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プレ・ドライブ 異星船捕獲作戦  作者: 凍龍
第一部 〜我を捕らえよ!〜 異星船捕獲作戦
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第十六話 人工物

「で、一体どこまでが仕込みなんですか?」

 廊下を並んで歩きながら、久保と呼ばれた女性は辻本司令の脇腹を親しげにつつく。

「なんだよいきなり人聞きの悪い。仕込みなんてあるわけないだろう」

 冷や汗と共に半笑いの表情を浮かべる辻本に、

「さあ、どうでしょうか? 私には、少なくともESAとは最初から話ができていたと思えます。それに、NASAはともかくあの北中国までも協力的なのはいくら好意的に考えても不自然ですわ」

 彼女は茶化すようにたたみかける。

「想像をたくましくすると、どうも貴方は最初からヤトゥーガが妨害に出て来る事まで想定していたような感じがします」

「さすがにそれは君の妄想だよ」

「ふうん?」

「それに、共同チームの結成はどの国にとってもメリットこそあれディメリットはほとんどない話だ」

「そうですわね。民間中古船のリノベーションで格安で高機能船を手に入れてますし、口八丁で異能のスーパーエンジニアをなかば囲い込むことにも成功しましたし」

「まあ、その辺にしといてくれよ」

 辻本はあいまいな苦笑いを浮かべる。

「今回の件は本当に綱渡りなんだよ。この追かけっこにはまず参加することに意味がある」

「ええ、それは十分理解しています」

「ウチだって少なくないコストをつぎ込んだ船をぶっ壊されている。湊に払う補償金だけでも頭が痛いのに、これ以上国際間のくだらない足の引っ張り合いに煩わされたくなかったんだ」

「あら、本当にそうでしょうか? 今回あの船をだしにして実用化に目処をつけた先進技術は片手じゃ足りませんわね。今後NaRDOに入るであろう特許技術使用料だけで十分おつりが来るんじゃありません?」

「久美子~。勘弁してくれよ、なんでそんなにイジワルなんだよ」

「そう、それで思い出した」

 久美子はふと真顔になる。

「”久保”って一体どこの誰です? よくもまあ、あれだけシラッと口から出まかせが出てくるもんですね」

「あ、いや、君の立場を考えると、当面は偽名の方がいいだろ?」

「……まあ、確かに」

 自分を納得させるように小さく頷いた久美子。

「ところで、彼は納得しましたか?」

 久美子は深刻になりかけた空気を振り払うように話題を変えた。

「いいや、香帆を投入してなんとかごまかしたけどな、あれは」

「絶対にへそを曲げてますよ、あれは」

「だよなぁ」

 辻本は顎をこすりながらしたり顔で頷く。

「ま、そのあたりは香帆に任せた!」

「そんな他力本願な」

 久美子の呆れたような視線をものともせず、辻本司令はあっさりと言い放つ。

「それよりも、頭が痛いのが三角山だよ」

「何か出ましたか?」

「出ましたなんてもんじゃないぞ。三角山の幾何学的中心にぽっかりと正六面体の空間があって、その中に正八面体のケースに入った”人工物”があった」

 一瞬そのままの姿勢で氷結したように動きを止めた久美子。

「……そ、それはまた……えらくあからさまな“人工物”ですね」

「さすがの君でも驚くか」

「当たり前です!」

「まあ、あんまりご近所すぎて見過ごしてたなあ。湊の事故がなければ多分永久に気付かなかっただろう。けれん味たっぷりで参ったよ」

「司令でもそうお感じなんですか?」

 いたずらっぽい表情で鋭く突っ込む久美子に、がくりとひざを崩す辻本司令。

「あのなあ……。ま、いい。良かったら一緒に見に行くか?」

「同席してよろしいのですか?」

「ああ、少なくとも君は詳細を知っといた方がいいだろう」

 辻本は小さく頷き、久美子をエスコートするように数歩先に立つと、研究部へと歩を進めた。




「どうだ?」

「あ、司令、外箱に刻まれている文字の解析はもう終わりましたよ」

「早いな。何だった?」

「ええ、わかりやすくて助かりました。どうやら素数列のようです。二から始まって百一までありました」

「どうしてそこで終わりなんだ? もしも素数だとすればどこまでも終わりなく続くはずだが?」

「まあ、主に文字を刻むスペースの問題だとは思いますが、一応そこまであればゼロから九までの数字が一通り出てくるんですよ。我々解読者向けのリファレンスってわけです。おかげで異星文明が我々同様十進数を採用しているらしきこともわかりました」

「おお! なるほど」

「ちなみに、中に収められていた装置には入出力端子ターミナルらしきものが四ペアあります。外箱の素数列を解読した結果を踏まえると、各端子のそばに刻まれている文字は、それぞれゼロ、三、二十四、三百八十四です」

 主任研究員は指し棒の先で立体画像をちょいちょいとつつきながら説明を加える。

「この向きの異なる三角マークは?」

「はい、”入力”、”出力”、加えてそれぞれに印可されるべき電圧を示しているという見方が大勢です。ここを見て下さい…」

 と、主任研究員はケースの下部を示す。ケースと一体化し周囲を取り巻く分厚い縁取り状の出っぱりがあり、何かを通す穴が等間隔で開いている。

「この穴、ボルトでも通すのか? それに、穴の周りにある色の違う部分は何だろう?」

「ケースの形状からして、まずはどこかにこの装置をがっちり固定する必要があるようですね。それと、穴の周りにある金色っぽい縁取りの金属部材ですが、ほんのわずかにフランジの基準面から出っ張っています」

 説明しながらモニターの表示を断面図に切り替える。

「特に根拠はないのですが、なんとなく穴の補強、あるいは固定時の締め付けトルクを計測するセンサーの類じゃないかと考えています」

「ほう。固定が完全じゃないと動作しない……一種の安全装置って感じかな。まさかこいつ、いきなり飛び跳ねたりはしないだろうな?」

 眉をしかめる辻本の脇から久美子が人工物を鋭く睨む。

「何らかの航法装置のようにも見えますね?」

「あ、はい、私もそれは思いました」

 研究員は我が意を得たりとばかりに大きくうなづく。

「私の狭い見識の範囲ですが、人類の開発した機器類で見た目やサイズが最も似通っているのは宇宙機に積み込まれるレーザージャイロ測位ユニットですね」

「なるほど。やはりそうお感じになりましたか…」

 得心したように頷くと、久美子は再びするりと辻本司令の後方に引き下がった。

 その様子を見た主任研究員は軽く咳払いをすると、辻本司令向けの説明を再開する。

「まあ、そういうわけで、入出力端子に電圧を印可すると内部で何らかの処理をして、出力側にその結果を返す装置なんだろうと推測しています。あ、あと、これはあくまで個人的感触ですが、入力するのは恐らく直流電流です。刻印にゼロ基準での対称性がありませんし、まったく違う文明圏に属する我々が電源周波数を想定できないことは相手も承知でしょうから」

「ふむ」

 辻本は小さく息を吐いて身体を起こすと、あらためて主任研究員に問いかけた。

「で、どうする?」

「はい。一応念のため医療班に持ち込んでCTスキャンとMRIをかけてもらったんですが、内部構造はまったく判明しませんでした。完全なブラックボックスです。超音波エコーでも同様です。で、我々としては分解や切断のような不可逆的な調査はひとまず先送りして、実際に電圧を入れて様子をみたいと思っているのですが?」

「しかし、ここに刻まれた”3”が、我々の”3ボルト”と同じとは限らない」

「承知しています。恐らく、一番端子と二番端子に描かれているこの外向きの三角がリファレンス用の出力ではないかと」

「要求される定格電圧に達した時点で何らかのシグナルが出る?」

「恐らくは」

「なるほどね」

 辻本は小さく頷きを繰り返し、やってくれと言うように右手を掲げた。

「では、行きます」

 とうに準備を済ませていたらしい研究者は辻本司令の表情を確認するように見返すと、再び小さく頷いた彼に一礼してスタッフに向き直る。

「では、まずは10ミリボルトから。行きます」

「リファレンス。出ません」

 測定器を凝視していた若い研究員がすぐさま声を上げる。

「少しずつあげて行こうか」

 主任研究員の指示でゆっくりと電圧が上がっていく。

「1ボルト、出ません。5ボルト、変化なし」

 室内を満たす空気も、電圧の上昇と共に次第に張り詰めていく。

「……190、変化なし、続いて200ボルト、リファレンス出ません!」

「緊張するな、おい」

「司令がオタオタしてどうするんです。シャキッとして下さい」

 小声で話しかける辻本司令を久美子が厳しくたしなめる。

「…入力310、変化なし。続いて320、あ、出た! リファレンス出ました! それぞれ2.5ボルト、20ボルト!」

「リファレンス一番、パルス出力確認!」

「そこまで! 入力カット!」

 辻本司令の指示で試験は一時中断された。

「状況を」

「はい、入力が320ボルトに達した瞬間、リファレンスの一番に周期3マイクロセコンド、デューティー比1/2、いわゆる方形波が出力されました!」

「どう考える?」

 辻本の問いに、主任研究員はわずかに考え込む素振りを見せると、恐る恐るといった感じで言葉を継いだ。

「そうですね。出力の一番がリファレンスだとすると、要求される電圧に合致したと推測された瞬間に信号が出ています」

「ふむ、続けてくれ」

「ええと、これはもしかしたら入力側の電源周波数を指示しているのかも知れません」

「まるでハコネ細工みたいだな。一つクリアするごとに次の指示が出てくる。最初から全部手順通りやらないとびっくり箱は開かないってわけだ」

「まあ、言葉も常識も通じない相手に対する配慮としては上等の部類だと思います。誤解しようがないですし。じゃあ、入力も方形波で行ってみますか?」

「そんな高圧のパルス信号……どうだ? 現実的か?」

「うーん」

 言葉を切った主任研究員は後方を振り向き、後方で自信ありげに頷くスタッフを確認して言葉を継いだ。

「なんとか出せそうですね」

「じゃあ、行こうか」

「わかりました」

 研究員は改めて後ろを振り向き、小さく手を振り上げた。

「電圧320ボルト安定、リファレンス出力確認。それでは、電源に方形波成分を印可します!」

 その瞬間、部屋全体がぬるりと揺れたような不気味なショックが全員を襲った。

「テスト中止! なんだ今の?」

「確かに揺れたよな? 施設管理に問い合わせて見ます!」

 計測機器に張り付いていた研究員の動きが慌ただしくなる。

「現時点で装置の振動及び発熱は検知されていません。特に固定の方も問題ありません」

 そう報告する主任研究員の後ろから、若い女性研究員がおずおずと口を挟んだ。

「あのー、主任、装置の質量が一瞬ゼロになりました」

「なんだって!」

「いえ、入力を中止したと同時に元に戻りましたが……」

「施設管理より連絡! ト、トロイスの軌道がわずかに変化したそうです!」

 インカムを握りしめたまま若い男性研究員が叫ぶ。

「ええっ!」

 スタッフ達のどよめきにに呼応するように、トロイス基地全体に警報音が響き渡る。

「漏出警報! どこかで空気が漏れています!」


---To be continued---

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