過去話 遊木宮照
照は陽より少しだけ早く生まれた。
その時の家族は、両親と照より三つ歳上の双子の兄妹、暁と輝がいた。照と同じく一卵性双生児だ。
照は次男として生まれ、二人が加わって六人家族になった。
「ゆきみやちゃんたちってなんでかおおんなじなのー?」
「なんかこえーけど、おもしれー!」
幼稚園の頃はそれで人気になった。先生たちも、暁と輝のことを知っていたため、最初ほどの驚きはしなかった。
小学校に入り、あの遊木宮兄妹の兄妹として学校を賑やかせた。
暁と輝の有名度はいつも一緒にいる照たちにはわかっており、両親にも暁と輝に負けないように頑張ってほしいと言われていた。
暁の運動神経は抜群で、何をやっても上手にできて尚且つ応用まで手を伸ばせるほどの天才型。
輝の知識量は豊富で、小学生にしてすでに中学後半の知能を身につけた努力家。
まさに二人はクラスメイトのヒーローで、みんなに好かれていた。
そんな双子の弟妹にあたる照と陽にも、自然と注目を浴びることも仕方のないことだった。
が、みんなの想像していたものとは違った。
照は何をしても中の上並の実力で、思っていたほどの期待を得ることはできていなかった。
そんな照の分を吸収したかのように陽は何をしてもうまくいき、まるで暁と輝を足したような存在になっていた。
自然と陽の方にしか注目は浴びていなく、両親も照に色んな習い事をさせた。もしかしたらこれなら、といった願いを込めて。
しかし、照は何も上手にできなかった。出来はするがそれ以上はできない。
それでも、照は陽に負けないためにも頑張った。輝という努力家と同じかもしれなかったからだ。
現実から目をそむけるように、習い事を熱心に取り組んだ。
そしてその努力は、中学に入って実った。
短距離走。
それだけ陽に勝つことができた。
他は何も勝てなかった。
しかも、陽には勝てても暁の記録には勝てなかった。
照がこんな悩んでいる一方で、三人はさらに実力を伸ばしていった。
自分は一つしかできないのに対して、三人は自分よりたくさんの実力がある。
それがコンプレックスになっていった。
遊木宮という名前が色んなところに出る度に自分の情けなさを確認させられた。
両親も割り切ってしまい、照には短距離以外何も求めなかった。
それでも照はめげずに頑張った。まだ心から笑っていられた。
仕方無いんだ。これが自分なんだ。と。
笑い話としてみんなに話せた。
だけどそれは中学二年までだった。
ある日、照と暁は二人で都内に遊んでいた。いい天気の下、服を買いに来ていた。
夕方になって、そろそろ帰る時刻になって駅に向かっていた時に。
不運にも事件に巻き込まれてしまった。
通り魔に襲われたのだ。
その通り魔はすでに五人を包丁で斬りつけていて、次の標的に照たちが選ばれてしまったのだ。
走ってこちらに向かって来る通り魔にいち早く気付いたのは暁だったが、通り魔は照に斬りかかろうとしていた。
とっさに照を庇おうとして、照を自分の後ろに無理矢理押し倒した。
照を刺そうとしていた通り魔も、標的がいなくなってとっさに照の前にいた暁に変更した。
そして、暁はなんの抵抗もできないまま、通り魔に刺されてしまった。
何が起こったのかわからないまま、照は地面に叩きつけられた痛みを抑えながら状況を把握した。
通り魔も殺す気はなかったのだろう、包丁がそんなところに刺さっていたことに酷く驚いて腰を抜かしていた。
暁は照を守るようにして、心臓を刺されて倒れていた。
それからようやく警察が来て通り魔を逮捕することができたが、暁は救急車に運ばれるものの、帰らぬ人になってしまった。
そのことは世間に広まった。遊木宮暁がこんな若さでこの世を去ったことを。
運動系でその名を轟かせていたので、その手の人たちにはショックを与えた。
葬式は身内のみで行われた。
家族は落ち込み、泣いて悲しんでいたのに照は全く何も思っていなかった。
暁が死んだことに脳が追いついていなかったからだ。
またいつものように家に帰ったら一緒に遊んでくれるんだと。
照たちが学校に復帰して、当たり前のように暁のことについて言及された。
嘘だよね? 本当はいるんだよね?
信じたくない人たちが大勢いた。
が、クラスメイトの誰かがポツリと言ってしまった。
「なんでお前が生きてるの?」
それは鮮明に照の脳に入ってきた。
それでようやく暁の死に直面することができた。
なんで俺が生きているんだ。
なんで暁がいなくなるんだ。
出来損ないのくせに。何も出来ないくせに。何もかも暁より劣っているくせに。
それから照は心を閉ざしてしまった。
何もする気が起きなかった。何をしても無駄だと悟ったから。
誰も自分を必要としていないから。
クラスに自分の居場所はなくなった。誰かのあの一言で壁を感じてしまったから。
教室に入る度に陰で何か言われているように見えた。
そんなことを考えているうちに、何故かがむしゃらになって照は走った。走っていると気が紛れると思い込んだからだ。
ある日は倒れるまで走り、ある日は台風の中で走り、ある日は眩しい太陽の下で走り。
何か思うごとに走った。
がむしゃらに走ってからの照は変わってしまった。
いつもは自分の実力を笑っていたが、その話をされると睨んで去った。
遊木宮と呼ばれても返事をしていたが、次第に無視していくようになった。
学校も毎日無遅刻無欠席だったが、無断遅刻早退欠席が増えていった。
笑顔で友達と会話していたが、事務的な話を無感情で返すようになった。
家族も親友も、照の豹変に何も言えなかった。何か言ったら照という小さな存在が壊れてしまいそうだったから。
荒んだ中学校生活はあっという間に過ぎた。
高校はスポーツ推薦で決めて、一人暮らしを前から両親に言っていた。
そのことについては両親は反対せず、照の好きなようにさせてもらった。
入学早々に学校をサボっていたが、陽が奮起してようやく登校したものの、その目から逃げるように空き教室で時間を潰していた。
その空き教室に入ったのが照の運の尽きだった。その教室は青春系帰宅部の部室だったのだ。
部室を無断使用した照は勝手に入部させられ、これからの帰宅部のイベントに強引に参加させられることになった。
そのことを風の噂で知った陽と瑛太は続いて入部をしてきた。
最初は無視を決め込もうとしていたが、彼らの全力な遊びに昔の自分を思い出してしまった。
そして、昔から負けず嫌いだった照の本能がほんの少しずつ戻ってきた。
その成長っぷりは、教室に入るところまできていた。
教室に入る時、思わず緊張した。中学の頃を思い出して手が震えた。
それでも後押しをしてくれたのが陽と瑛太だった。
「なんだ、緊張してんのか?」
「にーちゃんかわいー」
「くたばれ」
緊張を柔らいでくれて、ようやく入ることができた。
教室の反応は、照が思っていたのと違っていた。
「お、遊木宮じゃん!」
「入学一週間でようやく顔見せてくれたか!」
「陽ちゃんそっくりだねー!」
あの否定的な眼差しを浴びることはなかった。
自分のことを、遊木宮家の出来損ない、として見なかった。
みんな歓迎してくれていた。
そのことに思わず照は泣きそうになってしまった。
「な? みんな優しいやつだって」
瑛太が照の肩を叩いて言う。
「お前は遊木宮照なんだ。他の誰でもない」
「もーオレらと比べなくていーんだよー」
二人がそう声をかけてくれる。
もうどうしたらいいかわからなかった。
わからなかったから、照はひねくれて答えるしかできなかった。
「…………まだ、過去のことを引っ張るかもしれねーぞ」
「ゆっくりでいいさ。時間はある」
「…………冷たく接するかもしれねーぞ」
「それがにーちゃんだろー?」
こんな自分に手をずっと差し伸べていた二人。
それを無下にするのは、もうたくさんだった。
自分を守ってくれた暁のためにも、自分は自分として歩き出さなければいけない。
ゆっくりと、確実に。




