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文化祭 後編-2-

 文化祭二日目となり、ようやく照は陽の手を借りて飛鳥を傷付けた女生徒を呼び出すことができた。

 三人が仕事のない時間を選んだ結果、文化祭終了時刻の一時間前となった。

 場所はあの屋上前の階段の踊り場。

 ここに人は滅多に来ないが、今日は文化祭二日目とあって一般客が間違えてくるかもしれないため、陽が階段に繋がる道の前に立って見張りをすることになった。

 同時に、陽の人気のお陰で話しかけてくる人が大勢いるため、踊り場にいる二人の会話が聞こえてくることもない。

「……なんでここに呼び出したかくらいは、わかるよな?」

 ここに来るまで沈黙を保っていた照だったが、ようやく今口を開いた。

 その口調はいつも通りだが、極めて冷静を保とうとしている様子だった。

 それは女生徒には伝わっていなく、憧れの遊木宮照が自分に話しかけてきてくれているこの状況に、素直に嬉しがっていた。

「はい。遊木宮陽様にも大体聞きました」

 今にも腰を低くしてこうべを垂れるような態度を持っている女生徒に対し、照はこの酔狂者の反応をどこかで感じたような気がしていた。

 昔、この女生徒に会った気がする、といった記憶が。

 しかし今はそんなことは関係なかった。

「じゃあ、お前がやったんだな」

 最終確認をとるように照は訊いてくる。とは言えほぼ確信を得ていたが、本人の口から聞きたかったためだ。

 その本人は何も包み隠さず正直に答えた。

「はい。自分があの女の頬に傷をつけました」

 あの女。

 その単語を聞いただけで照の怒りという感情が膨らんだ。素直に内心でイラついていた。

 そんな照のことなんて気にせずに女生徒は続けた。

「あの女が遊木宮照様の邪魔ばかりしていたので、遊木宮照様がお手を患わせるくらいならと自分がやりました」

 邪魔。

 確かに最初の頃はずっと照はそう思っていた。今でも思ったりはするが。

「あの女のせいで遊木宮照様の道が閉ざされることがないように、自分がキツくお灸を添えておきました」

 道。

 そんなものはとっくの昔に閉ざしたつもりだった。あの遊木宮照はもういない。

 そうなると今ここにいる自分は何者なのか、ずっとわからないまま過ごしていた。

 中途半端な存在で、中途半端に時間を過ごし、無駄にしてきた数年。

 自分のことのはずなのに、どこかで第三者のような立ち位置で見ていた自分。

 そんな存在だった自分の前に現れた彼女という存在。

 彼女と出逢ってから、自分の中の歯車が少しずつ、けれど確実に動き出したような感じがした。

 ずっと前に止まっていた歯車。平凡で普通な日々を退屈に思っていたあの頃の自分。

 変わっているのは自分だったのに、世界がおかしいと思ってたバカな自分。

 そんな自分のことを元に戻そうと必死になってくれていた彼女。

 いつしかその存在は、かけがえのない人物に変わっていった。

 共に過ごした時間はまだ少ないが、その時間はあの頃よりもずっと大切なモノだ。

 そのことが今、女生徒に全て否定されたような感じがして、照はやってしまった。

「お前は俺のなんなんだ?」

「え? ……自分は、遊木宮照様に全てを捧げた者です」

 一瞬戸惑いながらも、まっすぐにそう伝える女生徒。

 この女生徒は自分がやっていることは全て照の為だと言ってしまっているみたいであった。

 それでようやく照は思い出した。この女生徒と一回だけ会ったことを。

「で、それは俺の迷惑になってるってことを知らないでやってんの?」

「とんでもないです。遊木宮照様にご迷惑はかけていません」

「現に今迷惑がかかってるんだけど」

 挑発的な口調になってしまっていたが、女生徒は気にせず自分の思ってることを言う。

「質問を質問で返すことをお許し下さい。そもそも遊木宮照様とあの女とは一体どういう関係ですか? そこまでしてあの女のことを庇うことに自分は疑問を感じずにはいられません」

 どういう関係か。

 それは一番、照と飛鳥に訊いてはいけないこと。

 照は正直世話好きの変わった友達とまでしか見えていない。飛鳥も同じで、かっこいい男友達という目線だ。

 それなのに、その質問をするといつも二人は返答に困っていた。

 何故か、相手のことを友達とみんなの前で口に出すことに一瞬戸惑いを感じる。

 言ってしまったら最後、それが自分の中で固まって完結してしまいそうだから。

 そんな感情は今はまだ二人してわからないが、それでも今、照は女生徒に宣言した。

「俺の女だ。俺の知らないところで勝手にあいつに触るな」

 その発言は女生徒の心の奥に突き刺さった。女生徒が全く想像していた答えと違っていたからでもあり、それと同時にショックを感じていた。

 ずっと追い続けてきた憧れの人に、知らない女が一緒に隣を歩いているという現実に。

 女生徒はそのまま顔を俯けたまま、肩を震わせていた。

 そして照はそんな小さくなった女生徒に最後の一言。

「もう俺たちに関わるな。今度またこんなことをやってみろ、顔に傷じゃ済ませねぇからな」

 そう言って照はポケットに入れていた携帯を取り出し、下にいる陽に連絡する。一足先に陽から退散してもらい、その後照が降りて戻るからだ。

 すぐに照からの電話に陽は出て、あの場から立ち去ってもらった。

 ここにもお前にももう用はない、と言いたげに照は女生徒に一瞥してから階段を降りた。

 彼の背中を見ることなく、女生徒はずっと下を向いていた。

 やがて喧騒がなくなり、独りぼっちになって女生徒は膝から崩れ落ちた。

 両目に滴を溢れんばかりに溜めて、嗚咽混じりに本音を吐き出した。

「…………ワタシの方が、ずっとずっと……ずっとずっと前から……遊木宮照様のことを、愛していたのに……」

 過去、小学校の頃。

 二人は偶然出逢っていた。

 女生徒はイジメを受けていて、一人で泣いていた時に照と出会い、彼は隣でずっと泣き止むまで待ってくれていた。

 そして泣き止んだ後に、彼女の頭を撫でて笑いながらこう伝えてくれる。

「よく頑張ったな」

 その手は優しくて暖かくて、彼女を安心させてくれる手だった。

 そのおかげでイジメを乗り越えることができた。

 それから照に恩返しをしようとしていたが、彼は忙しくて自分のことに構っている時間がないと悟った。

 だから遠くから見守って、今度は彼のことを応援しようと誓ったのだ。

 さらに彼にとっての邪魔な存在は全て自分が排除する。もっと彼を高みへと行かせるために。

 そしていつか隣に立って、頑張ったって言い合える仲に成りたかった。

「なんで……なんでなの…………」

 その声はもう誰にも届くことはなく、ただただどこかに消え入るように無くなった。





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