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文化祭 後編-5-

 キャンプファイヤーの盛り上がりが最高潮に達した時には、照は自宅があるマンションに向けて歩いていた。

 後夜祭を欠席することはちゃんと瑛太に伝えており、一応無断欠席は避けたつもりだった。

 瑛太は止めはしなかったが、仕方ないと別の意味で捉えていた。

 いつもより少し早くマンション前に着いた照のことを待っていたのは、荷物をまとめていた輝だった。

「てるるん、早いな」

 最初に飛鳥と出会った時のように横たえたキャリーケースに座ってタバコを吸っていた。近くには携帯灰皿が置かれており、既にそこには一箱分のそれがゴミとなっていた。

「行くのか」

「あぁ。次会う日は大晦日以降かな」

 今吸っているタバコを灰皿に捨て、キャリーケースを起こして照の来た道に向かおうとする。

 照も止める必要はなく、そのまま横を通り過ぎ去ろうとする彼女に目も向けずにいた。

 正直なところ、照は輝の才能を今でも羨ましいと思っている。こんなに忙しいことも、誰かに必要とされていることを。

 だから照自身にとってはあまり会いたくないことなのだが、

「頑張れよ」

 隣に来た輝にポツリとそう言っていた。

 彼女は一瞬驚いた顔になって照の方を向こうとしたが、やめた。真っ直ぐ正面を見ながら口元を緩めて、弟の成長を見守る姉の眼差しで、

「頑張るよ」

 優しい一言で返して、そのまま歩いて行った。

 互いが互いの背中を見ずに、自分の進む道に目を向けて歩き出した。



 三階までエレベーターを使って上り、自宅に帰ろうとしたら隣の部屋の前に彼女が立っていた。頬に付けられた傷を露にして。

 彼女は一時間ほど前に輝との別れの挨拶を家の前でしていて、照の帰宅する時間を考えてここで待っていたのだ。

「後夜祭、いいんですか?」

 最初に彼女が照にかけた言葉がそれだった。まるで傷のことにはなるべく触れたくないといった様子と、純粋に後夜祭に参加しなくてよかったのかと。

「俺に合わねーよ」

「そうでした」

 あはは、と乾いた笑い声をあげる飛鳥。心なしか元気があまりないことには照にも気付けた。

 どうかしたのか、そう訊くことは野暮だった。大方その傷のことで何かあったのだろう。

 昨日保健室で見た以降、今まで顔を見ていなかったので、本当にそれかはどうかはわからないが。

 だが、今の飛鳥の口数の少なさから見てしまうとそれは確かだということが確証されてしまう。

「…………これ、しばらく残るそうです」

 それを確信させたのは飛鳥のその言葉。指でスーっと痕をなぞるように滑らせる。

 痛々しく残るその傷痕は赤々しく残っていて、カサブタにならないように病院で手当てしてもらったモノ。

 今日は大事をとって休んだが、明日からは普通に登校しなければならない。

 ガーゼでこれを隠すのはもう無理で、学校にいるみんなに知れ渡ってしまうことになる。

 さらに、飛鳥はこれからの照への対応に不安を感じていた。あの時のようにまた絡まれることがないとは限られないため、悩んでいた。

 今もこうして二人で話していることを見られていると思うと、どうしてもそう思ってしまうようになってしまった。

「…………あの、照くん」

 だからこれからはただのクラスメイトとして接してほしい、そう続けようとしたが、照の言った言葉でそれができなくなった。

「心配すんな」

 照らしくない単語が聞こえてきたと思ったら、彼は飛鳥の頭に優しく手を置いて、ぎこちない表情で、

「俺にこう言ったお前自身ができなくてどうする」

 一言、そう伝えて頭から手を離した。

 ただ呆然としてしまった飛鳥だったが、気付いた時には照は自宅に入ろうとしていた。

「て、照くん!」

 急いで振り返り、彼のことを見る。すでに半分以上家に入っていたが、飛鳥の呼びかけにその身体は止まっていた。

「……あ、ありがとうございます!」

 なんて言えばいいかわからなかったが、とっさに出てきた言葉がそれだった。

 でもちゃんと照には伝わっていたようで、最後まで聞いてから彼は家に入っていった。

 不思議と、彼のあの言葉で勇気をもらったような気がした。




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