文化祭準備-3-
文化祭が近付いてくるごとに、こんなことも多くなっていた。
「後夜祭で一緒に踊ってくれませんか!?」
本人を呼び出して二人っきりの状況を作り、よかったら是非といった気持ちをぶつける。
ここは屋上前の空いた空間。
いつもなら来る連中はサボりくらいしか来なく、今はそれどころではないため、絶好の呼び出し機会である。
「あー……ごめーんー。にーちゃんと踊るからー」
本日ここに呼ばれた回数トップの陽は慣れた口調で女生徒を諭すように言う。
兄と踊るというブラコンっぷりより、兄と踊ってくれるという気持ちの方が高まり、ほとんどの頼んできた女生徒は顔を赤らめて去っていった。
「あーあー、疲れるなー」
一々文化祭の準備で忙しい教室から出て行かなくてはいけないため、面倒だとため息をつくしかなかった。
クラスメイトも陽の人気っぷりはとっくに周知なので気にはしていないが、それでもだ。
「きゅーけー……んー? 誰かいんのー?」
階段下に人の気配を感じて、陽はその人物に呼びかける。彼はまさか気付くとは思っていなかったので、思わず間の抜けた声をあげてしまった。
その声でようやく彼の正体がわかった。
「そこにいんのはお前かー」
「ごご、ごめんなさい……あのあの! 盗み聞きする気はなかったんです……」
素直に陽の前に姿を現したのは奏汰だった。
陽が女生徒と一緒にどこかへ向かっているのを見つけたので、なんとなくついていってみたらこうなってしまったのだ。
見なかったことにして立ち去ろうとしたものの、あっさりと陽に見つかってしまった。
「あ、あの……い、いつもあんなこと言われてるんですか……?」
何故か勝手に気まずいと思ってる奏汰は陽にそんなことを訊いてきた。
そんな奏汰の思考なんて知りもしないで陽はあっさりと答える。
「そだなー。いつもは告白されてるけどー」
「え、え、えええぇえぇえエエええ」
思考回路がショートし、頭の中がこんがらがってしまった奏汰。確かに陽は人気だ。それに惹かれる男子も少なくないはずだ。
それでも陽は誰からの返事も応えていない。その理由は重度のブラコンだからだ。
それなのに一向に告白される回数が減らないのは何故なのか。
一度に余計なことをたくさん考えてしまっていて、陽の言葉が耳に入っていなかった。
「女子のほーがおーいーんだよなー。なんでだろーなー」
「……あ、えと、あの……」
「んー?」
ようやく冷静になれた奏汰はずっと聞きたかったことを聞こうとする。
指をモジモジと動かして、やっと言葉を切り出せた。
「こ、こんなこと聞くのは野暮かもしれないですけど……どど、どうして、その……誰かと付き合ったりしないんですか? そうしたら、告白とかされたりしないんじゃ、ないですか……?」
奏汰のその言葉は陽の体の中にすっと入っていった。意外にもそんなことは考えたこともなかったらしく、おおー、と逆に感心していた。
「そうだなーその手があったかー。お前天才かー」
「え、いや、普通ですよ……」
「そっかー。じゃーにーちゃんと付き合ってるって言えばいーのかー」
「それは、普通じゃないですよ……」
ダメかー、と割とショックを受けていた陽だったが、何を思いついたのか、掌を叩いた。
「じゃーお前でいーやー」
「………………はい?」
陽が言ったことがイマイチよくわからなかった奏汰が聞き直そうとする。
いや、わかるが、それを簡単に肯定できるほどの器量を持ち合わせていなかった。
「だからー、お前と付き合えばいーんだろー?」
「………………あ、あのそのえっと……そんな簡単に決めていいんですか?」
つい他人行儀みたいになってしまうほど奏汰の頭の中は混乱としていた。
さらに陽はトドメと言わんばかりの一言を奏汰にぶつけた。
「だってオレー、お前のこと恋してるらしいしー」
「……………………」
完全にノックアウトだった。真正面からのドストレートなその言葉にはそれほどの威力があった。
これで奏汰の頭の中は完全に真っ白になった。何も考えられない、何もできない。
そんな無反応な奏汰に陽は、あれーと首を傾げる。
やがて、何も言わずに奏汰はその場に崩れ落ちてしまった。




