第十二話 再起動
「ちょっと先輩、一体どういうつもり! 何か特別な理由でもあるの?」
香帆はコクピットの真ん中に仁王立ちして俺をにらみつけた。
相当頭にきているのだろう、頬が紅潮し、瞳も心なしか潤んでいる。
「いいや、あの時、君をバイトに雇った条件は確かトロイスまでという事だった。その後あらためて契約を更新した覚えはない」
「そんな意地悪を言わなくてもいいでしょ。ほら!」
そのまま両手を広げ、まるで細長い巨大な卵のようなシートが二つ並んでいるだけのシンプルなコクピットルームを示す。コンソールもディスプレイ類もすべて取り去られてしまい、妙にがらんとして操縦席と言うよりもむしろ霊安室のように見える。
「耐Gシートだってせっかく二つ用意してもらったんだし、いまさら私を置いていくなんて言わないで! 連れてってよ」
「だめだ。絶対に駄目だ!」
俺はコクピットルームの入り口に立ち、右耳の後ろを無意識にもみほぐしながら断言する。
そこには大脳運動野に直接働きかけ、状況に応じて神経反応速度を一時的に高める薬品を分泌するという新開発のマイクロマシンが埋め込まれている。だが、どうもまだしっくり落ち着いていないらしい。
あわせて、脊髄錐体路に大量に打ち込まれた脳波探針用プラグのせいか、首筋から耳たぶにかけて若干の痛がゆさが残っている。
「どうしてよ!」
香帆はわかりやすくむくれた。
腕組みをして俺を睨み付ける彼女の左耳たぶにも、俺と同じ薬液プラントが装着されている。キラキラとオレンジ色に輝く薬液カプセルは脱着式で、一見したところではちょっと前衛的なデザインのピアスにも見えた。
ただ、その効能は二人の職務分担の違いから多少異なる。もちろんこれも試作品で、俺たちはいわばMM”直結”インターフェースのモルモットでもあった。
「香帆も判ってるだろ。今回のフライトはあまりにも危険すぎる。丸腰の民間船に平気で小惑星をぶん投げてくるような列強相手に、ちっぽけなアローラムたった一隻で渡り合わなくちゃいけないんだぞ」
「そんな事、最初から覚悟の上だから」
「しかもアローラムには何の自衛兵器も搭載していない。スピードと機動力でいくらか勝るとはいえ、不意うちが不可能になった今、あまりに分が悪すぎる」
「だから、ちゃんと判ってるって!」
「いーや、全然判ってない! いいか、君みたいな将来有望な若い航法システムアーキテクチャがもしここで無駄につぶれでもしてみろ。近未来の造船業界は泣くぞ。ホントに」
「ほめてくれてとっても嬉しいけど、それを言うなら先輩だって同じでしょ!」
「俺はもう二度と船を造るつもりはない。引退した。造船の未来には一切何の影響もない」
「じゃあ、あの夜、先輩がこっそり描いてたクルーザーの図面は何なのよ! 本当はけっこう未練があるんでしょ?」
俺は反射的に何か言い返そうとして、そのままぐっと黙り込んだ。
痛いところを突かれた。
彼女の指摘は正しい。
未練はあった。諦めきれるわけない。
ロケットエンジニアの両親に連れられて宇宙港に通い、青白いイオンを噴きながら深宇宙に旅立っていく何隻もの探査船を見送った子供の頃から、俺の夢はずっと宇宙船エンジニアだった。
その思いは両親の事故死で天涯孤独の身になっても変わらなかった。
遺族年金とわずかな奨学金を頼りに中学、高校時代をなんとか生き延び、なりふり構わないガリ勉でサンライズ技工大に潜り込み、ボロクソに酷評されながらもずっと諦めずにいられたのは、微塵も揺るがずに俺を信じ、支え続けてくれたクラスメイト、美和の存在があったからだ。
それなのに、そんなかけがえのない彼女を、俺は自分のミスで永遠に失った。いや、俺が殺したようなものだ。
幼い頃から憧れ続け、必死に磨いた技術ではあったけど、これ以上振り回すのは彼女のような不幸なパイロットをさらに増やすだけだ。
取り返しのつかない失敗をしてようやくそのことが骨身にしみた俺は、自分の設計スキルを永久に封じる決心を下した。
今でも、その時の決断が間違っていたとは思わない。
だが、ふとしたきっかけで、まるで悪魔に誘惑されたように、抗いがたく3DーCADに向かいたくなる時があるのも確かだ。
「……ぱい、先輩、」
呼ばれてはっと気づく。いつのまにか放心状態に陥っていたらしい。
彼女は俺が反論をあきらめたとでも思ったのか、勝ち誇った笑みを浮かべて胸を張っていた。
「いい? 先輩は大事な事を忘れてるよ。この船の制御はすべて新型の半自律ニューロAIだよ。ハードもソフトもぜーんぶ特別製。先輩に操作法なんてわかる? それに、何かあった時適切に対処できるのは私だけだよ」
俺はポリポリと頬をかくと、壁にもたれて小さくため息をついた。
「……悪いが、通常航行のオペレーション程度ならもう全部飲み込んでるんだけどね」
「え! 全部?」
香帆の顔色が変わり、額にすーっと冷や汗が流れる。
「いろいろいじり回されたけど、これでも一応俺の船だぞ。船長としてとしてそのぐらい把握してなくてどうする」
さらに駄目を押す。
「それに、万が一、君の出番になるような問題があったとして、最高秒速三百キロオーバーでかっ飛ぶ船にのんびりデバッグしてる暇なんかあるもんか!」
彼女にとって、勝利の喜びはほんの一瞬だっただろう。わかりやすくしょげかえるその姿が哀れを誘うが、ここで気を抜くとまたつけ込まれる。俺は心を鬼にしてさらに続ける。
「この前までとは事情が違うんだ。わかったら早く船から出ていってくれ。いつまでも居られちゃ仕事の邪魔だ! じゃぁま!」
「先輩……」
「サポートしてくれる気があるんなら、多用途船からでもできるだろ。議論は終わり。とっとと出て行きなさい!」
左手でコクピットの入り口を指さし、意識して冷たく聞こえるように言い放つ。
「先輩は私がかわいくないのね」
「ああ」
ちゅうちょなく頷く俺に、香帆は口を半開きにし、目を見開いたまま黙り込む。
「それにな、香帆は密航をたくらむ前に俺の事についてずいぶん調べたんだろ?」
「ど、どうしてそれを?」
今度はわかりやすくうろたえる。相変わらずクルクル変化する表情から目が離せない。
「ほら、やっぱりな!」
俺はいつの間にか引きつけられるように見つめていた彼女の顔から強引に目をそらし、フンと小さく鼻を鳴らす。
「調べたのなら君もわかっていると思う。俺の設計した船の事故率のオーダーは平均と比べてかなり高かったはずだ」
「いや、だって、あれは先輩の設計が極限作業用の特殊船舶ばかりだったから…」
「そうじゃない。極限状態だからこそ、逆に船は全面的に信頼出来るものでなくちゃいけないと思わないか。でも、俺の船は残念ながらそうじゃなかった。自分じゃよく判らないんだけど、俺の設計はきっとどこかにもろい部分があるんだ。教授の評価はある意味、正しかったんだよ」
「でも……」
「俺は、自分の手掛けた船でこれ以上人が命を落とすのを見たくないんだ。もう二度と」
それでも、香帆は俯いたまま動かない。
「……ごめんな」
これで話は終わりだ。そう宣言するように一歩踏み出すと、俺は香帆とすれ違うように背中を向けた。
撤収しようとする最後の技術者が俺の顔を盗み見るようにのぞき込むと、腕を取って彼女を促した。香帆はそれ以上抗うこともせず、俯いたまま技術者についてコクピットを出ると、アローラムと多用途船を結ぶ気密キャットウォークのチューブにのろのろと足を踏み入れた。
(そう。死ぬのは一人でいい)
「さよなら」
俺は彼女に決して聞こえないように小声で別れを告げた。
『こちら辻本だ。湊、聞こえてるか?』
コクピットの蓋を開き、独特のシートに体を沈めながら何気なく脇の観測窓を覗くと、多用途船のブリッジでアローラムを見つめる辻本司令の姿が驚くほどはっきりと確認できた。
おそらく彼の視界では、深い暗闇の宇宙空間と、対照的にまばゆい純白に輝くアローラムの姿が異彩を放っていることだろう。
アローラム独特の真っ白い船体と水鳥のような優美なフォルムはいまだ健在だが、船体フィンの外部に新たに取り付けられた7基の無骨な追加増槽がその優しいイメージを台無しにしている。彼の目にはそれがどう映っているだろうか。
「はい。感度良好。係船索開放。キャットウォーク分離作業は完了しました」
『多用途船了解。係船索の巻き取りを開始する。続いてアンビリカルケーブル、及び燃料導管切り離し。アローラム、内部電源に切り替えてくれ』
「アローラム、アンビリカル切り離し終了。補助バッテリー、コンタクト。電圧異常なし、電流値正常……あ、いや、あれ、電圧若干プラスに振れてます。これで正常ですか?」
『その試作のバッテリーは満充電でちょっとばかり過飽和気味になる癖があるんだ。問題ない。すぐに落ち着くはずだ』
「こんなものまで試作!」
思わず声を張り上げてしまうが、辻本司令は揺るぎもしない。明らかに確信犯だ。
俺は観測窓から目をそらし、ぶすっとしたまま報告を続ける。
「……アローラム了解。アンビリカルコネクタ、導管接点、共に閉鎖完了。パイプライン回収して下さ」
声にかぶさるようにザッという耳障りなノイズが割り込んできた。二隻を最後までつないでいた有線デジタルリンクの光ケーブルが切り離されたのだ。俺は思わず耳からイヤホンをむしり取り、ノイズが落ち着くのを待って再び恐る恐る装着する。
『よし、レーザースクランブル通信に切り替え完了。アローラム、メリットはどうだ?』
「ファイブ・ナイン。繰り返します。メリット、ファイブ・ナイン。感度、音質、共に良好です。スクランブルパケットのデータリンクスループットは毎秒一・二テラバイト前後を維持」
その声に応えるように、装着したHMDには多用途船のブリッジが映し出された。
画面の向こうで、辻本司令は大きく頷いて観測窓のシールドを降ろし、ブリッジ中央の自分の席に戻ってどっかりと座り込んだ。
網膜投映されたブリッジ映像の周囲にはチェックリストがごっそり表示され、テストが終わった部署から次々に正常値を示すグリーンの文字に変化している。すでに七割以上がグリーンの中で、今だイエローのままなのはほとんどがエンジン関係のリストだった。
俺はスティックを一ひねりし、HMD上の仮想コンソールにあるオレンジ色のスイッチに灯を入れる。
その瞬間、また一群のリストがぱっとグリーンに変化した。
「アローラム、APU始動、電圧、回転数共に安定しました。続いてメインエンジンのプレヒートを開始します」
『多用途船了解。こちらでも全システムの正常起動を確認した』
レーザー通信に特有のわずかなエコーを伴って多用途船オペレーターの声が耳に響く。
俺は目をこらし、辻本司令の右手後方コンソールにこわばった表情でおさまっている優子の表情を確認する。
HMD越しでも、こころなしか顔色が青いように見える。
「プレヒート開始。マークから二十秒後にメインエンジンを始動します。マーク!」
「了解」
応えるオペレータの声も硬い。回船の向こうで誰かがごくりとつばを飲む音が、やけに大きく耳に入る。
多用途船のすべての観測窓に分厚い対爆シールドが自動的に下がり、短くスラスターを噴かしてアローラムから大きく距離を取る。
もちろんテストは何度となく繰り返してはいる。だが、この形式のエンジンの悲惨な歴史を知らない者はこの場には誰もいないからだ。
HMDにはプレヒート完了を示すアイコンが現れ、注意を促すように点滅を繰り返している。俺は瞬きをしてそれを承認すると、エンジンの始動キーに手をかけ、震える指先でそれを押し込んだ。
次の瞬間、耐Gシートがほんのわずかに揺れた。続けて背中からほんのかすかな振動が伝わってくる。
「エンジン始動成功!」
俺はほっとして、思わずどなるように声を上げた。
「内圧間もなく臨界、推力ゲージも正常値で推移」
『了解、こちらでも確認してます。全パラメータ正常値!』
優子の弾んだ声が回線に響いた。
最後まで残っていたエンジン関係のチェックリストがすべてグリーンに変化し、一瞬後には画面中央にきらめく〈ALL GREEN!!!〉の文字を残してリストはすべてクリアされた。
すっきりと広くなったマルチスクリーンには、多用途船のカメラが捉えたアローラムのメインノズルから青白いプラズマ炎が次第に長く伸びていく様子がはっきりと映し出されている。
「タービン回転数正常、電磁加速率ゼロコンマ二%、アイドリング安定しました。ノズルコーン温度正常値…百二十秒後に最終実航噴射自動試験を開始、特に問題がなければそのまま作戦行動に移ります。アローラムオーヴァ!」
俺の通信に応えるように、ほっとした安堵のどよめきが多用途船ブリッジから伝わってくる。
俺は映像を多用途船のブリッジに切り替え、画面の中に香帆の姿を探す。
同じ画面の中央では、辻本司令がゆっくりとマイクを取り上げた。
『よーし、この先は機密行動になるからな。よほどの事がないかぎり通常通信はご法度だぞ。湊、とりあえずの別れに何か言い残してる事はないか?』
俺は画面上に香帆を見つけ出せないまましばらくの沈黙し、一言だけ付け加えた。
「香帆に一言。そこでおとなしく待っているように、と」
だが、辻本司令はニヤリと笑うともったいぶった口調でそれに答えた。
『一体何の事かな? 徳留君は本船には乗務していない』
「え? なにーっ!」
辻本司令は俺の叫び声に全く驚く様子も見せず、ニヤリとしながら早口で一方的に後を続ける。
『それではこれより作戦行動に入る。ちなみにライバル達の最新情報だが、数時間前にロシアのサルベージ船がエンジン不調で戦線を離脱している。他は相変わらずだ。幸運を祈る。また会おう!』
通信が一方的に切断され、メインエンジンのうなりが急に高くなった。事前にインストールされたチェックプログラムどおりメインエンジンがフルブーストを開始したのだ。
百秒間のテスト中、コクピットでの操作はすべてキャンセルされる。
俺はなすすべもなく、耐Gシートにめりこんだまま呪いの言葉を唱えるしかなかった。
最終噴射試験プログラムは滞りなくなく終了した。
俺は加速Gが消えると同時に通信を回復させようとしたが、すでに多用途船の回線は閉鎖されていた。
あわてて開いた映像回線も同様で、あの見飽きたNaRDOのロゴマーク以外は何一つ映し出そうとはしなかった。唯一スクランブルパケット回線だけはまだリンクしていたが、これはコンピュータ専用で人間には使えない。
「ったく、あのバカは何を考えてるんだ!」
思わず大声を上げながら俺は耐Gシートを飛びだし、与圧ドアが開くのをイライラと待ちながら思わず足踏みをする。
あれほど広かった貨物区画は今や増設された内部増槽とそのパイプラインで足の踏み場もない有り様だった。
もちろん空調は最初から切ってある。相当寒かったはずだ。
「こら! 香帆! さっさと出てこい!」
どなり声にこたえ、作業員の誰かが”わざと”置き忘れたらしき梱包材の山から小柄なパイロットスーツ姿がよろよろとはい出して来た。
全身をガタガタと震わせ、氷のように青白い顔の彼女は、それでも苦笑いを浮かべて小さく右手をあげた。
「やあ、元気?」
「やあ、じゃない! このバカ野郎! どうして素直に多用途船に移らなかったんだよ!」
「それより、早くそっちに入れてくれない? ここは寒いよ」
「……おまえ、毎度毎度やることがめちゃくちゃだよ。それに、あの加速でよく平気だったな…」
開いた口がふさがらない俺の脇を素早くすり抜けた香帆は、エアコンの吹きだし口に貼り付くようにしながら顔と両手を温風にかざしている。
「あー、あったかーい」
「あ、あのなぁ……」
「だって、こうでもしないと先輩は私を連れて行ってくれないでしょ?」
額に青筋を浮かべる俺に向かって、香帆は悪いのはそっちだと言わんばかりに口をとがらせる。
「で、また司令の入れ知恵か?」
「違うよ!」
強い口調で否定する香帆。
「それは違うよ。今度は完全に私の自由意志。絶対に先輩を独りで行かせたくなかったもの!」
「どうして? なぜそこまで無茶をするんだ!」
「ひみつー」
香帆はそう言って小さく首をかしげ、いたずらっぽい表情を浮かべるとにっこりと笑った。
その仕草に俺は一瞬どきりとした。
「おまえ、それ」
「なに?」
無邪気に尋ねる香帆に、うまく答えられず口ごもる。
「い、いや、何でもない」
その表情も、しゃべり方も、美和とは全くと言っていいほど違う。
なのに、なぜこれほど驚かされるのだろう。
「どうしたの?」
俺はしつこく突っ込んでくる香帆を適当にいなし、内心の動揺を必死におさえてコクピットに戻る。だが、思わず表情が硬くなるのは隠しようがなかった。
「ねえ、本当にどうしたの?」
「いいから早くシートにつけよ。今度はフル加速だ。つぶれても知らないぞ」
「変な先輩」
口をとがらせた香帆は、しかしそれ以上突っ込む事はせず、右側のシートにおとなしくおさまった。
「準備いいか?」
「はい」
自分もシートに滑り込み、首筋のプラグをヘッドレストのAuコネクタに押しつける。
ピリッとしたショックが全身に走り、アローラムの船体全体に自分の両手両足が引き伸ばされたような不思議な感覚がじんわりとわいてくる。
まるで船と自分が一体化したような新鮮な感覚にとまどい、俺はそのままむっつりと黙りこんだ。
正直、悩んでいた。
この急ごしらえの捕獲作戦はそもそも最初から無理が多い。
民間船であるアローラムの徴用も、辻本が言うような隠密作戦の一部であると考えるより、一から高速艇を設計、新造する時間的な余裕がないための言い訳と考えた方がより自然だ。
俺自身は、辻本司令に対する多少の義理と、個人的な興味もあってここまで付き合った。
だが、技術的にも戦術的にも決して有利と言えない状態で列強の捕獲隊と互角に張りあわなくてはいけないのだ。この先、なりふり構ってなどいられない。
人類史上類のない、つぎはぎだらけの有人超高速宇宙船。
満足な動物実験も済んでいない怪しげなケミカルプラント。
脊髄や頭蓋に髪の毛よりさらに細いナノチューブ・Au複合ワイヤーを何十本も差し込み、文字通り脳細胞と直接繋がれたデータリンクシステム。
試作品の耐Gシート、ベータテスト中のニューロAI……
あらためて考えなくてもいくらでも出てくる。不確実な要素があまりにも多すぎる。
辻本司令は自身の守護女神に頼ってどうにか乗り切る腹らしいが、無事に今回の任務を達成できる確率なんておそらくまともに計算すらしていないに違いない。
これが、俺一人に課せられた話なら別に気にしなかった。
これまでずっとそのつもりで星を渡ってきたのだし、あの事故以来、生き続ける事にそれほどの執着も未練も感じていない。
だが、そんな場所にまだ若い香帆を付き合わせて本当にいいのだろうか?
やはり、多用途船が追い付くのを待ってでも、断固として彼女を追いだすべきなのではないだろうか?
結論が出ないまま、俺は香帆の顔をまじまじと見つめた。
何事かと目を丸くしながらも、彼女は大きなはしばみ色の瞳で湊をじっと見つめ返してきた。
いつも何かに挑戦するような、それでいて純粋なまなざし。そこには強烈な意志の光がにじんでいる。半端な説得なんかにはとうてい応じそうにない。
「どうかしたの?」
一体何事かと不安を感じたらしい香帆。
「いや、何でもない」
答えながら、俺は思わず苦笑する。
いつの間にか、アローラムのナビシートに彼女が座っている事がしごくあたり前の風景になっていた事に気付いたからだ。そして、俺自身、隣のシートに誰もいない、かつての日常を思いだすのが次第に難しくなってきている事にも。
かつて、造船技術者であった湊が自覚無く引き起こした数々の過ち。
だが、その被害を受けたのは何の罪もない宙航士たちだ。
美和の他にも、俺の造った船を信じ、それを唯一の命綱に暗黒の宇宙を渡る何人もの若き宙航士がその命を虚空に散らしていたことを、俺は事故調査委員会の尋問で初めて知らされた。
だから、これ以上貴重な彼らの命を巻き込まないため、彼らの未来を閉ざさないため、自分は二度と船には関らない。
それが唯一最善の解決法であり、あの日以来、自分に課せられた背負うべき十字架なのだと俺は確信していた。
その気持ちは今も全く変わってはいない。
美和を失い、みずからの力だけで絶望に立ち向かうと決心したあの日以来、俺は極力他人との接触を避け、何も生みださず、いかなることにも深く関らず、星々と人の間を、まるで漂うように生きてきた、はずだった。
でも……。
俺は心の中で反問した。
もしかしたら心の片隅ではずっと、香帆のようなずうずうしい相棒の出現を待ち望んでいたのではないのか?
人の迷惑を顧みず、どこまでもまっすぐ突っ込んでくる物怖じしない性格、底抜けの行動力。
どう控えめに表現しても”無鉄砲”としか言えないあの行動はひどく迷惑なはずなのに、その一方でなぜか救われたようなひどく安らかな気持ちさえ感じてしまう。
「本当に卑怯な人間だよな」
俺は長い思索の末、ぽつりとつぶやく。身勝手な自分を確認するように。
そして、いぶかしげな顔を向ける香帆に、まるでささやくように呼びかけた。
「……よろしく頼むぞ、相棒」
そのまま返事も聞かずにHMDを装着すると素早く筐体のカバーを閉じる。彼女の答えを聞くのが照れ臭く、同時にひどく怖かったのだ。
「え?」
香帆はその言葉に一瞬絶句する。だが、次の瞬間満面の笑みを浮かべ、弾んだ声でそれに答えた。
「こちらこそ! よろしく、先輩!」
---To be continued---




