部活-2-
「あれ、ボクいつの間に学校に着いてたんです?」
「お前が怒ってる間にな」
結局一時間目には間に合わず、一時間目と二時間目の間の休み時間に無事到着した二人。複数の生徒が教室から出て思い思いに過ごしている時間帯。
二人揃って昇降口に来て、飛鳥が自分の靴をどうしようかと悩んでいる間に、照は自分の下駄箱に靴を入れ、上履きに履き替えた。
考えた末に彼女は持ってきたビニール袋にしまい、予め貰ってある上履きを履いた。
「えっと、職員室ってどこですか?」
「左」
そのまま照は、オロオロとしている飛鳥を置いて自分のクラスへ行こうとする。
が、そんな彼の背中に飛鳥が声をかけた。
「来てくれないんですか?」
「なんで行かなきゃいけねーんだよ。それともなんだ、目的地が目の前でも迷うのか?」
「そ、そんなことないです!」
照の煽りに意地になった飛鳥は、一人で職員室に向かった。
ようやくうるさいのと離れ離れになった、と思った照は、ふーっと息をついてから教室へと向かった。
二年生の教室は三階にあり、そこに行くには階段を使わなければならない。
階段を登っている途中、体操服を着たクラスメイトと軽く挨拶をしながらすれ違う。
そして案の定、照が教室にきた時にはほとんどのクラスメイトがいなかった。
「お、照。今日は早いな」
まだ教室に残っていた、照の友達であり一緒の部活に入っている箕来 瑛太が照を見てそう言う。
ワックスで赤褐色の短髪をツンツンと立てていて、よく頭にタオルを巻いて過ごしていて、よくグループの中心になっている存在。
そんな彼も、着ているのは制服ではなく学校指定の体操服だった。
「やっぱり次は体育か……」
「そんなめんどくさそうな顔すんなよ。体動かすのは得意だろ?」
「それとこれとは話は別だ。今日は休む」
そのまま照は教室に入って着替えようとはせずに、どこかへ行こうとしていた。
それを瑛太は止めようとはせず、彼自身も準備ができたので教室から出る。すでに教室にはもう誰もいなかったので、瑛太が戸締りをすることになった。
扉の鍵をさしている最中に、すでに少し離れている照に呼びかけた。
「次の時間は出るのか?」
「なんの授業だ?」
「数学」
「……考えとく」
そのまま照はある場所に向かった。
瑛太と別れ、一階に降りて日のあまり当たらない場所へと歩く。
そして辿り着いたその場所は、部室だった。
照が授業をサボる時、たまに来て時間を潰して過ごしているのだ。
「鍵が開いてる……」
鍵がちゃんと閉まっていることを確認したところ、なんの抵抗なく開いた。
基本、誰もいない教室には鍵がついている。
戸締りも昨日確実にしており、もししていなくても夜にいる警備員の見回りで閉められ、翌日に呼び出されるはずだ。
それなのに開いているということは、部員の中で鍵を持っている誰かが今入っているということだ。
そして、今いる人のことを照はよく知っている。鍵を持っているのは照を含め三人しか持っておらず、さらに放課後以外にもよく来る人。
照は部室に入り、その人がいることを確認した。
「もうすぐ授業だろ? ここにいていいのか、渚先輩」
窓辺に椅子を置いて座り、部室にいくつか置いてある私物の本を読んでいる人物こそが、照より早くこの部室に来た少女。
彼女の名前は瑞凪 渚。照の先輩である。
肩までかかる水色の髪は、本を読む時だけポニーテールになるよう結っている。
他に特徴があるとすれば首には赤いチョーカーをつけていて、さらに黒縁眼鏡もかけていた。
「……あれ、遊木宮くん。今日もサボりなんだ」
本から目を離し、慣れた手つきで開いているページに栞を挟み、眼鏡を取って結んでいる髪を解く。
照は渚にだけ苗字で呼ぶことを許している。渚が頑なに苗字しか呼ばないため、照の方が折れたのだ。
それでも、たまに渋い顔をしている。
「今日はどうしたんだ?」
「……お兄ちゃんが、わたしのとっておいたプリン食べたから」
「相変わらずしょーもない理由だな」
「遊木宮くんだって、後で食べようと思ってたものを勝手に食べられてたら怒るでしょ?」
「なら早めに食べればいいだろ?」
「好きなものを先に食べる派にはとても理解できないことだよ」
「好きなものを後に残すこと自体わけわかんねーよ」
「この論議は置いておいて、照くんはサボり?」
「そーだよ。渚先輩と同じだ」
「わたしはこの本読み終わったら出るの」
「まだ読み始めじゃねーか」
「……こんな時もあるよね。仕方ないよね」
「内申悪くなっても知らねーぞ」
「遊木宮くんだけには言われたくないよ」
「俺はもういいんだよ。元々ないからな」
「卒業どころか進級できないよ? というか、よく二年生になれたね」
「今が良ければいーんだよ。わかんねー未来なんかに頼るより」
「……本人がそう思ってるなら、わたしが口を出す意味ないね」
渚はたまに授業をズル休みをする癖がある。大抵は兄とのケンカをした時である。
そんな時に、こうして一人で部室にこもって本を一冊読破して、その鬱憤を晴らすのだ。
照との先ほどの会話も、二人の間ではもうテンプレとなっている。
「そうだ、鍵開けっ放しになってたぞ。センコーに気付かれたらどーすんだよ」
「あ、閉めてなかったんだ。ごめんなさい。でもこの本早く読みたくて」
そう言って手元にある本を見る。お店で付けられたカバーがかけられており、表紙が見えない。
「どんな本なんだ?」
渚は色々な種類の小説を読んでいる。文学物から異能物まで、幅広く好き嫌いなく読む。
なので、照は今渚が持っている本をなんなのか当てることができないため、こうして訊いている。
「異世界に召喚される物語。普通の世界で生きてた主人公が突然ファンタジーの世界で戦うことになるの」
「たまったもんじゃねーな」
照の率直な感想に、渚も苦笑いをした。
「遊木宮くんなら召喚した人を怒鳴りつけて勝手に帰りそうだよね」
「殴って帰る」
「だと思った」
それから、照は鞄に入ってた雑誌を適当に読んで時間を潰した。
二人が読んでいる間、互いに無言で、自分の世界に入り込んでしまっていた。
時間が経つことも忘れ、やがて昼休みになった。
「おーい渚ー、迎えに来たぞー」
照がちゃんと閉めた扉をノックせず、勝手に鍵を開けて入ってきたのは悠里だった。彼女はこの部室の鍵の持ち主であるため、簡単に入ることができる。
「ん、テルテルもいたのか」
しかし二人は読書に夢中で、悠里が入ってきたことさえわからないでいる。
それは悠里にとって日常的であるから、対処法も考えてあった。
黙って読書スタイルになっている渚に近づき、何処からか取り出したウサ耳をそっと彼女の頭に付ける。
そして眼鏡をゆっくりと取った。
「あっ……」
急な視力の低下に驚いた渚は、思わず前を向く。そこには悠里の顔があった。
「もうお昼だぞ」
「ごめんね、いつも。あと眼鏡返して」
「今日はコンタクトつけてないのか」
素直に眼鏡を返す悠里。渚は少し視力が低いため、普段はコンタクトをつけている。
この眼鏡はほとんど度が入ってないものである。
「テルテルも一緒にご飯食べるか?」
「お前らがここで食べるならそうなる」
いつの間にか照は雑誌を閉じていて、鞄に入ってるパンを取り出そうとしていた。今日はカレーパンだった。
悠里と渚はそれぞれ弁当を食べて、三人で昼ご飯を食べた。渚は母親が作ってくれたものだが、悠里は自作である。
そのレベルは高く、自分自身を含め周りの人達から凄いと評判を得ている。
「また腕が上がった?」
「おっ、バレた? 自信作なんだ」
弁当の中身を交換して二人は食べている。そのことを渚の親は知っているので、おかずはいつも二つ以上入れている。
「テルテルも食べるか?」
「じゃあ遠慮なく」
悠里が照に弁当箱を差し出してきたので、照はその中に、まだ悠里と渚が手をつけていない二つあるうちのおかずを容赦なく二つとももらった。
「……テルテルはいい大人になりそうだな」
「褒めても罵声しか出さねーよ」
「私はそういう趣味じゃないからな!?」
泣き顔で悠里は渚に抱きつく。
「テルテルがイジメてくるんだー。助けて渚~」
「遊木宮くんに弁当を向けた時点で悠里の負けよ」
「ぐぬぬ……」
「……ほら、あーん」
慰めのつもりなのか、自分の弁当からおかずを一品、自分の箸で掴んで悠里に食べさせようとする。
それを見た悠里はためらいなく自然な動作で口を開ける。渚はその口の中におかずを入れた。
そのまま箸ごと食べようとする悠里だったが、すばやく渚は箸を引っ込めた。
「……おいしい」
「それはよかった」
それで悠里の機嫌が直ったらしく、いつもの調子に戻っていた。
「おー。みんないるのかー」
その時に部室の扉を開けた者がいた。照の妹の陽だった。彼女の側に一年生がいて、その一年生に照は見覚えがあった。
「あ、センパイです」
「よぉ此恵。ほんとに受かってたんだな」
「此恵、嘘はつかないです!」
中学の頃、照の陽の後輩だった六実 此恵。黒に近い深緑色の髪をふっくらとしたポニーテールにしている。
「で、そんなちびスケ此恵がなんの用だ?」
「ちっちゃくないです! それに、この部活の部員になりにきたんです!」
「新入部員希望とな!」
此恵の言葉に釣られたのは部長だった。すぐに鞄に入れてあった入部希望届けとボールペンと下敷きのセットを取り出し、彼女に渡した。
「歓迎するぞ!」
「まだ書いてないです……」
しかしすぐに此恵はその届けに記入をしだした。
書き終わった届けをもらった悠里は、名前を見て合点がついたと言った表情になる。
「そうか、昨日言ってた後輩はこの子のことだったんだな」
「きょーこのっちに朝一緒にきてくれって頼まれてさー。それで昼に部室いこーってなったんだー」
「……」
それを聞いた照は無言で席を立ち上がり、此恵のところにきたと思ったらその頭に一発、拳を入れた。
完全に無防備だった頭に一撃入ったため、悲鳴をあげて凄く痛そうに彼女はその箇所を両手で押さえた。
「何するんですか!」
「別に、なんとなく」
本当は此恵が陽を連れ出さなければ今朝のことが起こるはずがなかったことに対しての一撃なのだが、いつものように説明はしなかった。
「なんとなくで人の頭叩くんですか!」
わーきゃーと喚く此恵だったが、照はスルーして再びパンをかじりだした。
「紹介しよう。私が部長の悠里だ。で、向こうにいるのが渚」
痛がっている此恵を他所に軽く自己紹介をする悠里。照の行動に一々ツッコミを入れるほど、悠里はツッコミ役ではないからだ。
渚も、此恵を見て軽く会釈をする。
「……よろしく」
ようやく引いた痛みに此恵はいつもの元気を取り戻していた。
「よろしくお願いします、ウサギ先輩!」
「ウサギ先輩?」
此恵の指摘で初めて頭を触った。
それでようやく気付いた。
「…………悠里!」
「本に夢中になってるお前が悪いんだよー」
ウサ耳をつけたまま、顔を赤くして悠里を追っかける渚。捕まらないように悠里も走る。
部室の中を円を描くように二人は追っかけっこしていた。
「楽しそうなセンパイたちですね!」
「だろー」
そんな二人を止めず、陽と此恵は彼女らを微笑ましく見ていた。