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1章 エルフの少女リリィ 2

 門を潜った先の大邸宅。その敷地内にて、私達の行進は止められる。

 そして、仮面の男がにやつきながら私達に言った。


「自分達が奴隷であることが、よく実感できたことだろう」


 やはりと言うべきか、この仮面の男は私たちが好奇の視線に晒されるのを見て悦に入っていたのだ。


「おい」


 仮面の男が兵士達に向かって顎をしゃくると、彼等は私達の首に締められた縄を解き始める。

 首からは圧迫感が消え、なんとも爽快な気分だ。

 ついでに手を縛る枷も外してくれればいいのに。


「では、ついてこい」


 先頭を歩く仮面の男に私達はついていく。


 その行き着く先は薄暗い地下牢であった。

 なんとも不気味な雰囲気の場所に、エマがまた鼻を啜り始める。


 そして私達には、一人につき一つの牢が与えられた。

 左右に並んだ牢の、右側真ん中辺りの牢が私の房だ。

 さらに、その左隣にはエマの房。


 エマと一緒の牢は無理であったが、隣の牢になることはできたことに安堵する。

 これで地下牢の中でもエマを励ますことができるだろう。


 次に、命じられるまま両腕を鉄格子の隙間から出すと、兵士の手により鉄の枷が外された。

 自分の腕はこんなに軽かったのかと、少し感動である。


 しかし、いいことばかりではない。


「いいか! なにか問題を起こしてみろ! この私自らがその首を引き裂いて、シチューの具材にしてくれる!」


 仮面の男が去り際に放った脅し言葉、これを真正面で聞いたエマがとうとう泣き始めたのだ。

 それを見て仮面の男は大笑いすると、そのまま去っていく。


 全くあの男はろくなことをしない。小児を虐める変態的な趣味でもあるのだろうか。


「エマ、エマ」


 左側の壁に向かって、いまだ泣いているエマに語りかける。

 しかし聞こえていないのか、はたまた泣くことに忙しくて聞こうとしないのか、私の声は届かない。


 さて、どうしようか。

 このまま放っておきたいところだが、ここには他にも人がわんさかいるのだ。

 叱られでもすれば、エマが更に泣き、収拾がつかなくなるかもしれない。

 問題を起こせばどうなるか、という男の言葉もある。


「エマ!」


 私はエマにしっかりと届くよう大きな声で叫んだ。

 地下では音が響く。

 何事かと、兵士が私の房の前に来たが気にしない。


 ……嘘です、目をつけられませんように。


「ひっく、おねえちゃん……」


「エマ、大丈夫だよ。私が隣にいるから」


「……でも」


「エマは姉妹はいた?」


「ううん、いない……」


「そっか。じゃあ、今日から私がエマの本当のお姉ちゃんね?」


「……」


「私達は家族。姉妹二人で頑張っていこう」


 我ながら臭いセリフだ。

 エマからの返事はない。

 とはいえ、泣き止んでくれたし、まあいいか。


「おねえちゃん」


 不意にエマから声がかけられた。


「……ありがとう」


 私は壁に額をつけ「うん」と短い言葉を返す。

 賢い子だな、と思った。

 その場しのぎであったはずの姉妹という言葉だったけれど、願わくばこの新しい家族と共に同じ人の下へ。

 そう望むくらいは、わがままでもなんでもないはずだ。


 その時、何故か兵士の鼻を啜る音が聞こえた。





 それから昼食となり、出てきたのはパン、それに肉と野菜が入ったスープ。

 

 パンはふっくらとして柔らかい。肉は簡単に噛みきれるくらいの固さで、野菜は口に入れると自然にとろけるくらい煮込んである。

 それは今まで食べたことがないくらい、とにかく美味しかった。


 おかわりをくれると言うので、エマにも説明し、鉄格子の隙間から椀を出す。


 エマに「おかわりもらえた?」と壁越しに聞くと、「うん!」と嬉しそうな声が返された。

 おそらくエマは今、笑顔を浮かべているのだろう。


 家族となって初めてのエマの笑顔。できればこの目で見たかった、そして一緒に笑いたかった。

 そう思いながら、私はスープを啜る。せめてとばかりに、エマの笑顔を頭に思い浮かべて。





 夕食にも美味しい食事が出され、奴隷になって唯一の楽しみが食事となった。

 そして何事もなく一日また一日と過ぎていく。

 ずっとこのままでいられたらいいのに。

 そう思うが、それは無理な願いであろう。

 既に何人かが、この地下牢から出ていっている。


 牢にいる間、定位置となった房の奥の壁際で、私はエマとたくさんのことを話した。

 私が住んでいた村やエマが住んでいた街のこと、家族のこと、友達のこと、好きな花や動物のこと。

 度々故郷を思ってかエマが鼻を啜るも、泣くことはなかった。

 強い子だと思う。

 そして共に暮らしていくうちに、私には一つの目標ができていた。


 ――エマを守る


 自分はどうなってもいい、この小さくも強い妹のために生きよう。そう決心したのだ。

 そうと決まれば、やることは一つしかない。





「商人様、商人様」


 こちらにやって来て十数日後の夕食時、出された食事を平らげると私は鉄格子の柱越しに仮面の男へ声をかけた。


「なんだ」


 仮面の男は私の房の前にやってくる。

 しかし、この位置ではダメだ。


「もっと近くへ」


「ならん」


 私の提案は拒否される。

 ならば、と私は服を脱いだ。

 男は女の裸が好きであると聞く。特に人間は容姿の整っているエルフを好むそうだ。


 仮面の男の他にも、兵士や正面の房からも視線を感じるが知ったことではない。


「さあ、もっと近くへ」


「……服を着ろ」


「服を着たら、近くへ寄ってくださいますか?」


「……わかった」


 仮面の男の返答を聞き、私は服を着る。

 危険だなんだと兵士の反対する声が聞こえるが、余計なことは言うな。


「着ました。では近くに」


 仮面の男が無言で鉄格子近くまで寄る。

 手が届く距離ではあるがまだ足りない。


「もう一歩」


 仮面の男がさらに足を進めて、鉄格子に密着するかのところまで近づいた。

 これでいい。

 私は鉄格子に体を密着させ、その手を男の陰部へと伸ばす。そしてその股間の物を滑らかに擦った。 

 

「なんのつもりだ」


 男は平坦な声で言う。


「私を貴方様の物にしてくださいませ。この身を尽くしてお仕えいたします」


 この奴隷の命運を握っているともいえる男によく気に入られて、エマを見逃して貰おうという魂胆であった。


「……」


 男からの返事はない。その間も私は丁寧に仮面の男の股間を擦りあげる。

 やり方があっているかどうかはわからない。

 ただ男はこの部分を女に触られると気持ちがよくなる、と聞いたことがある。


 そして男は口を開いた。


「……何が目的だ」


「貴方様にこの身を捧げたいと思っただけです」


「目的を言わねば、私は去るぞ」


 果たして言うべきか、言わざるべきか。


「……私はどのような辱しめを受けても構いません。ですから隣の房の少女、エマだけはなんとかお目こぼし願えないでしょうか」


 私は自分の目的を話すことにした。

 こうして私に陰部を擦られても男が離れようとしないことに、一筋の希望を託して。


「お前はその者と何か繋がりでもあるのか?」


「いえ。しかし共にここに来て、話し、私は妹のように思っています」


「そうか……」


 そして仮面の男は鉄格子より離れる。


「――え?」


 何故? と私は思った。


「話はここまでだ」


 そう言って、男は去っていく。


「待って、待ってください! 私はどうなっても構いません! 身も心も何もかも捧げます! だからどうかエマだけは、エマだけは!」


 鉄格子より手を伸ばし必死に叫ぶ。しかし、足音は止まらない。


「か〜、情けない男だね。白の嬢ちゃんがここまで言ってるのに、あんた本当にチ○ポ付いてんのかい」


 その声に足音が止まった。


「お、なんだい。いっちょ前に怒る気かい?

 そんな男らしさがあるんなら、白いエルフの二人を自分の情婦にするぐらいの甲斐性を見せな」


 ほんの少しばかり灯った希望の火。

 しかし――。


「いいかよく聞け! 貴様らは商品で私は商人だ! 私は客に商品をただ売るだけ、そこに何の感情もない!」


 それは儚くも消え去った。


「ぐっ……うくっ……」


 私はここに来て初めて泣いた。

 村を出た時、もう二度と泣くまいと思ったのに。


「……おねえちゃん」


 心配に思ったのか、エマが私に声をかける。

 私は「ごめんね」と何度も言いながら、泣き続けた。






 その時より、仮面の男が地下に来ることはなくなった。

 兵士に声をかけてみるも無視されるだけ。

 全ての道は絶たれたのだ。


 そして数日が経ち、私は兵士に呼ばれた。

 手首に鉄の枷をはめられて、私は自分の房から出る。


「リリィおねえちゃん……」


 エマが鉄格子の柱を掴みながら、不安そうにこちらを見つめている。


「いい子にしてたらすぐに会えるから」


 私は心配させないように、そう声をかけた。


 久しぶりのエマの顔。

 もう会えないだろうけど、この妹の顔を絶対に忘れないようにと私は誓った。


「おい!」


 エマの房を通りすぎ歩いていくと、最後の房の前で呼び止められた。

 ダークエルフの女の房だ。

 私は足を止めて顔をそちらに向ける。しかしダークエルフの女は、鉄格子の隙間からこちらをただじっと見つめるだけで、何も言わなかった。


 何を伝えたかったのかはわからない。

 それでもほんの少しだけ、心が暖かくなった気がした。


 そのまま兵士に連れられて地下を出ると、すぐそばに建てられた一軒の小屋へ向かう。

 開け放たれている小屋の木窓からは、もくもくと煙が出ていた。

 小屋の前には二人の女性の兵士。

 ここまで私を連れてきた男の兵士は、女兵士と一言二言交わすと去っていく。


 そして女兵士の一人が私に「中に入れ」と言った。

 その言葉に従い、私は小屋の中へと入る。


 そこはお風呂だった。

 腕からは鉄の枷が外され、私は、女兵士に言われるがまま服を脱ぎ身体を清める。


 やがて風呂から上がると、清潔な服を与えられた。

 それを着て、今度は屋敷へと連れていかれる。

 その途中、女兵士に話しかけるがやはり無視されるばかりである。

 屋敷へと入り、長く広い廊下を歩かされ、着いた場所は大きな扉の前。


「部屋の中にいらっしゃるのは、タケダ商会でも会長の次に偉いお方だ。決して失礼がないように」


 女兵士からそう忠告され、扉が開かれる。

 中にいたのは金色の髪に白い肌、そして長い耳を持った女性。

 偉いお方というのは、なんとエルフであったのだ。


 最後のチャンスだと私は思った。


「お客様へと渡す前に、貴女に聞きたいことがあってここに呼んだのよ」


 話の腰を折って、悪い印象を与えるわけにはいかない。

 今はまだ我慢だ。


「私達はマリィというエルフの奴隷を扱ったことがあるわ」


 私は驚きで目を丸くする。その名前には聞き覚えがあったからだ。


「その反応、まあ当然ね。貴女と同じ村の出身だもの」


 そう、マリィは私の村に住んでいた仲の良かったお姉ちゃん。

 あの時、私に奴隷になることを告白してくれたお姉ちゃんだ。


「単刀直入に聞くわ。貴女とマリィ以外にも村からいなくなった者はいるのかしら?」


 質問の意図が見えない。私やマリィ以外の者を奴隷として狙っているのだろうか。

 嘘をつくべきか、とも考えたが私は知っていることを話した。


「じゃあ、村から貴女くらいの歳の少女が毎年いなくなってるのね?」


「はい」


「そう、もういいわ」


 エルフの女性はそう言うと、女兵士に向かって私を連れていくように命令する。


「待ってください」


 だがちょっと待て、まだ私の話は終わっていない。


「こら!」


 女兵士の一人が私を叱責する。

 しかし、それを目の前のエルフの女性が止めた。


「いいわ。それで、なにかしら」


 助けられたのは同じエルフだからか。

 望みが出てきた。


「同族としてお願いします。私はどうなっても構いません、エマを……私の隣の房の少女を奴隷から解放してやってください」


「無理ね、こちらも商売だもの」


 これは予想がついていた。


「ならせめて、私とエマを同じ人のところに! お願いします!」


 私は頭を地に擦り付ける。


「それも無理ね。どちらももう買い手がついてるわ」


「……私とエマの買い手ははどちらがマシですか」


 私は頭を地に付けたまま訊ねた。

 少しでも、ほんの少しでもエマのために何かをするんだ。


「さあ? でも、エルフの娘が奴隷となって行き着く先は皆同じじゃないかしら? 下衆な男に身体を――」


 その瞬間、私は目の前の女に向かって襲いかかっていた。

 許せなかったのだ。同じエルフでありながら、私達をまるで物のように語るこの女が。


 けれど、あっさりと女兵士達に止められ、私は組み敷かれる。


「この悪魔! 同じエルフなのに、けだものめ!」


 私は思いつく限りの悪言を吐いた。


「連れていきなさい」


 部屋から連れ出されても、目一杯の声で叫び続ける。

 やがて喉が枯れ、声が思うように出なくなると今度は自然と涙が出た。


「何で……っ! 同じエルフなのに……っ!」


 その問いに答えはなかった。

 そして私は馬車に乗せられ、買い主の下へ行くことになる。


 揺られる馬車の中、ふと、私がいなくてエマが泣いていないか心配になった。

 エマは父母がいる弟とは違う。


 ――私はただエマだけを思った。



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