入学式-4-
「痛っつ……」
「たーすーけーてー」
「いったーいー……あ、はわわわ! ごごごごめんなさいいいい!!」
三人とも地面に倒れ、痛む箇所をさすっていた。陽は自転車の下敷きになってしまっていた。
女子生徒はこれでようやく照と陽に気付いたらしく、酷く慌てた様子でオロオロとしていた。
そんな女子生徒を、照はキッと睨みつけた。
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
「謝って済むなら警察いらねーよな……?」
「たーすーけーてー」
照に怖気ついた女子生徒はひたすら土下座を繰り返していた。
彼女は献身的な態度だったが、それでも照の怒りは収まらなく、近くにあった喫茶店を指差す。
「奢れ」
「ごめんなさいごめんなさい! 是非奢らせて下さいお願いしますぅうう!!」
「たーすーけーてー」
結局自力で陽は起き上がり、三人は喫茶店に入った。
「いらっしゃいませー。ってあら、照くんに陽ちゃんじゃない」
照たちを迎えた店員が照たちに気付く。この喫茶店はよく来ていたため、顔見知りの関係になっている。
「とりあえずコーヒーと紅茶」
「はいはい。もう一人の子の分は?」
「コーヒーと紅茶だけで」
有無をいわさない感じで照はズカズカとテーブル席に向かう。
他の二人も照の後について行ったので、店員は照の言う通りの注文を受けた。
照と陽は一緒の長椅子に座り、女子生徒は一人で照たちとテーブルを挟んで椅子に座った。
「で、お前のせいでいらん怪我をしたわけだが」
「本当にごめんなさい! まさか人が目の前にいるなんて思ってなかったので……」
照の鋭い眼光に萎縮する女子生徒。まーまーと陽は二人の間に割って入る。
「オレは遊木宮陽。でこっちの怖いのが照」
「……別にもう怒ってねーよ」
怖い、というのは否定しない照。
すると突然女子生徒は座っていた椅子を倒して立ち上がり、驚いた表情のまま二人を交互に指差し始めた。
「同じ顔!?」
「今更かよ。つか指差すな」
「ご、ごめんなさい……」
疎らにいた客たちの注目の的になったのに気付き、彼女は顔を赤らめて座り直した。
「で、お前名前は?」
いつもの三割増で照はイライラしていた。そんな照にまた怖気つき、半歩後ずさる。しかし彼女は頑張って自分を奮い立たせて自己紹介を始める。
「え、と……ボクは夏撫 飛鳥です……」
「……ボクっ娘」
「ボクっ娘……」
「え、何か変ですか……?」
またオドオドし始めた飛鳥に、陽はのんびりと尋ねる。
「そう言えばさー、なんで走ったのー?」
「え? えーっと……その……実は、ですね……」
今度はモジモジし始め、それに比例するかのように照はイライラしてきた。
「ボク、高校に行くはずだったんです。でも、道に迷ってしまって……途方に暮れてたんですけど、クヨクヨしてても仕方無い! って思って走り出したんです」
「そっかー。なら今度からは前をちゃんと見ろよー」
「あ、そうですよね……」
確かにあの時自分の取った行動を思い返してみれば危ないこととしか言えなく、彼女は目線を落として反省する。
「んいやー。あと少しであかしんごー飛び出してたぞー」
「え……?」
急に知らされた真実に、一瞬間の抜けた声を出す。そしてようやく自分のしたこと、照たちのしたことがようやく理解したらしく、また頭を下げた。
「ご、ごめんなさい! ボクがもっと早く気付いてたらこんなことにはならなかったのに……」
「ほんとだよ」
「にーちゃん何もしてねーよなー」
ふんと照はそっぽを向く。そんな兄のことを放っておいて陽は続ける。
「まー何も起こらなくてよかったじゃんかー」
「で、でも、奢るだけじゃボクの気が……」
一歩間違えれば事故となっていた事実に対してのお礼がこんなことだけでは気が引けてしまった飛鳥は重ねて謝罪とお返しをしようとする。
そんな彼女に、陽はあくまでもマイペースで返す。
「いいってことよー。というよりさー、ごめんなさい以外に言うことが聞きてーよー」
「!! ……助けてくれてありがとうございました!」
「うんー。それだけでじゅーぶんだよー」
一件落着したところで、店員が照が注文したものを持ってきてくれた。先ほど照が注文したコーヒーと紅茶に、頼んだ覚えのないオレンジジュースがお盆の上にあった。
「あれー、このオレンジジュースはー?」
一品多いことに気付いた陽が店員に尋ねる。すると店員は笑顔で言った。
「サービスよ。飛鳥ちゃんにね」
飛鳥はハッとなって店員顔を見る。その顔は慈愛に満ちていて、飛鳥は感謝してもしきれないといった感じになった。
「あ、ありがとうございます!」
「ごゆっくりどうぞー」
店員はそのまま、照たちのテーブルを後にした。