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文化祭準備-1-

 夏休みがあっという間に終わりを告げ、九月。

 文化祭の準備をし始める時期になってきていた。

 勿論授業は始まるが、放課後に残って準備を進める人が増えてくる。

 夏休みからそれを行っていた人たちは、夏休みの延長のような感じで用意している。

 そのような人たちは、飛鳥たちのクラスに当てはまった。

 彼女らは劇の練習で時折学校に登校してきて全体で練習したり、個別で特訓をしたりして演技に磨きをかけていた。

 役職も全て決まり、後は衣装や背景の創作だった。

 衣装は裁縫が好きな女子たちが力を合わせて作ってもらい、役がない他の人たちは背景作りをする。

 背景は大体完成していて、衣装も半分はできていた。

 クラス一丸となってこの劇を絶対に成功させようとしていた。

 が、たった一人だけ参加していなかった。



「…………わかったか? 俺はまだクラスメイトが怖い」

 照は過去に体験した話を飛鳥に告げた。

 中学の嫌な思い出を語って、そのことが昨日のように鮮明に思い出された。

 いつになく長話をしてしまった照だったが、飛鳥は固まってしまっていた。

 だから言うことを躊躇っていたのだ。こんな話を聞かせれたところで反応はわかりきっている。この飛鳥が良い例だ。

 ようやく言葉を発した彼女の第一声が、

「…………ごめん、なさい……」

 嗚咽混じりの、そんな言葉だった。

 口元を塞ぎ、目に涙を溜めて。

 こんなくだらない他人の過去話を聞いて感情移入をしたのかと、照は飛鳥のことをそう感じていた。

 しかし、次に出てきた言葉は照が思っていたそれではなかった。

「グズッ……照くん……こんな、辛いことを話してくれて……っ、ごめんなさい……」

 照の辛い過去を思い出させてしまったことに、飛鳥は嫌悪感を抱いていた。

 瞳に溜まり続けた涙は頬を伝って流れ落ちたり、口を塞いでいる手に乗っかったりした。

 てっきり同情していると思ってた照は、彼女のその想いに呆然としていた。

 しばらく彼女の鼻の啜る音と嗚咽が照の部屋に響く。

 照も彼女が落ち着くのをじっと待ち続けた。

「ッグ……グスン…………」

 何故彼女は他人の辛い過去を聞いただけでここまで悲しむのだろうか。

 泣き続けている飛鳥を見ながら、ふと照はそんなことを思っていた。

 自分だったら、ふーん、と一言で片付ける自信があった。

 それは例外だとしても、一般的だと同情するだけであろう。

 それなのに、飛鳥は今もこうして泣いている。

 今の照には理解できなかった。

「……ごめんなさい。もう、大丈夫です」

 涙が枯れて腫れた瞳を擦り、流れた後をハンカチで拭いた。

 ようやく自分が異性を前にして号泣していたことに気付いてしまった飛鳥は、顔をほんのりと赤く染めていた。

 もう大丈夫だと言った彼女だったが、それは最低限なもので、またすぐに泣き出してしまいそうなほど脆くなっている。

 そのことを把握しておきながら、改めて照は飛鳥に問いかけた。

「それで、まさか俺のこんな話を聞きにきただけじゃないよな?」

 この話は経過点にすぎないはずだった。

 これに基づいた言いたいことが何かあったはずだと。

 しかし飛鳥は照のそんな考えを否定するように首を振っていた。

「照くんの話を聞いて、ボクの中で決心をつけようって思ってたんです」

「決心?」

「はい」

 それでようやく飛鳥は照に目線を合わせることができた。その目はある決意を秘めていた。

「照くん。照くんは主役をやらなくて大丈夫です」

「…………」

 飛鳥のそれはいまいち照には伝わらずに首を傾げられてしまったが、段々と理解してきた照は少し驚いていた。

「なんだよ、急に」

「照くんにあんな過去があったなんて知らずにボクは無理矢理照くんをみんなの前に立たせようとしてました」

 自覚あったのか、と照は多少イラつきはしたものの、飛鳥は気付かず続けて喋っていた。

「過去の話を聞いて、それを克服するために尚更舞台に上がった方が本当はいいと思います」

「どっちだよ」

「でも、ボクが照くんの立場だったら絶対に失敗する」

 もし照の過去を体験した自分が舞台で演劇をしろと言われたら、頭が真っ白になり余計にダメになると。

「だから今はクラスメイトの人達のことを見てもらいたい。照くんが思ってるよりずっと優しいですから」

 そんなことはとっくに知っていた。

 知っているけれど、裏があると考えてしまったらもう戻れない。

 悪循環が続き、最悪なことになる。

 それを避けるためにも、今まで照はあまりクラスメイトと交流を図ろうとはしていない。

 心の奥底に根強く張った恐怖は、そんな簡単に抜けるはずがない。

「…………劇、観るだけ観てやる」

 そう言い残して、くるりと飛鳥に背を向けて居間から出ようとした。

 自分勝手なことに怒ったらどうしようと飛鳥は少し思っていたが、照のその反応を見て嬉しくなった。

「絶対成功してみせます! 観ててください!」

 クラスメイトのことをより知ってもらうために。

 照が一歩でも多く克服の道を進んでくれることに。

 改めて演劇の成功を固く決意した飛鳥だった。





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