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プレ・ドライブ 異星船捕獲作戦  作者: 凍龍
第一部 〜我を捕らえよ!〜 異星船捕獲作戦
13/63

第十三話 記憶《メモリー》

「香帆、目標との距離はどうなってる?」

「ええと、二十四時間前との比較で三千二百キロ距離を詰めてる。この調子なら今日中にあと五千は接近できそうね」

 私は答えながら最新の軌道予想チャートを先輩の視野に送り込んだ。

 作戦開始四日後の午後、アローラムは目標の異星宇宙船からの相対距離、約一万キロメートルのポイントまで接近していた。

 改装して大幅にスピードアップしたとはいえ、アローラムの設計限界速度は今だ秒速にして四百キロにも届かない。まるで魔法のように自在に針路と速度を変化させる異星船に追いすがる事は至難の技だった。

 アローラムのセンサーが手当たり次第に集めた異星船のデータは追走する支援母船に搭載された三台の大規模並列AIに送り込まれて解析され、再びアローラムの航法制御AIにフィードバックされる。

 このプロセスを延々と繰り返すことで、異星船の進路予想はほんの少しずつではあるけれど、次第に精度を上げつつあった。

 刻々とアップデーされるデータをもとに私たちは予想進路の内側へ内側へと回り込み、なんとか最接近を果たそうと悪戦苦闘を続けていた。

 だけど……。

(ふがいない!)

 私は内心、自分自身を叱咤する。

 本来、航法は私の担当だ。

 最初のもくろみでは、もっと華麗に先輩をナビゲートし、圧倒的リードで異星船を確保する予定だった。

 なのに、これだけの力業を重ねてもいまだ異星船に追いつくことすらできていない。

 あれだけ無茶なごり押しでアローラムに乗り込んだ以上、少しでも先輩の役に立つところを見せたいのに、これじゃまったくいいところがない。

「はあ」 

 私は小さくため息をつくと、状況を整理しようとモニタを切り替えた。

 現時点、異星船に最も近いのはNASAのシルバーストリングから射出された2隻の無人探査プローブだ。

 無人機のメリットを最大限に生かし、生身の人間には絶対に耐えきれないような高G機動マヌーバを繰り返しながら、異星船の予想進路を大胆にショートカットするように追走している。

 時には予想が外れどちらかが大きく出遅れることもあったが、どうやら、わざわざ性格の異なる二基のAIにそれぞれを制御させているらしい。異なる軌道を描く2隻がサポートしあう冗長構成のおかげで、これまで両方が完全に置いて行かれるような事態は発生していない。

 結果、私たちの乗り込む有人船アローラムとNASAの無人プローブはそのポジションを奪い合いながら激しく競り合い、それぞれの支援母船であるNaRDO多用途船とシルバーストリングも、後方で私たち追跡船チェイサーのさらに内側を争うように進行中だった。

 ヨーロッパESAの調査船は辻本司令らの乗る多用途船とシルバーストリングのずっと後方に位置している。

 競い合って直接の追いかけっこには参加するつもりがないようで、各機関の動きを遠巻きに眺めながら異星船を含む各国宇宙機のスペックデータ収集に専念している様子が見受けられる。

 一方、アローラムの後方には、これも有人艦と思われる北中国の駆逐艦がぴったりと張り付いている。

 NaRDOやNASAとは異なり、近くを航行中の巡洋艦と大規模なデータリンクを張っている様子はない。大型艦のメリットでもある高出力なエンジンでアローラムの進路をぴったりとストーキングし、ここぞという所で一気に前に出る作戦のようだ。

 ただ、“ここぞという時”どんな方法でアローラムや探査プローブを排除するつもりなのか。それがいまだ判明しない。

「北中国の動きがどうにも気味悪いんだよな」

 HMDの視野いっぱいに表示した各種モニタ画像の中から、後方監視カメラ映像をズームアップしながら先輩がつぶやく。

「軍艦のくせに目立った武装が見当たらないんだ。それに、でかい割に異常に足が速い」

「こっちと同じで追跡用に改造したんじゃないのかな? 武装はやっぱり重いじゃない。全部取っちゃったとか?」

「うーん。そこまで楽観的に考えるのはどうだろうか」

 純白に輝くアローラムとは対照的に、つや消しブラックに塗装された葉巻型の船体には、普通の船舶より桁違いに多いアンテナ類が見受けられる。

 船体の識別番号は船体と同じく真っ黒に塗りつぶされ、標識灯の類いはすべて消灯されたまま、ほとんど背景の宇宙空間に溶け込んでいる。

「トランスポンダに応答があるだけましじゃないかな。じゃなきゃ海賊船だよね」

 肉眼では唯一、機動マヌーバのたびにエンジンが不規則な噴射炎を上げるのが確認できるだけだ。

「まあ、電子戦艦なのか、情報収集艦なのか。噴射炎の色を見る限りエンジン効率はかなり悪そうだ。これ以上長丁場になると燃料不足で苦労しそうだな」

「燃料と言えば、そう、先輩!」

 相変わらず後方モニタを気にする先輩の視界に、私は強引に燃料ゲージをねじ込みながら報告する。

「ウチも左舷第二増槽がもう空だよ」

「OK、切り離してくれ」

「了解。せめて三秒は直線で飛んでね。昨日みたいなニアミスはもう嫌だからね」

「なんだ、まだこだわってるのか? ぶつからないって説明したし、後でちゃんと謝っただろ」

 昨日、先輩は燃料増槽切り離しの直後に急な旋回機動(マヌーバ)をかけた。異星船の進路変更に応対したというのは判る。先輩は大丈夫だって言い張ったけど、どう見ても激突寸前だったのだ。

「だって本当に怖かったもの」

 ぶつぶつとグチりながら私はアイポインターを操作した。ディスプレイが自動的に切り替わり、船外カメラの映像にかぶるように爆発カッターボルトの発火レポートがずらずらとスクロールされる。

 アローラムと同じ速度を保ったままゆっくりと船体から離れた無骨な追加増槽は、装備されている減速バーニアの炎がひらめいた瞬間、あっという間に後方に飛び退っていった。すぐに背景の星々と区別がつかなくなる。

「バイバイ。ちゃんと拾ってもらうのよ」

「よし。今のところ異星船の進路は直進を維持、新たな機動マヌーバの兆しなし、と。食事にするか」

「オッケー。今度は私が作るわね」

「って言ってもバーチャルなヌードルフードにバーチャルなお湯を注ぐだけだけどね」

「うるっさいなあ」

 言い捨てながら私は立ち上がり、キッチンに向かう。


 アローラムに装備された卵型の試作耐Gシートは、その頑丈な保護筐体中に装備された生体親和ゲルのマットで乗員をすっぽり挟み込むような形で使用される。でも、優れたGキャンセル機能と裏腹に、ほとんど身動きできないという心理的な圧迫感は相当なものだ。

 今回初めて判明したのだけど、どうやら私は少し閉所恐怖症ぎみらしい。先輩が平気で耐えるこの状況が我慢できないほど辛かった。

 テスト中にいいかげん嫌気がさした私は、トロイスのプログラマーと共同で、コンピューターのメモリ上に広大な仮想空間を作り上げた。

 通常の耐Gシートに座っているのとほとんど同じように自分たちの五官と脳波を刺激、再現する仕組みをプログラムに加えたのだ。

 これならストレスも最小限に抑えられる。

「もともとは無人の極限採掘ロボットを基地から遠隔操作するためのVRマニピュレータが発祥らしいんだけど、ちょっと流用させてもらったの」

 意外なことに、有人の宇宙船に応用するのは今回が初めてらしい。

 もちろんメモリ上に再現するのだから、例えばスターマップや船外カメラの映像を元に、乗員が宇宙のど真ん中を生身で漂っているような設定も同じくらい簡単にできる。

 事実、船と自分が一体化したような今の身体感覚とその設定は、コクピットを仮想再現するよりさらに私の好みに合った。

 結局、私たちはどちらも船を自分と融合させた操船インターフェイスを選び、従来のコクピットをバーチャル再現する設定はオプション扱いになった。

 パイロットである先輩の視界では、すべての航法機器やモニタは宇宙空間に浮かぶバーチャルモニタに表示され、通常の操船操作は思考するだけで行われる。細かい各機器の調整はモニタで確認することも出来るが、通常は航法AIに丸投げだ。

 さすがに極端な機動マヌーバや各種リミッターの解除には、思考ノイズの混入を防ぐため手元のスティック操作が必要だ。だが、いずれすべて思考のみで操作できるようにしたいと先輩は言う。

 一方、航法担当である私の視界では、異星船やアローラムをかなり上空から見下ろす形で、その航跡や進路予測が表示されている。

 もちろん宇宙船は三次元的に移動するので、チャートは状況に応じて大きく拡大縮小され、水平視野や後方からの視野にめまぐるしく切り変わる。

 最初はこの切り替えについて行けずかなり混乱したけど、アローラムを中心にその上下左右にバーチャルなカメラがあると想像し、頭の中でその視野を切り替えるように考えることでなんとか慣れることができた。

 物思いにふけっていると、クッカーがピピピッと電子音を響かせて調理完了を知らせる。

 私は二人分のカップとフォークをそろえてコクピットに戻り、先輩のシートの強制解放ボタンをクリックする。

「どう、大宇宙を一人っきりで漂流する感想は?」

 バックリと耐G殻が持ち上がり、体を起こしながら不機嫌に眉を寄せる先輩に湯気の出るカップ手渡す。

「おい、予告なしにインタラプトすんなって! 脳にダメージが出たらどうするんだよ!?」

 ぶつぶつ文句を言う先輩。

「大丈夫。先輩の神経はそんなにやわじゃないでしょ。チタニウム?、いえ、ハイセラミック製かしら? とにかく頑丈でとことん鈍いのよね~」

「……まあいいか」

 言葉に含んだ意味に気がついているのかどうなのか、先輩はしぶしぶといった様子でカップを受け取り、ヌードルを一口すすってさらに微妙な表情になる。

「まずいなこれ。もう少しどうにかならないのかなあ」

 実を言うと、現実にはふたりとも耐Gシートにサンドイッチされたまま、静脈に栄養剤を流し込まれているに過ぎない。

 船内を歩き回る体験は結構リアルだったけど、味覚の仮想化にはまだ工夫が必要みたいだ。

 それでも、たとえバーチャルであっても差し向かいで一緒に食事を取るというイベントはなんとなく気恥ずかしい。

 私は自分のシートの縁にちょこんと腰掛けると、足をぶらぶらさせながらフォークをカップに突き刺してグルグルとかき混ぜる。

「やっぱりバーチャルフードじゃ気乗りしないか?」

「ううん、そういうわけじゃないんだけど」

 あいまいに答え、どう切り出そうかしばらく迷う。

「ねえ、聞いても怒らない?」

「いきなり何だよ?」

「うん」

 そのまましばらく言いよどむ。

「あのね、美和さんの事。どんな人だったのか教えてくれる?」

「どうして?」

「興味があるの。先輩が好きだった、先輩を好きだった人がどんな人だったのか」

 黙り込んだ先輩の顔色にすっと赤みが差したのに気づいた私は慌てて両手を振る。

「あ、ごめんね、やっぱり怒るよね?」

「……」

「出過ぎた事聞いちゃって。なし! 今のなしで!」

「……いや、いい。少しばかり照れた」

 先輩は、内心の動揺を拾ったAIが忠実に顔色を再現フィードバックするのにげんなりしながらそう言い訳すると、天井を見上げて大きなため息をつく。

「……入学時からクラスは一緒だったんだけど、初めて会話らしい会話をしたのは夏休みの少し前だったかな」

「ね、どんな印象の人だったの?」

「ああ、ずいぶん綺麗な髪の娘だなって思った記憶がある」

「コロニー出身だって優子さんに聞いたけど」

「確かに、背もずいぶん高かったな。知り合った最初の頃は言葉遣いなんかもけっこう女らしくて……考えてみれば香帆とは正反対だな」

「ちょっと! それってどういう」

 ふくれっ面になる私を軽くいなしながら、先輩は小さく笑う。

「でも、一見おしとやかな外見とは裏腹に、妙に頑固な所があったよ」

 食べかけのカップとフォークを足の間に下ろし、先輩は記憶を呼び戻すように小さく首を回す。

「高校二年だったから、今の香帆と同じか。急にパイロットに転向するなんて言いだして、日岡と俺で必死に止めても聞かなくて」

「……うん?」

「船乗りには邪魔だからって、ある日突然すっぱりショートカットで登校してきて驚いた。小さいときから伸ばした自慢の髪だって大事にしてたはずなのにな」

「ええっ!」

「で、船舶工学から宙航士養成科に転科して、わざわざ留年までして本当に宙航士の資格をとった。そして、一年遅れで俺達と同じ石岡エルフガンド重工に入社してきたんだ」

「で、美和さんはどうしてそこまでしてパイロットになりたかったの?」

「その時は誰も分からなかったし、わけを聞いても絶対に教えてくれなかった」

「ご両親は反対しなかったのかなあ」

「いやいや、実際、親とも勘当寸前の大げんかをしたらしい」

 そう言って苦笑気味に小さく息をつく先輩。

「でもね、エルフに入社したずいぶん後になってわけを話してくれた。俺はそれを聞いてすごく嬉しかったなあ。思わず涙が出そうになったのを憶えてるよ」

「なんだったの?」

「あいつが転科を決めたのは、俺が本格的に船舶設計者を目指すと宣言した瞬間だったらしい」

「えっ!」

「俺の決意を聞いて、あいつは俺の造る船をどんな時も、誰よりも先に自分が操縦したいって直感的に思ったんだと。そう言って笑ってたよ」

 思いがけず優しい目でどこか遠くを見つめる先輩から目を逸らし、私ははうつむいて手の中のバーチャルフードを睨みつけた。

 どんな表情でその話に応えればいいのかわからなかった。

「それからいくらもたたないうち、あいつは本当にテストパイロットに抜擢された」

「え、でも女性のテストパイロットって……」

「ああ、今でもけっこう珍しいよな。俺には一言も弱音を吐かなかったけど、苦労したと思う」

 うんと小さくうなづいてさらに続ける。

「俺が設計した船に、日岡がたくましい足腰エンジンを与え、それを美和が自在に駆る……。まるで夢みたいだったよ。三人とも、あのころが一番幸せだったんだと思う」

 そこまで話し終えた先輩は、彼の前で硬直したままの私にようやく気付いた。

「おい、どうした?」

「……ごめんなさい、私、聞いちゃいけないことを無理に」

 そう言って縮こまる私を見て、先輩は派手に吹き出した。

「今さらなに言ってるんだ」

「ひどっ!」

「いいよ。もうずいぶん昔の事だ」

 そのまま手を伸ばし、私のショートカットの髪をくしゃっとかき回す。

 驚いて見上げる私に、先輩は小さく笑いかけ、ぎこちなく口角を持ち上げると大きくうなずいた。

「聞いてくれてありがとう。俺自身ちょっと驚いてるけど、あの頃はこんなふうに話せる日がいつか来るなんてとても思えなかったから」

 その言葉に私はおずおずとうなずいた。

(なにか言わなくちゃ)

 そう思い、ぎこちない笑みを浮かべて口を開きかけた時、かすかなショックが船体を揺さぶった。

「何? 衝撃波?」

「やばいっ! 早くシートに」

 食べかけのバーチャルフードを右手の一振りでかき消しながら先輩が叫ぶ。私も自分のシートに滑り込み、素早くセンサーの数値を確認する。

「先輩! 先行してたNASAの探査プローブが消えちゃってる!」

「原因は何だ? 映像記録は!」

「爆発したみたい。圧力波がセンサーに記録されてる。映像記録は……ちょっと判りにくいけど、出るわ!」

 一瞬のまばゆい光と共に爆散するプローブの姿がディスプレイに映し出される。そのシーンを凝視した先輩は、目を剥きながら叫ぶ。

「もう一度! もう少し手前からスロー再生してくれ」

 目の前のバーチャルモニタに再びプローブが現れる。

 連日のデッドヒートですっかりなじみのチタニウムシルバーの鋭角的なボディが、不意にまばゆい光のまゆに包まれ、ゆっくりと膨れ上がっていく。

「止めて! コマ送りで戻して。そう、ここだ! ズームしてくれ」

 先輩の言葉にしたがい爆発直前のプローブを限界まで拡大表示する。

「なんだこれ?」

 凍り付いたように静止したプローブの画像を精密走査していた先輩は、プローブの頭部に突然あらわれたまばゆい光点を見つけて声をあげた。

「認識灯じゃないの?」

「いや、普通こんな位置に灯火はつけないんだ。まさか」

 最後まで口にする事はできなかった。突如アラームが頭蓋いっぱいに鳴り響く。

「先輩! 左舷前部船殻に異常加熱警報!」

「くそ、やっぱりレーザー兵器か! どこのバカだ!」

 大声で怒鳴りながら先輩はあわてて回避機動をかける。

 だが、アラームは鳴りやまない。

 よりによって、なぜ、こんな土壇場で妨害をするのだ。誰が? 一体何のために?

「だめ! ぴったりトレースされてる!」

 私は思わず悲鳴をあげた。

「ちっ!」

 先輩はサイドスラスターを全開にして船を横滑りさせる。

 次いで急減速。間髪をいれず体中の骨がきしむような急旋回。

「う! お、おぇ!」

 普通の船ならとうにバラバラになってもおかしくない猛烈な機動だ。耐Gシートに包まれていてさえ内蔵が口から飛びだしそうな気がするほどだ。

「まだ狙われてる?」

「だめ! とても逃げ切れない!」

「おかしい! どうして奴はこんな精密射撃ができるんだ?」

「照準のタイムラグはほとんどないわね。本船の回避機動に40マイクロ秒以内で追従してる。一体どんなプロトコルで制御してるのかな? 興味あるね」

「そんな悠長な事気にしてる場合じゃないって!」

 先輩は怒鳴りながらアローラムの進行方向を軸に、船体をまるでこまのようにくるくると回転させ始めた。

「え? どうして?」

「香帆の世代じゃもう知らないのか? 宇宙時代のあけぼの、アポロ宙航士時代の耐熱テクニックだ」

「あー」

 こんな方法があるなんて全然知らなかった。

「おまけに歳差運動を加えれば、レーザー砲の狙点が船体全体をまんべんなくなめるようになるだろ?」

「でもそれって、まるで豚の丸焼き……」

「おい、いやな想像をするなよ」

 先輩は顔をしかめながら忙しくスティックを切り返す。

「アローラムに限らず、なんで日本船がわざわざ高価なハイセラミックーチタン傾斜材を船殻に多用するか知ってるか? 外国船はほとんどが安くて丈夫なハイパージュラルミンなのに」

「ううん」

 私は首を横に振る。

「一番の理由は熱対策だ。アリタ窯業のハイセラミックはこのまま大気圏に突入できるほど熱に強い。一カ所を集中加熱でもされないかぎり、この程度のレーザー出力じゃ船殻を貫く事はできない。たとえ自衛のためであってもまともな武装を許されない日本船の精いっぱいの自衛策さ」

「なんだ、それで落ち着いてるのね」

「いや、そうでもない。ほら」

 ディスプレイの片隅にアラートマークが点灯していた。アイポインターでマークをクリックすると、赤色のデジタル表示が見る間に上昇していく。

「増槽内圧が上がってる。そうか!」

「そう、船外にぶら下がってる追加の増槽にまで十分な耐熱装備はない。このまま加熱されるとそのうち間違いなく爆発する」

「ひええ~っ!」

「だから早くレーザーの発振源を特定してくれ」

「え? あ、そうね、ちょっと待って」

 私があたふたと計算に取り組んでいる間に先輩は支援母船との音声回線を開いた。もはやライバルに傍受されるのを気にしている場合ではない。

「こちらアローラム、トロイス支援母船聞こえてるか?」

 十秒ほどのタイムラグをともなって、意外に明瞭な声が返ってきた。

『こちら支援船。状況はこちらでも把握している。現在関係機関に問い合わせ中。しばらく待ってくれ』

 先輩はイライラと荒っぽい転針を繰り返し、その間にもアローラムに対して大出力のレーザーが断続的に照射され続ける。

 増槽内の温度と圧力はもはや危険なほど上昇していた。

『支援船からアローラムへ。我々が現在把握しているかぎり、どこの軍艦もレーザー兵器の使用を行っていない。確認されていない第三者、新勢力の可能性が高い。警戒せよ。なお、この件に関してNASAとESAは一切無関係と表明している。北中国からは今のところ応答なし』

 どうやらNASAもESAも謎の敵をけっこう深刻にはとらえているらしい。それともなにかの思惑があっての事だろうか。

 いずれにせよ、あれは、敵だ。


---To be continued---


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