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1章 奴隷商人になるまでの話 1―5

 武雄はペットボトルを売り金貨三百枚を手にいれた後、その足で奴隷商の下へ向かった。

 肩に掛けているのは大きな頭陀袋。手に持つ三つの袋を邪魔に感じ、それらを入れるために道中で買った物である。


 そして、武雄は奴隷商の屋敷へと再びやって来た。

 武雄が入り口の建物にて受付を済ますと、すぐに先日担当した店員がやって来る。

 武雄は頭陀袋から金貨の入った布袋を取り出すと、それをジャラリと鳴らした。


「三百ある、数えてくれ」


 奴隷購入に必要な額は、残り二百二十金貨である。


 店員が武雄から金貨の入った袋を受け取り、受付の者と共に中身を数える。

 二人が中々に素早い手さばきで金貨を数え終えると、その内の八十金貨を袋に入れて武雄に返した。


「件の奴隷二人の購入でよろしいですね?」


「ああ」


 店員の言葉に武雄が頷く。


「奴隷の首輪はどうなさいますか?」


「つけてくれ」


 奴隷の首輪とは別名戒めの輪とも言われ、それを制御する石に魔力を込めると、奴隷の首が絞まる仕組みになっている。

 主の命に逆らう奴隷をその首輪の力をもって従わせるのだ。


「では司祭様を呼びますが、その場合教会に二十金貨の寄付が必要となります。

 直接行けば十金貨の寄付で済みますが?」


 教会とは現在武雄がいるコエンザ王国のみならず、あらゆる国がひしめくこの大陸において最大を誇っている宗教――ウジワール教会のことである。

 奴隷文化は元々ウジワール教会が発端で、異教徒や無神論者を異端者として無理矢理に働かせたことが始まりだ。

 ウジワール教会は奴隷の首輪を使った奴隷システムを構築して、奴隷運用を能率化し、それによって得た莫大な財で大陸中にその手を伸ばしていく。

 やがてウジワール教会が大陸で唯一無二の宗教となると、教義に似つかわしくないとして時の教皇が教会内での奴隷運用を禁止にした。しかし教会は、資金集めとして奴隷システムの利権だけは捨てなかったのだ。

 そして今もまだその習慣は続いており、奴隷の首輪を扱うのを許されているのはウジワール教会だけである。

 それを違えれば各国の法によって厳罰が下されるので、教会に所属しない者の首輪の取り扱いはまさに禁忌と言える物であった。


「呼んでくれ」


 武雄は司祭を呼ぶことを選んだ。

 司祭を呼ぶ呼ばないで起きる十金貨の差は、普通の人になら結構な額である。

 しかし、武雄にとってはそうではない。

 今後、ペットボトルの売買で途方もない大金が手に入ることを考えれば、たかが十金貨の差など惜しくもなかった。

 それよりも教会に連れていくまでに、買った奴隷が面倒を起こすことを武雄は心配したのである。


 それから武雄は敷地内で最も大きな建物の客室へと通され、そこで教会の司祭を待った。


「ではこちらへ」


 何時間も待たされた後、どうやら司祭がやって来たようで、武雄は別の部屋へと案内される。


 案内された部屋には司祭と奴隷商の人間が数人、そして一つの鉄格子があった。

 その鉄格子の中には二人の少女がいる。亜人と人間の少女達だ。


「では、これを二人につけてください」


「はい」


 武雄は奴隷の首輪を司祭より受けとる。

 受け取ったのは白い半円の輪が四つ、これを二つ合わせることで真円の首輪となるのだ。


 そして奴隷商の私兵二人が、奴隷を押さえつけるために鉄格子の中へ入ろうとする。

 しかし、それを武雄は手で制止した。


 二人の少女は、鉄格子の奥で抱き合ってこちらを見ている。

 そんな二人に、武雄は鉄格子の前で片膝をつき、声をかけた。


「僕を信じて、こっちに来てくれないか」


 二人は動かない。


「ここで僕が買わなければ、他の人に買われて君達は離れ離れになるだろう」


 びくりと二人が震えた。


「頼むよ」


 懇願するように武雄が言う。しかし、それでも二人は動こうとはしなかった。


 武雄はダメかと思い、後ろの兵士二人を見た。

 こうなれば無理矢理にやるしかない。

 兵士二人が、相わかったとばかりに前に出る。

 しかしその時、鉄格子の中から足音が聞こえた。

 武雄が振り返れば、二人が寄り添いながら己の方へとやって来ていたのだ。


「ほら、もっと前へ」


 武雄に従い、鉄格子を間に目と鼻の先の位置まで来た二人。


「そのままジッとしているんだ」


 そう言って、武雄は鉄格子の隙間より腕を通し、まず亜人の少女に首輪をはめた。

 次に人間の少女に首輪をはめる。


「では、そのまま魔力が馴染むまでお待ちください。壊れやすいので、触らないように」


 司祭の言うことを、武雄は二人の少女に言い聞かせた。


 奴隷の首輪は特殊な金属で出来ている。

 その金属から出る魔力と個人が持つ魔力が混じり合い一つになることで、漸く首輪は頑強なものとなり、その効果を発揮できるようになるのだ。

 つまりそれまでは、首輪はただの脆い金属に過ぎなかった。


 そして司祭が呪文を唱え始め、そのまま二十分ほど過ぎると、白かった首輪はその色を変えていた。

 亜人の少女の首輪は薄茶色に、人間の少女の首輪は水色に。

 二人の少女の魔力が、首輪の持つ魔力と混ざりあった証拠である。


「もういいでしょう。それでは首輪より石を外してください。それこそが対となる石、何かあればそれに魔力を流すのです」


 司祭に言われるがまま、二人の少女の首輪から、磁石のように引っ付いていた親指程の大きさの石を、武雄は外す。

 二つの石は、どちらも首輪と同じ色をしていた。


「ではこちらが教会が発行する証明書になります」


 武雄は、司祭から教会の印が押された二枚の紙を貰う。

 これは、二人の少女が武雄の奴隷であることを、ウジワール教会が保証するということである。

 これで誰かが二人に手を出すことはないだろう。

 首輪をつけることには、このような意味もあったのだ。


「これにて全ての儀式が終了いたしました。迷える子羊達に正しき導が示されんことを!」


 天を仰ぐように、両手を広げた司祭がそう宣言する。

 これにて奴隷売買の全ての行程が終了したのだった。


◇◆


 武雄は司祭に寄付という名で対価を支払い、奴隷となった二人を連れて帰路につく。


「腹……減ってないか?」


 武雄の何気ない質問に亜人の少女が首を横に振って答えた。

 人間の少女は亜人の少女にピタリとくっついている。

 道中、それ以外の会話はなかった。


 やがて家に着いた時には、辺りは日が落ちて暗くなっていた。

 家に入ると中は暗く、唯一の明かりは木窓より射し込む月の光のみである。


「取り合えず座ってくれ」


 長方形の机に四つの椅子。

 武雄が机を挟んだ奥の椅子に座りながら、二人に声をかける。


 二人は迷うことなく床に座った。

 机が影になって、二人の顔が見えない。


「いや、椅子に座ってくれ」


 武雄がそう言うと、すごすごと二人は椅子に座った。


「さて、何から話そうかな……」


「あの!」


 亜人の少女から声が上がる。


「私はどうなってもいいから、この子は! ラコには何もしないで!」


 健気にも、自分が犠牲になるから人間の少女には何もするなと言う亜人の少女。

 その目には恐怖や怯えといった感情はない。あるのは、強い意志の光であった。


「ジ、ジルお姉ちゃん……」


 人間の少女は目に涙をためながら、亜人の少女の腕を掴む。


 しかし、それは勘違いというものだ。


「僕は君達をどうにかするつもりはないよ」


 それこそが武雄の答えであった。

 それを聞いた人間の少女の顔が晴れやかになるが、亜人の少女は胡乱気な瞳で見つめてくる。


「じゃあなんで……」


 再び亜人の少女が口を開いた。


「なんで、か。……なんでなんだろうな」


 ――何で奴隷にしたのか?


 武雄は少しばかり考えるも、その答えは出なかった。


「取り合えず、お互いに自己紹介をしよう。僕はタケオ・タケダ、職業は……一応探索者かな?」


 それで君達は? と武雄が二人に尋ねる。


「私はジル。職業は…………奴隷、です」

 

 その答えに武雄は、それは職業なのか? と心の中で突っ込んだ。


 もっとも亜人の少女――ジルとしては、武雄が職業まで名乗ったため自分もそうしなければならないと思っただけのこと。真剣に考えた末での答えである。


「ぼ、ボクはラコ。ど、奴隷です」


 次いで人間の少女――ラコもそれに倣う。

 武雄もこれには苦笑するしかなかった。二人ともまだまだ子供なのだ。


「それで、まあさっきも言ったように、君達……ジルとラコに酷いことをするつもりはないよ。

 まあ、家事くらいはしてもらうけど。後はそうだな――」


『ダメだ、ダメダメ。そんなへっぴり腰で魔物なんか斬れるか』


『よし、こうしよう。お前が俺よりも強くなったら奴隷から解放してやる。どうだ、やる気出ただろう?』


 ふと、ゴルドバとの懐かしい記憶が武雄の脳裏をよぎった。

 この家の小さな庭で剣を振るうかつての自分と、それを指導するゴルドバ。


 武雄はフッと笑った。


「――僕が君達に剣を教えよう。君達が僕よりも強くなったら奴隷から解放する」


 なんで剣の話になるのか訳もわからず、二人の少女は顔を見合わせる。

 そんな二人とは裏腹に、武雄の心中はどこまでも澄み渡っていた。


 ――そうか、僕は寂しかったのか


 なぜこの二人のために奔走したのか。

 二人とは、少しばかり縁があった“だけ”の関係でしかないのに。

 いや、違う。その“だけ”でしかない、わずかな縁こそが重要だった。


 このゴルドバと共に過ごした家。そして、曲がりなりにもそこを住みかにしていたであろう二人。

 そんなジルとラコに、ゴルドバと同じのような繋がりを武雄は求めていたのだ。


 武雄は、まるで胸のつかえが取れたような心持ちであった。

 心がスッキリすると、それと同時にお腹まで空いてくる。

 するとグゥ〜とお腹の音が鳴った――目の前の亜人の少女から。


 そちらを見れば、恥ずかしかったのか下を向いているジル。

 獣の耳をペタリと伏せているその様子は、可愛らしくさえあった。


『い〜い音が鳴ったなあ』


 それは懐かしい情景。


『ちょうど俺も腹が減ってたところだ』

「ちょうど僕も腹が減ってたところだ」


『あの不味い料理しか出さない店に――』

「あの不味い料理しか出さない店に――」


『「――夕飯でも食べに行くか」』


 ――ゴルドバ、僕は今、貴方のように笑えているだろうか?


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