5
シランがふと目を覚ますと、そこは眩い光に包まれた何もない場所だった。床もなく壁もなく天井もない。そこが夢のなかだと気付くのにそう時間はかからなかった。
シランがこれは夢なのだと悟ってすぐ、何の感情も写さぬ冷たい声が響いた。
「勇者よ、何故魔王のもともとへ行かぬのです。何故使命を果たそうとせぬのです」
その声に、シランは何も答えない。例えその声の主が、『神』と分かっていても。
こたえ答えないシランに、神は一人呟く。
「それでは、仕方ないですね...」
その声が終わると同時に、シランは夢から覚めていった。
シランが目を覚ますと、美味しそうな香りが広がっていた。
隣にアイリスはいない。一足先に起きて朝食の準備をしているのだろう。て手を繋いで眠る、その理由を彼女はこう言った。
(「一度手に入れてしまったからこそ、怖いんです。それを失ってしまうことが」)
彼女のそんな言葉を思い出しながら、シランはゆっくりと起き上がった。
「あっ、おはようございます」
寝室から出てきたシランに気付いたアイリスがそういった。
朝ごはんを丁度運んでいたところらしく、その両手は皿で塞がっていた。
「おはよう、。美味しそうだね」
シランの言葉に、アイリスが少し照れたように笑う。
二人はテーブルに着き、食事を始めた。
「おいしい。すごいね、もう僕より上手だよ」
そんなことないです。 と顔を赤らめながらアイリスは否定するが、実際彼女の料理の腕は瞬く間に上達していった。
当然といえば当然なのだが、もともと彼女に料理の経験はなく、最初はシランに教わりながらぎこちなくシランの手伝いをしていた。
そんな彼女が、1ヶ月も経たないうちに一人でちゃんとした料理を作れるようになったのだから、もともと才能があったのだろう。
アイリスが食べ終えるのを待ち、二人で片付けを始める。
本当は、作ってもらっているのだからと、片付けはシランが一人ですると言ったのだが、アイリスは譲らず、結局二人ですることになった。
シランからすれば少し悪い気もしたのだが、アイリスが楽しそうなので、これでいいか、と納得した。
そうやって、いつも通りとなりつつある朝が明けていった。
二人がいつも何をしているのかと言うと、金に余裕のあるうちは二人で雑談をしたり、散歩したりと、まあ言ってしまえば仲の良い老夫婦のような生活をしている。
十代の男女とは思えない生活だが、それは仕方のないことなのかもしれない。
二人が心から欲していたのは、甘く激しく求めあうような恋人の関係ではないい。
二人が求めるのは、穏やかで、ただ当たり前のように隣に寄り添う家族という関係なのだから。
シランは感じていた。自分の中に、今まで無かったものが存在していることに。
しかし、感情を持たずそれを他人に悟られない為、表情という名の仮面をつけ続けてきた彼にそれが何なのかわかるはずもなかった。
ただ、自分は今心地よいのだろうとシランは思う。
他のどんなことより、アイリスという少女と共にいることを優先した自らの行動が、それを裏付けている。
「笑顔って自然に出るものだったんだ」
頬が緩むのを自覚しながら、一人そう呟いた。
感想、改善点などいただけると、嬉しいです。




