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1章 プロローグ

 ――そこは地下牢だった。


 壁に架かる松明がぼんやりと辺りを照らし、堀抜かれた岩壁からはひんやりとした空気が漂っている。

 まっすぐ伸びる道の左右には鉄格子が填められた二十もの房があり、かなりの人数を収容できるだろう。

 しかし、それらの中にはまだ誰もいない。


 入り口より流れる風が鉄格子の扉をギィと揺らす。

 その様はまるで、己が房の主を今か今かと待ち構えているようであった。


 そこへ地下の静寂を破るように、複数の足音がやってくる。

 それは、武器を持つ者達に囲まれながら連れてこられた者達。

 白い肌と長い耳を持つエルフの少女、全身を体毛で覆われている獣の顔をした獣人族の男、小さな身の丈ながらガッシリとした体躯が特徴的なドワーフの男などなど、実に多種多様な取り合わせである。


 しかし種族こそ様々なれど、その者達は誰もが皆一様にぼろ切れを纏い、腕を鎖で繋がれていた。

 そう、彼らは奴隷だったのだ。


「ここがお前達の新しい住みかだ。一人一房、どうだ嬉しいだろう」


 豪奢な衣装に身を包み、目元を仮面で覆った黒髪黒目の男が、奴隷達に向かって挑発するかのように言った。

 されど、奴隷達からの反応はない。

 男はつまらなそうにフン、と鼻をならすと、兵士に向かって顎をしゃくった。

 牢の中に入れろということである。


「前の者から奥の房へと順に中に入れ」


 兵士が命令を出し、奴隷達は言われるがままに一人ずつ奥の房へと入っていく。

 奴隷の数は二十で、房の数も丁度二十。

 最後尾にいたダークエルフの女が命令に従わず動かなかったりもしたが、兵士が剣を抜くと舌打ちと共に己の房へ入っていった。


 全員がそれぞれの房に入ると、鉄格子から出された奴隷の両腕より、兵士が鉄枷を外していく。

 そして、それを見届けた仮面の男が廊下の中程にまで移動し、再び声を上げる。


「いいか! なにか問題を起こしてみろ! この私自らがその首を引き裂いて、シチューの具材にしてくれる!」


 それは、ありきたりな脅し文句であった。

 さらに続けて「わかったか!」と、仮面の男は目の前の鉄格子を蹴りつけた。

 すると、その房の中にいたエルフの少女が蹴られた音に驚いて尻餅をつき、遂には泣き出してしまう。

 その泣き声に満足したのか、仮面の男は高笑いを上げながら地下牢から去っていくのであった。


◇◆


 幾つもの国々がひしめくシルギスタン大陸。

 そのおおよそ中央には四方を他国と隣接するコエンザ王国があり、その国の南の国境近くにはカシスという名の街があった。


 建物がところ狭しと立ち並び、人や馬車が慌ただしく行き交い、日中は決して止むことのない喧騒に包まれている――カシスとは他国との貿易によって栄えたコエンザ王国一の商業都市である。


 そして、そんな街の一角にとある建物があった。

 数多の建物がひしめくカシスにあっても、一際目立つ大きさと華やかさの、それ。


 ――カシスで一番の奴隷商人タケオ・タケダが住む屋敷である。





「はぁ」


 己が屋敷の執務室にて黒髪黒目の男――タケオ・タケダが、自分の机に座り、何をするでもなく大きなため息をはいた。


「どうかなさいましたか?」


 そんな様子に、タケオの座る執務席より斜め前の机にて書類作業を行っていた女が、その手を止めて声をかけた。


 スレンダー、言い替えれば起伏に乏しい体つきをしたその女、名前をミリアと言った。

 白い肌に金色の髪、そして種族特有の長い耳を持つエルフであり、奴隷商人タケオの秘書を務めている女性である。


「いや、さっきの奴隷との顔合わせでね。エルフの女の子が泣き出しちゃってさ、それがちょっと堪えちゃって」


 またか、とミリアは思った。


「それならば、他の者にやらせればいいではありませんか」


 これもまた、いつもの台詞である。


 仮にもタケオはカシス一番の奴隷商人だ。

 人が足りぬということはなく、タケオを長とするタケダ商会には奴隷の管理監督役を任されている者がきちんといる。

 しかしそれにもかかわらず、タケオは暇さえあれば奴隷と接触しようとするのだ。


 安全面の観点からも、ミリアとしてはタケオが奴隷と不用意な接触をするのはやめてほしかった。


「うん、そうなんだけどね。でも、組織の長たる者、しっかり現場を知っておかないとさ。それに、こういう汚い仕事を部下に押し付けてふんぞり返るだけってのもね」


 しかし、言っても聞かないのは毎度のことである。


「ならば我慢するしかありませんね」


 表情を一切変えることのない、一刀のもとに両断するかのようなミリアの答えであった。


「辛辣だなぁ」


 そう言って、ハハハと笑うタケオ。

 見れば、ミリアは既に書類に視線を戻している。


 『こちらの世界』の文字を読めないタケオがここにいてもやることはない。

 席を立ち、背伸びをして気持ちよさげな声をあげると、そのままタケオは執務室を出ていくのであった。


◇◆


 太陽が真上に昇る昼飯時。

 それは外界おいて最も明るい時間ではあるが、日の当たらない地下牢では関係ない。


「いいか、残さず食えよ! 痩せ細った身体では上客がつかんからな!」


 目元を隠す白い仮面をしたタケオが、房の中にいる奴隷達に向かって叫ぶ。

 仮面を被っているのは日本人特有の童顔を隠すため――いわば奴隷達に舐められないためである。


 そして、そんなタケオに残さず食べろと言われた奴隷達であるが、そんなことは言われるまでもなかった。


 奴隷達は出された食事をただひたすらに食べる、食べる、また食べる。とにかく、奴隷達はうまそうに一心不乱となって食べていたのだ。

 その姿を見れば、余程腹が減っていたことは想像に難しくない。

 おまけに食事の中身は、肉と野菜がたっぷり入ったスープにふっくら焼き上がったパンという、奴隷という身分ではとても口にできない物である。

 それは、奴隷達の食欲を大いに増進させていることだろう。


「おうい、商人様よ!」


 タケオが入り口付近にて腕を組みながら奴隷達が食べ終わるのを待っていると、一番手前の房から大きな声で呼び掛けられた。

 そちらに視線をやれば、鉄格子の隙間より空の椀を持った太い腕が振られているのが見える。

 これで用件の予想がつかなければ馬鹿と言うものだ。

 タケオは、パンの入った籠とスープの入った大きな鍋を兵士に持たせて、声の主の下まで歩を進める。


「俺はこの通り身体がでかいから、飯が全然足りねえ。だからどうかお恵みを」


 呼ばれた房には狼の顔をした獣人の大男、そしてその用件はタケオの予想通りのものであった。


 タケオが顎をしゃくり、兵士がパンを渡しスープをよそう。


「へへっ、ありがてえ」


 ぞんざいな感謝の言葉を口にして、獣人の男は新たによそわれた飯を食べ始めた。

 すると今度はその向いの房より「オイ!」と声をかけられた。

 振り返ってみれば、鉄格子の隙間からダークエルフの女が空の椀が差し出している。

 それは房に入る際、最も態度が悪かった女であった。


「……」


 ダークエルフの女は椀を突き出したまま一切の無言である。

 こちらに一切媚びるつもりはないということだろう。

 それに対し、今度はタケオ自らがスープをよそった。

 しかし、それだけだ。

 タケオはスープをよそうと、兵士を連れて元の位置に戻ろうとする。


「オイ!」


 そこへ再びダークエルフの女から声がかかった。


「なんだ?」


「……」


 タケオは振り向き尋ねるが、ダークエルフの女は無言で視線を強くするだけである。


「用がないなら呼び止めるな」


 そう言って、今度こそ去ろうとする。


「ま、待て!」


 タケオはもう振り向かなかった。


「ぐっ! ぱ、パンを、パンも恵んでくれ!」


 ダークエルフの女が、顔にも声にも悔しさを滲ませて叫んだ。

 それを聞き、タケオはようやく振り返る。


「そう、それでいいんだ」


 それは喜色を帯びた声だった。

 頬をつり上げいやらしく笑うタケオ。そして、そんな様子にダークエルフの女はよりいっそう顔に悔しさを滲ませる。


「さあ、他におかわりが欲しい者はいるか! 商品を飢えさせては奴隷商の名折れ! よりよい状態で商品を出荷するために、飯くらいはたんと食わせてやる!」


 タケオがそう叫ぶと、椀を持った腕が全ての房から突き出されたのであった。


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