文化祭準備-4-
「で。悠里はここにいていいの?」
「あぁ、大丈夫だ。演劇の方はばっちりだ」
一方、悠里たちのクラスはいつもの教室の風景とは一変していた。
机は四個を使って四角いテーブル代わりになり、その上に可愛らしいテーブルクロスが敷かれている。
張り紙でいっぱいだった掲示板も、他の壁も紙で作った花をたくさん飾っている。
そして黒板には、喫茶店にようこそ! と書かれていた。
「それよりすまなかった。ほとんどクラスを手伝うことが出来なくて」
「それに関してはみんなで悠里に当日やってもらいたいことがあるから、それをやってくれればいいわ」
「ふむ、わかった」
内容のことを全く聞かずに了承してしまったことを、後日後悔することをまだ悠里は知らない。
「スミマセーン、演劇部部長の悠里さんいますかー?」
と、突然常時開けられている扉から悠里を指名するような声が教室中に響いた。
みんながその人物に注目するが、彼女は見られることに慣れているらしく、変わらない態度のまま悠里のことを待った。
悠里も隠れることをせずに、彼女に返事をした。
「私ならここにいるぞ」
言いながら悠里は彼女に近付く。彼女のことは顔見知りの仲だったので、特に警戒せずに歩み寄る。
が、隣に何故か当然のように渚もついてきていた。
「少しいいですか?」
「別に構わないが。どうかしたのか?」
「あのですね、第一体育館を演劇部も使いますよね? 最終確認のため、リーダーに集まってもらうんです」
「わかった。なら行こう」
二人の会話は事務的だったはずなのに、目ざとい渚は悠里に質問してきた。
「知り合い?」
「ん? 渚も知ってるだろ、百合子だ百合子」
「だから百合子って呼ばないでくださいよー。悠里さんのせいで会長にまで呼ばれてるんですからー」
百合子。
演劇部の脚本担当と生徒会書記を掛け持ちしている二年生。
渚も確かに名前は知ってはいたが、実際に会うことは初めてだった。
「そう。あ、遅れたけど瑞凪渚」
「あなたが瑞凪渚さんだったんだ。あなたの話は悠里さんから聞いてるよ」
「ふーん……」
何故かあまり機嫌が良くない渚に対して、なんとなく百合子はそのことを察した。
「少しだけだから。ね?」
「まだ何も言ってないわ」
「なら渚さんも来る?」
「いい。まだ仕事が残ってるから」
機嫌が悪いまま、渚は先ほどいた場所に仕事をしに戻っていってしまった。
からかいすぎたかな、と少し反省をする百合子だったが、悠里は何も気付かずに先を促した。
「じゃあいこうか」
「はい。ちゃっちゃと済ませましょう」
「お疲れ様でしたー!」
文化祭を前日に向かえて最後の練習。
それが無事に終わり、飛鳥たちのクラスは他のクラスより少し早めに切り上げた。
今日くらいはしっかりと体を休めて明日を万全な状態で迎えるためだ。
飛鳥もそのまま、真っ直ぐ家に帰ろうとしたが、
「……あれ?」
校門から出てすぐのところにキャリーケースを椅子にして座っている一人の女性が、タバコを吸いながらぼーっと下校していく生徒たちをただ見ていた。
無造作に伸ばされている純白な髪は地面にまで点くほどの長さで、勿論今その綺麗な髪は地面に付いてしまっている。一花ほどではないが、目元に髪が届いており、その間から周りを見ているみたいだ。
耳には銀色の太陽の形をしたピアス。両手首にはいくつものブレスレット。お洒落として指輪まで着けていた。
更に白を基調とした服装を着こんでいて、そんな目立つ彼女の横には灰皿代わりの空き缶が置いており、飲み口に灰と吸い殻があったため、長い時間こうしていたことがわかる。
ほとんどの生徒は怖がっていたものの、一部の生徒はその女性のことを気にしていたが、女性は全く気にしていないまま、生徒たちを見ていた。
必然的にマイナスのイメージを持ってしまっていた飛鳥だったが、自分でもよくわからないままその女性に近付いていっていた。
「あ、あの……誰か探しているんですか……?」
頑張って勇気を出して声をかけてみる飛鳥。その言葉で女性は飛鳥を正面から見た。
ギロり、と効果音がつきそうな睨まれ方をされたが、照のおかげでそれに対する耐性だけはあったから耐えることができた。
しばらく両者は黙って互いを見ていたが、先に動いたのは女性の方だった。
女性はまだ吸い途中のタバコを空き缶の中に入れて、立ち上がった。
「キミ、もしかして夏撫飛鳥ちゃん?」
「え、な、なんで知ってるんですか……?」
まさか自分のことを探していたことに気付くわけがなく、そこは素直に驚いてしまった。
飛鳥の反応を見て本人だということを確信した女性はマジマジと飛鳥を見た。
「こんな格好なのに話しかけてくるなんてそうそういないし。まぁテルルンとアカリンになるべく似せたということもあるのかな」
「は、はぁ……」
確かに雰囲気はあの双子に似ていた。だから飛鳥は話しかけることにしたのだろう。
そしてふと疑問に思ったことがあった。
「てるるん……あかりん……?」
聞き覚えのある名前。
頭に浮かんできたあの双子。
まさかと思った時には答えが出されていた。
「聞いてなかったかな。カガリンは遊木宮輝。キミの知ってる遊木宮兄妹の姉だよ」
「………………え」
そのことで驚きすぎて、持っていた鞄を無意識に落としてしまうほどだった。




