入学式-5-
「あすかっちの行きたいこーこーって北上こーこー?」
「あ、はい。どうしてわかったんです?」
「同じせーふくだろー」
「あ、ほんとですね!」
「よかったら案内しよーかー?」
「いいんですか!?」
「ここで会ったのもなんかの縁だしなー」
「ありがとうございます!」
「つーかー、一人でがっこーに行こーとしてたのかー?」
「はい。一人でこっちに引っ越してきたんです」
「へー。大変だろー」
「実際、右も左もわかりませんでした……」
「あははー。まーこれから覚えればいいさー」
すっかり意気投合した二人に対して、まだ怒りが冷めていない照は黙ってコーヒーを飲んで外の景色を眺めていた。
すっかり日も落ち、暗くなったところで三人は喫茶店から出た。
「あすかっちの家まで送るよー。一人じゃあぶねーしー」
「本当にありがとうございます。何から何まで」
ペコペコと頭を下げる飛鳥。陽は気にしてないと言った様子で手を振る。
後ろ向きで自転車の後ろに照が乗り、彼の乗っている自転車を押して飛鳥の歩幅に合わせる陽。
陽と話しながら、チラッと飛鳥は照を見る。その背中からは、話しかけるなと言わんばかりのオーラが溢れていた。
それでも飛鳥は陽との会話を切り、思い切って照に話しかけた。
「あ、あの……まだ、怒ってますか……?」
もしかしたら無視されるのでは。そう感じてしまった飛鳥だったが、彼女の声に照は振り向き、ムスっとした表情で素っ気なく言う。
「別に」
「さっきは本当にごめんなさい。関係ない遊木宮くんを巻き込んで……」
「……」
飛鳥の一言に、更にムスっとした表情になった照はまた後ろを向いてしまった。
その行動を見た飛鳥は、また怒らせてしまったと思いオドオドとした。
「え、えっと……」
助けを求めようと彼の妹に目線を送ると、彼女はそれを察して助け舟を出した。
「あー、にーちゃんはみょーじで呼ばれるの嫌いなんだよー」
「あっ……」
陽からの助言に、飛鳥はハッとした。
先ほどのことはもう怒ってはいなく、苗字のことで機嫌を悪くしてしまったのだと。
「……て、照……くん」
あまり男子の名前を呼んだことがなかったため、飛鳥は少し恥じらいながらも彼に呼びかける。
そんな彼女の勇気に照は、仕方無いと言うかのように向き直る。
「もう謝んな。迷惑だ」
「ご、ごめんなさ……あっ」
「……この顔は生まれつきだ。だからもう気にすんな」
そう言って照はまた後ろを向いてしまう。よく見たら耳がほんのりと赤くなっていた。
飛鳥は、もう照を怖がりはしなかった。
この人は自分の感情を相手にあまりうまく伝えられないんだ、と。
そう思うと途端に飛鳥は照に対して微笑ましくなってきていた。
「あれー、にーちゃん照れてる? 照だけにー」
「くたばれ」
「あははは」
照のことを少しだけ知れて、飛鳥は思わず笑ってしまった。二人に、よくわからないと言った視線を喰らうものの、飛鳥は喜んでいた。
「あ、ボクの家ここです」
照との一方的な和解に成功した飛鳥は、あるマンションを指さした。そこはいつも見慣れているマンションで、照が住んでいるものと同じだった。
「あれー、ここにーちゃんんちのマンションじゃんー」
「え、本当ですか? 偶然が重なりすぎててなんか怖いですね」
あははと、二人して笑う。折角ですからということで飛鳥の部屋の前まで向かった。
エレベーターに三人で乗り、飛鳥は三階のボタンを押す。
「あすかっちも三階なんだー」
「て、照くんも三階なんだー……」
若干嫌な予感がしてきた照と飛鳥だが、そんな二人の心配を他所に陽は楽しみにしていた。
三階に着き、飛鳥を先頭にして歩く。
「こ、ここです」
そこは見事に照の部屋の奥だった。
つまり、照とお隣さん同士だったのだ。
「……マジか」
「……マジですか」
「あははー、おもしろー」
二人の渇いた声をよそに、陽は能天気に笑っていた。