文化祭 前編-5-
飛鳥のことを大まかに説明した照。さすがに頬の傷のことをはっきりとは言わずに、大きな怪我をしてしまったと言っただけだ。
そのせいで文化祭には出れないことを伝えた。
それを聞いた陽を含めたクラスメイトたち全員は驚きを隠せずにいた。
驚きの後にみんなは、飛鳥の容態のことや劇のことに心配を抱いていた。
だが照は心の隅で一つだけ不安があった。
「なんで照が知ってるの?」
その返答が怖かった。
もしかして照が発端なんじゃ、と言われた暁には本当に細かいことを教えなければならない。
さらにそれが作り話と疑われ、照本人にも疑いがかけられること。
そのことが怖くて、クラスメイトに話すことを最初は躊躇った。
けれども、照自身は飛鳥に言ってしまったのだ。
待っていろ、と。
クラスメイトの第一声に、照は緊張する。
初めに声をあげたのは瑛太だった。
「飛鳥ちゃんがいないんじゃ、どうする? 代役でも立てるか?」
みんなにそう提案した。照の嫌な先入観を察して一旦彼の元からクラスメイトの視線を外そうといった行動だ。
それに陽も乗ってくれた。
「そのためのオレじゃねーのー?」
「でも全部覚えられるのか? 俺らのクラスは生憎と一番最初なんだ」
第一体育館のステージは順番で使うことを既に決めていて、照たちのクラスが先発を任せられていた。
それでステージの準備も練習していたので、今順番を変えるのは無理なのだ。
公演まで準備を入れると二時間もない。
そんな短い時間で主役のセリフと振り付けを覚えることは流石の陽にも至難のものだ。
「じゃーにーちゃんはなんでオレのこと呼んだんだー?」
陽の言葉でクラスメイト全員が改めて照を見る。その瞳には不安な感情が大半だった。
でも照は自分の考えたことを発表した。
「あいつの代わりは陽だが、シナリオをアドリブだけにする」
しかしその考えは、みんなにとって驚きといった受け入れ方しかできなかった。
「アドリブって……」
「そりゃ、確かにそうすれば陽ちゃんの負担はなくなるけどさ……」
「一時間近くもアドリブを即興で考えるの……?」
このクラスの劇、白雪姫は一時間を予定していて、つまりその時間分の台本をその場その場で考え続けなければならなくなる。
それの不安と戸惑いを感じていた。
しかし、それを照はすでに考慮していた。
「シナリオ自体は変えない、会話の内容を変えるだけだ。他に司会進行がこの台本を読みながら進めるから完全なアドリブだけの劇じゃない」
瑛太が丸めて持っていた台本を指さしながら言う。司会進行役が舞台をよく見て話の流れができたところですかさず進める。
最悪劇が焦って止てしまった時も強引に進められることができる。
「その司会進行を瑛太、お前でいいよな?」
「じゃあ、余った王子役は照になるぜ」
元々瑛太の役は王子だったので、そこに空白ができると自動的に誰かを足さなければならない。
王子も白雪姫同様、出番は少ないが大切な役割なので失敗は許されない。
だから瑛太はそう言ったが、本人は内心照はやってくれないとわかっていた。
買い言葉に売り言葉。次は否定の言葉で返されると思っていた。
「わかった。台本よこせ」
だから照のその行動には思わず目が点になってしまった。
固まってしまった瑛太の手から台本を抜き取り、王子の出番を軽く確かめる。
「これでいく。他に何かあるか?」
念のためクラスメイトの意見を聞いて、自分の考えに何か間違いがあるかどうか確認してみる。
が、クラスメイトは意外そうな表情で照を見ているだけで、誰も意見を言わなかった。
そんな彼らだったが、照の言ったことに反対をする者は誰一人としていなかった。
むしろ快く引き受けた。
「面白くなってきたな!」
「飛鳥ちゃんのためにも、絶対成功させようね!」
「どうなるかワクワクする!」
ざわざわと、これからへの期待感にクラスメイト全員は高まっていた。
この光景を見てホッとした照だったが、一つ気になることがあって隣にいる陽に訊ねる。
「お前んとこは大丈夫だよな?」
「もちー。元々観に行くよてーだったしー」
そんなことを聞いてくる照を意外そうに見ながら、陽は答える。
それもそうだったな、照は疑問が解消されてクラスメイトに向き直った。
「あの……」
「ダメだよ」
「でも、そろそろ……」
「ダメ」
一方、保健室では飛鳥と先生が一進一退の攻防を続けていた。
照が出ていってから何度も飛鳥は教室へ戻ろうとするが、ことごとく先生に止められている。
他の先生に彼女の傷を言っていないこと自体ありがたいことだが、それはそれこれはこれなのだ。
「遊木宮に言われてるし。まぁ待ってなって」
「はぁ……」
あれから保健室には数名怪我をした生徒しな来ないまま、時間だけが過ぎていった。誰かが来た時には飛鳥は隠れてやり過ごしたが。
「しかしまぁ、あの遊木宮が丸くなったもんだね」
「やっぱり今より酷かったんですか?」
「そこら辺の不良よりね」
あの頃の照を懐かしむように先生は言う。
有無をいわさずの雰囲気でベッドを占領したり、チクらないように脅したり、勝手気ままにしていたあの照を見比べていた。
よく退学にならなかったな、と呆れたが。
「でもま、不思議と嫌いにならなかったんだよね。ほっとけなかった、なのかな?」
「なんだか少しだけ、その気持ちはわかります」
まるで親が子を見るような感じな二人だった。




