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終わりゆく世界に花は咲く  作者: 霜月 式
3/10

 シランは今まで感じたことのない混乱の中にいた。ふと目を覚ますと、少女がついに目を覚ましていた。それはいい、それは喜ばしいことだ。問題はそこではない。その少女が泣いていたのだ。シランは混乱の中で、少女の目線が握り合っている手にいっていることに気が付き、急いで布をほどく。

「ごめんね」

と言い苦笑いしながら離そうとしていた手を少女が

「あ...」

と咄嗟に縋り付くようにシランの手を強く握ってきた。泣きながら手を放そうとしない少女を前にシランはどうすることもできなかった。


 数分後、少女は落ち着いたようでようやく泣き止んだ。

(相変わらず離してくれないんだけど)

「僕は、シランっていう名前なんだけど君の名前は?」

 その質問に彼女はこう答えた。

「えっと...たしかアイリスです」

 自身なさげに言う少女。その意味をシランは理解した。むしろ彼からすれば名前があったほうが意外だった。最低でも自らの名を覚えられる程度までは人の中で生活していたということなのだから。

「あの、何故私の近くに居られるんですか?」

考え込んでいたシランにアイリスはおずおずと尋ねる。

「...体質かな」

省き切った説明に驚きさらに尋ねる。

「私は悪魔達に捕まっていたはずなのですが」

「うん、助けた」

困惑したようなアイリスの質問に事も無げに答えるシラン。

「どうやって...」

「そりゃあまあ、やっつけて?勇者だし」

「勇者...」

呆気にとられたように呟く、しかし少女の表情はふと曇る

「ありがとうございます。ですが、私はこれからどうすればいいのでしょうか」

「どうって?」

「私は魔王によって捕えられ、力を吸い取られ続けていました。それは、苦しいものでしたが、同時に安心もしていたんです」

思いがけないアイリスの言葉、

「なんで?」

無理やり力を吸われるというのはかなりの苦痛のはずだった。故に放たれたシランの問いに、少女は言う。

「誰かを傷つける心配がないからです」

そう優しく笑う彼女にシランは呟く

「強いんだね」

 これほどの力を持ち、それを制御できないとなると、おそらくこの少女は、迫害されてきただろう。いや、それどころではないかもしれない。化け物と呼ばれ、この子を殺そうとしたものも少なからずいたはずだ。

 人間とはそういう種なのだ。自分たちと大きく離れた存在を恐れ、嫌い、そして排除しようとする。もっとも臆病でそれ故もっとも残酷な種だ。最低でもシランの見てきた人間とは、そういう存在だった。

 それでも、この少女は見知らぬ誰かを気遣い、こうして笑う。

(強いな、勇者と呼ばれる自分なんかよりずっと)

そんなシランの思いなど知る由もないアイリスは、首を横に振る。

「そんなことないですよ。シランさんの方がよっぽど...。今だって、せっかく助けて頂いたのに...」

その心細そうな笑みを見た瞬間、シランはひとつの決意を決める。

 これは、シラン・シュピーゲルという少年が初めて何かに興味を持ち、関わることを決めた瞬間だった。


 シラン・シュピーゲル、彼は自分がどこで生まれたかを知らない。ただ、幼い頃から予言の子、勇者と祭り上げられていた。

 大きな教会で大きな部屋を与えられて、しかしそこにあるのは大きすぎるベットと意味を持たない装飾品ばかり。彼には、誰かと一緒に眠った記憶はない。

 五歳の頃には、民らが早く助けてくれと懇願しに教会へ来始めた。

 十歳頃から戦闘に駆り出された。シランの能力ならばその歳でも悪魔殺しは行えた。その後十五歳で旅に出た。シラン・シュピーゲルという名は彼が自分でつけたものだったが、その名で呼ぶ者はいなかった。

 人々は彼に期待している。いや、彼らにとってシランが彼らを助けるのは当然なのだろう。しかし、シランにとっては、悪魔を殺すことにも人々を救うことにも大した価値を見いだせてはいなかった。

 ただ生活費の為、周りが煩いから、そして化け物である彼が人の中で生きる為、それが彼が勇者として行動する理由だった。

 故に最低限しか活動せず、世界を救おうとも、その為の努力をしようともしない、それがシランの本質だった。

 空っぽな少年、だからこそこの少女に惹かれたのだろう。同じ、あるいは彼以上に歪んだ運命を背負いながら、空っぽでないこの少女に。

 だからこそ言った。

「俺と一緒に来る?」

 その言葉に少女は再び、泣いた。

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