文化祭 前編-5-
「あの……」
「ダメだよ」
「でも、そろそろ……」
「ダメ」
一方、保健室では飛鳥と先生が一進一退の攻防を続けていた。
照が出ていってから何度も飛鳥は教室へ戻ろうとするが、ことごとく先生に止められている。
他の先生に彼女の傷を言っていないこと自体ありがたいことだが、それはそれこれはこれなのだ。
「遊木宮に言われてるし。まぁ待ってなって」
「はぁ……」
あれから保健室には数名怪我をした生徒しか来ないまま、時間だけが過ぎていった。誰かが来た時には飛鳥は隠れてやり過ごしたが。
「しかしまぁ、あの遊木宮が丸くなったもんだね」
「やっぱり今より酷かったんですか?」
「そこら辺の不良よりね」
あの頃の照を懐かしむように先生は言う。
有無をいわさずの雰囲気でベッドを占領したり、チクらないように脅したり、勝手気ままにしていたあの照を見比べていた。
よく退学にならなかったな、と呆れたが。
「でもま、不思議と嫌いにならなかったんだよね。ほっとけなかった、なのかな?」
「なんだか少しだけ、その気持ちはわかります」
「じゃあそんな彼のことを信じて待ってなって」
「…………」
まるで親が子を見るような感じな二人だった。
「悠里とー」
「な、渚のー」
「二人合わせてサナギだ! 今日は私たちのライブに来てくれてありがとう!」
「……そんなコンビ名ヤだし、ライブなんて知らない」
「似合うと思ったんだがなぁ」
「悠里だけよ……」
「まぁそんなことはおいておいて、文化祭も始まってしまったな、渚」
「そんなことよりどうしてわたしたちはここで漫才をしなきゃいけないの? イジメ?」
「決してイジメではない。これが私たち青春系帰宅部の出し物だ」
「聞いてないわ」
「言ってないからな。言ってしまえば私たちは舞台の準備が整うまでの場つなぎだ」
「毎回やるの……?」
「部員全員に回すようにシフトを組んでいるから安心しろ」
「わたし、こういうの苦手なの知ってるでしょ?」
「あぁ。だからこそこうしてマイクを持たせてもらってるんだろ? これなら渚の小さな声でもみんなに届けられる」
「…………はぁ」
「だからそんなため息も拾ってしまうから、できれば次から私にバレないようにやってほしい。地味に傷付く」
「面倒。そもそもなんでこんなことをしようと思ったの?」
「楽しそうだったからだが?」
「…………」
「さすがにマイクあっても黙ると意味がないんだが」
「……確か次は二年の劇よね?」
「あぁ。白雪姫らしいな。我が部員もいるから期待していてくれ」
「悠里は白雪姫の内容知ってる?」
「確かなんでも答える鏡が出てくるんだよな」
「そうそう」
「で、猟師も出てくる」
「猟師なんて出てきた?」
「白雪姫は確か三回くらい殺されかけるんだったよな」
「…………?」
「それで結局、悪者は熱い靴を履かされて踊らされたんだよな」
「…………それ、グリム童話の方じゃない」
「生憎、私はそれで習ったから一般的な方を知らない」
「子どもの頃からそんな感じだったっけ?」
「ひねくれてた私を懲らしめようとばぁちゃんが気を使ってくれたんだ、きっと」
「それで今に至るのかな……」
「そんな目で見るな、恥ずかしいだろ」
「哀れんでる目のつもりなんだけど」
「ひどい!」
第一体育館、舞台裏。
一日目の文化祭は予定時間にちゃんと始まり、開かれた。
今日は学校内だけなので、活気は少ないもののこれでもかというくらいに盛り上がっている。
そんな中、ここ第一体育館にはほとんどの生徒が集まっていた。
「なんか満席なんだけど……」
「立ってる人もいるよ……」
チラッと見てみると、体育館内は薄暗いが確かに生徒たちはいる。事前に用意していたパイプ椅子にはすでに全部腰を降ろしており、それでも座れなかった人たちは立ち見をしている。
これもきっと、二年三組だからというわけではなく、そこに属している遊木宮照が劇に出るという噂を以前から知っていたからだ。
でも噂は噂。百聞は一見にしかず。自分の目で確かめに来たのだ。
実際この噂は白雪姫という題材をパンフレットに載った時に、誰かが言ったのだ。
もしかしたら遊木宮照が出てくるかもしれない、と。
「うわー、緊張してきた!」
「人、人、人、人……あれ、どれくらい食べればいいんだっけ?」
「お客さんはカエルさんだって思えば大丈夫、きっと……」
舞台裏で待機している三組の生徒たちはそれぞれで緊張が高まっていた。
だが、この三人だけはいつも通りだった。
「あはは、やっぱ照似合いすぎだわ」
「にーちゃんー、このまま結婚しよー」
「お前らくたばってろ」
衣装に身を包んだ照と陽、そして唯一台本を手に持ってる瑛太。
そんな三人のバカを見たクラスメイトは、なんだか緊張が解れてきたことを感じた。
「っしゃ、照、一言頼むぜ」
そう言って瑛太は照の背中を押して、みんなの中心にいくようにした。
突然のことだったので対応できず、なすがままにそこに着いてしまった。
「…………」
そんなこと考えてもいなかったし、何故俺なのかも疑問に思っていたが、それはすぐなくなった。
みんな自分のことを期待している眼差しで見ていた。
この眼差しを最後に浴びたのはいつだったのだろう、無意識にそんなことを考えてしまった。
純粋に遊木宮照を見る目。曇りなき瞳、何も疑わない眼差し。
本当に懐かしく、だからこんな簡単に彼の口から言葉が出てきた。
「じゃあ、やるか……みんなで」
おー!!!
クラスメイトが初めて一丸となった瞬間。
彼女だけがいないが、ここにいなくても心はちゃんと通じ合っているはずだ。
「お、準備万端みたいだな」
「ようやくこれ終わるのね」
その喝采はちゃんと表にいた二人にも聞こえた。
「渚は午後にもう一回あるからな」
「………」
「それでは、二年三組による白雪姫。どうぞ最後まで観てくれ!」




