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1章 戦勝後 1

コエンザ王国のその後です。

説明的な話になってます。

 とある商会の一室に「ふふふ」と怪しく笑う一人の男の影があった。

 その男、白い長袖のボタンシャツと黒いベストを着て、さらにその上から派手派手とした毛皮のコートを纏っており、まだ夏だというのにとんでもない厚着である。

『服は人をつくる』というドイツの諺を借りれば、まさしく馬鹿としか言いようがない。


 さりとて彼が座るのは会長席、付け加えてその顔には白い仮面を被っている。

 おまけに、場所はタケダ商会の会長執務室。

 そう、男の名はタケオ。

 タケダ商会会長にして恐怖の奴隷商人でもある、タケオ・タケダである。


「――遂に僕は帰って来た」


 日本産革張りの回転式高級チェアをクルリと回して、久方ぶりの会長席に酔いしれるタケオ。

 これまで日本でずっと養生という名の休みを満喫しており、実に一ヵ月ぶりの商会への復帰であった。


 しかしである。

 この復帰の裏には、涙なしには語れぬ悲劇も存在する。


「高校は既に留年決定、涙で明日が見えない……」


 仮面をはずしたタケオが、ぶわわ、と涙ながらに呟く。

 その通り、タケオは守るべきものを守るため、三月の中旬ころよりおよそ四カ月という時間をこちらで丸々過ごし、その間、学校などは行っていなかった。


 ゆえに、二年生からは無事に進級できたものの、当然のごとく三年生はやり直し。

 来年は後輩たちと共に勉強にいそしまなければならず、もうこうなればと開き直って既に今年は休学届を出していたのである。


「はぁ……とりあえず、暇になった時間を活かしてこの世界の文字でも覚えようかな」


「それは結構なことです。ですが、まず今日までこの国で何が起こったのか、その遷移を説明させていただきます。特に急ぎの話でなければ、報告する必要はないということでしたので」


 タケオのぼやきに応じたのは、斜め前の席で常と変わらずに仕事をしていたミリア。


「ほほう、教えてくれたまえ」


 タケオが、チェアをギィと揺らして机に両肘をつき、組んだ手を顎にやって、ただ者ではない雰囲気を醸し出す。

 たまにこういう馬鹿なことをし始めるのがタケオという男であった。


「では――」


 とばかりに、ミリアが幾つかの書類を手にして語り始める。

 まずその口から伝えられたのは、先の戦いの概要であった。


 タケオの記憶にも新しい、ウジワール教国軍の突然の領土侵攻によって始まったコエンザ・ウジワール戦争。

 一時は王都まで奪取され、コエンザ王国軍は圧倒的劣勢に立たされていた。


 しかし、アルカトでの決戦にてコエンザ王国軍がウジワール教国軍の奴隷部隊を破ると戦況は一転する。

 タケオの人知れぬ活躍により、コエンザ王国軍は王都を奪還。

 ついでに教皇ランディエゴも捕縛した。


 こうしてコエンザ・ウジワール戦争はコエンザ王国の大逆転勝利と相成り、ウジワール教国軍は西のベルスニアへと逃げていった――というのがタケオが養生する前までの大体のあらましである。


 それらをおさらいするように述べていくと、最後にミリアがこう付け加えた。


「――王国軍が王都に入城した時の住民たちの歓迎ぶりは、それはそれは物凄いものだったそうです」


「んん? それはちょっとおかしくないか? 教皇が王都を占領していたのはわずかな時間でしかなかったけど、その間に教皇が圧政を敷いていたなんていう話は聞いていない。

 それにウジワール教は大陸宗教で、いわば大陸に住まう者皆がその信徒。住民たちのあからさまな歓迎は、僕的にはしっくりこないなぁ。もっとどっちつかずというか、右往左往しているイメージだったんだけど」


「ええ、おっしゃりたいことは理解できます。

 ですが、緒戦にて敗れた王国軍の中には王都の民らの家族が多くいました。加えて、このたびの開戦の原因がウジワール教国の一方的な侵略にあったことは周知の事実。そのため、人々のウジワール教国に対する恨みは並々ならぬものではなかったと予想されます。

 王国軍に対する歓迎は、ウジワール教国に対する恨みの表れ。その証拠に、王都解放の直後――つまりタケオ様が教皇ランディエゴを倒してすぐのことですが、住民たちは自発的に教会を取り囲み、中にいる教会関係者を一人残らず縄で縛り上げて、城に突き出しました」


「な、なるほど」


 神をも恐れぬ所業というべきか。この世界の第一宗教に対する住民たちの大胆な行動に、ちょっぴり恐怖を感じてしまったタケオである。

 ちなみに、住民たちが捕らえた教会関係者をその場で殺すなどといった蛮行に走らなかったのは、ひとえにウジワール教への信仰が皆の心の中にいまだ燻っていたからだった。


 恨むべきはウジワール教国。それは確かなこと。

 しかし、ウジワール教自体が正しい宗教であるかどうかは、人々には判断がつかなかったのだ。


「教会関係者の処遇ですが、彼らはひとまず地下牢へ閉じ込められることになりました。

 裁判をしようにも相当の時間を要すると王は考えたのでしょう。法律から裁判官に至るまで司法の大部分を担っていたのがウジワール教ですし、今回の件は色々と複雑ですから。

 ましてや、そんな裁判にかける時間よりも全力で取り組むべき事柄がありましたので」


「全力で取り組むべき事柄?」


「ええ――西のベルスニアへの出兵です」


 西のベルスニア帝国は、ウジワール教国に敗れその支配下にある。

 いや、〝帝国〟という呼称も〝支配下にある〟という言葉もふさわしくはない。

 皇帝は殺され、国は解体され、もはやベルスニアの地はウジワール教国の一部でしかないのだから。


 コエンザ王は、兵にわずかな休息を与えつつも、西のベルスニアへの侵攻の準備を急いだ。

 依然として、コエンザ王国とウジワール教国とは講和もなく戦争中の間柄。

 ここはベルスニアへと退却した敵を早々に追撃し、体勢を立て直される前に勝負を決せねばならない――そうコエンザ王は考えたのである。


「またこの間にも、それまで日和見であった各地の諸侯がまるで今ようやく準備が整ったかのように装い、軍を引き連れて王都に集結し始めました」


 コエンザ王国が絶体絶命の危機にあったときには援軍を送らず、いざことが終わってから続々とコエンザ王のもとに集まった恥知らずの諸侯たち。

 そんな彼らの行動をミリアはこう評する。恐るべき手のひら返しである、と。


 無論、アルカトにて死に物狂いで戦い抜いた者たちはそれを白い目で見やったが、意外にもコエンザ王は遅れて参じた諸侯らを寛大な心をもって許した。

 王自身、ウジワール教国軍との戦いにおいて当初は敗北を確実なものと考え、降伏を視野に入れていたのだから、諸侯たちを叱責するべき言葉を持っていなかったのだ。


 ただし、実際に戦った者と戦わなかった者では扱いは隔絶したものとなる。

 王はコエンザ王国の窮地に真っ先に駆けつけた五人の諸侯を『救国の五大将軍』とし、皆の前でその栄誉を称えた。

「そなたたちの活躍は史書に凛然と刻まれようぞ」とまで王は言い放ち、そんな『救国の五大将軍』の華々しい栄誉に他の諸侯たちはうらやましげに唇を噛む他なかったという。


 なお、〝一応〟最後の方に少しばかり参戦したカシス領主のテオドルスについてであるが、彼は自らこん戦いに関する栄誉や褒賞の一切を辞退する旨を届けて、皆が王都に集結する最中さなかであってもカシスに引きこもっていた。

 機を窺ったうえでの途中参戦。そのことに後ろめたさがあったのか、もしくは他からのやっかみを免れようとしたのかは、本人にしかわからぬことだ。


 なんにしろ、ベルスニア攻略の戦力は集結。

 するとコエンザ王は、『救国の五大将軍』にベルスニア攻略戦では各諸侯を率いるよう命じた。

 これは前例なきことである。


 五大将軍の中にいる者の中で、公爵と侯爵はまだいい。伯爵もまあいいとしよう。しかし、子爵位にある者が二名もいるのだ。

 子爵という貴族の中では下位に属する者が各諸侯軍を――それも王の血縁たる公爵位の者すら指揮する?

 あり得ぬことであった。


 しかし、コエンザ王は反論を許さない。

 こうして王より命は下され、コエンザ王国軍はベルスニアへと侵攻。

 また、それに呼応するように、同盟国であるポリスカフェル王国の軍も南からベルスニアに攻め込んだ。


「ふーん」


 話に一区切りがつくと、タケオは頬杖をつきながら興味なさそうに返事をした。

 実際に興味はない。牢獄都市アルカトではあれだけ必死に戦ったタケオだが、ベルスニア侵攻作戦については完全に己の手を離れている。


 それに戦争というもの自体、タケダ商会としては全く魅力のない話であった。

 大きな商会を構えているとはいえ、戦時の糧食は専門外。タケダ商会が扱っているのは、高級な嗜好品ばかりであるからして。


「そういえば、ベントはどうしているのかな」


 ふと思い出したかのように首を持ち上げて、タケオが尋ねた。

 ミリアがそれに応えて説明する。


「ベント殿は――」


 五大将軍を除けば最も出世した者は、ベントであるといっていいだろう。

 戦前においては、文官の誰もが降伏論を唱える中で、ただ一人抗戦の主張と手段を王に提示。

 それは見事に功を奏し、ウジワール教国に負けるという多くの者の予想を覆してみせたのだ。

 誰一人として、ケチのつけようがない功績である。


 もっとも、ベント自身は官爵などを固辞し、報奨についてもウジワール軍占領下での負債の補償のみを求めた。

 すなわち、国難にあってしんに国のために尽力したのは誰であるかを示した形となる。


 これにコエンザ王はいたく感激し、「数多の玉石をふるいにかけてみれば、残ったのは五つの玉と一つの石。よく見てみれば、その石もまた輝かしい。その嬉しくもあり悲しくもあり」と呟いた。

 ベントへの惜しみない賛辞を詠みつつ、本当の忠臣がわずかしかいなかったことを嘆いた詩ある。

 とにかくベントは特別顧問官に任ぜられ、商人でありながらもコエンザ王の傍にあるという、なんとも珍妙な立場となった。


「なんかさ……」


「はい?」


「僕たちが知ってるベントとは違うよね……。もっとこう、欲望に忠実というかさ、泥臭さがあるというか、親しみやすい感じがした彼はどこへいってしまったんだろう……」


 背もたれに体を預けながら、タケオが遠い目で天井を見つめる。

 それもそのはず、シンデレラボーイのように一夜にして救国の英雄の一人に数えられてしまったベント。

 これまでもベントにはたびたび頼もしい姿を見せらつけられてはいたが、ここまでくるともはや別人である。

 タケオの心境は、つい昨日まで一緒に馬鹿をやっていた知り合いが、途端にどこか遠いところへいってしまったような感覚であった。


 すると、ふとタケオの脳裏に初めて会った頃のベントの姿が蘇る。

 ペットボトル欲しさに土下座を繰り返していたあの頃のベント。

 彼は一体どこへ向かっているのか、というポカンと呆けたような疑問が、タケオの頭上に浮かんでいた。


「商人というものは裏と表があるものです。あえてピエロを演じていたのか、それとも素であったのかは、これからタケオ様が直に確かめていけばいいことではないでしょうか。

 ともあれ、ベント殿は特別顧問官のみならず、新たにつくられた役職である亜人担当官にも任ぜられました。亜人担当官とは、今後予想される亜人流入に際し、住む場所や食料などの支援を行う業務の統括官です」


 牢獄都市アルカトにてコエンザ王が亜人たちに約束した、『人間と亜人とを平等に扱う』という条件。

 それによって今後予想されるのが、コエンザ王国への亜人流入である。


「ベントが亜人担当官ね。確かに適任だと思う。ベントなら亜人に対して変な感情を持つということもないだろうし。でも今更な話、国庫は大丈夫だろうか。亜人が流入すれば相当なお金がかかるんじゃないの?」


 タケオが心配するように尋ねた。

 当時、約束手形としてつくった文書は既に国外にまで出回っており、人間と同じ権利を与えられると知った亜人たちはこぞってコエンザ王国を目指すだろう。

 しかし、彼らは持たざる者。

 国が住居や食事を世話しなければ、治安が大いに乱れる。


 また、国民たちへの周知と理解の徹底も行わなければならないし、その他にも様々な問題があることは容易に想像がつく。

 よって、亜人流入には莫大な金がかかることになるのは明らかであり、間違いなく国庫を圧迫するだろうというのがタケオの考えであった。


「心配いらないでしょう。ベルスニアでは各地の領主がウジワール教国を裏切って帰順を申し出ており、その戦況は圧倒的優勢だと聞いております。ベルスニアを落とせば国庫は存分に満たされ、亜人を懐に入れてなおお釣りがくるでしょうから」


 ミリアの説明を聞いて、「そっか。それならよかった」とタケオも一安心だった。

 亜人の流入に関しては、タケオにも大きな責任がある。

 王と約束を取り付けたのはタケオなのだから、大きな不具合があればやはり心苦しい。


「国の情勢は大体こんなところですね。あとはお手紙が幾つも届いております」


 ミリアが机の引き出しから銀製の盆を取り出して立ち上がり、タケオの前まで移動すると、机の上にその盆を置いた。

 盆の上には二通の書状が載せられており、その仰々しい扱いから、書状が誰からのものであるかはおおよそ想像がつくというものだ。


「王陛下からの召喚状とカシス領主テオドルス様からの召喚状です。王陛下の召喚状については、ベルスニアを落とした際の祝勝会には必ず出席するようにとのこと。テオドルス様の召喚状については、療養が済み次第直ちに参内さんだいするようにとのこと」


 その内容に、めんどくさそうだなぁ、と失礼なことを思いつつ、タケオは召喚状をそのまま机の引き出しの中に入れた。

 どのみち中の文字は読めはしない。


「それから、まだあります――」


 再びミリアが自分の席まで戻ると、その細腕で藁袋一杯の手紙をタケオの前まで持ってくる。

 なんであるかは、尋ねるまでもない。


「なるほど、アルカトの皆からの感謝の手紙というわけか。全く、手紙なんてわざわざ書いてくれなくてもいいのに」


 うんうんと、頷くようにタケオは言った。

 牢獄都市アルカトでは、自分で自分をよくやったと褒めてやりたいくらい頑張った。

 敵も見事討ち果たし、そのおかげでアルカトに住む亜人たちは人間と同じ権利を手に入れた。

 ゆえに彼らからの感謝の手紙だろうとタケオは考えたのだ。


 されど、同時にこうも考える。

 頑張ったのは己だけではない。あそこにいた者、全員が頑張った。

 だからこそ、感謝の手紙などは必要ない、と。


 とはいえ、嬉しいものは嬉しい。

 己は仮面まで被って自身を偽り、悪を演じつつ陰ながら善を行う奴隷商人。決して誰からも表立った感謝を受けない身の上である。

 そのため、誰かからの熱い感謝の思いにタケオの口元はニヤニヤと緩みまくっていた。


 しかし――。


「いいえ、感謝の手紙などではありませんが」


「へ? じゃあ、この手紙の数々は……?」


 予想とは違ったミリアの返答に、目をぱちくりとしばたたかせるタケオ。


「その前に一つお知らせしなければならないことがあります」


「なんだい、もったいぶって」


「先ほどは申し上げませんでしたが、王陛下が各地に遣わした公示人が『救国の五大将軍』の他に、さらにもう一人、英雄の存在を上げております」


 ミリアの言う、もう一人の英雄の存在。

 タケオは、『誰だろうか。ベントのことかな?』と小首を傾けた。


「あなたですよ、タケオ様」


「ええ!?」


 タケオは体をわずかにのけぞらせつつ、大きく眉を開いて驚いた。

 確かにそれだけの働きをしたとは思うが、その身分は卑しい奴隷商人である。

 奴隷商人が国を救ったなど、国家にとって汚点でしかない。

 だからこそ、タケオという存在は歴史の闇に封印すべきであり、タケオ自身、己の功績が大っぴらに発表されようとは思ってもいなかった。


「『最強ともいえる敵の奴隷兵三千。これをわずか五百の亜人を率いて打ち破った者がいる。その者、ただ一人先陣を駆け抜けて敵将を討たん』と、コエンザ王が大々的にタケオ様のことを喧伝したため、その名声は国中に広がっております。このカシスにおける祝勝会も、英雄の帰還ののちに、とテオドルス様がおっしゃりました。

 そのため、現在各地の腕自慢たちがタケオ様と是非立ち合おうとして、ここカシスに集結しております。ほら、聞こえませんか? あの声が」


 そう言って、ミリアは窓に視線を向けると、ぴくぴくと長い耳を可愛らしく揺らした。

 だが、その所作を楽しむ余裕などタケオにはない。


 椅子から立ち上がり窓を開いてみれば、タケオにも聞こえてくる。

「英雄タケオ・タケダ! 臆したか、出て来い! 我と立ち合え!」という野太い声が。

 それも一つではなく、複数。


「こちらもタケオ様の不在を告げているのですが、彼らは信じず、タケオ様を隠していると勘繰って毎日のようにああして門前にて騒いでいるのです」


「なんてはた迷惑な……って、ちょっと待って。じゃあもしかしてこの手紙の正体って……」


「ご明察です。これらの手紙は、タケオ様――あなたへの果たし状です」


 一難去ってまた一難とはよくいったもの。

 療養の一ヵ月はまさに休息のひと時であり、戦いが終わってもタケオの受難はまだまだ続くのだ。


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