文化祭 後編-1-
日が段々と地平線に降りていき、オレンジ色の世界が学校全体を包み込む。
先ほどまで賑わっていた学校も、今は落ち着きを取り戻している。
文化祭は無事に終わりを迎えることができた。
特に初日に行われた照のクラスの演劇は好評で、次の時間帯の劇をほぼ全生徒見に来たくらいだった。
しかし、結局初回の演劇は早めに切り上げ、余った時間は挨拶といった形で出演者全員で舞台に出た。
そしてそこで、一日目の文化祭ではもう演劇はしないで、二日目に一回だけまた行うことが発表された。
見に来ていた生徒たちは不満そうだったが、クラスメイトは全員納得した上での決断だった。
公演時間が終わり、三組は早々に片付けを済ませて自分たちのクラスに戻った。助っ人の陽も自分のクラスの当番があったため、ここで別れた。
照と瑛太だけは次の場つなぎがあったため、一緒に帰ることができなかったが。
それが終わって、二人はすぐに彼女がいる保健室へと向かった。
保健室には少し疲れた様子でベッドに座っていた彼女がいた。
つい先ほどまでクラスメイトがやってきていて、心配されていたという。
そろそろ病院へ行かせると保健室の先生が言ったため、照たちが来るより早くに退散していた。
「うわ、デカイ傷。大丈夫か?」
「はい。もう痛くはないです」
瑛太には正直に頬の傷を見せた。クラスメイトには心配をさせたくなかったため、登校途中で転んで足首が捻挫したと嘘をついた。頬の傷はガーゼで隠してやり過ごしたが、勘がいい人には恐らくバレていたかもしれない。
「それより、照くんたちの演劇観ましたよ!」
そう言ってベッドの近くにあるテレビを指さした。体育館に前から設置していたビデオを使って、保健室にいてもちゃんと観れることができたのだ。
「あれって全部アドリブなんですか? 最初のナレーションから違ってましたけど」
「照と陽が出るから、少しは変えないとなって思ったら、全部変えちゃったんだよね」
瑛太は笑ってそう言うが、隣にいた照の顔は渋い表情をしていた。
そのせいで照は、死んだ白雪姫に恋をする王子役を演じるはずだったが、急遽変更になって焦っていたのだ。
「陽ちゃんと鏡が演じてる時に照に小言を言われてね。少しは反省したよ」
「急に役割を変えるからだ」
「まぁでも上手くできてたじゃん」
反省したと言いつつそんな色が見えない瑛太だったが、半ば諦めていた。
「よかったです。劇が成功して」
そんな二人を見て、思わず飛鳥はその言葉を口にしていた。本当は自分も参加したかったはずなのに、みんなとやってみたかったはずだったのに。
そう思ってクラスメイトは飛鳥のことを気を使って計二回しか行わなかったのだ。
それでも、飛鳥は自分のことを後回しにしていた。
「夏撫ちゃん、そろそろ病院に行ったら?」
保健室の先生が掛け時計を見ながら飛鳥に言う。飛鳥が怪我をしたことをクラスの担任に口止めしていて、尚且つクラスメイトにも内緒にさせてもらっているのだ。もうワガママはできなかった。
それに、このまま照と瑛太と話していると、いつ壊れてしまうかわからないからだ。
だから飛鳥は、素直に頷いてベッドから腰を上げた。
「先生、お世話になりました。照くん、瑛太くん、残りの文化祭ちゃんと楽しんでください」
失礼します、と頭を下げて保健室から出ていった。頬に先ほどまで着けていたガーゼをまたつけ直して。
「ほら、お前らも早く文化祭してこい」
保健室の先生も、照たちに出ていけと言うように手で払う。とことん男には興味がないらしい。
二人もそのつもりで、飛鳥がいなくなったここにいる意味はもうなくなり、すぐに保健室から出た。
「なぁ、照」
保健室前の廊下で、誰もいないことを一応確認してから瑛太は照に問いかけた。
「これからどうするつもりだ?」
勿論この問いは文化祭のことではないことはわかっていた。彼女の傷のことである。
瑛太の頭では嫌な予感がしていたが、その予感は的中した。
「勿論、犯人を探す」
「飛鳥ちゃん、そんなことされても嬉しくないと思うけど」
少し前の飛鳥の態度を見て、瑛太はそう思っていた。相手のことを一切悪く思っていなく、自分のせいなんだと思っているに違いないと。
だからこの傷をつけた人を怒っても、きっと飛鳥は何も感じないだろう。むしろ謝るかもしれない。
だが、照はそれでも止めようとはしなかった。
「あいつのためじゃねぇ。俺のために探す」
「まぁ止めはしないけど。その人みたいに傷害事件だけは起こさないでくれよ」
飛鳥が先生にこのことを訴えればすぐに相手は危ない立場になるはずなのに、彼女はそうしないのはあのせいだろう。
優しすぎるバカ真面目な彼女だからだろう。
そんな彼女を傷つけた相手のことを、照は許そうともしなかった。
許さなくても、相手と同じことをやればそれは相手と同等ということになる。暴力に任せることは最低限止めてくれと、友達としてのアドバイスを送った。
そのアドバイスは無事届いたのかはわからなかったが、一応彼は頷いてくれた。




