新年-1-
「新年あけましておめでとうございます」
一月一日。日付が変わったその瞬間にテレビを見ていた飛鳥は一人でそっと呟き、自然と頭を下げていた。
あまり深夜まで起きていない彼女にとって、この時間帯まで起きていることは珍しく、頭をゆらゆらとゆっくり動かしながらの発言だった。
さらに今は風邪気味で、疲れと点けている暖房も相まって眠気が限界点を越えようとしていた。
年末に行われるテレビの内容も、全然頭に入ってこないままどこか虚ろな瞳で見ていたのだ。
「……もう寝よう…………」
一応本来の目的は達成されたため、飛鳥はソファーから腰を上げて自分の部屋に戻ろうとする。
が、風邪と眠気と疲労により引き起こされた立ちくらみによって飛鳥はその場に倒れてしまった。
冷たい床の感触と倒れた衝撃で痛みを感じはしたがどうにかして立ち上がろうとするも、頭がここをベッドだと錯覚して睡眠に入ろうとしていた。
「…………あー……ダメ、です…………ちゃんと……布団で、眠ら……な、い…………」
抵抗はしたものの、本人の意識に関係なく眠りについてしまった。
彼女の寝息と共に虚しくテレビの音だけが部屋に響いていた。
「ったく……頭痛てぇ……」
元日正午。
実家に帰省していた照は、すでに自宅であるマンションに帰ってきていた。
大晦日を含めた年末の数日間、実家へと帰り家族団らんで年を迎えた。そこには勿論輝もいた。
毎年恒例のテレビ番組を観、年明けを寝過ごさずにみんなで体感して蕎麦を食べる。
年越しの前にも蕎麦は食べるのだが、結局お腹が空くので残った蕎麦を年越してからも食べるのも恒例となりつつある。
その時に輝の提案で、お酒も一緒に飲みながらの夜を過ごすことになった。
誰もそのことに反対することなくお酒が未成年を含めた食卓に並ばれた。
蕎麦を食べ終えてからもずっと飲み続け、両親は潮時を見極めて降りたが、残った三人はオチるまで飲むサバイバルゲームが始まった。
陽と輝がガブガブとペースをあげる一方、照は飲んだ後の二日酔いのことを気にしながらマイペースにテレビを観ながら飲んでいた。
勿論飲みすぎで真っ赤になった陽が真っ先に倒れ、輝も自我を残しつつ眠りに落ちた。
最後まで残った照も、みんなが寝てからそのままベッドに向かわずに眠ってしまった。
眠りにつくのも既に元旦が近付いてきた頃合いだったため、結局あまり眠れずに照は起きてしまっていた。
頭痛に悩まされながらも、しっかりとお年玉を確保してから照は実家から出た。
いつの間にか起きて外でタバコを吸っていた輝に最後抱きつかれるまでがテンプレであった。
「テルルン、そのアクセサリーは誰からの贈り物なのかな?」
「あ? あいつからだ」
「うむ。センスが良い。これでカガリンと同じだ」
「お前のはガチで空けるやつのピアスだろ」
「いずれそれも渡されるさ。やっぱり前から思っていたが、テルルンにアクセサリーは似合う」
「そうかよ」
「でも学校には気をつけた方がいい。危うく没収されることもある」
「めんどくせーからつけねーよ」
「休みの日は着けるのにかな?」
「…………」
「はは。イジワルだったな。ちょうどいいから今度カガリンからもアクセサリーをプレゼントしよう」
「お前みたいに穴だらけにはなりたくねーよ」
「失礼な。カガリンは処女だぞ」
「そこは知るか。まずその穴だらけな耳を見てみろ」
「まぁ家族とならカウントしないらしいからな」
「は?」
「え?」
クラクラする頭でようやく家に着いた照であったが、自宅前でどうやら実家に鍵を忘れたことに気付いてしまった。
「チッ…………はぁ……」
とりあえず携帯を取り出し、起きているかわからない陽に一回電話をかけてからメールを入れておいた。
元日とはいえ外で待つのは寒かったので隣の家である飛鳥宅にお邪魔しようと考え、チャイムを鳴らす。
「(そう言えばあいつんちに入るのは初めてだよな)」
家主が来るまでの間、照はいつも自宅に飛鳥をあがらせていたことを思い出していた。思えば一回も訪れたことはなかった。飛鳥本人が家に入らせることを強く拒んでいたからなのだが。
そう思いながらもしばらく経っても中々飛鳥の姿が見えない。
仕方なくもう一度チャイムを鳴らしてみる。チャイムの音だけが飛鳥の家に響いているみたいだ。
彼女のことだからこの時間帯には起きているはず。とこれまでの経験則からして照はチャイムを何度も連続で押した。
それでようやくチャイム以外の音が照のところまで聴こえてきた。
しかしその音は遅く、ゆったりとしたペースだった。
「……はぁい…………どちら様でしょう……」
ゆっくりと鍵とチェーンを開けて扉から出てきたのはパジャマ姿の飛鳥だった。
髪は変な寝癖がついてしまっていて、パジャマもところどころはだけており、寝ぼけているのかスリッパのまま外へ出ようとしていた。
こいつって朝弱かったか? と疑問に思いながらも照は飛鳥に呼びかけた。
「悪い。少しあがらせてくれ」
「ふぇ……?………………って、照くん!?!?!?」
声でようやく照の存在に気付いたのか、飛鳥は素っ頓狂な声をあげて後ろに仰け反ってしまった。
その勢いのまま尻餅をついてそのまま仰向けに倒れてしまう。
「おいおい。大丈夫かよ」
こんなことで驚くのかと、無断で照は家の中に入り飛鳥に手を貸そうとするが、彼女からの反応はなかった。
よく見ると顔は赤く、うっすらと汗もかいていた。




