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新年-3-

「う……んー…………」

 懐かしい夢を見ていた気がする。

 そんなことをボーっとした頭で思いながら飛鳥の目が覚めた。

 そう言えばあれから自分はどうなったのか、と曖昧な過去の記憶を辿ってみる。やはり新年を過ぎた直後の記憶があまり覚えていない。

 重たい身体を起こそうとすると、それは思っていた感触とは違うものだった。

 まず床に寝落ちしたと思い込んでいたが何故か自室のベッドで眠っていた。律儀に布団をかけている。

 そして額から何かが落ちたような感触。その正体は水で冷やされた濡れタオルだった。

 何もかも疑問に思いながら答えを見つけようとすると、不意に隣から何か音が聞こえた。

 小さな音だが、誰かの寝息の音。

「………………〜〜〜!?!?」

 そこに視線を向けてみると、座りながらも壁に寄りかかって眠っていた照の姿があった。

 ほんの小さな理性で大声をあげようとする口を必死に塞いでいた。

 どうして彼がここに? その気持ちで頭がいっぱいになったが、同時に自分を看病してくれていたのだと気付く。

「(色々と見られてしまいました……)」

 自分の部屋はおろか、この家に呼ぶこと自体なかったため、照に色々なものを見られたことになる。

 掃除は欠かさずやっていたため汚くはないものの、自室の片付けまではしていなかった。

 自分のイメージとはそぐわない、意外と可愛らしい部屋を見られたことが飛鳥にとって恥ずかしかった。恥ずかしさでまた汗が出てきた程だ。

「(ど、どうしましょう……)」

 少し眠ったからなのか、身体が楽になっているがこの後どうすればいいかわからなかった。

 彼を起こすべきか、それとも何も見なかったことにしてまた眠ってしまおうか、未だにここは夢の中なのか。

 取り敢えず布団から出ようとした時、偶然にも照の方から携帯のバイブ振動が起こった。

 飛鳥が驚いている中、静かに彼は目を開けてポケットに入っている携帯を取り出した。

 画面を見て何かを確認してから閉じ、再びポケットに入れてようやく飛鳥と視線が合った。

「あ、え……っと……」

 目が合ってなんとなく気まずい思いをしながらも、彼女は照の反応を見た。

 彼は飛鳥を一通り見て異常はないと確認して黙って部屋から出ようとした。

「あ……あの!」

 その背中にむけて咄嗟に飛鳥は声をかける。振り向いてくれるとはあまり思っていなかったため、素直にそうしてきた時には驚いた。

 飛鳥を見ている照は黙って次の言葉を待っていた。彼女も何か答えようもするも、何を言えばいいかわからなかった。

「…………あ、ありがとうございました……」

 何も思いつかなかった飛鳥は自然と感謝の言葉を発していた。

 照もまた無言で頷き、そして彼女の部屋から出て行った。

 一人自室に残された飛鳥は彼が出て行った部屋の扉の方を呆然と見つめていた。



 彼女の家から無言で出た照を待っていたのは冬場なのにかなりラフな格好をした陽だった。

 近くに駅伝を控えているため、体力作りや衰え防止のために自転車を使わずに走ってここまでやってきたのだろう。先ほど着いたばかりのようで息が上がり身体中から蒸気が出ていた。

「にーちゃんもドジっ子だなー。鍵忘れるなんてさー」

「うるせえ早く渡せ」

 文句を言われながらも陽はポケットに入れておいた、照が実家に忘れてきた鍵を手に持って彼に渡した。

 手に触れて陽はようやく照のあることに気が付いた。

「あれー、にーちゃんよく見たら顔赤くねー?」

 彼の手の体温が高かったため、顔を見てみたら案の定ほんのりと赤みを帯びていた。

 そのことに指摘されて自分自身もようやく気が付いたのか、空いた方の手で顔面を覆うようにして確認した。

「にーちゃん。ちゃんと避妊したのかーごフゥるブ」

 陽がそんなゲスイことを訊いてきた直後にその鳩尾に本気のストレートをかました。

 その一撃はよく効いたみたいで、鳩尾を押さえてうずくまっていた。しばらくは痛みでこの場から動けそうになかった。

 そんな彼女のことを無視してようやく照は自分の家に入ることができた。

 家に入ってすぐに鍵を締め、玄関先で座り込んでしまった。

「……………………くっそ……」

 まだ赤くてニヤけている自分の顔を片手で隠すようにして触れる。

 初めて彼女の家に入ったどころか彼女の寝巻き姿や彼女の部屋、風邪特有の艶めかしい雰囲気、そして彼女の寝顔をいっぺんに見てしまったのだ。これをなんの反応もせずにいられる男子がいるはずなかった。

 今年は今までとは違った年になりそうだった。




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