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花火-3-

 同時刻。

「んー。いい匂いだ」

「そうね」

 悠里と渚もこの祭りに足を運んできていた。二人は先ほどまで悠里の家で受験勉強をしていて、その息抜きという名目でやってきた。

 悠里と渚は別の大学を進学する予定だが、勉強は一緒にして受験勉強を乗り切ろうと思っている。

「でも長居はしないでね。まだ残りがあるんだから」

「わかっているさ。さ、何食べる? それとも射的や金魚すくいとかか?」

 本当にわかっているのか、と疑いたくなるような悠里のはしゃぎっぷり。子供なのかとも思えてきていた。

 そんな悠里の面倒を見ていると、ふと、偶然目についた屋台の商品を見て渚は立ち止まってしまう。

 渚が止まったことにいち早く気付いた悠里は、隣まで戻ってきて彼女の見ている先を探す。

 そしてそれを見た悠里は、背中に悪寒が走った。

「な、渚さん? なんだか嫌な予感がするんですが」

「悠里はここで待ってて」

 悠里の返事も聞かずに渚はその屋台にダッシュで向かった。

 迷子にならないように悠里は渚を目で追っていたが、あんな嬉々とした様子で何かを買っているのは、小学生の時に駄菓子屋で何を買おうか迷った時以来だ。

「おまたせ」

 そしてウキウキとした表情でそれを買ってきた渚が戻ってきた。

 両手に一本ずつ持ち、そのうちの一本を早く悠里に食べさせてあげたいとそわそわしている。

 悠里の目の前につきつけられたのは、そそり立って黄色い皮を剥いて露わになった白い果物に茶色のドロっとしたものをコーティングしたあの食べ物。

「チョコバナナ……」

「はい。あーん」

 目をキラキラし、周りの目なんて関係ないというようにそれを悠里に食べさせようとする。

 悠里も複雑な気持ちだったが、渚の好意や奢りもあってそれを無にするのは後ろ髪引かれる思いだった。

「た、確かにバナナは好きだしチョコバナナも嫌いではないが、その……人目があるというか」

 人が溢れるこの場所をわきまえてなのか、悠里は愛想笑いをしながら両手を前に出して遠慮するというポーズをとる。悠里にとっては珍しく恥ずかしがっていた。

 それもそうか、と意外にもあっさりと渚は悠里の提案を呑んだ。

 それにホッとした悠里だったが、渚の目はまだあの怖いもののままだった。

「……悠里に悪い虫がつくかもしれないしね」

「うん? 何か言ったか?」

 ボソッと二人の周りにいる男性たちを恨めしげに睨みながら言った言葉は悠里には聞こえてなかったようだ。

「別に。それじゃ帰ろう」

「いやいや。もっと祭りを楽しもう」

 スタスタと足早に立ち去ろうとする渚の首根っこを悠里は簡単に押さえる。えー、といった不満気な声を出すものの、少しの間考える素ぶりをする。

 どうしたのかと悠里が聞こうとした時、

「あれ、小早川先輩と瑞凪先輩」

 聞きなれた声が二人を呼びかけた。

 振り返ってみると、そこにはやはりといった人物がいた。

「おやカナカナ。一人か?」

「はい。部活帰りにちょっと寄ってみようかなって」

 水泳部で使う道具一式をバックに入れて、肩に背負っている飛鳥だった。夏服の制服を着ているところが、どこかこの祭りに馴染んでいないように見える。

「確か夏撫ちゃんはこのお祭りのこと知らなかったんだよね?」

 自分の熟考から戻ってきた渚が確認するように飛鳥に訊いてくる。それに対して隠す必要もなく、正直にはいと答えた。

「そうか。なら私たちとまわ」「そう言えば遊木宮くんはラムネ好きらしいわ」

 悠里の言葉に被せるように渚がわざと声を大きくして棒読み気味に言う。

 え、と二人は渚を見てみるが、当の本人は知らんぷりの顔だった。

「まだ仲直りしてないよね? 一回二人っきりで話してみれば?」

「な、仲直りって……ボク、照くんと喧嘩してないですよ」

 そう笑って答えるものの、渚の目は真剣そのものだった。

 まるで、自分の今の気持ちを悟られているような感じだった。

「…………ラムネってどこに売ってますか?」

 ポツリと、飛鳥はそう言ってしまった。

 渚に言われたからだろうか、それはわからない。

 しかし、このままはダメだと思ったからなのかもしれない。

 わからないから、わかりたかった。

「すぐそこよ」

 すぐ近くに見える屋台を指さす。

「ありがとうございます」

 先輩たちに礼をいってから、ラムネが売っている屋台に向かって他の人に迷惑がかからないほどの小走りをした。

「……なんか珍しいな。渚があんなこと言うなんて」

 彼女の後ろ姿を見て、先ほどの渚のこと思う。あまり他人のことを考慮しない女なのに。

「さぁね。わたしもよくわからない」

 息をついてから渚自身よくわかっていないと呟く。

「ただ、あの子たちのことを放っておけないから、なのかな」

「…………そっか」

 らしくなかったわ、と付け足して渚は足を動かした。

 どこに行くんだ? と悠里が訊ねてくると、帰ると告げた。

「そろそろ戻って勉強するわよ」

「え。まだ全然何もしてないぞ」

「来年また来ればいいじゃない。それとも今ここでチョコバナナ二本同時に口に入れるわよ」

「是非帰らせていただきます……」

 渚の脅しには逆らってはいけない、と昔から知っていた悠里は大人しく帰路に着いた。

 後日談としては、悠里はチョコバナナを渚に無理矢理食べさせられた。二本とも。

 そのコメントがこれだ。

「む、無理……にふぉんもふぁいはらない……」

「噛んだら許さないわ」

「な、なぎさのいじわる……」

 涙目になりながら美味しくいただいていました。





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