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花火-5-

 花火が上がり始めたのは照が自宅の前に帰ってきた時だった。

 丁度玄関先の空に花火が打ち上がるので、落下防止の手すりに体を預けて見るには最高の景色だ。

 色んな種類の花火が夜空に打ち上げられる。

 綺麗な色が一瞬、夜空に浮かび上がる。

 しかしその美は本当にすぐ終わってしまい、またいつもの夜空に戻ってしまう。

 だが今日は特別の日。同じ夜空を少しだけ変えてもいい日。

 何度も何度も違った花火が打ち上げられている。

 それらに魅了されているみたいに、照もまた夜空に浮かぶ花を見ていた。

 それに集中していたせいか、照の元に近づいてくる人物に気付くのに遅れてしまった。

「…………照、くん……」

「…………」

 片手にビニール袋を提げて、彼女はそこにいた。

 照の家に寄ってから自分の家に行こうとしてたため、玄関前に彼がいたことには驚いていた。

 しばらくの間二人は口を開けずに、ただ花火が鳴る音だけがこの空間を包んでいた。

 久しぶりの二人だけの空間。いつもは陽や瑛太、帰宅部部員たちが一緒にいたからあまり意識しなかった。

 が、彼らが二人っきりという状況はなんとなく避けていた。

 それはあの日、文化祭での出し物を決めた後。

 彼の過去を聞き、そしてそのうえで彼女が決断をした以降。

 いつもなら毎週日曜日に彼女が掃除をしにやってくるのだが、彼はあえて掃除する時間に玄関を開けて外に出かけていたり。

 よくおすそ分けとして彼女が夕飯をくれるが、その頻度は減った。

 一緒に下校することもなくなった。

 一応登校する時は彼が起きているか確認をするが、それだけだ。

 彼らが一緒にいる時間は減り、話していることもほとんどが事務的な話だった。

 だから必然的に、今何を話せばいいか二人にはわからなかった。

「…………」

 積もる話はある。話したいこともたくさんあった。

 なのに、どうすればいいのかわからなかった。

 二人が黙っている間も花火はずっと鳴り続ける。

 このままずっとこの膠着状態が続いていくのか。ここだけ世界と切り離されてしまったのか。

 また、前みたいな関係には戻れないのか。

 また、いつもとは違う非日常にならないのか。

 そう二人は無意識に思ってしまっていた。

「……あ、あの…………っ!」

 重たい口を開くことができたのは飛鳥が先だった。同時に両手で持っていたビニール袋を照に渡すように両腕を突き出した。

「ら、ラムネ買ってきましたから……その……」

 緊張して声が上ずってしまった飛鳥だが、やはりこのままではいけないと思っていたから、一歩歩み寄って行こうと。

 しかし、照の顔は飛鳥の思ってた表情と少し違っていた。

「…………なんでラムネ?」

 その顔はいつもの怒り顔で、それを見た飛鳥が嫌な予感を感じながらも理由を説明した。

「え、えと……ラムネ好き……ですよね?」

「……誰から聞いた」

「瑞凪先輩……」

「…………あいつ……」

 飛鳥の思考は確信へと変わった。照はラムネが嫌いであるということが。

 渚に怒りの矛先が向いて慌てて訂正しようと飛鳥は焦るものの、照は彼女のビニール袋から一本、ラムネを取り出した。

「え!? あの、無理して飲まなくても……」

「俺がラムネ嫌いなのは、このビー玉があるからだ」

 そう言って照はラムネの中に入っているビー玉を指さした。

 確かに大半の人にとってそれは邪魔なものとしか感じないが、少数派にとってはなければならないものである。

 だからそんな子どもっぽい理由で嫌っている照を見た飛鳥は、クスッと微笑んでしまった。そんな彼女は一睨みされて押し黙ってしまったが。

「そうだったんですか。飲めないわけじゃないんですね」

「あぁ」

「なら、少し待っててください。あ、ラムネ貸してください」

 一旦飛鳥の元に返されたラムネは、そのまま彼女と一緒に家の中に入っていった。

 待っている間、まだ続いている花火を照は何気なしに見ていた。

 さっきから見ていた花火とは、少し違った雰囲気を感じた。

「お待たせしました」

 やがて飛鳥が戻ってきた。その手には二人分の氷が入ったグラスと、先ほどのラムネを乗せたプレートがあった。

 少し重たそうにしていたが、照は花火を見続けていたため、手伝うことはしなかった。

 飛鳥も気にせずに手すりのところに器用にプレートを置いて、ラムネを開ける。

 プシュッと音が出てビー玉が奥に入る。それからそのラムネをグラスに注ぐ。ラムネが氷に当たり、それの割れる音がするものの、花火の音で無情にもかき消されてしまった。

 ビー玉が邪魔をして少しずつしか流せないが、慌てず丁寧に注ぎ続ける。

 そして一本分のラムネの量が丁度グラスに入るのを確認して、二本目のラムネを開ける。

 二本とも注ぎ終わり、プレートと空いたラムネを地面に置いて、一本のグラスを照に手渡した。

「これならビー玉を気にしないで飲めますよね」

 氷のお陰でキンキンに冷えたラムネ。カランと氷が動く音がした。それでようやく照は飛鳥に視線を向けて、差し出されているグラスを受け取る。

 二人の指が微かに触れたものの、どちらも大して気にしなかった。

「…………ん」

 一口飲んで喉を潤す。先ほどカキ氷を食べていた照はあまり喉が渇いていなかったが、それでもこんな暑い夜にいるから自然と水分を欲していた。

 それを見た飛鳥も一安心してからラムネを飲む。こちらは喉が渇いていたため、二口三口と軽々と飲んでいた。

 炭酸が効いてきてグラスから口を離し、思わず息が漏れてしまっていた。

 そんな体が満ちた時に花火が上がり、いい眺めでの飲食で風情を感じた。

「綺麗ですね、花火」

 返事は返ってこなかったが、きっと彼も同じことを思っているはずだった。

 いや、彼だからその辺りの予想はわからないが。

 花火が打ち上がりそれを見ながらラムネを飲む二人。

 はたから見たら恋人のように見えるカップルだが、二人はそんなこと微塵にも思っていなかった。

 だけど、誰かに邪魔はされたくなかった。

 何故かそう思ってしまった。

 前にもこんな感覚を感じていたことがあったのだが、それがいつだったのから覚えていない。

 それでも、それを知っていたから自然に受け入れることができた。

 しかし邪魔をされたくないと思ってしまうと、必然と邪魔が入るものだった。

「おー、にーちゃんにあすかっちー」

 照のグラスが空になった時に、エレベーターの方から陽の声が聞こえた。

 二人して見てみると、そこには陽と彼女に背負わされている奏汰もいた。

「ど、どうしたんですか!?」

 案の定飛鳥は驚いて、無意識にグラスを置いてから陽たちの元へと走っていく。照に関してはそんなことどうでもいいらしく、その場に突っ立っていた。

「やー、こいつが何故か倒れちゃってさー」

「熱中症ですか!? 大変です、照くん手伝ってください!」

「いやーただの鼻血だからー」

 よく見てみると陽の背中は血まみれで、ティッシュは疎かハンカチで拭いたりせずにここまで来ていた。

 今はもう止まっているものの、近くでそれを知らずに見てしまった飛鳥はさらに悲鳴をあげた。

「たたたたた大変です!! 照くん、家を貸してください今すぐ!!」

「そのつもりで来たからー」

「…………めんどくさ」

 近所迷惑もあるので、仕方なく照はため息をつきながらも自分の家に三人を招き入れた。

 そこに残されたのは二つのグラスで、カランと氷が溶けて動いた音をたててその存在を主張した。

 先ほどの一瞬の喧騒が嘘のように、その音は夏の夜空に響いた。

 花火はもう少しだけ続くようだ。





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