中休み
「最近集まらなくなったな」
「知るか」
秋の訪れが最近のはずなのに、肌寒い季節がすぐそこにやってき始めている今日この頃。
既に校舎内にいる生徒や先生たちは冬服に衣替えしており、早い人だとカイロを持っていたりする。
そんな渇いた空気の中、あったまっていない帰宅部部室に照と瑛太の姿があった。
「先輩たちは受験勉強。陽ちゃんと此恵ちゃんは部活。飛鳥ちゃんは最近帰るのが早い」
「お前も部活だろ」
「今日は休みなんだよ」
演劇部も大会が終わり正式に引退した悠里は、勉強に本腰を入れて幼なじみたちと一緒に学力を高めていった。相変わらず難しい顔をしているが。
陽は寒さに負けずに外で部員たちと長距離走をしていた。三年生が全員引退しているため、副部長だった彼女は自然と繰り上げられて部長に就任した。それのせいでちゃんと部活に出ていることもあるが、ただ単に仮の彼氏である奏汰と遊びたいからなのかもしれないが。
一方此恵は、外より寒くはないが第二体育館の凍えるような冷たさに耐えきれずに元から小さな体が更に小さくなっていた。同じ部員の一花に元気づけられているものの、先は長いようだ。
飛鳥に関しては、最近帰る時間が早くて帰宅する時間が遅い生活をしていた。何をしているかは誰もわかっていなく、照でさえも知らない。時間帯がいつもと違うため一緒に登下校もしていない。
瑛太も忙しい人物ではあるものの、みんなほどではないためこうして何もない照と話していたりする。
「部長の演劇の大会の話はまた今度の機会に話されるぜ」
「誰に言ってるんだよ」
「とにかく、久々にどっか行こうぜ」
あまり乗り気ではない様子の照を無理矢理連れ出すように瑛太は部室から外へと出した。
「で、どっかアテがあるのかよ」
「前から行ってみたいと思ってた場所があったんだ」
学校から出て向かった先は、二人の家から反対方向の道だ。悠里と渚が帰る方角と同じである。
しばらくまた雑談をしながら二人は歩いて行く。結構歩いたところに一つの年季の入った喫茶店が見えてきた。いつも利用しているあの喫茶店とは別のものだ。
前にその辺りを現在進行系である彼女の一花と一緒に歩いたことがあり、その時に見つけたのだ。
あの時は一花がコーヒーが飲めないといった理由で諦めたが、今度は照が相方なのだ。コーヒーはブラックでも飲めることは既に知っている事実。
幸いにも照本人もまんざらでもない様子だった。
「古臭」
「それがまたいいんだよ」
思わず照が一言呟いていたけれど、瑛太のことに反論はしなかった。
二人はベルの付いた喫茶店のドアを開けて中に入る。
「いらっしゃいませー!」
瞬間、中にいた店員にあいさつされる。
その声音に違和感を覚えた照は一瞬思考か停止してしまう。続いて瑛太も何かを察したような表情を浮かべる。
店員は客が入ってきたので出迎えるために、二人の前に姿を現す。
そして互いに気付いてしまった。
「「「…………」」」
照たちの目の前には、この喫茶店の制服を着ていた飛鳥の容姿があった。店の雰囲気を壊さないような堅実な服装で。
しばらく誰もが言葉を出せずにいたが、やがて彼女の方が先に声を出すことができた。
「な、なななななななんで照くんと瑛太くんがこんなところに!?!?」
「……それはこっちのセリフだ」
飛鳥の目に見えてわかる驚き具合に、逆に冷静になることができた男二人。
「えーっと、飛鳥ちゃんバイトしてたの?」
「あ、その、えと…………はい……」
ようやくこの状況に慣れた飛鳥は、普段とは違う衣装で二人の前に立っていることに恥ずかしさを覚え、視線が下に向きがちになってしまう。
それに見かねた照は空いている適当な席に座った。カウンター席とテーブル席があったが、入り口に近いテーブル席に決めた。
「コーヒー」
「あ…………わ、わかりました!」
「じゃあ俺も」
「は、はい! コーヒー二つですね!」
慌ててポケットに入れてある伝票に二人の注文内容を書き、キッチンへ姿を消した。
「驚いたなー。まさか飛鳥ちゃんがいたなんて」
その背中を見送ってから瑛太は照の向かいの席に腰をおろした。
「その様子だと知らなかったんだな」
「さすがにわからなかったよ。校則でバイト禁止されてるしね」
歩いた距離を考えてみると、一駅から二駅ほどしか離れていないこの場所でのアルバイトは先生に見つかりそうではあるが、意外と穴場なのかもしれない。
しかしカウンターの棚には酒の入った瓶が並べられており、バーもこの店は兼ねている様子からして誰かがやってきそうではあるが。
「お、お待たせしました!」
やがてキッチンから戻ってきた飛鳥はトレイに淹れたてのコーヒーが入ったカップを置いてやってきた。
少しオドオドしい手つきだったものの、こぼさず二人のいるテーブルへと無事運ぶことができた。
「ありがとう。これ飛鳥ちゃんが淹れたの?」
「えっと、奥に店長のおばあさんがいるので」
チラッとキッチンの方を向いてみるものの、人影はこちらからだと見えない。
「表に出てくればいいのに」
「おばあさん、身体が弱くて無理すると大変なんです」
だからこうして一回キッチンにいるおばあさんに注文を届けに行き、それを持っていく仕事。
レジ打ちもたどたどしい手つきだが、任されるようになっていた。
「でもなんでまたバイトを?」
その言葉をあまり聞きたくなかったという表情のように、飛鳥はうっと言葉が詰まっていた。
気付かれないように彼女は照の方を見てみる。彼は今までコーヒーを飲みながら適当に外を眺めているだけだった。
二人に気付かれていないと思っていた彼女だったが、勿論瑛太にはバレていた。
照へのプレゼント関係かな、と想像してみた結果、
「実は、小早川先輩がクリスマスイブの日にみんなでパーティーをしようと誘ってきてですね。その時にプレゼント交換もしようという話になって……」
見事に当たってしまった。
飛鳥ちゃんはわかりやすいなぁ、と瑛太が微笑ましく思っている時に、さすがに照にもクリスマス会の話が聞こえていたらしく、啜っていた手が止まった。
「聞いてねぇよ、そんな話」
「十二月頭にみんなに言うって言ってました」
「部長、受験大丈夫なんすかね」
「み、瑞凪先輩がついてますよ……」
勉強をしないことに渚が怒る姿が想像できてしまう。が、結局は悠里の好きなようにさせてしまうところまでが一連の流れだ。
「それでプレゼントのために軍資金集めを、と」
「は、はい! その、わがままなことですが、みんなには内緒にしててください」
「わかったよ。でもこういうのを部長に知られたら厄介なことになりそうだけどね」
きっとすぐにここにみんなで来ることになるだろう。
しかし今度の瑛太の想像は間違っていた。
「それは大丈夫です。ここ、小早川先輩の家ですから」
沈黙。
衝撃の事実に、飛鳥がバイトをしていたことと匹敵するほどの驚きだった。
二人の反応を見て、飛鳥は伝わっていなかったのかなと勘違いをして続けた。
「そもそもここのバイトを勧めてくれたのが小早川先輩です。一人くらい人手が欲しかったと言ってたのでちょうどいいって」
「「…………」」
短い時間に何度も驚いてしまう経験は、これから先あまりないと感じた二人だった。




