デート-1-
日曜日。
午前十時手前、駅前。
この時間帯での電車利用者はそんなにいなく、疎らに人がいるそんな場所。
そこには一人、待ち合わせの二時間前には到着していた男子がいた。
「(あぁあぁぁあ……緊張する……!)」
何度も何度も建物に掛けられている時計に目をやってはため息をつき、そわそわと繰り返していた。
はたから見たらおかしな人と思われがちな行動だが、彼の心情だとそんなこと考える余裕がなかった。
「(い、いつくるのかな……)」
左右に行ったり来たりと、悩める男子高校生の奏汰の鼓動は信じられないほどの早さだった。
肌寒い季節になりつつあるはずなのに身体中から汗が止まらなく、どうしようもなく緊張している。
それもそのはずだった。何故なら彼が恋心を抱いて尚且つフリの恋人ということになっている彼女と今日、待ちに待ったデートだからだ。
「………………え?」
「だからー、明日デートしよー」
土曜日の朝練が終わり、部員たちが自分たちの教室にぞろぞろ戻って行く時に、奏汰は陽に呼び出されて部室で待機していた。
朝のホームルームの時間が迫っている頃にひょっこりと彼女は顔を出して、そんなことを平然と言ったのだ。
「こーやさいの時言っただろー? もー忘れたのかー?」
勿論そのことははっきりと覚えていた。が、こんなにも早くそれが達成するとは思ってもみなかったのだ。
嬉しい反面、何も準備をしていないという焦りが奏汰の中で渦巻いていた。
「(ど、どどどどうしよう!?!?)」
土曜は午前中しか授業がないはずだが、彼の頭の中には全然入って来なかった。
「…………結局、お弁当を作ることしか出来なかった……」
手荷物の一つに早朝から張り切りすぎて作った三段の重箱を見つめる。彼女の口に合うかわからないことに気付いた時にはこの多さだったのだ。
これでおいしくないと言われた暁には、奏汰は料理をするのに自信がなくなるだろう。
そんな未来を予想してしまい、深いため息をついてしまうものの、そんなことはないと必死にその思いを振り払おうと頭をブンブンと振った。
「…………あれ?」
ふと視線を上げた先に、ここから少し離れた位置に奏汰の知ってる顔がいた。
目立つ金髪で、その身を黒に近い紫色のゴスロリで包み込んでいる少女。
直接話したことはないが、向こうは知らなくてもこっちはちゃんと知っている人物。
同じ学校で生徒会の会計に就いている初歌がそこにいた。
「(誰か待ってるのかな……)」
初歌とセットになるのは必然的に会長である志馬なことは奏汰でさえも知っている周知の事実だが、もし志馬でなかった時に誰を待っているのかが気になってしまっていた。
奏汰に見つめられていることに初歌は全然気付いている様子はなく、ただ先ほどの奏汰ほどではないがそわそわしていた。
「初歌ー!」
と、そんな彼女の名前を呼ぶ声がした。
二人してその方を向いて見ると、やはりというべきか志馬が彼女のところに向かって歩いて来ていた。
彼は普段の制服姿ではなく、着こなした私服を着ていることから、私情で会っていることがわかることができた。
そんな彼の存在に、飼い主がやってきた犬のように喜びを露にしながら初歌はとことこと寄ってきた。
「ごめん、ちょっと遅れた」
「気に病むことではない。そのことで怒りを覚えるほど、我の器は狭くない」
彼らの楽しそうな会話を見て、奏汰は羨ましく思ってしまった。自分もあんな風に憧れの先輩と接することかできたらな、と。
「んで、言いだしっぺのあの二人はまだ来てないのか?」
「火急の問題とのことを電子の波動で感じたが」
「はぁ? 嘘だろ!?」
どうやら悠里と渚は急用で来れなくなったことをメールで伝えていたらしいが、志馬はそのことを確認していなかったらしく、ひどく驚いていた。
「あー……じゃあどうする? 二人だけど行く?」
「わ、我は構わぬ!」
途端に二人きりになったことを初歌は少しだけ意識しているようだが、志馬は全く思っている様子ではなく、いつも通りの平常運転だった。
電車を使って移動するらしく、奏汰の方に向かってきていたことにいち早く気付いた彼は、何故か顔がバレないように思いっきり下を向いてやり過ごそうとした。
二人が奏汰の横にまで接近するものの、彼には気付いていなく、何事もないまま駅内に入ってしまっていた。
自分のことを何も知らないからこんなことをしても意味が無いと思いながらも、無意識に安堵の息をついていた。
「だーれだー?」
「うわひゃぁ!?」
その直後、後ろから誰かの手が奏汰の両目を塞いて目の前を真っ暗にさせていた。それに心臓が止まるほど驚いた彼は飛び上がって前に行っていた。
前に行ったことによってすぐに視界が晴れ、このことをした人物を見てみる。
「おーっすー」
こんなことを奏汰にしてくる人は一人だけしかいなく、声で自然とわかってはいたが、そこには待ち望んでいた陽が呑気に片手を振っていた。
「あ、あああああああのあの! おおおおおはようございます!?」
「おー。遅れてわりー。にーちゃん起こすのに手間取っちってさー」
やははー、と周りから見てみれば悪びれなく言っているようにしか感じないが、そんなことは今の奏汰には入ってこなかった。
「んじゃー、行くかー」
「ふふふ、ふふふつつかものですが! よよよよよろしくおねがいします!?」
今、先ほどの生徒会の二人とほぼ同じ状況に自分がなっていることに、奏汰は気付く余地すらなかった。




