文化祭準備-2-
「おーっす。手伝いに来ましたー」
文化祭まで残り二日。
今日からは授業はなくなり、一日中文化祭の準備をすることができる。
準備が忙しくなり、人手があっても足りないと思って欲しくなる頃。
此恵が配属されている一年一組も例外ではなく、その問題をなんでも部にお願いして解消した。
今日になってようやく来たということは、それくらいなんでも部は忙しいということだ。
「あ、瑛太センパイ!」
一年のクラスに先輩が来たことにはクラス全員驚きはしたものの、とにかく人手が欲しかったため頑張って緊張しないように心掛けていた。
「よう。遅くなって悪かったな」
依頼をしたのがたとえ瑛太の友達だとしても、差別なく公平に対応するのがなんでも部。
それに伴い、今日ここにいるのもあまり長くはない。
「じゃあ何を手伝えばいい?」
「えっとですね、イッチーたちのところを手伝ってくださいです」
「ん、了解」
教室の隅の方にいる一花のことを指さして言う。あんまり人に指をさすなよ、と一言言ってから瑛太は一花がいるところへ向かった。
一花は女子数人と集まって縁日に必要な小道具を作っている最中だった。
その集団に瑛太がやって来ていることに気付いた一人の女子が黄色い声をあげる。
「箕来先輩! ずっと話してみたかったんです!!」
それは思わず作業をしていた手が止まるほど感極まっていた。
他の女子は、あははと苦笑いをしていたが、本人はあくまで本気だった。
「んー、俺も話したいけどさ、作業しながらでもいいよね?」
「そうですよね! そうします!」
キャー、と嬉しそうに先ほど作業していた倍以上のスピードで手が動いていた。
「それで、何をすればいい?」
さり気なく一花の隣に座った瑛太が聞いてくる。彼女は最初驚きはしたものの、此恵と話すようなリラックスした気持ちで説明した。
「えっと、これを……」
瑛太と付き合っているということを彼はちゃんと隠して接してくれているため、自分がヘマしたら元も子もなかった。
だけど、少しだけ心に何かがチクッと刺さったような感覚に襲われた。
「はぁ〜……」
なんでも部と同じかそれ以上に多忙なのは生徒会という組織かもしれない。
そんな生徒会の生徒会長は頭を抱えてため息を先ほどからついてばかりだった。
「どうかしました? やっぱり文化祭のことですか」
「見りゃわかるだろ……つか、俺よりあいつの方がしんどそうだ」
そう言ってチラッと、パイプ椅子に座り長テーブルにある電卓と紙束とにらめっこしている会計の姿を見た。
何度も電卓のボタンを叩き、紙束に書かれてある数字をひたすら見続けている。
「……いや、なんか楽しそうに見えるから俺の方がしんどい」
「保戸野木会計、活き活きしてますね」
一般の人にとって苦行でしかない行為のはずだが、彼女のその目は数字を見るごとに輝きを増しているように見えていた。
「ふっふっふ……ククク……」
一度こんなふうにハマってしまうと誰にも止められなくなることは志馬がよく知っていた。
だから彼女を信じて、志馬は仕事を再開しようと背筋を伸ばす。
「百合子、悪いけどその仕事が終わったら第一体育館のステージを使うクラスの代表者を集めて流れを再確認してきてくれるか?」
「わかりました。それと、百合子はやめてくださいってば」
笑いながらも書記である百合子は席から立ち上がる。既に仕事は片付いていたようだった。
仕事に熱心なのは彼女も同じだった。
「ふー……よし!」
百合子が生徒会室から出ていき、志馬は頬を叩いてから目の前にある仕事の山を片付けに入った。
「…………ところでさ、初歌」
しばらく紙にペンを走らせている音とボタンを叩く音が生徒会室に響いていたが、その空間に志馬が言葉を発していた。
自分の声が彼女に聞こえているかわからないが、それでも彼は言い続けた。
「後夜祭のこと、なんだけど……」
その言葉で初歌の動きが止まった。確かに彼女には聞こえていたようだった。
後夜祭。それは文化祭二日目の終わりに始まる宴。
一般者を退場させた後、片付けを行ってそこから出た可燃ゴミを校庭でキャンプファイヤーのように燃やすのだ。
時間帯は自然に薄暗くなるので、その炎を見ながらフォークダンスを踊るのがこの学校の恒例となっている。
「……お前がよかったらでいいんだけどさ」
「…………」
ドキドキ、と心臓の音が高まってきている。
相手に聞こえているのではないかと思うほど、その鼓動は速く大きなものだ。
「……俺と、一緒に…………」
「…………!」
緊張して声が上手く出てこない。
それでも、この思いを伝えなければならなかった。
「わ、我も……」
「進行役をしてくれないか!?」
間。
思っていた反応と違い、あれ、と二人の間に変な空気が流れた。
そしていち早く気付けたのは初歌で、はぁとため息をついてガッカリしたような表情になっていた。
「え、どうした初歌?」
「………………構わぬ。共に眷属たちを導こう……」
明らかに声音も下がっていて、なんとも言えない雰囲気をまとって仕事を再開し始めた。
まだ理解できていない志馬は、頭にクエスチョンマークを大量に浮かべて初歌を見つめていた。
「…………愚か者……」
その小さな呟きは志馬には聞こえず、虚空の彼方に消えてしまった。




