文化祭 前編-3-
照が来る前のこと。
飛鳥は指定された場所に一人で向かっていた。
手紙を手に持ち、ゆっくりと歩いていく。
「ここ、ですよね?」
屋上前階段の踊り場にたどり着けた飛鳥だったが、そこには人っ子一人いなかった。
そこでようやくもう一度見た手紙には時間の指定がされていないことに気付いて、どうしようと不安になっていた。
本当は昨日のことだったりしたのか。そう考えてしまうと送り主には失礼なことをしてしまった、とこれからどうしようと考えたら、
「来てたのね」
丁度階段下からこちらに声をかけてきた人がいた。飛鳥はその方に向いて見ると、そこには三人の女子がいた。
三人全員飛鳥の知らない生徒だが、上履きの色が飛鳥と同じなので同学年ということだけはわかった。
「あの、ボクに何か用ですか?」
何かしでかしてしまったのか。心当たりはなかったのだが、自分でも気付かないうちにしてしまったことも有り得る。彼女なら尚更だった。
そんな飛鳥に、三人はズカズカと近付いてくる。それはまるで親の敵のような鋭い目付きで。
合計四人が踊り場にいて、飛鳥を取り囲むようにして三人は位置についた。
飛鳥の正面に立った女子が前置き無く話しだした。
「遊木宮照様を劇から降ろしたのはあなたなの?」
遊木宮照様。
それでこの三人がどういう人達なのかが飛鳥でもわかった。
たまに飛鳥はこういった過激な照酔狂派に突っかかってこられる。大抵は、照とはどういった関係なのかと訊かれるだけなのだが。
今は少しだけいつもとは違う状況だった。
「どうなの?」
照が劇から辞退した詳しいことは誰にも言っていないはずだった。
もしかして照本人が言ったのか。そう考えられるが彼は自分のことを親しい友だちにもあまり言わないため、その線はなくなる。
そうなるとどうやってこの女生徒は知ったのか。
飛鳥がそんなことを考えていると、その女子はイライラとしているように片足で地面を叩き始めた。
「えっと、どこでそんなことを……?」
「そんなこと? 遊木宮照様をそんなこと扱い!?」
思わぬ失言をしてしまった飛鳥に、女子たちは一歩彼女に迫る。
逃げ場がない飛鳥はどうしようもなく、立っていることしかできない。
「大体、あなたは遊木宮照様とどういう関係なの? 随分親しげだけど」
「て……ゆ、遊木宮くんとはただの友だちですけど……」
できるだけ穏便に済ませたいと思っている飛鳥は、これ以上相手を刺激しないように慎重に言葉を選んだ。
が、相手は全く飛鳥の言葉なんて聞いていなく、ただただ質問攻めを繰り返した。
「じゃあただの友だちなのに毎日登下校一緒で楽しそうなのはどうして?」
思わぬところを突かれて彼女は次に放つ言葉が出てこなかった。
さらに女子は畳み掛けてきた。
「ただの友だちなのにそんなことを平然とするなんて、ビッチとしか思えないけど」
「ち、違います!」
「どこが? 毎日一緒に登下校してるのが? 遊木宮照様と友だちなのが? ビッチなのが?」
穏便な話し合いなんて最初からなかった。
そんなこと、女生徒たちは思いもしていなかった。
「いつもいつも仲良くしてもらっていて。なんにも知らない転校生のくせに、生意気なの」
「仲良くしてもらっているのはわかっています。ならどうしてあなたたちも、て……遊木宮くんに話しかけようとしないんですか?」
「それができるあなたはとんだクソビッチね。遊木宮照様はワタシたちとは対等な位置にいないのよ? それなのにあなた、自分が遊木宮照様と同等だと思ってるの? そもそも様を付けなさいよ、クソビッチ」
「人を神のように扱うことはよくないです。きっと……遊木宮くんだってそう思って」「それ以上遊木宮照様を呼び捨てにするなクソビッチ!!」
怒りに身を任せた女子はポケットからある物を取り出した。それを見た他の三人は驚きを隠せないでいた。
「う、嘘でしょ……?」
「聞いてないよ、そんなこと……」
女子の連れの女生徒二人も、こんなものが用意されていたなんて知らなかったという反応を示す。
もっとも、それを向けられた飛鳥が一番驚いていた。
「言いなさいよ。遊木宮照様って」
女子が両手でしっかりと持つそれは、銀色の輝きを放つ刃物。刃を長くして持ってるそれはカッター。
彼女の目は本気だった。飛鳥を躊躇なく切ろうとしている。
だが飛鳥は不思議にも、驚いただけで恐怖は芽生えていなかった。
いつ自分が切られるのかわからない不安や恐怖がやってくるはずなのに、どうしてかそれはやってこない。
それは、おそらくこの女生徒に同情したからだ。
「…………それをしまってください。どうしてそうなるまで遊木宮くんのことを……?」
「……ッ!」
刹那。瞬き一つの出来事だった。
怒りと恨みを乗せたその刃物は、ビンタをするように簡単に飛鳥の頬を切り裂いた。
切られた。と頭で理解するのと同時に頬が熱く痛く感じてくる。切られたところは赤くなり、そして赤い液体が垂れ始める。
手やハンカチで押さえなければならないのに、彼女は動くことができなかった。
やがて、女生徒は彼女のことを先ほどとは比べ物にならないほどの目付きで睨みつけ、
「……ずっと前からワタシは、遊木宮照様のことが慕っているの。あなたにはわからないくらい、ずっとずっと前から」
そう言い捨てて階段を駆け降りて行ってしまった。うっすらと瞳に滴を浸らせて。
他の女生徒二人も、それでようやくその場から動けるようになり、彼女の後を追いかけるようにして去っていった。
一人、ポツンと取り残されてしまった飛鳥は、まだボーッとしていた。
女生徒の言葉が何度も何度も脳に響く。
何も考えられずに、ただそれが繰り返される。
どれくらい時間が経ったのかは定かではないが、彼女が気がついた時に、隣に渦中の人物がいた。




