エピローグ-4-
「ふ。私の手にかかればこんなもんさ」
「その雪だらけの服と髪なんとかしろ」
夕方。
照たちはスキーを楽しみ、半数が疲れ始めた頃合いを見計らって引き上げた。
結局のところ、悠里は何故かスノーボードだけは上手くなれるまで時間がかかり、まともに滑れたのは引き上げる一時間前ほどの時間帯だった。
朝着ていた服に着替え、二人の車にそれぞれ別れて乗り込んでまた悠里の車の方が先にスキー場から出た。
「泊まる所は決まってるの?」
「勿論。あの場所だ」
相変わらずの速度で山を登り、着いた所はスキー場から一時間足らずの場所にある私有地だった。
だがそんな短時間でも疲労感で眠ってしまう人たちもいたため、ちゃんと起こしてからそこに来た。
「凄いね……こんなところにこんなのがあるなんてね」
生徒会役員たちと新規の帰宅部部員たちはそれに驚いていた。そこには木々で周りを囲まれていながらも木で造られた二階建てのペンションが建立してあった。一階二階の両方にベランダがあり、そこで食事が出来るように机や椅子が用意されている。外見も綺麗で整っている様子が目に見えてわかる。
しかし、何人かはこの光景に何か違和感を覚えた。
「あれ、綺麗すぎじゃないか?」
今このペンションの中に人の気配はなく照たちだけがこの場にいるはずだが、外装がとにかく新品同然のように綺麗すぎるのだ。他にも言うならばチラチラと今も尚降っているはずの雪がベランダ部には全て掻き出されており、雪かきをして足場を作らなくても良い状態になっている。
そんなちょっとした恐怖な出来事に対して、部長がお決まりになりつつある言葉を告げる。
「この旅館の七不思議の一つ、いつも綺麗なペンション」
「なんかデジャビュを感じるんだが……」
気にしたら負けだと思ったみんなはそれ以上このことに触れようとはせずに、とりあえず楽しむことにした。
「じゃあ早速だが夕飯の準備にしよう」
この旅行の立案者が提案したことはみんな反対することなく、無言で頷いた。
料理班。
前から悠里が調達していた具材を車からおろして一階にある台所へと運んで作り始めた。
「そろそろわたしも本気を見せるわ」
「クックックッ……我が供の手など必要ないわ。我一人で事足りる試練よ」
「あ、あの……足を引っ張らないように頑張ります……」
「ぼ、僕もささやかながら頑張ります……」
渚と初歌という上級生に、自分がその方たちと隣に立っていいのかと不安が募っている一花と奏汰の下級生。
両方の自信はまるで正反対だが、今から作る料理を美味しくしたい想いは同じだった。
「まぁ折角こんなにあるから、一人ずつ違ったカレーでも作りましょう」
食材は悠里の気を利かせてなのか少し多めにされており、それのおかげでその分多く作れることが可能だった。
その案は三人とも了承し、まずは基礎となるカレーを作り始めた。
「あ、三人はカレーに何かこだわりはある? わたしはカレーには牛肉派」
「我は秘めた味に甘美を備えた結晶を入れるぞ」
「わ、私は、ち、チーズにベーコンを入れます……」
「「!?」」
「え、えっと……ぼ、僕は残ったカレーに、そばやラーメンとか、麺類を……」
「「!?!?」」
後輩たちの意外なこだわりを聞いてしまった先輩たちの反応は驚きだった。
確かにその発想はあったものの、それを行動に移すことはせずに今のままで貫いていたため、彼らのチャレンジ精神に眩しさを感じた。
「………………今日はあなたたちに全て任せるわ」
「我の力を是非使ってくれ、我が師匠達よ……!」
「あ、あのあの……」
「あああ頭を上げて下さいせせせ先輩!?」
立場がすぐに逆転してしまい戸惑う後輩たちだったが、先輩たちはまだまだ勉強不足なことを実感させられた。
作業班。
色々と作業する仕事で、何人かは庭に出て雪を使って何かを作ったり、ペンションの中にある風呂を沸かしたり洗濯物を処理したりする。
「一番大きな雪ダルマを作ろうじゃないか」
「手伝いますよ、小早川先輩」
「此恵だってやればできるですよ!」
「オレだって湯を張るくらいはできるぞー」
「不安しかないんだが……?」
「会長もいますし、大丈夫ですよ」
それぞれ自分の分担場所に向かって仕事をする。
庭で何かを作るチームは、早速雪ダルマを作ろうと小さな拳サイズの玉を握り始める。
「コノコノは小物とか作れるか? うさぎとかそういうの」
「こばやセンパイ、此恵を見くびらないでくださいです。そんなこと朝飯前ですよ!」
そう言って地面に積もっている雪をひと掴みし、柔らかく両手で包み込んで優しく圧縮する。
雪の量を少しずつ増やしていき、形を整えてうさぎに見えるようにする。
ちゃんと耳を作り、目も木の実みたいな丸いものを使って表現して完成された。
「此恵もやれはできるですよね!」
「あー…………うん。エイエイ、私は雪ダルマを作るからコノコノの方を手伝ってくれ」
「了解っす。あ、ここに雪玉置いておきますね」
「え!? 此恵ダメなんですか!?」
確かに此恵の作ったのは誰がどう見てもうさぎだった。が、誰がどう見てもそれは腕に収まりきれないほどのサイズで顔が不細工な形だった。
最初は手のひらサイズの可愛らしかったはずだったのに対してのインパクトが強すぎて悠里には不安しか残らなかった。
瑛太もそれを見て、悠里の思っていることを理解して自分のやるべきことをしようとした。
「此恵ちゃんはそのまま作ってていいよ」
「ほ、本当ですか?」
本人も不安なまま、雪うさぎの開発が続行された。
一方、室内の作業班は、
「ああああああああ!?!? なななななななんで遊木宮妹は、ははは、裸なんだよ!?!?」
小さな露天を含めた綺麗な風呂場にお湯を張ろうとした時に、陽がバスタオルを肩にかけて全裸で女湯に入ろうとしたところを志馬が彼女の身体を見ないようにしながら止めていた。
「んー? だってー濡れるじゃん入りたいじゃんー?」
「こここ、答えになってねーよ!!!」
「私も一応止めたんですけど……ね」
あの百合子も少し引き気味になって志馬に助けを求めていた。
しかし女に対する免疫をあまり持っていない志馬が止められるはずもなく、むしろ全く目を合わせられない状態になっていた。
「かいちょーにーちゃんもー、一番風呂たんのーさたらどーだー?」
「いい一番風呂どころか、まず風邪引くから! 早く服着てくれ!!」
「でもさー、かいちょーにーちゃんにはあんまりかんけーなくねー? 見れないんだしさー」
「そそそそれでもだよ!?」
この攻防はおよそ二十分も続き、偶然会った渚にドン引かれることになるまではずっと暖簾の前に三人はいた。
休憩班。
輝は一人、自分の車の運転席側のドアに寄りかかってタバコを楽しんでいた。
既に彼女の手には空いた缶があり、いつも通りそれを簡易的な灰皿にして吸い殻を捨てていた。
「…………」
ペンションの方から聴こえてくる喧騒を聞かながら、輝は感傷に浸ってしまった。
「(こんなに楽しめたのはいつ以来かな)」
思えばこんな大人数で旅行など初めてかもしれなかった。いつもは学校の寮にいたり、実家に帰省したりしているだけで、こんなにゆっくりと羽を伸ばすことをするのは久しぶりだった。
「(旅行、か…………アカツンもいたら、何かが変わっていたかもしれないかな)」
そう一瞬だけ思ってしまい、すぐにそんな戯言を払い除けるかのようにタバコを先ほどより深く吸い込む。
「(かもの話をしていたらきりが無いことくらい、とっくにわかってはいるはずだったけど)」
吸い込んだものをゆっくりと白い息として吐き出してまた考える。
「(…………タバコを吸ってる間くらいは、許してくれないかな、アカツン)」
耳に付けている太陽のピアスをそっと揺らし、根元まで吸いきってしまったタバコを灰皿の中に入れた。




