨まれている。だが、私からはどう見ても君は人畜無害の青年にしか見えない」

 班長は俺の顔を睨みつけたまま、小さく首をひねる。

「ま、詮索は私のする仕事じゃない。悪く思わないでくれ」

 一方的に話を打ち切ると、班長は銃を重たそうに持ち上げ、再び俺の胸に狙いを定めた。今度こそ覚悟が決まったらしく、銃口の震えは収まり、先ほどまでのためらう様子はもう影も形もない。香帆が俺の背後からパイロットスーツにしがみついてくる。

「それじゃ、この辺でデートはお開きだ。後はあの世で仲良くやってくれ」

 班長の指にぐっと力がこめられる。

 その瞬間、何の前触れもなく、展望室の床がまるでねじれるように大きく揺れた。

「!」

 予想外の出来事に男の視線がわずかにぶれ、そして。

「わっ!」

 俺は威嚇するように大声を上げる。

 次の一瞬、暗い展望室を一条の青い閃光が切り裂いた。

 ハイパーメタクリルの展望窓に直径数センチの穴が瞬時にうがたれ、急激に吸いだされる空気がバンシーの絶叫にも似た鋭い悲鳴を上げる。減圧警報のアラームがそれすらかき消すほどの大音量で鳴り響き、激しい打撃音。さらに何かが倒れる鈍い振動。

 次の瞬間、すべての気密シャッターが自動的に降りて室内は暗黒に閉ざされた。 

 

 非常用照明が室内をようやく照らし出した時、その場に立つ人影は二つだけだった。

「おい、香帆、それはやめとけ、な」

 松葉杖を大きく振り上げたままの香帆は、俺の声にようやく我に返り、杖を放りだしてその場にへなへなと座り込んだ。

「私・た・ち、生きてる?」

 その姿勢のまま、香帆は震える両手をじっと見つめている。減圧警報のアラームがおさまり、その場は不気味な静寂で満たされた。

「ああ、かなりきわどかったけど。それよりなんか揺れなかったか? さっき」

 俺は左足を引きずりながらひょこひょこと歩き、施設班長のこめかみにヒットした松葉杖のもう片方を右手でゆっくりと拾い上げた。

「あのおかげで相手の注意が逸れた。間一髪、助かったよ」

 さらに窓際まで飛ばされたパルスガンを拾い上げ、片手でセーフティーをかけて腰のポーチにしまいこむ。

「今度こそ持っててよかったけど、これは」

 言いながら眉をしかめ、ヴィクトリノックスのブレードを気を失ったままの暗殺者の右手首から無造作に引き抜いた。傷口から鮮血がポタポタと滴り、セラミックタイルの床に鮮やかな赤い斑点模様があらわれる。

「うす気味悪くてもう使いたくない」

 それでも丁寧に血を拭うとブレードを折り畳み、これもポーチにしまいこんだ。

「香帆、ハンカチか何か持ってるか?」

「あ、え? はい、持ってるけど…」

 まだ半分放心状態の香帆が差し出したハンカチを長くねじると、俺は倒れたままの暗殺者の両手首を背中に回し、止血も兼ねてきつく縛り上げる。その様子をぼう然と見つめていた香帆だが、俺の左肩にじくじくと拡がる赤黒いしみに気付いてはっと我に返った。

「何やってるのよ。先輩だってケガしてるじゃない!」

 言いながら俺の胸にしがみつく。

「ちょっ、痛い痛い痛い! これでも貫通してるんだって!」

「あ! ご、こめん!」

 顔をしかめたまま左肩を押さえる。

「とっさにナイフで照準をそらしたつもりだったんだけど、思ったよりずっとおっさんの反応が早かったな」

「って、運が悪かったら今ごろ私達二人とも…」

 思わず涙声になる香帆。

「いや、どうにか行けそうだなとは思ったんだよ。ほら、これ」

 言いながら俺は自分の耳たぶを指さす。ピアスにも似た薬液カプセルには、コバルトブルーの液体がまだ八分どおり残っていた。反応速度を極限まで高める例の薬品だ。

「これがあればワイアット・アープと早撃ち勝負したって勝てると思う」

「……わいあっと、何?」

「じゃあ、のびのび太でもいい、つまり……」

「ごめん、どっちもわかんない」

「あー、気にするな。数百年前の早撃ちガンマンの名前だよ」

「……あのね」

 香帆は白けた表情で俺をにらむ。

「どっちにしたって無茶だよ」

「いやいや、俺は辻本司令じゃないし。そこまで無謀な賭けはしないって」

「誰が何だって?」

 デッキに響き渡る大声と共に、先ほどの騒ぎで自動閉鎖されていた展望室の気密ドアが勢いよく開いた。

「司令!」

 同時に数人の警備員がどっとなだれ込んで来ると、またたく間に暗殺者を引き連れて部屋を出ていった。

 まるで風のように彼らが去った後、そこにはぽつりと取り残されたように俺たち二人とと辻本司令、そして久保さんの姿が残った。

「君も……相当に悪運が強いな。今度もまたどうにかしのいだじゃないか」

 辻本司令は右手であごをこすりながら呆れたように言うと、俺に向かってニッと笑う。

「冗談じゃありませんよ! どうして俺がここまでしつこく狙われなきゃならないんですか? 一歩間違えば俺達は!」

「そりゃ言うまでもなく、宿命だ」

 いきり立つ俺をさえぎるように、辻本司令は芝居がかった口調であっさりと宣言した。

「は?」

「いやね、理由はともかく、どうやら敵さんは君の存在をこころよく思っていない。我々があの異星船を首尾よく捕え、その全貌を世間に公表しないかぎり、君は今後もずっと狙われ続けるだろう。それは困るだろ?」

「確かに嫌ですけど、司令、やはり何かご存じなんですね? 納得のいく説明はしてもらえるんでしょうね?」

「まあ、おいおいゆっくりと、な。ま、そんなわけで君にもはや選択の余地はない。いさぎよくあきらめろ!」

 そのままニヤリと笑う。

「……まさか、もしかしたらこれも全部込みで司令の悪だくみじゃないでしょうね?」

 俺の不平の声に、辻本司令はこれ以上ないほどの極悪の笑顔で晴れやかに応えた。

「さーて、それはどうだろう?」


---To be continued---

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