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エピローグ-3-

 休憩を挟みながらも県を越えて山を登るという長い運転が終わり、目的地へと無事たどり着けた一行。

「おぉおー……」

 車の窓から見える真っ白い雪。一面を白く染めているにもかかわらず更に積もろうとしている。その純白は太陽の光によって輝きをいつもより増している。

 寒さは扉越しでも嫌と言うほど伝わり、三月だというのにまだまだそれは衰えもしなかった。

 卒業旅行として選ばれた場所は、とあるスキー場だった。

「というわけでやってきたぞスキー場」

 ファミリーカーが二つあるため男女とそれぞれ簡易的更衣室として使って厚着へと着替えた。それでも女子の方が圧倒的に多いため、外で待つという過酷を受けることになった人もいた。

「ここだったのね」

「車に積んでるから薄々思ってたけどな」

 予め行き先を知っていた輝は車の上に積んでいたスキー板とスノーボードを家族分おろしていた。他の人の分はそれはおろか、靴すら持っていない。

「テルテル一家以外は一式持ってないからレンタルするぞ」

「……思ったけどさ、金はどうするんだ?」

 相変わらずの計画っぷりに志馬は疑問を抱く。そしていつも思うことはお金の問題だ。

 悠里は、そんな志馬の思惑など考えてないようにいつも通り告げる。

「部費だが?」

「そっか、部費かー…………って部費!?」

 あまりにも簡単に、そして容易に受け入れてしまいそうになった志馬だったが、後一歩のところで正気に戻ってきた。

「なんだよ豚みたいに鳴いて」

「俺は人間だ! つーかなんでお前が部費を使えるって思うんだよ!」

 卒業した人間が何故そのようなことができるのか志馬には謎だった。というよりはほとんどの人が疑問を感じずにはいられなかった。

 それには百合子が代わりに答えてくれた。

「四人の分と輝さんのはさすがにないけど、他のみんなの分は私が責任を持ちました」

 胸を叩いて自信満々に言う彼女の姿は頼もしさを感じるものがあったが、実際はただの職権乱用に近いものだった。

「つか、これって卒業旅行だよな? 部活とか関係ないんじゃ……」

「細かいことは考えると長生き出来なくなるぞ。若いから時間は大切にするべきかな」

 百合子の行動を庇うようにして輝が彼に続けさせないようにする。

 それに四人分の金くらいカガリンが出す、と百合子のそれを超えるほどの格好いいことを続けて言い出す輝。

 その発言は誰しも知らなかった様子で、驚愕の空気に包み込まれてしまった。

「さ、さすがにそれは、厚かましいというか、その……」

 あの悠里ですら言葉を紡げないほどに動揺していた。

「遠慮なんてしなくてもいい。それにテルルンとアカリンの友達なんだ、これくらいさせてほしいくらいだ」

 みんなの目には輝から後光が差してるように見えるほど素晴らしき存在に映った。悠里なんて思わず地に伏せようとするまでいた。

「愚姉のささやかな好意をどうか受け取ってほしい」

 それによってみんなの中にある輝の株が急上昇し、反対に弟である照を凄い目で見てしまう。

「……遊木宮くん、あんな優しいお姉さんがいるの?」

「ずるいぞ、あんなに愛してくれる姉がいるなんて」

「美人で成績優秀の上性格もいいのになんでお前は……」

「未知なる輝きを背負いし者……良き姉を持ったものだな」

「お前らなんなんだよ」

 コソコソと照に問い詰める上級生たちの姿だったが、輝の好意をありがたく受け取り、スキー場へと向かう。照たちのスキー板とスノーボードは陽が持つことになった。本人曰く、いつものことらしい。

 スキー場を利用するためのチケット売り場で一日券を買い、その足でレンタルショップまで行き、一人ひとりのサイズ選びやスキー板とスノーボードを輝自身が勧めてくれた。

「なんかすみません、何から何まで」

「一応カガリンは運転手兼保護者なんだ。これくらい普通じゃないかな」

「……私の姉になってくれませんか?」

 板の履き方は勿論のこと教えてもらい、全員の滑れる準備が完了した。

「じゃあリフトに行こうか」

 滑るためには高い場所へと向かうことが必要で、それを行うには設置されているリフトに乗ることになる。

 しかしセーフティーボードがあるとはいえ、地面から比較的高い所から運ばれるため、照たち一行にもそこが苦手な人もいた。

「あ、あれに乗るの……?」

 渚がリフトを見て体を震わせながら呟く。彼女同様奏汰や一花もまた同じ反応だった。

「怖いのは最初だけ。それに四人乗りだから恐怖も半減だろう」

 何故か納得できてしまう輝の言葉に三人は頑張って乗ることになった。

 順番待ちをするものの、ここでもう一つ難所待ち構えていた。

「あれにはどうやって乗るんです?」

 進むにつれてリフトが見えてきたが、それの乗り方がみんなにはイマイチ理解できていないみたいだった。

「そのまま係の人の指示に従って待ってればいい。大丈夫、失敗してもリフトが止まるだけで危なくない」

 何気ないその一言は意外にもみんなの心に残ってしまった。

 もし失敗したらリフトが止まる。

 照や陽はもうわかっていることだったが、他の人にとってそれはわからないもので、色々な嫌な想像を立ててしまうことは自然だった。

「さ、先にどうぞ」

「聞くより見た方がいいと言うかな。行こうか」

 先に照たちと何故か飛鳥が一緒になってリフトを待った。順番がとうとう次になり、係の人が照たちを誘導し始めた。

 慣れた足取りでスムーズに行く経験者たちだったが、まだスキー板での歩き方すら今ひとつな初心者は係りの人に補助を受けてもらってようやく遅れずに済んだ。

 しかし、それはほんの序の口だった。

「……え? 後ろ見ないんですか?」

 前の人たちのことを見ていてなんとなくはわかっていたものの、実際体験してみると意外な恐怖が生まれてきたのだ。

「ほら、飛鳥ちゃん来るぞ」

 その恐怖を感じているのもつかの間、既にリフトが迫ってきていた。

 ここでもスムーズに座る経験者たちだったが、全然理解できていない様子の初心者は慌てふためいて座った。転ばなかっただけ幸運とも言える。

「よよ、よかったです……」

 無事にリフトに乗れて安心しきっていた飛鳥だったが、セーフティーボードを降ろそうとした時にリフトが止まってしまった。

 その緊急事態にまた飛鳥が慌てふためいていたが、照たちは冷静に後ろを見た。

「失敗してやがるし」

 そこには渚が係りの人に頭を下げている姿があった。



「本当にもう、悠里は」

「あのことに関しては素直に謝る。だが降りる時のは仕方ないだろ!」

 リフト終着駅。

 ゆらりゆらりと揺れながら雪空の下、ゆったりと登っていくリフトは意外にも真っ白な景色を楽しむことができるほど、先ほどまで怖がっていた三人にとってあまり怖くはなかった。セーフティーボードが付けられているのも重要なことかもしれないが。

 そんなまったりとした雪が降る景色を眺める中、降りる場所が近づいてきた時に初めて気付いたことがあった。

「これどうやって降りるんだ?」

 乗る時のことしかリフトのことは教えられていなかったため、このあとどうしたらいいかわからなかった。

 悠里が乗っているリフトには三年生グループの四人で乗ったため、誰も詳しくないのだ。

「まぁ先に降りる連中を見ればわかるさ」

 心なしか先ほどまでの余裕があまり見えていない悠里だったが、先に乗り前にいる照たちのことを観察すれば大丈夫だと言い聞かせた。

 しかし四人して前の人達を観察したが、結論からしてみると一度だけではよくわからなかった。

「え、板上げるのか?」

「ほ、ほらわたしたちもやらないと」

「あ! 上げることに夢中で降りたところ見てない!!」

「我らの番だぞ!?」

 何もわからないまま、なすがままで板やスノボを上げて降りる準備をした。

 そして、見事に悠里以外成功を修めたのだ。

「何故だ……何故私だけ……」

「普段の行いね」

 悠里が転んだため、やはりリフトは止められて後ろに続いていた後輩組にロスが生じた。

 後輩組も卒業組も悠里のことを心配はしたものの、係りの人に苦笑いをされてしまい、流れで後輩組にも笑って過ごされてしまったのだ。

 その心にさらに追撃するように、後輩組は全員成功してみせたのだ。

「かっこつけてスノボなんてやってるからだろ」

「それこそ関係ないだろ!」

 みんなの準備が整い、経験者たちが一人はいるようにグループを作って滑ってみた。

「で、なんでお前らなんだよ」

 照が教える人たちは瑛太、悠里、百合子という珍しい組み合わせと思いきやそうではないグループになった。

「だって全員ボードだろ?」

「よろしく頼むぞ、先輩?」

「スノボってかっこいいよねー」

 このメンツだと教えることはないと思いつつある照だったが、既に靴をスノーボードに締めることに苦戦してる悠里を見てしまい、はぁとため息をついた。

「素直に板にしろよ」

「そりゃあ、あんな姿見せられたら、なぁ?」

 そう言って瑛太はチラリとある方へ向く。その先にはスノボ姿がビシッと決まっている照の姉があった。

 見るからに経験者のような眼差しで、しかし今日は先生の立場になってスキー板を習う教え子たちである此恵、一花、奏汰の一年生ズを見守っていた。

「ハの字をイメージするように足を作って滑ってごらん」

「はいです、先生!」

 本人もまんざらでもない様子で上手くサポートをしている。

 そして、残りの人たちは、

「あすかっちー、そっちは森のほーだー」

「あ、あのこれってどうやって止まるんですかー!?」

「大変ね、みんな」

「かっこつけてるとこなんだけどさ、今のなぎちゃんすげーだせーよ」

 混沌とした空間になっていた。

 飛鳥はブレーキの仕方を教わらずに直線的に滑っていってしまい、渚はスキー板をバツの字にさせて尻餅をつけて見守っており、志馬はストックに体重を乗せて転ばないように立っているだけで、陽はただ笑っているだけだった。

 助けようにも照と輝以外は人助けほどの技量を持っているか怪しいところで、彼はもはや助ける気がなかった。彼女もまた一年生ズの面倒でいっぱいいっぱいだった。

 よって、陽だけしか助けられそうになかったのだが、

「よしきた任せろ!」

 靴をようやく締められた悠里が唐突に立ち上がり、あの混沌とした空間に足を踏み入れようとしていた。

 が、滑り方すら教わっていない悠里はまず顔から雪の中にダイブをしてしまった。

 その馬鹿らしい光景を見てしまった渚は笑いを堪えずに顔をうずくまり、他の人たちもやれやれといった表情になった。

「…………テルテル、助けて下さい」

「めんどくさ」

 正直飛鳥の方に助けに行きたかったのだが、たまらずに輝が助太刀に行ってしまっていたため、ため息を隠さずについてから彼女を起こした。

「難しいものだな、スノボは」

「お前だけだ」

「え?」

 起き上がれた悠里は正面にある光景を見て思わず絶句してしまった。

 彼女の視線の先には、優雅に滑れている瑛太と百合子の姿があった。

「楽しいな、これ!」

「意外と簡単なんですねー」

 他にもまだ笑っている渚とたどたどしい足つきの飛鳥を除く、全員がとりあえず滑れるようにはなれていた。

 悠里のように派手に顔面から転んだりしていない様子だった。

「…………マジか」

「マジだ」

 運動神経には少し自信があった悠里だったが、自分の意外な不器用さにまだ頭がついてきていなかった。

「で、お前はずっとここにいるか?」

「…………よろしくお願いします、先生」

 照による鬼のような訓練が始まった。



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