部活-3-
先輩たちが追っかけっこをしている最中、またこの部室に客がやってきた。
「おーっす、照、いるよなー?」
「し、失礼します!」
瑛太と飛鳥だった。意外な組み合わせに、照は少し驚く。
「なんだよお前ら、知り合いだったのか?」
「いーや、飛鳥ちゃんが照に会いたいって」「言ってません!」
瑛太の冗談に顔を赤くして否定する飛鳥。
「ごめんごめん。教室で質問攻めにあってたから助けるついでに部員確保ってね」
そう瑛太が理由を話した。転校生という日常から少し離れた存在がきたため、入学式という時期もあって、飛鳥は色々な人の対象となっていた。
そのことについては嬉しい反面、凄く疲れていた。そしてそれを瑛太が見ていて、一方的に助けてもらい、一方的に勧誘されたのだ。
「あれ、なんだか箕来くんに無理やり……」
「俺のことは瑛太でいいよ」
「あ、じゃあ……え、瑛太くん」
先ほどのことが有耶無耶になり彼のなされるがままに飛鳥は何も疑いなく名前を呼んでいた。そんな彼女を見て陽が少しだけ心配になった。
「あすかっちのしょーらいが心配だー」
「お前もな」
「新入部員希望とな!」
此恵の時と同様に、悠里はあの一式を飛鳥に手渡す。渚との追っかけっこは渚の体力切れで終わっていた。
「今日だけで二人も部員が増えるなんてな! ツイてるぞ!」
昨日のことなんて忘れたかのような口ぶりで、上機嫌な部長。
そんな部長に、飛鳥に当然の疑問が浮かんだ。
「あの、この部ってどんな部なんですか?」
その質問が投げられた途端、部室に静寂が包まれた。
唯一空気を読まない此恵が、此恵も知りませんと口を挟んだ。
自分の発言のせいでこうなったと思った飛鳥は、慌てて言った。
「あ、あの別に言えないことならいいですけど……」
「……知りたいか?」
何故か声音を低くして言う悠里。
その迫力にだじろぎながらも、飛鳥はゆっくりこくんと頷いた。
此恵は喉を鳴らし、行く末を見ていた。
「この部はな……」
おもむろに黒板に向かったと思えば、白いチョークを持ち、黒板全体を使って部活名を書いた。
徐々に出来上がっていく名前に、ドキドキと胸が高まっていく飛鳥と此恵。
そして出来上がった文字を見た二人は、えっ、と言ったような表情を浮かべて困惑した。
「帰宅部……?」
「あぁ! 青春系帰宅部だ!!」
「青春系……?」
二人は訳が分らないと言った風に首をかしげる。
そんな二人を見た部長は、突然ある提案をした。
「説明するより行動だ! とりあえず手始めにこれでもしようか」
そう言って教室の隅に置いてあったダンボール箱からとり出したのは、ケースに保存されていたトランプだった。
「このジョーカー二枚を含めたトランプ計五十四枚のカードを使ってゲームをする」
ケースから出して、手馴れた手付きでトランプをシャッフルする。
「ルールは簡単。一人ずつ順番にカードを引いていく。引ける枚数は一回につき三枚まで、一枚は必ず引くこと。そして最後のカードを引いた人が負け」
適度にカードが混ざったと思った悠里はシャッフルをやめて、長机にカードを置く。
「そして、途中でジョーカーを引いた時点で引いたその人も負け。ゲームは最後のカードが引くまで続けられる。以上だ、何か質問は?」
黙々とルールを説明されて、飛鳥は何がなんだかわかっていなかった。
しかし、それ以外の人達はやる気満々だった。
「途中で負ける可能性も大いにありえる……面白そうじゃん!」
「ふっふー、運なら任せろー」
「楽しそうです! 此恵、早くやりたいです!」
「運動じゃないなら喜んでするよ」
「罰ゲームはなんだ、部長?」
「なんでみんなやる気満々なんです……?」
一人置いていかれる飛鳥だが、無情にもゲームが始まってしまった。そしてカードを引く順番は瑛太、飛鳥、此恵、陽、照、渚、悠里となった。
「んじゃ、あまり時間ないし、ちゃっちゃとやるか」
そう言って瑛太は一枚、トランプをめくった。
スペードのエースだった。
「幸先いいし、これだけでいいか」
「時間ないって言ったの誰だよ」
「つ、次はボクですね!」
ただトランプを何枚かめくるだけなのに飛鳥はひどくドキドキしていた。
もしかしたら次引いたトランプがジョーカーかもしれない。そんな恐怖もあった。
しかし、何故か自分でもわからない気持ちがあった。
「えいっ!!」
一枚めくり、恐る恐る確認する。
ハートの七だった。
「よかった~……」
ジョーカーじゃないことに対する安堵感で、つい飛鳥はほっとしてしまう。
その行動で、此恵は自分の番だと思った。
「此恵、いきます!」
先ほどの飛鳥とは比べるほどにならないくらい大胆にめくった。
が、それはジョーカーだった。
「えええええ!? ジョーカーですか!?」
「早いなーこのっちー」
一回目でジョーカーを引いたことにショックを隠せない此恵。
その時飛鳥は、二枚引かなくてよかったとよかったと思い、同時に此恵に対して申し訳ない気持ちになった。
「じゃー次オレー」
マイペースに陽はトランプをめくる。
二枚目のジョーカーだった。
「それはないわー」
「運なんてなかったな」
連続してジョーカーがあったため、飛鳥が引いてもどの道此恵は負けることになっていた。
「じゃあ此恵、運が悪かったんですか!?」
「そうとしか言えないな。ミヤミヤはともかく」
「これでジョーカーは全部出たんだし、気軽に引けるな」
その後、みんなは三枚や二枚と、多く枚数をめくっていったが、枚数が減るにつれ、一枚めくるだけが増えていった。
やがて残り十枚となり、順番は瑛太に戻った。
「こっからだよなぁ」
瑛太がそうかしこまったことを言うが、飛鳥以外は皆他人の視線を気にしていた。
誰に最後のトランプを引かせようかと互いに牽制しあい、互いに同盟を組み、互いに裏切っていた。
「んじゃ、賭けますか」
考えがまとまった瑛太はトランプを二枚引いた。
その行動は意外だったらしく、飛鳥以外の部員を驚かせていた。
「一枚だったらまだ勝機はあったぞ」
無粋だと思ったが、照はつっこまずにはいられなかった。
だが瑛太はしてやったりの顔を照に返した。
「何が起こるかわからない。それがこの部だ」
「確かに、何が起こるかわからないな」
それに乗ってきたのはこの部の部長だった。
トランプは残り八枚。
飛鳥の番になった。
「(ど、どうしよう……何か期待されてる気がする……)」
みんなの視線が自分に刺さっていると思うと、飛鳥は何をしていいかわからなく、頭が真っ白になってしまった。
そんな彼女に、陽が背中を押した。
「楽しくいこーぜー、あすかっちー」
「……楽しく?」
言ってる意味がわからなく、つい陽の方を向いてしまう飛鳥。その彼女の表情は、負けたというのに楽しんでいる顔をしていた。
隣にいる此恵も陽と同様に笑っていた。
不意に、飛鳥は他のみんなの表情も伺ってみた。顔は真剣そのものだが、みんなして心から楽しんでいることに気がついた。
「(もしかして、この部ってこういうことを進んで楽しむ部活なんだ……!)」
飛鳥は深呼吸をして、迷いが晴れた顔になった。
「いきます!」
そして、トランプを三枚めくった。
「おー、あすかっち大胆ー」
「あはは、なんか急にね」
本人は笑ってめくった三枚のカードを見る。
この瞬間が楽しくて、ついつい笑顔になる飛鳥。
「(こんな素敵な部だったんだ……!)」
今の飛鳥は、しかしこの後の展開を読むことができなかった。
「じゃあ、一枚」
「一枚」
「私も一枚だけだ」
「ごめんねえ飛鳥ちゃん」
みんなして一枚しか引かず、残りのトランプは一枚だけとなった。
つまり、飛鳥は自動的に負けが確定した。
「…………え?」
「勝負は勝負だ。それとこれは違う」
「…………バカー!!」
入って早々、飛鳥は辞めたくなったのはみんなにはわからないことだった。