第十四話 敵襲
「先輩、見つけた、敵は太陽方向! 相対距離は約4万キロ!」
「4万キロ?! 計算があわないだろ? さっき40マイクロ秒で追従してるって」
「実際そうなんだからしょうがないでしょ!」
私はそう怒鳴り返しながら自分でもおかしいと思い、レーザー測距計を改めていじくり回す。でも結果は変わらない。
光は、この宇宙に存在するどんな物より早い。秒速およそ30万キロメートル。
4万キロ離れた敵との間を光が単純に往復したとして、所要時間はおよそ270マイクロ秒。
あれだけ遠くにいる敵がアローラムの挙動を光学観測し、都度レーザー砲の狙点を動かしているとすれば、どんなに短く見積もってもそれ以内で反応するのは理論的にあり得ないのだ。何かがおかしい。
「こちらアローラム! 支援母船に要請! こっちの船外カメラは奴のレーザーで潰れている。そっちで当該宙域を走査してデータを送って欲しい」
『支援船、了解!』
交信を打ちきると、先輩は太陽から見て最小の面積になるように船の姿勢を起こし、敵のいると思われる方角にほぼ正対した。
レッドゾーンにあった増槽内圧が一瞬ふっと下がったけど、またじわじわと上がり始めている。
どっちにしろもう長くは持ちそうにない。
「先輩、データが来たよ」
言葉と同時に、太陽を背中にしたひどくぼんやりとしたシルエットが目の前いっぱいに表示される。
「これじゃ何だか判んないな。補正かけるわね」
途端に鮮明な映像に変わる。
「ボーンタイプ! 外洋専用船じゃないか!」
先輩があきれたような叫び声をあげる。
船体を頭からお尻まで貫くまっすぐなトラスキールに、燃料タンクやエンジンや居住区を吊り下げた簡単な構造の船だ。なんとなく魚の骨のようにも見える。
「あの手の船は居住区や貨物コンテナの増設が簡単だから主に大手の輸送船が好んで使う。ただ、丈夫な船殻がないから旋回Gに弱い。本来、戦闘用途には向かない船だ」
「じゃあ、どうして?」
「うーわ! あんなバカでっかいレーザー発振器をぶら下げてやがる! 大型戦艦の主砲なみだ」
先輩は唸った。
「旋回機動能力をはなから捨てて、速度と攻撃能力だけをとことん追求したコンテナ構成だ。それにしても……」
「どうしたの?」
「ああ、あのキャビンの形……。昔どこかで見た船のはずなんだ。くそ! これまで行き会った船は全部憶えてるつもりだったのに」
なんだかとんでもないことを言っている。それってもはや人間わざじゃないような。
「同業者の動きは大手、中小を問わずに常に掴んでおく主義なんだ。奴の船体番号は読み取れるか?」
「だめ! 太陽を背負ってるから荷電粒子ノイズがすごくて」
「通信は? 音声じゃなくてもいい。向こうのトランスポンダが応答すればIDから船籍を割りだせる」
「さっきから呼んでるんだけど、まったく反応なしだよ」
『アローラム! こちら支援船、協力を申し出た中国の巡洋艦が敵のエンジンを砲撃したが直前で拡散された。まったく効果がない。どうやら特殊な屈折シールドかプリズム素子が敵船の周囲に展開されているらしい』
相変わらずちゅうちょの無い北中国の軍事行動にもあきれたが、それがまったく効かなかったことに開いた口がふさがらない。
どうりで、旋回の遅いボーンタイプで堂々と攻撃を仕掛けてくるはずだ。
「ちっ!」
先輩が大きく舌打ちをした
「太陽を背にしてセンサーに目くらましをかけ、シールドで光学攻撃を防ぎ、物理攻撃にはすべてあの強力なレーザーでケリをつけるつもりなんだ」
「それって?」
「ああ、戦術的にまったく穴がない。敵をいたぶるように全滅させて、後でゆっくりとメインディッシュを楽しむつもりんだろうな」
「お金持ちのやり方だね」
「……らないな」
先輩が小さくつぶやいた。
うまく聞き取れず顔を向けた私に、先輩は硬い表情で宣言した。
「香帆は本船を降りるんだ。何とかして一瞬だけでもレーザーの焦点から逃げるから、その隙に緊急用のロケットモーヴで脱出し……」
「ちょっと待って!」
私はその言葉を遮るように大声を出した。
「先輩の考えを私が理解してないとでも思ってる? 私は絶対に降りないよ!」
「だけど」
「いや! 絶対に嫌っ!」
なりふり構ってなんていられない。
私は駄々っ子のように甲高い叫び声をあげた。
「ね、私は相棒なんでしょ? 前にそう言ってくれたじゃない。だったら、どんな時でも一番最後まで付きあわせて! ね、お願い!」
「だめだ。脱出しろ! 冗談じゃない! どうしてそう簡単に自分の命を投げ出したがるんだ!」
「冗談はそっちでしょ! 私は絶対にあなたを一人で勝手に死なせたりしない!」
「しかし」
「うるさい! どうしても追い出すって言うのなら裸のままでエアロックを飛び出すわよ!」
激しく言い返しながら、思わず涙がこぼれそうになって歯を食いしばる。
「あのなあ、このままじゃ絶体絶命だ。ぐずぐずしてると完全に蒸し焼きになる」
今度は説得しようとでもいうのか、先輩は諭すように少しだけ口調を緩めた。
「そんなこと言われなくても分かってるよ!」
「遠距離から大出力で狙われて逃げる道はない。こっちがどんなに猛スピードで逃げ回っても向こうは砲の向きをほんのちょっとひねるだけだ。死角なんてどこにも存在しない」
「当たり前じゃない!」
「だったら、いっそのことこっちから近づいてやる。相手に近ければ近いほどこっちのスピードはメリットになる。死角が生まれる可能性が出てくる」
「そうだね。あいつの目の前を秒速三百キロで飛び回ってやろうよ!」
「当たり前だが、それだけ近いとレーザー砲の威力はほとんど減衰無しだ。死にに行くようなもんだ」
「だから一人じゃ行かせない!」
「だめだ!」
「い~や~だっ!」
「ガキかよおまえ!」
「ふんだ! ガキで結構! 若くてごめんね!」
先輩は肩を落として大きくため息をついた。
「わかったよ! 好きにしろ。でも後で絶対に後悔するぞ」
お互い、それ以上口論を続ける時間も気力も惜しかった。
それに、いくら諭されたところで私の気持ちは絶対に変わらない。
「その時はあの世でしっかり文句を言わせてもらうから」
私は目尻に涙を浮かべたまま、笑顔で答えた。自分でもビックリするくらい優しい声が出た。
それ以上のやりとりはお互いに必要なかった。
「よし、外部増槽全数投棄! 逃げられない以上、攻撃の元を断つ!」
私は無言でうなずくと残った三つの外部増槽を素早く切り離す。
すでに限界まで圧力の高まっていた増槽は、減速バーニアが作動した瞬間、ショックで派手に爆散した。
「これで今さら追かけっこはできない……もうどこにも戻れないぞ」
「わかってる」
静かに答えながら私は航法システムに干渉し、うるさく警告するAIを無視してエンジンのレブリミッターを強制開放する。
先輩はそれを見越していたように電磁加速ノズルの電圧設定をリミット一杯まで引き上げた。
エンジンノズルを守るために制限されていた複式多段タービンの回転数が急激に跳ね上がり、ノズルコーンが最大効率を求めて自動的にゆっくりと広がってゆく。
出力は出る。だが長くは持たない。
「アローラムより支援母船へ。今から障害を排除に向かう。後は任せた」
言いながら先輩はスティックを握り込み、スロットルを目一杯押し込んだ。ぐっとロックするまで押し込み、リリースボタンを押しながらさらに先まで押しきった。
太陽に向かってまっすぐにダイブするコース設定だ。エンジンの限界ぎりぎりの加速に加えて、太陽の強大な重力がアローラムをぐいぐい引っ張る。耐Gシートに守られてさえ息をするのも難しい強烈な加速Gが私たちを襲う。
『…ーラム! こちらトロ…支援船、湊! 香帆! バカな…めて…ろ!』
「司令が何、か言って、るわよ」
加速Gに必死に耐えながら、私はかすれた声で笑った。さすがの辻本司令も慌てているらしい。
敵の照射する大出力レーザーのために通信すら妨害され始めている。雑音がひどい。
「司令、もしも次のチャンスがあるとすれば」
先輩は大きく深呼吸すると、
「……今度こそ異星船を捕まえて下さいね。俺自身が関われないのは、とっても残念ですが」
『馬鹿! …れは君達の仕事…ろう! 途中で……なんてらしくないぞ!』
猛烈な雑音の海の向こうから辻本司令のどなり声がかすかに響く。
「じゃあ、後はよろしく」
のどの奥でちいさくつぶやいた先輩は、そのまま交信を切る。
「音声キャリア完全に途絶。スクランブルパケットも不安定」
私は不要になった通信タスクを終了させ、余った計算資源を操船用に追加割り当てする。
もはや、出来る手助けはこれくらいしかない。
私の視界では、さらに加速を続けるアローラムが大きく映し出されていた。武骨な追加増槽をすべて脱ぎ捨てた純白の流れるような船体は、戦艦クラスのレーザー砲照射にも耐えて朱鷺色に明るく発光している。ノズルからの噴射炎はまばゆいばかりの銀白色に輝き、アローラムの後方に果てしなく長くたなびく壮麗なプラズマの尾羽根を形づくっていた。
「……きれい」
しょせんAIが生み出した映像だ。これがどこまで現実に忠実なのかは判らない。
でも、その壮絶なまでの美しさに、私はそれ以上語る言葉を見いだせなかった。
「アローラム、秒速四百八十キロを突破」
「このままの加速だとあと八十秒前後で敵船と交錯」
レーザーの回避と敵への接近操作で返事をする暇もない先輩のため、状況を淡々と報告する。
「NASAシルバーストリングが太陽方向に大きく転針!」
「ん?」
「同時に高速で本船に接近中!」
「何のつもりだ?」
「判んない!」
ここへ来て周りの状況もなんだか慌ただしくなってきた。
「北中国軍の巡洋艦が転針! 敵船にむけ急加速!」
「おい、どういうことだ? なぜみんなそろって目前の異星船を放棄してまで……アイツはすぐに手の届く所まで来てるんだぞ!」
「事情はよく判んないけど」
「なんだ?」
「多用途船も追っかけてくる」
先輩はっとしたように頭をあげ、ニヤリと笑う。
「こういう展開は想像してなかった。司令の性格を読み損ねてたよ」
サイは投げられた。もう誰も止まらない。
「暑いな」
二の腕で額の汗を拭いながら先輩がつぶやく。
敵船から断続的に照射されるレーザーが相変わらず容赦なくアローラムを灼いていた。
そのまま緊急脱出カプセルにもなる耐Gシートの頑丈な保護筐体に包まれていてさえ、体感温度はすでに摂氏50度に達しようとしていた。
いかにサウナ好きの私でも、そろそろ限界に近い。
さらに耐Gシートの外、コクピット内の気温はおそらく摂氏100度をゆうに越えているだろう。
船速は設計限界をはるかに越える秒速500キロにまで達していた。
エンジンは電磁ノズル部にクラックを生じたために少し前から自動停止している。
その上、猛烈な熱の為ほとんどの外部センサーがおしゃかになってしまっていた。
船殻の様子を外から確認する事はもうできない。だが、いくら高熱に強いハイセラミックーチタン傾斜船殻とはいえ限界のはずだった。
表面は真っ赤に焼けただれ、もしかしたらすでに一部は溶け始めているかも知れない。
「先輩、外部船殻の表面温度、3千度を超えたわよ」
「そろそろやばいな」
独り言のように言いながら、先輩は船殻冷却ポンプの設定を最大に上げた。
だが、出力値はじれったいほどゆっくりしか上がらない。
超高温と長時間の過負荷運転に、もはや冷却ポンプそのものが融解しつつあるのだ。
その時、視界の端でアイコンが閃いた。
「何?!」
思わず小さく叫ぶと反射的に画面を切り替える。
「後方から小型の飛翔体が高速接近中。3基!」
「ミサイルか?」
先輩は万一に備えて温存していたエンジンを強制始動する。ノズルが心配だ。恐らくあと1、2度の機動で崩壊するだろう。
「違う。本船を追い越してレーザー砲の射線上にまっすぐ並んだ。私達を守ってくれてるんだ!」
「正体は?」
「NASAの探査プローブみたい。あ、1基爆散!」
アローラムと違いチタニウム合金の船殻を持つ無人プローブでは、レーザーの高熱に長時間対抗することはできない。それを承知でやっているのだとすれば……
「まったく物好きなやつらだね」
先輩は呆れたような声音でつぶやくと。小さく鼻をすする。
「相対距離、敵まであと七千キロを切ったわ」
「表面温度は?」
「今、二千七百度。まだ下がってるよ! 2基目爆散」
先輩の右手の筋肉が盛り上がる。コントロールスティックを握る右手に力が入っているのが見るだけでわかる。
「三基目の爆散と同時に敵の真上に出る。ケミカルアンカー全弾装填!」
「アンカーなんかどうするの?」
「ああ、あの異星船を捕まえるのに使おうと思ってた手があるんだ」
「でも射出口、開くかな? もう外殻は溶けてるんじゃ」
「大丈夫! 射出口を爆破するさ!」
「敵まで四千キロ。船殻温度二千四百!」
「香帆……ごめんな。こんなことに巻き込んで」
「え、何? 敵まで二千五百、聞こえなかったよ」
柔らかく答えながら私は小さくうなずく。
「一緒にいて楽しかったよ。船殻温…,…いえ、プローブ爆散!」
「よし、行けぇっ!」
先輩は絶叫した。
赤熱し、今や一羽の巨大な火の鳥と化したアローラムと私たちは、巨大な敵に猛然と飛びかかった。
---To be continued---




